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3‐2 正木誠司、カレーを食う(後編)

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「ジーナちゃん、すごく懐いてますね」

「そうかな。まぁ、賢い子だし、君と俺が同じ人種だって気づいてるんだよ。君が優しく接したことで日本人に抵抗がなくなったんだろ。俺はその恩恵に与ってるだけだよ」

「ふふっ、嬉しいですけど、それだけじゃないと思いますよ」

 ジーナが女に何かを言う。驚いたことに、女は異世界言語で返事をした。サポートAIの通訳を介さず会話が成立している。

「こっちの言葉、話せるの?」
「あ、はい。そういうスキルを取得したんです」
「へぇ、そういうのもあるのか。便利だな」
「便利ですけど、良いことばかりでもないですね」

 女が苦笑する。なんとなく言いたいことはわかった。
 言語を習得すると、自分に向けられた悪意ある言葉まで理解できてしまう。言葉が話せないと思い込んでいる相手は、どうせ意味がわからないだろうと嘲りの言葉を吐いてきたりするからな。

 程度の低い奴というのは異世界にも当然のようにいるということなんだろう。下手するとこちらの方が多そうだ。異世界人なんて、格好の差別対象でもありそうだし。

 ああ、怖い怖い。

「好きで呼ばれた訳でもないのに、酷い話だよな」
「えぇ、本当にそう思います」

 そんな雑談から入り、流れで自己紹介したところ、女は伊勢夏美と名乗った。年齢は二十四歳で看護学校に通っていたそうだ。

 年齢的に合わないので訊いてみたところ、高校卒業後に数年間事務職に就いていたらしい。ただ職場の環境が悪く、体を壊して入院したときに世話をしてくれた看護師に憧れを抱いたのだという。

「理想と現実が違うっていうのは、わかるんです。看護師さんの中にも、酷い人がいるっていうのも、実際に経験しましたし。でも、それがあったから、その看護師さんがより輝いて見えたっていうか。私もそうなりたいって、思っちゃったんですよね。両親には心配かけちゃいましたけど」

 夢も希望もとうに潰えた俺には懐かしく青い眩しさが感じられる話だったが、伊勢さんの表情は暗い。
 当然だ。異世界に召喚されたのだから。

 疎遠な親戚しかいない俺とは違い、伊勢さんには家族がいた。夢もあった。明るい表情で居続けるなんて無理な話だ。

 と、俺は解釈していたのだが違った。

 伊勢さんは一週間前にエルバレン商会の母艦であるウシャスの客室で目覚め、ジーナの父親で商会長を務めるジョニーと、副会長のヨハンから、自分が保護された経緯について聞かされたという。

「保護された経緯? 保護?」
「はい。保護です」

 深刻な表情で頷き、伊勢さんが話し始めた。俺は口を挟まずに黙って聞いていたのだが、その内容に何度も耳を疑った。

 俺と伊勢さんは、宇宙での艦隊戦があった場所に散らばる残骸の中から回収されたというのだ。
 そして、俺たちの入れられていた冷凍睡眠装置には、人を凶暴な魔物に変化させる生物兵器が仕込まれていたらしい。

 それが発覚したのが三日前。

 ゴブリンとかオウガとかハイオウガとか、そういった魔物がウシャスに大量に出現して、エルバレン商会の従業員や旅客輸送中の乗客が大勢犠牲になった上に、商会長のジョニーが行方不明になったのだという。

「私もなにかお手伝いできないかと思って、現場に行ったんですけど、なんにもできなくて。ただ怖くてもたついて、商会長さんに怒鳴られて逃げ出したんです。ヨハンさんは気にしないように言ってくれたんですけど、情けなくて」

 伊勢さんの表情の暗さは、憧れの看護師のように振る舞えなかったことが原因なのだろう。ただ、俺はその看護師がいたとしても伊勢さんと同じように何もできなかったような気がしている。

 そもそも病院と戦場では状況が違いすぎる。しかも俺たちがニュースで知るような人同士が争う戦場ではなく、魔物が大暴れして魔法も飛び交ってる現実離れした戦場だ。対応できる日本人なんて限られると思うのだが。たとえば、自衛隊とか特殊部隊とか。

 そういった分析をしたところで、俺の中にある疑問が払拭されることはない。現状、不可解な点があまりに多いように思う。伊勢さんから聞いた話と、エレスから聞いていた話とが噛み合わない。

 俺は未開惑星の労働奴隷として召喚されたと聞いている。だからマリーチで未開惑星に輸送されているところだと思っていた。
 それが、魔物化する生物兵器の仕込まれた冷凍睡眠装置で戦場跡を漂っていたというのは一体どういうことなのか。

「なぁ伊勢さん。話を変えて悪いが、俺たちはアナザエル帝国ってとこに労働奴隷として召喚されたんじゃなかったのか? 未開惑星の開拓要員になるって聞いてたんだが」
「はい、私もそう聞いています。ジェイス、出てきて」

 伊勢さんの肩に、腹這いのハリネズミが現れる。

【やぁ、おいらがジェイスだ。よろしくな、正木さん】
「お、おう。びっくりした。喋るんだな」

 ジェイスが【当たり前だろ】と言って伊勢さんの肩で立ち上がり、短い前足で腕組みしているように見せる。

【おいらも、そこの妖精型サポートAIと同じなんだからな】
「興味深いな。サポートAIの姿はウェアラブルデバイスによって変わるのか」
【いいや、おいらを設定したのは、なっちゃんだ】
「なっちゃん?」

 俺がジェイスに訊き返しながら伊勢さんに視線を移すと、伊勢さんは顔を赤くして俯き、ショートボブの髪を手でいじりだした。

「その、飼ってたんです。ハリネズミ。心細くて、つい」
「あ、ああ、そうなんだ」

 返答になっていないが、誰にでも触れられたくないことはある。設定でジェイスになっちゃんと呼ばせていることについては聞かなかったことにして話を変える。

「てことは、つまり設定前はジェイスもエレスみたいな妖精型だったってことか」
「いえ、映像の外部出力でしたっけ? それをする前に変更を済ませたので、ジェイスは最初からハリネズミです。その前はスーツを着た執事風のイケメンでしたけど」
「なるほど。性別の差こそあれ、外部出力前は人型ってことか」

 サポートAIの設定変更機能があると初めて知った。どうして知らなかったのか情報を擦り合わせてみたところ、俺が初回のチュートリアルをすっ飛ばしていたことに原因があった。

 そういや、能力値にポイントの振り分けもしてないな。

 そう心で呟くなり、俺はハッとした。
 伊勢さんの突進の威力の理由はそこにあったのでは?

 確認してみると、やはりSTRにポイントを加算していた。

 道理で。こんな細くて小さいのに、すごい力だったもんなぁ。
 
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