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PART III
07 ミニシアター
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ミニシアターの小ぶりなスクリーンとはいえ、一般家庭にあるテレビ画面よりはよほど大きなそれに映し出された巨大なハタケヤマノボルの胸像は、やり手の青年社長といった爽やかな風貌だった。甘いマスクで、いかにも育ちのよさそうな苦労知らずのボンボンに見える。
だがそれを食い入るように見つめる老人達の様子が明らかにおかしかった。先ほどまでの弛緩しきった様子とは打って変わって、全身の筋肉が緊張で張りつめているのがわかる。
老人達の様子にはお構いなしに、スクリーン上のノボルの胸像は全身像へと切り替わり、スクリーンの右端に小柄で華奢なスーツ姿で佇んでいる。俺が最後に会った時の、くたびれ切った不健康な姿からはほど遠い。この企業CMは何年も前に撮影されたに違いなかった。掌を上にした右手で優雅な曲線を描きながら示したスクリーン内のスクリーンに、ポノレカ花の宮、または鷹羽の要塞じみた外観が現れる。
「シニア向け分譲マンション・ポノレカは、現在花の宮と鷹羽にて好評分譲中です。温水プール・サウナ・温泉・ジム・ミニシアター・ボーリング場を完備、二十四時間看護師が常駐し、日々の健康を管理。専属医師による定期健診も受けられます。それでは、ポノレカの内部をご案内しましょう」
老人達が食いしばった歯の隙間から呻き声を漏らし始め、俺は彼らの健康状態が心配になった。
「おい、この人達に、付き添いはいないのか。ジョージの世話をしていた看護師みたいな」
「家政婦なり、ヘルパーなり、誰かしら居ると思うけど、彼らはしょっちゅうサボってるから。この映画館に放り込むのは、映画を見せている間は、見張ってる必要がないからなんだ」
ユキが俺達に近い端っこに座っている老人を指さした。暗くて気付かなかったが、アームレストに載せられた両腕の手首の辺りを、革のストラップで固定されている。
「雇い主をここに拘束して、一体何を」
俺はベルボーイのゴローとジョージの看護師の関係を思い出し、口をつぐんだ。まったく、どいつもこいつも、プロとしての自覚はないのか。
「まあいい。今から部屋に戻るよりも、ここに幽閉されている方が安全かもしれん」
俺は老人たちのストラップを当面解かないことにした。こちらの制止を振り切って気ままに彷徨い歩かれたら厄介だし、かえって危険だ。
スクリーン上では、場面が切り換わってポノレカの内部を歩くノボルをカメラが追っている。
「さて、こちらは、二階、温水プールです。同じフロアに、天然温泉の浴場とサウナ、ジムも併設しています。プールとジムでは専門のインストラクターが付きますので、安全に運動し、健康を維持することができます」
温水プールで泳ぐ元気で健康そうな老人達の姿を、豪華な肘掛け椅子に体を固定された老人達が凝視している。今や見開かれた目は眼窩から転げ落ちそうで、歯を食いしばり、自由になろうともがいているが、両手だけでなく両足もストラップで固定されているから完全に徒労、いやそれどころか
「おい、よせ。そんなに暴れると、怪我をするぞ」
スクリーン上では呑気なBGMにのせて、どこもかしこもピカピカで現実味に欠けるシニア向け分譲マンション内の施設が紹介されているだけだというのに。老人達の反応の激しさは常軌を逸していた。
ノボルの姿が、意識の混濁した老人達をこれほどまでに恐怖に陥れるとは。あの内気そうな男が、一体彼らに何をしたというのか。
リ・リ・リ・リル・リル・レ・レ・レ・クイェー
うなじがちりちりと逆立った。
ユキがまた例の癇に障るフレーズを口ずさんでいた。
「それは、やめろと――」
企業CMのBGMとして流れている、ズンチャ・ズンチャと二拍子の牧歌的なインスト曲。アレンジが随分変わっているので気が付かなかったが、これは「ポルカ・ポルカ・ポルカ」だ。ユキのバイト先の一つ、冥途カフェで流れていたへヴィメタ曲と同じメロディー。
「ぐあああああああああああああああああ!」
老人の一人が雄叫びを上げ、滅茶苦茶に暴れ出したのを皮切りに、他の老人達も同様にわめき暴れ出した。ジョージが服用しているのと同じ精神を安定させる薬の副作用だろうか。かなり重量がありそうな肘掛け椅子が、ガタガタと揺れるほどの勢いだった。
「おい、やめろ。爺さんたちを怯えさせているのは、この曲なのか?」
俺はユキの肩を掴んで揺さぶった。彼女も、どこか目の焦点が定まっていない感じがした。
「このメロディーが、不快な記憶と結びついているからですよ」
俺は声のした方に振り向いた。
スクリーン上のノボルが、いつの間にか三階、このミニシアターに移動し、段上のスクリーン前に佇んでいた。
だがそれを食い入るように見つめる老人達の様子が明らかにおかしかった。先ほどまでの弛緩しきった様子とは打って変わって、全身の筋肉が緊張で張りつめているのがわかる。
老人達の様子にはお構いなしに、スクリーン上のノボルの胸像は全身像へと切り替わり、スクリーンの右端に小柄で華奢なスーツ姿で佇んでいる。俺が最後に会った時の、くたびれ切った不健康な姿からはほど遠い。この企業CMは何年も前に撮影されたに違いなかった。掌を上にした右手で優雅な曲線を描きながら示したスクリーン内のスクリーンに、ポノレカ花の宮、または鷹羽の要塞じみた外観が現れる。
「シニア向け分譲マンション・ポノレカは、現在花の宮と鷹羽にて好評分譲中です。温水プール・サウナ・温泉・ジム・ミニシアター・ボーリング場を完備、二十四時間看護師が常駐し、日々の健康を管理。専属医師による定期健診も受けられます。それでは、ポノレカの内部をご案内しましょう」
老人達が食いしばった歯の隙間から呻き声を漏らし始め、俺は彼らの健康状態が心配になった。
「おい、この人達に、付き添いはいないのか。ジョージの世話をしていた看護師みたいな」
「家政婦なり、ヘルパーなり、誰かしら居ると思うけど、彼らはしょっちゅうサボってるから。この映画館に放り込むのは、映画を見せている間は、見張ってる必要がないからなんだ」
ユキが俺達に近い端っこに座っている老人を指さした。暗くて気付かなかったが、アームレストに載せられた両腕の手首の辺りを、革のストラップで固定されている。
「雇い主をここに拘束して、一体何を」
俺はベルボーイのゴローとジョージの看護師の関係を思い出し、口をつぐんだ。まったく、どいつもこいつも、プロとしての自覚はないのか。
「まあいい。今から部屋に戻るよりも、ここに幽閉されている方が安全かもしれん」
俺は老人たちのストラップを当面解かないことにした。こちらの制止を振り切って気ままに彷徨い歩かれたら厄介だし、かえって危険だ。
スクリーン上では、場面が切り換わってポノレカの内部を歩くノボルをカメラが追っている。
「さて、こちらは、二階、温水プールです。同じフロアに、天然温泉の浴場とサウナ、ジムも併設しています。プールとジムでは専門のインストラクターが付きますので、安全に運動し、健康を維持することができます」
温水プールで泳ぐ元気で健康そうな老人達の姿を、豪華な肘掛け椅子に体を固定された老人達が凝視している。今や見開かれた目は眼窩から転げ落ちそうで、歯を食いしばり、自由になろうともがいているが、両手だけでなく両足もストラップで固定されているから完全に徒労、いやそれどころか
「おい、よせ。そんなに暴れると、怪我をするぞ」
スクリーン上では呑気なBGMにのせて、どこもかしこもピカピカで現実味に欠けるシニア向け分譲マンション内の施設が紹介されているだけだというのに。老人達の反応の激しさは常軌を逸していた。
ノボルの姿が、意識の混濁した老人達をこれほどまでに恐怖に陥れるとは。あの内気そうな男が、一体彼らに何をしたというのか。
リ・リ・リ・リル・リル・レ・レ・レ・クイェー
うなじがちりちりと逆立った。
ユキがまた例の癇に障るフレーズを口ずさんでいた。
「それは、やめろと――」
企業CMのBGMとして流れている、ズンチャ・ズンチャと二拍子の牧歌的なインスト曲。アレンジが随分変わっているので気が付かなかったが、これは「ポルカ・ポルカ・ポルカ」だ。ユキのバイト先の一つ、冥途カフェで流れていたへヴィメタ曲と同じメロディー。
「ぐあああああああああああああああああ!」
老人の一人が雄叫びを上げ、滅茶苦茶に暴れ出したのを皮切りに、他の老人達も同様にわめき暴れ出した。ジョージが服用しているのと同じ精神を安定させる薬の副作用だろうか。かなり重量がありそうな肘掛け椅子が、ガタガタと揺れるほどの勢いだった。
「おい、やめろ。爺さんたちを怯えさせているのは、この曲なのか?」
俺はユキの肩を掴んで揺さぶった。彼女も、どこか目の焦点が定まっていない感じがした。
「このメロディーが、不快な記憶と結びついているからですよ」
俺は声のした方に振り向いた。
スクリーン上のノボルが、いつの間にか三階、このミニシアターに移動し、段上のスクリーン前に佇んでいた。
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