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2‐2 正木誠司、案内される(後編)
しおりを挟むしかし、疲れたな。
小型艦の案内は俺のいた客室から始まり、乗員室、応接室、格納庫、備品倉庫、積荷倉庫と続き、その都度エレスの通訳を介しての会話が必要だった。
加えて、ジーナが幼いからか通訳されても理解が難しいことも多く、慣れない状況に俺はくたびれ始めていた。
とはいえ、悪いことばかりでもない。実際に艦内を目にしたことで、俺は今置かれている状況を現実として捉えることができるようになっていた。
ほとんどの乗員が母艦であるウシャスの方に出払っているとのことで、誰とも出会わなかったというのも落ち着けた要因の一つだ。
静か過ぎて、少々、不気味ではあったが。
【マスター、バイタルチェックが完了しました。異常ありません】
「ん? それさっきもやらなかったか?」
【一時間毎に行う設定になっています】
「一時間て……」
俺は一瞬、呆れてものが言えなくなる。
「誰だそんな頻度で設定した奴は。どんだけ心配性なんだよ。日に一回でも多いだろ。その機能はオフにしてくれ。無駄だ」
【かしこまりました。それにしても、随分と落ち着かれましたね】
「まぁ、そうだな。お陰様でな。わからないから怖れるってのは本当なんだって実感したよ。一人のときは人体実験とか国外拉致とか、不穏なことばっかり考えてたし」
【マスターの推測に誤りはありません。広義には召喚も国外拉致に当たりますし、召喚後に人体改造も施されていますので】
「確かにそうだが、そこまでいくともう意味がわからんというか……」
俺はジーナの案内を受けながらホログラムゴーグルを消そうと躍起になっていたが、それと並行してエレスに質問し、状況の把握と整理も行っていた。
異世界召喚と宇宙航行ってだけでもキャパオーバー気味だったのに、若返って不老になったって言われてもなぁ……。
俺がエレスから得た情報は、アナザエル帝国という幾つかの惑星を領有する大国が、未開惑星を開拓する為に労働奴隷として日本人五千人を召喚したというものだった。
それも、ただの労働奴隷ではない。
不老とアンチエイジングに加え柔軟性強化処置を施し、怪我をしにくく働き盛りの肉体を維持させた、永遠に働かせることのできる労働奴隷だ。
もっとも、不老ではあるが不死ではない為、普通に罹患するし、過酷な環境下でのストレス負荷でぽっくり死んでしまうことがあるらしい。
つまり寿命がないこと以外は、ほとんど元の世界と変わらないということだ。
飽くまで現状は、という話だが。
ちなみに俺は二十代後半から三十代前半くらいの容姿に戻っているとのこと。
鏡を見ないと分からないが、会社のおばちゃんたちに可愛い可愛いとモテた時期なのでそこそこ整っているはずだ。
なんにせよジーナが怯えるような容姿に改造されてなくてよかったと心底思う。人体改造を施した奴の倫理観なんて高が知れてるだろうが、それが著しく低い場合、とんでもない化け物にされてた可能性だってある訳だからな。
少なくとも人の形を保てている上に思考にも問題がないのは幸運と言えるだろう。
運が良いのか悪いのか。考えようによっては、五千人の日本人が宝くじの一等に前後賞込みで当選したとも言えなくはない。
有り難いような迷惑なような、非常に複雑だ。
それはさておき、何故、召喚されたのが日本人なのかという疑問を抱いた俺はそのことについても訊いていた。
エレスからの回答は、アナザエル帝国が定めた水準を満たした知的生命体からの無作為の選択で、たまたま日本人が選ばれただけというものだった。
日本人しかいない理由については、召喚対象は同じ国家で生活する同じ文化の中で育った同じ人種で揃えることが、最も問題が少なくて済む可能性が高いからだという。
エレスが断言しなかったのは、データの中にかつて同種族で食い合う者達を召喚した事例があるからだとか。確か、名前はトウカセンだったか。
そういったイレギュラーがなければ、エレスの言うように同人種で揃えるのが最適なのだろうと俺は納得した。
人種差別や文化思想の違いを省けば、その分、軋轢は減るに違いないのだから。
色々と考えているうちに、ふと俺はエレスに対して生じた疑念を思い出す。
「そういやエレス、俺がホログラムゴーグルを消そうとしてる間、ずっと黙ってたのはなんでだ? 多分お前、俺が何をしたいのかわかってたろ?」
質問後、エレスがしょんぼりと項垂れた。
【すみません。実は余裕がなかったんです。マスターは現状の説明を求められておりましたし、ジーナからの情報収集と通訳にも対応する必要がありましたので、自発的に本体の学習をされているのであればお任せしようと甘えてしまいました】
「あ、そ、そうか。そうだよな。言われてみれば確かにすごい量の仕事こなしてて大変だよな。責めるようなこと言って悪かった」
【いいえ、至らないサポートAIですみません】
「いやいや、俺が鬼だっただけだから。全く気にする必要ないぞ。エレスはちゃんとサポートしてくれてるよ。感謝してる」
ものすごい罪悪感に苛まれてから間もなく食堂に着いた。
ジーナが開閉スイッチに触れ扉を開ける。すると、ふわりとスパイスの良い香りが漏れ出てくる。この香りは、おそらくカレーだろう。
へぇ、異世界にもカレーがあるのか。どんな味だろ。
鼻を鳴らしながらエレスとジーナの後に続いて食堂に入る。
食堂は二十帖程で、四人用のテーブルセットが四つ等間隔に置かれていた。客室同様、白が基調となっており清潔感がある。
厨房はカウンターを挟んだ向こうにあり、そこでは俺と同じくツナギ姿の若い女が小振りな寸胴鍋の中身をレードルですくっていた。
あ、そういうことか。道理で。
俺はジーナが妙に親しげな理由がわかった。
厨房にいる女は、短い黒髪と薄い黄色い肌の東洋系だった。小柄で穏やかそうな愛嬌のある顔をしている。
そして耳には俺の装着しているものと同じ形の白いイヤホン。色こそ違うものの、おそらくはウェアラブルデバイス。
つまりは、召喚された日本人である可能性が高い。
俺よりも先に目覚め、ジーナと接していたのだろう。ジーナの態度からもそれが見て取れる。友だちのところに来た感じだ。
女はジーナに気づくと、笑顔で手を振った。その後、俺に視線を向けると、少しばかり緊張した面持ちで挨拶した。
「こ、こんにちは」
「あ、はい、どうも。こんにちは」
俺が軽く頭を下げつつ挨拶を返すと、女は感極まったように両手で口を覆って涙ぐんだ。
「うわぁ、本当に日本人だぁ。よかったぁ。私一人だけだったら、どうしようって思ってたんですよぉ。本当によかったぁ」
女が泣き出したことにギョッとして狼狽えた俺は、ジーナに助けを求めようと視線を移したのだが、なんとジーナもオロオロしていた。
への地口になり、俺と女を交互に見ている。薄っすらと目に涙も浮かんできた。どうにかしろと表情で訴えられている気がする。
【マスター大変です。このままではジーナも泣いてしまいます。理由のわからない大人の涙は子供に不安を与えます。早急な対処をお願いします】
「そ、そうだな。わかった。なんとかするよ」
冷静だが切迫した状況を感じさせる口調のエレスに言われ、俺は仕方なく女を泣きやませに厨房へと入った。だがノープラン。
これからどうすればいいのか頭を悩ませたところで俺はまたギョッとした。
向かい合った直後、女が猪の如く突っ込んできたのだ。
流石に避ける訳にもいかず少し腰を落として受け止めたが、傍目から見ると相撲のぶつかり稽古のように見えたかもしれない。
痛みはなかったが、軽く呻き声が出るくらいの衝撃だった。人は見かけによらないというし、女子相撲とかやってたのかもな。
色気のない話だと思うが、女の突進でそのままひっくり返るおそれがあったから仕方ない。これだけ身長差がある相手の体当たりを優しく抱きとめるなんて真似ができるほど俺は器用ではないのだ。
しかし、まさか強制的に胸を貸すことになるとは思っていなかったな。
若い子って積極的なのかね?
こうなったからには慰める必要がある訳だが、俺はあらぬ誤解を受けないよう、恐る恐る女の背を叩くので精一杯だった。
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