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6‐2 正木誠司、副会長と会う(後編)

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 勇んで自室を後にしたものの、流石に丸腰でウシャスに突入する訳にもいかず、俺は現在、武器庫に向かって通路を歩いている。
 隣にはヨハンだけ。エレスの映像外部出力は切ってある。そろそろ従業員たちがマリーチに戻るタイミングらしく、ヨハンから余計な混乱を招かないように配慮してほしいと言われたのでそうした。

 確かに、ちらほらと従業員の姿も見て取れるようになってきた。大半はウシャスの格納庫で寝泊まりしているらしいが、夕方は交代でシャワーなどを浴び、自室でくつろいだりするとのことだ。

 エレスの通訳を介して、ヨハンと話しながら移動しているのだが、なんだか話がゴチャついてきたので、一度しっかり俺に関することを時系列順に整理しておくことにした。推測混じりではあるが、そろそろまとめておいた方がよさそうだからな。

 では、始めよう。

 アナザエル帝国は未開拓惑星を開拓する為に、五千人の日本人を召喚した。
 だがフェリルアトスという名の地球の神になる存在の抵抗に遭い、召喚されたのは交通事故死した日本人の死体だった。

 おそらくコスト等の問題が生じ、召喚したからには使わねばならなかったのだろう。アナザエル帝国の医療機関が、召喚した日本人の死体を治療蘇生した上で、アンチエイジングと柔軟性強化処理を施し冷凍睡眠装置に入れ、帝国軍に引き渡した。

 冷凍睡眠装置に入れられた五千人の日本人は、輸送艦に乗せられ未開拓惑星に向けて輸送されていた。ところが、何者かの予期せぬ襲撃に遭い輸送艦は撃沈してしまった。

 その結果、冷凍睡眠装置は宇宙空間を漂う残骸となった。

 ヨハンに確認したが、やはり冷凍睡眠装置は二つだけではなかったらしい。損壊して中身がなくなっているものも多くあったという。

 俺と伊勢さんは、本当に運が良かったということだ。

 異世界で第二の人生を送れなかった日本人は、一体どれだけいたのだろうか? 救いは寝ている間に死ねたことと、フェリルアトスの計らいで、元の世界の輪廻に回収されることくらいだろう。

 労働奴隷の回収の必要性が出た帝国軍は、エルバレン商会にサルベージ依頼を出した。おそらく、撃沈された輸送艦から脱出したアナザエル帝国の士官、あるいは将校が行ったのだと思われる。

 依頼を受けたエルバレン商会は、指定された戦場跡でサルベージ作業を行った。そこで回収されたのは中身の入った二つの冷凍睡眠装置だった。まさかそんなものが回収されるとは思っていなかった商会長のジョニーは頭を抱えたらしい。

 ヨハンによれば、倫理的な問題から召喚及び召喚者の人体改造と労働奴隷化はアナザエル帝国以外では違法となっているそうだ。
 戦場跡はアナザエル帝国の領有している惑星宙域ではない為に違法となる。しかし、法律とは曖昧なもので、アナザエル帝国の領有する惑星宙域にまで運んでしまえば合法になってしまうという。

 実際にはアナザエル帝国法が適用されない惑星宙域内で輸送している時点で違法だが、バレなければ捕まることはないのだ。

 ジョニーは依頼者からそういった提案をされたらしい。だが、断固拒否し、引き渡しに応じなかったのだという。
 その理由は、『娘に恥じるような生き方はしたくない』というものだったそうだ。流石、ジーナの父親なだけはある。

 そう思ったのはさておき、エルバレン商会と依頼者との交渉決裂後からしばらくして、大型輸送艦ウシャスに人が魔物化する生物兵器が放たれ未曽有の災害を引き起こした。

 おそらく引き渡しに応じなかったことで怒った依頼者がウシャスに潜入し、冷凍睡眠装置に仕込んであった生物兵器を作動させたのではないかというのが俺の推測だった。
 というのも、これなら報復と混乱に乗じた俺と伊勢さんの拉致を両立させることができるからだ。

 しかし、この推測をヨハンに話したら、『それは考えにくい』と一蹴されてしまった。それはもうにべもなく。

 理由は、セキュリティが厳重で潜入が難しい。潜入に成功したとしても、積荷倉庫に入るには従業員の生体認証が必要。その従業員は戦闘訓練を行っている為、倒すのが難しいなどなど。

 まさかここまでズラリと容赦なく根拠を並べられるとは思っていなかった俺は、正直かなり狼狽えた。

 だが、ヨハンの『仮にセイジの言う通りだったとして、君たちを拉致した後、どうやって艦から脱出するんだ?』という言葉で俺はピンときた。

 脱出の必要がなければどうだ? と。

 目的の推測が間違っていたのだ。
 拉致ではなく処分。連れ戻すのではなく消す。

 これなら労働奴隷を入れた冷凍睡眠装置に人を魔物化させるなどという物騒な生物兵器を仕込んでいたことにも説明がつく。
 俺たちは労働奴隷として働かされる身だ。アナザエル帝国に対して良い感情を抱くことはない。反意を抱いたときに、生物兵器を使って処分するというのは十分に考えられるのではないだろうか。

 魔物にしてしまえば、知能は減退する。人の言葉を失うし、傍目から見ても、元が人であったとはわからない。ただ討伐対象として依頼に出されるだけだ。誰かが勝手に処分してくれる。

 今回の事件にも、それが当て嵌まる。エルバレン商会が敵に回るのであれば、労働奴隷ごと処分してしまえばいい。ヨハンから聞いた滅ぼされたとかいう小国家と同様、見せしめにもなる。

 この新たな推測を話したところ、ヨハンは『それは、大いにあり得そうだ』と顔を顰めた。どうやら、アナザエル帝国というのは非道を平然と行える国家のようだ。

 機会があればぶっ潰してやりたいところだ。
 よくもジーナを悲しませやがって。

 さて、こんなもんかな。

 整理が済んだところで、丁度格納庫前に到着した。

『戦ってくれるなら、従業員に支給しているものと同じ物を渡す』と、ヨハンが言ってくれたので好意に甘えることにした。格納庫内にある武器庫で光弾突撃銃とトレンチナイフを支給してもらう。

 武器庫はロッカールームのような部屋だった。
 ずらりと並ぶロッカーには、従業員の装備品が収めてあるのだろう。俺もロッカーを与えられた。隣はヨハンのロッカーのようだ。面倒見がいい奴みたいだな。

 手入れを済ませたらここに収めろってことだな。了解。

 防具は薄手の黒いボディーアーマーのみで、ツナギの下に着こむようだ。アームガードなどの各関節を守るものもあるようだが、ツナギを脱ぐのが面倒だったし、サイズ合わせなんかで時間もかかりそうだったので今回は遠慮した。

 装備品を遠慮したことが気に食わなかったのか『舐めてんのかこいつ』と言いたげな顔をするヨハンの隣でボディーアーマーを着ていると、やや興奮した様子のエレスが入ってきた。

【マスター、格納庫内でドールを見つけました。使用許可を】
「お? あれ? 映像外部出力切ってたよな?」
【緊急時にはサポートAIの判断で外部出力可能という設定になっておりますので、そちらを利用させていただきました】
「緊急時て。いや、エレスにとってはそうなのか。だとしても、使用許可って、俺にはそんな権限ないから。俺の物じゃないし。もし使いたいならエレスが直接ヨハンと交渉してくれ」
【はい、十分です。ありがとうございますマスター】

 エレス、すごく嬉しそうだったな。満面の笑みだったぞ。
 しかし、ドールか。そのままの意味だと人形だが……。

 そう心で呟いた後で、ふと映像外部出力の適用範囲はどうなっているんだろうかと疑問に思う。格納庫と武器庫を出入りできるのはおかしくないか? 出力してるのはイヤホンからだぞ?

 首を傾げて装備を終えた俺は、武器庫を出て行ったエレスとヨハンの後を追った。
 
 
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