2 / 67
1‐1 正木誠司、目覚める(前編)
しおりを挟む微睡みを繰り返したような気怠さと体の重みを感じた。
ぼんやりとした意識で薄く片目を開けると、白い天井と柔らかな光を放つ照明がぼやけて見える。
んあ? なんで明かりが……消し忘れたか。今何時だ?
惰性に流されるように瞼を閉じて寝返りを打つ。そのまま手探りでスマホを探そうとして、伸ばした右手が何かにぶつかる。
「あだっ。なんだよ……」
壁だった。どうしてこんなところに壁があるのか。
というか寝具も違う気が──。
痛みで反射的に引っ込めた右手を振りながら半身を起こす。すると、六帖ほどの広さの白く清潔感のある部屋が目に映る。
天井にフラットな照明と小さなエアダクト。壁に機械的なスライド式の扉が二つあるだけの静かな部屋。
間違いなく、俺の住んでいるアパートの部屋ではない。
「何処だよここ?」
白いシーツの敷かれたシングルベッドの上で、しばらく呆然とする。
思い返してみれば帰宅した記憶がない。仕事を終えて、勤め先の工場から軽自動車で自宅に向かうところまでしか思い出せない。
自分が運転する車のライトに照らされた、夜の二車線道路が流れていくだけの退屈な光景が、まるでテレビの電源を落としたように途中で突然闇に変わる。
事故、か?
意識を失うと、その直前の記憶が曖昧になる。
趣味でよく観る護身術や武器の取り扱いなどを紹介する配信動画の中で、専門家が実体験としてそんな話をしているのを聞いた覚えがあった。
交通事故に遭い、病院に救急搬送されたのだとすれば、そのときの記憶がないことも頷ける。それを踏まえて部屋を見れば、確かに病院の個室に見えなくもなかった。
だが、どうにも腑に落ちない。
もし仮に入院したのであれば、患者が着用するような衣服を着ているはずだ。しかし、跳ね除けた布団の向こうから現れたのはツナギ。くすんだ青色の作業着だ。
入院患者にこんなものを着せる総合病院なんてあるだろうか?
何より、俺は自分が怪我をしているとは思えなかった。どこにも痛みがなく、ガーゼや包帯の感触もないからだ。
それに心電図モニターや呼吸器などの医療機器も部屋に置かれていないし、ベッドに落下防止柵すら付いていない。
一応、ファスナーを下ろしてツナギの上半分を脱ぎ、インナーを捲ってみる。が、やはり治療の痕跡は見当たらない。
裾も捲ってみたが結果は同じ。
痣どころか軽い擦過傷すら見つけられなかった。
絶対に病院じゃないな。一体ここは何処なんだよ本当に。
そう思いつつ、頭を掻いたところで違和感を覚える。
どこにも痛みがない?
怪我の確認に気を取られて気づくのが遅れた。
痛みがないこと自体がおかしい。慢性的な鈍痛さえもない。
三十代の半ばに差し掛かった頃から延々と長患いしていた悩みの種である肩凝りと腰痛がすっかりと消えていた。
俺は立ち上がって、肩や腰を回して可動域を確かめた。
「おお、すげぇな。どうなってんだこりゃ」
腰を反らすとそのままブリッジできた。若い頃でもここまで柔軟な動きができたことはない。軽い筋トレや運動は継続していたが、だからこそ年々体が思うように動かなくなっているのを実感していた。そんな俺からすると、これは明らかな異常事態だった。
嬉しさのあまり大いにはしゃいでしまったが、知らない場所で目覚めた上に体に劇的な変化があるというのは、とても怖ろしいことではないだろうか?
まさか、人体実験でもされたんじゃ?
脳裏に悪の組織に改造された変身ヒーローの姿が過ぎる。
馬鹿馬鹿しいと鼻を鳴らしはしたものの、体に変化が起きていることは事実。変身ヒーローはさておき、何かが自分の身に起きていることは認めざるを得ない。
その何かというのが誘拐と人体実験以外に考えられないのが痛いところ。
段々不安になってくる。
手術痕がないってことは、違法な新薬治験ってとこか。
でも薬だけで体がこんなんなるってのもなぁ。現実味が薄いよなぁ。
そんなことを考えながら腕組みして唸っていると、プシュッという音と共に部屋の扉がスライドし、ツナギ姿の幼女が姿を現した。
三歳くらいだろうか。西洋系の顔立ちで、外跳ねした赤い髪と小麦色の肌が活発そうな印象を与える。
4
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
転生をしたら異世界だったので、のんびりスローライフで過ごしたい。
みみっく
ファンタジー
どうやら事故で死んでしまって、転生をしたらしい……仕事を頑張り、人間関係も上手くやっていたのにあっけなく死んでしまうなら……だったら、のんびりスローライフで過ごしたい!
だけど現状は、幼馴染に巻き込まれて冒険者になる流れになってしまっている……

【完結】蓬莱の鏡〜若返ったおっさんが異世界転移して狐人に救われてから色々とありまして〜
月城 亜希人
ファンタジー
二〇二一年初夏六月末早朝。
蝉の声で目覚めたカガミ・ユーゴは加齢で衰えた体の痛みに苦しみながら瞼を上げる。待っていたのは虚構のような現実。
呼吸をする度にコポコポとまるで水中にいるかのような泡が生じ、天井へと向かっていく。
泡を追って視線を上げた先には水面らしきものがあった。
ユーゴは逡巡しながらも水面に手を伸ばすのだが――。
おっさん若返り異世界ファンタジーです。

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。
彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。
ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。
彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています
不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?
カタナヅキ
ファンタジー
現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。
次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。
時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く――
――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。
※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。
※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる