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PART IV
04 店長
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騒々しい音楽をものともせずに、ちりーん、りーんと鈴の音が店内に響き渡り、メイド達がわらわらとドアの前に整列、声をそろえて、三途の川までやってきたチルドレンを出迎える。
「この親不孝者めが!」
うっすらと口元をほころばせた客の顔に、戸惑いと皮肉と冷笑と否定の感情を読み取り、メイド達の後ろに控えていた店長は、店内の照明が暗すぎるのをいいことに、眉間に皺を寄せた。
嫌なら別に無理して来なくてもいいのに。
ここは、冥途カフェである。メイドの格好をした若い女の子達が「お帰りなさいませ、ご主人様」と客を迎えるあれの一種だ。
親より先立った不孝を詰られた新顔のチルドレンは、カウンター席に向かおうとするのをメイドに両側から腕をとられ、賽の河原に連行される。暗さに目が慣れれば、河原にごろごろ転がる石の間に、クッションと表面を平らに削られた岩に模した、テーブル代わりの台が置かれていることに気付くだろう。
新顔のチルドレンは苦虫を噛み潰したような顔でクッションの上に胡坐をかくと、渡されたメニューを開きもしないで「コーヒー」と言ったが、白塗りの顔で見下ろしながら立っているメイド達の重圧に耐えかねて「それから、オムライスも」と追加注文をする。待っている間にせっせと石を積んで罪滅ぼしをするように、と言い残し、メイドは去っていく。
カウンターに戻った店長は、オーダーを持ってきたメイドを迎える。
「ホットと、オムライス。それから、あのチルドレン、奇与子ちゃんをご指名だって」
留女子は白塗りの下の顔を露骨にしかめた。奇与子はこの店のナンバーワンのメイドだ。
「了解」
フロアに戻っていく留女子の虎柄のショートパンツから伸びる、やはり虎柄のロングブーツを履いた脚がさっと横に繰り出され、常連客によって九個まで積み上げられた石の塔が無残に崩壊するのを確認してから、店長は新顔の客に視線を戻した。彼は、落ち着かない様子で周囲に転がる石を一つ一つ手に取って眺めている。
石といっても、3Dプリンターで作成したニセモノだ。大きさは五センチから十五センチぐらい。ごつごつしているが、チルドレンが怪我をしないように、尖った部分には微妙な丸みを持たせてある。十個積み上げると特典がもらえるため、常連は必死になって積み上げるのだが、賽の河原の鬼に扮したメイド達が、給仕をしながら情け容赦なく崩していく。これまで達成できた者はいない。
オムライスを皿に盛りつけた店長は、手を振ってフロアを巡回する奇与子を呼び寄せた。
「奇与子ちゃん、ご指名だよ。あの新顔のチルドレンね」
「了解でーす」
盆にオムライスの皿とコーヒーカップを載せ、くるりと振り向いた奇与子は「あっ」と叫んだ。皿洗いに取り掛かろうとシンクに目を落としていた店長もつられて顔を上げ、「げえっ」と驚きの声を漏らした。
新顔のチルドレンが、器用に石を積み上げていた。絶妙なバランス感覚で、土台にした石の端っこに今にも倒れそうな角度で立たせた石のまたその上に……と、一見して非常に不安定だが、確かに十個の石が積み上げられて塔が完成していた。
異変に気付いた周辺の客やメイド達も騒ぎだした。
「あり得ない……」メイドの一人が呟いた。
「俺はもう三年もこの店に通って石積してるのに……」常連客の一人が、悔しそうに言った。
店内に大音量で流れるへヴィ・メタルのお陰で、周囲の雑音に邪魔されることなく、無心で石を積み上げていた境は、周りを白塗りの顔とすだれ頭の中年男性に囲まれていることに気付いた。
「なん――」
メイド達がわっとばかりに襲いかかって来た。殺られる、という思いが頭を過り、油断しきった自分を呪いたくなった。こんな、アングラ劇団みたいな白塗りに虎模様のブーツやホットパンツなどという間抜けな装いは、無論カモフラージュだったのだ。数多の手が境の頭をまさぐる。目を抉られ、耳を切り取られた無残な死体となった己の姿が脳裏に浮かんだ。
しかし、メイド達の手は、いつまでたっても境の頭を撫でまわしているだけだった。
「やめろ! なんなんだ一体」
境はBGMに負けないよう大声を張り上げた。
「賽の河原の石を十個積み上げたチルドレンに対する特典でーす」
小柄だが肉付きの良いメイドが言った。手にオムライスとコーヒーを載せた盆を持っている。
「特典? いやせっかくだが、俺は――」
盆を持ったメイドの斜め後ろに、喫茶店のマスター然とした白黒ユニフォームに身を包んだ細身の男が立っていた。恐らく、店長だろう。
「特典其の壱、河原の鬼から頭なでなで。特典其の弐は、賽の河原のバックヤード巡りです」店長は陽気に言った。
「バックヤード巡り! メイドさんとのラブラブ自撮りに、オムライスふうふういいながら食べさせてもらえるんだ! チキショーうらやましい」
客のすだれ頭達が囀る。
店長に促されて、境は立ち上がった。盆を持ったメイドもついて来る。連れていかれた先は、店の奥のSTAFF ONLYとドアに書かれた部屋だった。
戸を後ろ手に閉めると、明かりがついた。境はまぶしさに目をしばたたかせた。
壁際にロッカーが並び、中央にテーブルとパイプ椅子。ここはスタッフルームなのだろう。そして物置も兼用しているらしく、段ボール箱がところ狭しと積み上げられ、雑然としていた。
「遅かったじゃないの」と店長が言った。
「ああ?」
「この人なの? すだれ頭じゃない時点で、普通の客じゃないと思ったけど」メイドは盆を雑然としたテーブルの上にスペースを作って置いた。
内心の困惑を隠し、境は時間稼ぎのために、ゆっくりとした動作でパイプ椅子の一つに腰かけた。
「それじゃあ、君が奇与子なんだな」
境は改めてメイドを眺めた。
アングラ劇団員のような白塗りに、瞼と頬はグレー、唇は黒、角の生えたカチューシャをして、虎柄のショートパンツとロングブーツ、白いエプロン。ホームページで見た写真の通りだったが、このメイクでは素顔が想像できず、個々の見分けがつかない。
だが、奇与子というのは、今時のほっそりした女ではなく、小柄だがふっくらと肉感的な体をしていた。こういうのが登の好みなのだろうか、と境は思う。
溪山刑事と別れた後、相変わらず傍家山登からの連絡がないので、境はサカイ探偵事務所に残された登のスマホの中を覗いてみることにした。当然ロックがかかっているものと思ったのだが、予想は外れていた。いよいよ境に発見されることを前提としてわざと置いていったのではないかという疑惑が高まり、他人のプライバシーを侵害する罪悪感が少し薄れた境が電話帳や通信履歴、ネットの検索履歴等を調べてみた結果、驚くぐらいに何の情報も記録・保管されていないことが判明した。電話帳は空、電話・メールの着信・発信もなし(境が登の名刺を見て電話をかけた際の着信一件を覗く)。唯一、ネット検索履歴に残っていたのがこのいかがわしいカフェのホームページ、しかも、奇与子というメイドの紹介ページを何度も訪問していた。
「しかし、よくあの石を積み上げたな。あれは、わざとバランスが悪くなるように設計してあるのに」
店長が眉間に皺を寄せながら言う。
ああ俺は石積みだけは得意だったな、と境は思う。
子供の頃、行き場のない彼は、河原で石を高く積みあげて遊んでいた。わざといびつな形を選んたり、普通寝かせて置くだろうという平べったい石を縦に置いてみたりして難易度を上げ、絶妙なバランスで次々と石を積んでいく。すごいや、お兄ちゃん、と顔を輝かせて喜ぶのは、二歳年下の――
「俺は、こいつの知り合いなんだが」
境は慌ててポケットから取り出した自分のスマホに、傍家山登の顔写真の画像を表示して見せた。
「ちょっと!」
店長は境の手から素早く電話機をひったくると、いくつかのボタンを押した。画像を消却したのだと境が気付いた時には遅かった。
「おい!」
「そんなものをみだりに振り回す人がありますか。あんた、登から聞いたのと全然違うな」
店長はスマホを境に突き返しながら言う。
「どう聞かされたっていうんだよ」
「元敏腕刑事。正義の人だって登が言ってた」奇与子は、オムライスのスプーンを取り上げると、一口分すくって「あーん」と境の口元に突き出した。オムライスの卵の表面には、口から血を吐いた山姥のようなイラストがケチャップで描いてある。
「買いかぶりだ。一体何年前の情報だよ」境は顔を背けながら言う。「俺はベジタリアンなんだ。鶏肉が入ってるだろう、それ」
「見くびられるよりマシでしょうが。ていうか、ベジタリアンなの。野菜でそんなに腹が出ますか」
店長に反論しようと境が口を開きかけた時、りーんと微かに鳴った。店長の顔が険しくなり、彼は入口から一番遠いロッカーを開けた。そこには白黒の映像を映し出す小さなスクリーンがあった。
「防犯カメラか」
店長の肩越しに覗き込んだ境が言った。カフェの入口に、二人の男が立っている。
「溪山――」もう一人は高城刑事だった。
「警察か」
店長は舌打ちをすると、奇与子に向かって「荷物を持って、この人と一緒に行って」と早口に言ってから、境に向き直ると「あんた、車だろうね?」と尋ねた。
「ああ、一応」借りものだけどな、と境は内心付け加えた。
奇与子はスプーンを放り出すと、真ん中あたりのロッカーを開け、小さなボストンバッグを取り出した。
「こっち」
奇与子の後について、境はスタッフルームを出た。遠くの方に、白塗りメイド達に両腕を掴まれて河原に引きずって行かれる二人の刑事の姿があった。何か叫びながら抵抗しているようだが、店内に大音量で流れるBGMのために聞き取れない。まだ室内の暗さに目が慣れてない彼らには、境の姿は見えないはずだ。
奇与子は、しばしどん詰まりの壁を撫でていたが、隠されていた扉が開いて境は眩しさに目をしばたたかせた。そこは冥途カフェのあるビルの外側に設置された非常階段の踊り場だった。隣のビルがやたら近い。
「どこへ行くんだ?」
カフェは三階にあった。そのまま一階まで下りるのだろうと思っていた奇与子が、すぐ下の階の非常ドアを開けて再び建物の中に入るのを見て、境が尋ねた。
「お客さんをピックアップする」
振り返りもしないで、奇与子は答えた。
「この親不孝者めが!」
うっすらと口元をほころばせた客の顔に、戸惑いと皮肉と冷笑と否定の感情を読み取り、メイド達の後ろに控えていた店長は、店内の照明が暗すぎるのをいいことに、眉間に皺を寄せた。
嫌なら別に無理して来なくてもいいのに。
ここは、冥途カフェである。メイドの格好をした若い女の子達が「お帰りなさいませ、ご主人様」と客を迎えるあれの一種だ。
親より先立った不孝を詰られた新顔のチルドレンは、カウンター席に向かおうとするのをメイドに両側から腕をとられ、賽の河原に連行される。暗さに目が慣れれば、河原にごろごろ転がる石の間に、クッションと表面を平らに削られた岩に模した、テーブル代わりの台が置かれていることに気付くだろう。
新顔のチルドレンは苦虫を噛み潰したような顔でクッションの上に胡坐をかくと、渡されたメニューを開きもしないで「コーヒー」と言ったが、白塗りの顔で見下ろしながら立っているメイド達の重圧に耐えかねて「それから、オムライスも」と追加注文をする。待っている間にせっせと石を積んで罪滅ぼしをするように、と言い残し、メイドは去っていく。
カウンターに戻った店長は、オーダーを持ってきたメイドを迎える。
「ホットと、オムライス。それから、あのチルドレン、奇与子ちゃんをご指名だって」
留女子は白塗りの下の顔を露骨にしかめた。奇与子はこの店のナンバーワンのメイドだ。
「了解」
フロアに戻っていく留女子の虎柄のショートパンツから伸びる、やはり虎柄のロングブーツを履いた脚がさっと横に繰り出され、常連客によって九個まで積み上げられた石の塔が無残に崩壊するのを確認してから、店長は新顔の客に視線を戻した。彼は、落ち着かない様子で周囲に転がる石を一つ一つ手に取って眺めている。
石といっても、3Dプリンターで作成したニセモノだ。大きさは五センチから十五センチぐらい。ごつごつしているが、チルドレンが怪我をしないように、尖った部分には微妙な丸みを持たせてある。十個積み上げると特典がもらえるため、常連は必死になって積み上げるのだが、賽の河原の鬼に扮したメイド達が、給仕をしながら情け容赦なく崩していく。これまで達成できた者はいない。
オムライスを皿に盛りつけた店長は、手を振ってフロアを巡回する奇与子を呼び寄せた。
「奇与子ちゃん、ご指名だよ。あの新顔のチルドレンね」
「了解でーす」
盆にオムライスの皿とコーヒーカップを載せ、くるりと振り向いた奇与子は「あっ」と叫んだ。皿洗いに取り掛かろうとシンクに目を落としていた店長もつられて顔を上げ、「げえっ」と驚きの声を漏らした。
新顔のチルドレンが、器用に石を積み上げていた。絶妙なバランス感覚で、土台にした石の端っこに今にも倒れそうな角度で立たせた石のまたその上に……と、一見して非常に不安定だが、確かに十個の石が積み上げられて塔が完成していた。
異変に気付いた周辺の客やメイド達も騒ぎだした。
「あり得ない……」メイドの一人が呟いた。
「俺はもう三年もこの店に通って石積してるのに……」常連客の一人が、悔しそうに言った。
店内に大音量で流れるへヴィ・メタルのお陰で、周囲の雑音に邪魔されることなく、無心で石を積み上げていた境は、周りを白塗りの顔とすだれ頭の中年男性に囲まれていることに気付いた。
「なん――」
メイド達がわっとばかりに襲いかかって来た。殺られる、という思いが頭を過り、油断しきった自分を呪いたくなった。こんな、アングラ劇団みたいな白塗りに虎模様のブーツやホットパンツなどという間抜けな装いは、無論カモフラージュだったのだ。数多の手が境の頭をまさぐる。目を抉られ、耳を切り取られた無残な死体となった己の姿が脳裏に浮かんだ。
しかし、メイド達の手は、いつまでたっても境の頭を撫でまわしているだけだった。
「やめろ! なんなんだ一体」
境はBGMに負けないよう大声を張り上げた。
「賽の河原の石を十個積み上げたチルドレンに対する特典でーす」
小柄だが肉付きの良いメイドが言った。手にオムライスとコーヒーを載せた盆を持っている。
「特典? いやせっかくだが、俺は――」
盆を持ったメイドの斜め後ろに、喫茶店のマスター然とした白黒ユニフォームに身を包んだ細身の男が立っていた。恐らく、店長だろう。
「特典其の壱、河原の鬼から頭なでなで。特典其の弐は、賽の河原のバックヤード巡りです」店長は陽気に言った。
「バックヤード巡り! メイドさんとのラブラブ自撮りに、オムライスふうふういいながら食べさせてもらえるんだ! チキショーうらやましい」
客のすだれ頭達が囀る。
店長に促されて、境は立ち上がった。盆を持ったメイドもついて来る。連れていかれた先は、店の奥のSTAFF ONLYとドアに書かれた部屋だった。
戸を後ろ手に閉めると、明かりがついた。境はまぶしさに目をしばたたかせた。
壁際にロッカーが並び、中央にテーブルとパイプ椅子。ここはスタッフルームなのだろう。そして物置も兼用しているらしく、段ボール箱がところ狭しと積み上げられ、雑然としていた。
「遅かったじゃないの」と店長が言った。
「ああ?」
「この人なの? すだれ頭じゃない時点で、普通の客じゃないと思ったけど」メイドは盆を雑然としたテーブルの上にスペースを作って置いた。
内心の困惑を隠し、境は時間稼ぎのために、ゆっくりとした動作でパイプ椅子の一つに腰かけた。
「それじゃあ、君が奇与子なんだな」
境は改めてメイドを眺めた。
アングラ劇団員のような白塗りに、瞼と頬はグレー、唇は黒、角の生えたカチューシャをして、虎柄のショートパンツとロングブーツ、白いエプロン。ホームページで見た写真の通りだったが、このメイクでは素顔が想像できず、個々の見分けがつかない。
だが、奇与子というのは、今時のほっそりした女ではなく、小柄だがふっくらと肉感的な体をしていた。こういうのが登の好みなのだろうか、と境は思う。
溪山刑事と別れた後、相変わらず傍家山登からの連絡がないので、境はサカイ探偵事務所に残された登のスマホの中を覗いてみることにした。当然ロックがかかっているものと思ったのだが、予想は外れていた。いよいよ境に発見されることを前提としてわざと置いていったのではないかという疑惑が高まり、他人のプライバシーを侵害する罪悪感が少し薄れた境が電話帳や通信履歴、ネットの検索履歴等を調べてみた結果、驚くぐらいに何の情報も記録・保管されていないことが判明した。電話帳は空、電話・メールの着信・発信もなし(境が登の名刺を見て電話をかけた際の着信一件を覗く)。唯一、ネット検索履歴に残っていたのがこのいかがわしいカフェのホームページ、しかも、奇与子というメイドの紹介ページを何度も訪問していた。
「しかし、よくあの石を積み上げたな。あれは、わざとバランスが悪くなるように設計してあるのに」
店長が眉間に皺を寄せながら言う。
ああ俺は石積みだけは得意だったな、と境は思う。
子供の頃、行き場のない彼は、河原で石を高く積みあげて遊んでいた。わざといびつな形を選んたり、普通寝かせて置くだろうという平べったい石を縦に置いてみたりして難易度を上げ、絶妙なバランスで次々と石を積んでいく。すごいや、お兄ちゃん、と顔を輝かせて喜ぶのは、二歳年下の――
「俺は、こいつの知り合いなんだが」
境は慌ててポケットから取り出した自分のスマホに、傍家山登の顔写真の画像を表示して見せた。
「ちょっと!」
店長は境の手から素早く電話機をひったくると、いくつかのボタンを押した。画像を消却したのだと境が気付いた時には遅かった。
「おい!」
「そんなものをみだりに振り回す人がありますか。あんた、登から聞いたのと全然違うな」
店長はスマホを境に突き返しながら言う。
「どう聞かされたっていうんだよ」
「元敏腕刑事。正義の人だって登が言ってた」奇与子は、オムライスのスプーンを取り上げると、一口分すくって「あーん」と境の口元に突き出した。オムライスの卵の表面には、口から血を吐いた山姥のようなイラストがケチャップで描いてある。
「買いかぶりだ。一体何年前の情報だよ」境は顔を背けながら言う。「俺はベジタリアンなんだ。鶏肉が入ってるだろう、それ」
「見くびられるよりマシでしょうが。ていうか、ベジタリアンなの。野菜でそんなに腹が出ますか」
店長に反論しようと境が口を開きかけた時、りーんと微かに鳴った。店長の顔が険しくなり、彼は入口から一番遠いロッカーを開けた。そこには白黒の映像を映し出す小さなスクリーンがあった。
「防犯カメラか」
店長の肩越しに覗き込んだ境が言った。カフェの入口に、二人の男が立っている。
「溪山――」もう一人は高城刑事だった。
「警察か」
店長は舌打ちをすると、奇与子に向かって「荷物を持って、この人と一緒に行って」と早口に言ってから、境に向き直ると「あんた、車だろうね?」と尋ねた。
「ああ、一応」借りものだけどな、と境は内心付け加えた。
奇与子はスプーンを放り出すと、真ん中あたりのロッカーを開け、小さなボストンバッグを取り出した。
「こっち」
奇与子の後について、境はスタッフルームを出た。遠くの方に、白塗りメイド達に両腕を掴まれて河原に引きずって行かれる二人の刑事の姿があった。何か叫びながら抵抗しているようだが、店内に大音量で流れるBGMのために聞き取れない。まだ室内の暗さに目が慣れてない彼らには、境の姿は見えないはずだ。
奇与子は、しばしどん詰まりの壁を撫でていたが、隠されていた扉が開いて境は眩しさに目をしばたたかせた。そこは冥途カフェのあるビルの外側に設置された非常階段の踊り場だった。隣のビルがやたら近い。
「どこへ行くんだ?」
カフェは三階にあった。そのまま一階まで下りるのだろうと思っていた奇与子が、すぐ下の階の非常ドアを開けて再び建物の中に入るのを見て、境が尋ねた。
「お客さんをピックアップする」
振り返りもしないで、奇与子は答えた。
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