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5‐1 正木誠司、真実を知る(前編)
しおりを挟む食堂から自室へと戻る道中、エルバレン商会に保護された日本人が俺たち二人だけだと伊勢さんが教えてくれた。
「あの、正木さん」
「ん?」
「五千人も召喚された日本人がいるのに、私たち二人しか回収されてないのって、やっぱり、おかしいですよね?」
「まぁ、そうだね。でも、目覚めてからずっとおかしいことだらけだし。そういうこともあるんじゃないかな?」
「そう、ですよね。変なこと言って、すみません」
俺がはぐらかしたからか、伊勢さんはそれ以上なにも言わなかった。
伊勢さんは俺より先に目を覚ましている。だから多分、今の俺と同じように推測して、もう答えに行き着いているのだと思う。
俺たちが回収された場所は戦場跡だ。その場所で艦隊戦を行ったのが俺たちを乗せたアナザエル帝国の輸送艦で、しかも撃墜されていなければ辻褄が合わない。
おそらく、冷凍睡眠装置で眠る五千人の日本人を未開拓惑星に向けて輸送中、予期せぬ襲撃に遭い撃墜されたのだと思われる。
飽くまで推測でしかないが、たった二人の労働奴隷だけを輸送するなんてことはないだろう。艦を分けて運んでいたとしても、少なくとも千人ほどの日本人が冷凍睡眠装置ごと宇宙の塵になったのではないだろうか。本当のところは、わからないが。
所詮、他人事だからか、それとも実感がないからか。
俺は何一つ感じないまま、伊勢さんと一緒に自室前に着いた。
部屋は隣同士だった。どうやら伊勢さんは俺を驚かす為に黙っていたようだ。俺の反応を見て、ジェイスと一緒に悪戯っぽく笑っている。
「サプライズです」
「わぁ、びっくり。大成功だ」
【棒読みだな正木さん。もう少し感情込めてもう一回頼むよ】
「おお、驚いたな。演技指導までできるのかジェイス」
【フフン、そうそう、それでいい】
誇らしげに胸を張り、得意げに鼻を鳴らすジェイスを見て俺は苦笑する。よくもまぁここまで上手く設定したものだ。
俺と出会う以前、たった数日とはいえ唯一人の日本人としてエルバレン商会で過ごしてきた伊勢さんが不安に押し潰されずに済んだのは、お調子者のジェイスが側にいたお陰のような気がした。
「じゃあ、ジーナをお願いします」
「ふふふっ、はい、また後で」
当初の予定では俺にあてがわれた自室で今後の話をすることになっていたが、話し声で起こしてしまうのも忍びないということで、ジーナが目を覚ますまでは別行動をとることになっていた。
腕の中ですやすやと可愛い寝息を立てるジーナをそっと伊勢さんに預け、俺は道中と同様ブーツの足音を殺して自室に戻った。
「さて、と」
食堂を出る際に消していたホログラムゴーグルを起動する。薄く青い画面が目の前に現れ、LSロゴが消えた後で少し寂し気なエレスが現れる。多分、ジーナがいないからだろう。
気持ちはわかるが、俺が預かる訳にもいかないからな。
そう思いつつ、俺はベッドに腰を下ろす。
「エレス、今のうちに情報を整理しておきたい」
【はい、マスター。ご質問をどうぞ】
「まずは──」
当たり前のように一企業の製品だと思ってきたイヤホン型ウェアラブルデバイスが、実は地球の神からの餞別であると聞いて確認しておかなければならないと思った。
というのも、エレスが言う通りであれば、このウェアラブルデバイスは地球の神の手によって生みだされた神器ということになるからだ。
考えてみれば、おかしな点は一つや二つではない。
異世界だからというなんの根拠もない理由で納得していたが、感覚が麻痺していたのだと思う。今になって、少し怖くなったのだ。
わからないから怖れる。だから知ることで恐怖を克服する。
所持したからには、結局は使わざるを得ない。利便性の高いものだし、今更手放すという選択肢はない。自分専用と言われれば尚の事そうなるってもんだ。
だからこそ、その全容を把握しておかないと気が済まなかった。使うことで何かしら犠牲にする必要があるとか、後になって悔やむことになるのを避ける為に。
「ウェアラブルデバイスについて、教えてくれ」
【かしこまりました】
エレスが神妙な面持ちで一礼してから説明を始めた。
だが、俺はすぐにそれを中断させた。
「死んだ? 俺が?」
【はい。アナザエル帝国に召喚された五千人の日本人は、西暦一九九五年から二〇二五年の間に日本で事故死した者だけが選出されています。これは地球の神による召喚への抵抗によるものです】
エレスが言うには、俺は召喚される前に一度死んでいるらしかった。工場からの帰り道、脇見運転をしていた大型トラックに衝突されて即死したらしい。
両親と同じく交通事故死だ。
そのときの記憶が抜け落ちているのは、事故に遭った際に受けた脳への衝撃によるものだという。不思議要素満載だが、俺がこの部屋で目覚めてから行った推測はほとんど当たっていたということだ。
【地球の神、いえ、厳密に言えば、これから地球の神に設定される予定のフェリルアトスの思惑は、志半ばで命を落とした人々に第二の人生を与えることにありました】
「ややこしいな。なんだそのフェリルアトスって」
【異世界レクタスの神として設定された高位存在です。惑星管理者とも言えます。間もなく地球はレクタスと同化し滅びのときを迎えることになりますので、フェリルアトスが新世界レクタスと名を変えた地球の神として存在することになります。既に権限の一部を地球の管理代行を行う生体機械から奪っておりますので、召喚への抵抗が叶い、ウェアラブルデバイスを贈ることも可能だったのです】
俺は頭を掻く。言葉はわかるが、内容がさっぱりわからん。
「あー、それはいいやもう。とにかく、そのフェリルアトスってのが、交通事故死した俺たちに第二の人生を与えてくれて、ウェアラブルデバイスもプレゼントしてくれたってことだな?」
【正確には、損壊した日本人の遺体を再生促進液で治療し蘇生したのはアナザエル帝国の医療機関ですので、第二の人生を与えたのは召喚を行ったアナザエル帝国とも言えます】
「む、確かに。ちょっと整理させてくれ」
【はい、かしこまりました】
その後、質疑応答して理解した。
フェリルアトスは、生きている日本人を召喚されないように抵抗し、死んだ日本人と交換したのだという。アナザエル帝国が死体を復活させることを見越してあえて召喚させたらしい。
加えて、餞別として贈ったウェアラブルデバイスには魂の追跡機能も付いているのだとか。召喚された者が死んだ際に、元の世界の輪廻に魂を回収することも視野に入れているとのことだ。
「ははぁ、なるほど。ちゃっかりしてんなその神様」
【はい。彼の御使いである私たちからすると、悪戯好きで困った存在なのですけどね。人を愛する神であることは確かです】
そう言って、エレスが困ったように微笑む。
御使い、ね。
まだまだ前置きでしかない説明を聞き終えた俺は、エレスがサポートAIの域を超えている理由がわかった気がした。
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