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PART II
02 XXX(トリプルエックス)
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XXXXに向かうつもりで車に乗り込んだ俺だが、途中気が変わってXXXに寄り道をすることにした。
XXXは、繁華街の狭い路地に建つ貧相な六階建てのビルディングで、一階が駐車場、二階は会計事務所、三階はミニシアター、四階と五階は住居、六階は精肉店という雑居ビルだ。俺の部屋は四〇四号室。家賃を半年滞納しているため、いつ家財道具を処分され強制退去になるか知れない状況だが、一応一階駐車場の一角は俺にあてがわれた駐車スペースになっている。
しかし、前回の訪問時もそうだったが、俺のスペースには、別の車が停まっていた。運転手の姿はない。その隣が空いていたので、俺は無断駐車の車の隣に無断駐車し、エンジンを切った。
窓越しに隣の車を観察する。シトロエンDS21のナントカ。俺は車にはさして興味はないが、商売柄車の知識はあっても邪魔にならない。屋根がグレーでボディはメタリックブルー。外車であるというだけでなく、現在この国で主流となった、あんこ型の相撲取りのケツのような車とは似ても似つかないクラシックな形といい、ちょっと目立つ車だ。
前回俺の駐車スペースに停まっていた車も、これだったと思う。こんな車が何台も走り回るような界隈ではないし、俺の駐車スペースを勝手に利用するフランス車はそうそうあるものじゃない。
俺はシートを倒して狭苦しい車内で横になった。
うとうとしかける間もなかった。非常階段を下りてくる足音からして、女だろう。俺はじっと息を殺して待つ。
鍵を鞄から取り出し鍵穴に刺そうとかがみこんだ女に、俺は思わず声をかけた。
「ユミ!」
俺の情婦、つい先ほど俺の事務所に新聞紙を振り回しながら怒鳴り込んできた女、数日前に俺の捜索を依頼してきた時にはルミと名乗っていたが、俺が知る限りではユミと言う名前の女。
ユミは驚いた顔で振り向いた。
「あんた、どこ行ってたの。捜したのよ」
「知ってる」
「上でずっと待ってたけど、来ないから」
俺は自分の車を降りて、彼女の車のドアを開けて、目を丸くする彼女の体を中に押しこむと、自分も乗り込んだ。
俺の軽自動車よりはマシとはいえ、狭い車内であちこち体をぶつけた痛みに顔をしかめながら俺は衣服の乱れを直した。
「一体何なのよ」
ここ数日でため込んでいた欲求不満のはけ口にされたユミは、夢の中とは違って不満げに眉間に皺を寄せ、腹立たし気にバックミラーでメイクへのダメージをチェックしている。
「何故俺を捜していた」
「事務所に居ないからよ。電話にも出ないし」
「ここで事件があったことを知らないのか?」
「事件? 何の?」
ユミのアパートにはテレビがなく、新聞も取っていないことを思い出した。ネットでニュースになるほどのでかいヤマではないから、知らなくても不思議はなかった。
「ユミ」
俺は確認のために彼女の名前をもう一度呼んだ。
「さっきから何なの? 気持ち悪い」
「俺の部屋で、何か変わったことはなかったか」
「別に。電気とガスが止まってたし、水道料金の督促状が来てたから、払わないとじきに水道も止められるわよ。それから大家が来て、滞納してる家賃を払えって」
「勝手に玄関に出るなよ」
「合鍵で勝手に入って来たのよ。と言っても、私が行った時には鍵は開いてたわよ。不用心ね」
「別に盗られて困るような物もないからな」
「大家が、代わりに家賃を払えってうるさいから、ちょっとサービスしてやったわよ」
「なんだと」
俺は、今さっき散々舐めまわしたり舌を差し込んだりした口紅のはみ出たユミの唇を見てげんなりした。
「先に言え、そういうことは。そもそもお前がそんなことをする義理はないんだ」
ユミは俺を睨みつけ、俺の頬をぴしゃりと平手で叩くと「出てってよ」と言った。
「あと一つだけ。これ」
俺はコートのポケットから取り出した指輪を渡し、ユミの反応を観察した。
「これって」
ユミは息を呑んで、小さなプラチナの指輪を見つめた。
「水道代も払えないくせに、こんなもの」
彼女の瞳にみるみる涙が溢れてきて、俺は慌てた。
「誤解するな。事件現場に残されていた証拠品だ。お前のじゃないんだな?」
喜びに浸っていたユミの表情が一変した。
「紛らわしいじゃないの。From T to Yって、『タケシからユミへ』だと思うじゃない」
そういえばそんな文句が内側に彫られていた。
「俺がお前にプロポーズするわけないだろう」
俺はユミのシトロエンから叩き出され(正確に言うなら蹴り出され)、車は俺を残して走り去った。
自分の車を隣の駐車スペースに移動させると、俺は非常階段を上り始めた。
六階の非常用ドアから中に入ると、肉屋の入り口前に置かれたPORUKA精肉店の看板に明かりが灯っているのが見えた。
ガラス越しに見える店内も、蛍光灯に煌々と照らし出されている。ショーケースに並べられた赤やピンクや白色も鮮やかな肉また肉――俺はドアを押して店内に入った。
「いらっしゃい」
カウンター越しに声をかけてきたのは背の低い肉付きの良い女だった。
「あら」
女は俺の顔を見て声をあげた。俺の方でも見覚えがあるのだが、思い出せなかった。
「今日は普通の営業日よ、お客さん」
思わせぶりな流し目に、俺は電流に打たれた気分だった。冷凍室の中で豚の頭に襲われていた、少女。あの時は随分幼く見えた顔が、今は蛍光灯の下で皺や染みが露わになり三十過ぎに見えた。
奥から出てきた男が、俺を見て「あっ」と言った。そいつのことはすぐにわかった。俺に自称十三歳を斡旋してきた肉屋のおやじだ。
「お客さん、今日は普通の商いの日ですよ」
そう愛想よく言った後、声を潜めて
「でも、どうしてもっていうんなら都合つけますよ」と小柄な女の方を目で示しながら「割増料金をいただきますけど」
「せっかくだが、そっちは間に合っている」
「それでは、こちらのご用でいらしたんですか。うちは何でも揃ってますよ。鰐でも鹿でも熊でもすっぽんでも」
俺はショーケースの中で色々蠢いているものを横目で捕えていたが、慌てて目をそらした。
「ちょっと、あんた! サカイさん」
店の奥から出てきたもう一人の男が俺を見るなり、カウンターから飛び出してきた。この雑居ビルの大家だった。
「肉を食う余裕があるなら、家賃払ってくださいよ」
「おや、俺の女友達から、さっき支払ったって聞いたけどな」
「何言ってんの、あんなおばさん、一ヶ月分の家賃にもならないよ」
「お前、ひとの女に手をだしておいてふざけるな」
俺が睨みつけながら詰め寄ると、大家は後ずさりしてカウンターにぶつかりながら
「じゃあ、三ヶ月分はチャラにするよ」
俺はコートの内のポケットから封筒を取り出し、残りの滞納家賃三ヶ月分を支払うと、その場で六ヶ月分の領収書を書かせた。
「あんた、酷い人だねえ」
大家が恨みがましい目で睨むのを無視し、警察の捜査は進んでいるのか、と俺は尋ねた。
「ああ、あれね。あれはもう済んだよ」
大家は肉屋のおやじに目配せしながら言う。説明を要求すると
「お肉でたっぷりおもてなししたんでね。たらふく食べたから、身元不明の死体のことなんてどうでもよくなったんでしょうよ」
肉屋のおやじはいやらしい笑みを浮かべ言った。カウンターの下では、女の尻を撫でまわしているようだった。
俺はこれ以上の収穫は期待できないと思い、無言で店を出た。ドアが閉じる前に、大家の声が追いかけてきた。
「あっちも片をつけておいたらか、もう大丈夫ってキヨコちゃんに伝えといて。会えなくて寂しいって」
俺はまた非常階段で駐車場まで降りると、今度こそXXXXを目指すべく車に乗り込んだ。
XXXは、繁華街の狭い路地に建つ貧相な六階建てのビルディングで、一階が駐車場、二階は会計事務所、三階はミニシアター、四階と五階は住居、六階は精肉店という雑居ビルだ。俺の部屋は四〇四号室。家賃を半年滞納しているため、いつ家財道具を処分され強制退去になるか知れない状況だが、一応一階駐車場の一角は俺にあてがわれた駐車スペースになっている。
しかし、前回の訪問時もそうだったが、俺のスペースには、別の車が停まっていた。運転手の姿はない。その隣が空いていたので、俺は無断駐車の車の隣に無断駐車し、エンジンを切った。
窓越しに隣の車を観察する。シトロエンDS21のナントカ。俺は車にはさして興味はないが、商売柄車の知識はあっても邪魔にならない。屋根がグレーでボディはメタリックブルー。外車であるというだけでなく、現在この国で主流となった、あんこ型の相撲取りのケツのような車とは似ても似つかないクラシックな形といい、ちょっと目立つ車だ。
前回俺の駐車スペースに停まっていた車も、これだったと思う。こんな車が何台も走り回るような界隈ではないし、俺の駐車スペースを勝手に利用するフランス車はそうそうあるものじゃない。
俺はシートを倒して狭苦しい車内で横になった。
うとうとしかける間もなかった。非常階段を下りてくる足音からして、女だろう。俺はじっと息を殺して待つ。
鍵を鞄から取り出し鍵穴に刺そうとかがみこんだ女に、俺は思わず声をかけた。
「ユミ!」
俺の情婦、つい先ほど俺の事務所に新聞紙を振り回しながら怒鳴り込んできた女、数日前に俺の捜索を依頼してきた時にはルミと名乗っていたが、俺が知る限りではユミと言う名前の女。
ユミは驚いた顔で振り向いた。
「あんた、どこ行ってたの。捜したのよ」
「知ってる」
「上でずっと待ってたけど、来ないから」
俺は自分の車を降りて、彼女の車のドアを開けて、目を丸くする彼女の体を中に押しこむと、自分も乗り込んだ。
俺の軽自動車よりはマシとはいえ、狭い車内であちこち体をぶつけた痛みに顔をしかめながら俺は衣服の乱れを直した。
「一体何なのよ」
ここ数日でため込んでいた欲求不満のはけ口にされたユミは、夢の中とは違って不満げに眉間に皺を寄せ、腹立たし気にバックミラーでメイクへのダメージをチェックしている。
「何故俺を捜していた」
「事務所に居ないからよ。電話にも出ないし」
「ここで事件があったことを知らないのか?」
「事件? 何の?」
ユミのアパートにはテレビがなく、新聞も取っていないことを思い出した。ネットでニュースになるほどのでかいヤマではないから、知らなくても不思議はなかった。
「ユミ」
俺は確認のために彼女の名前をもう一度呼んだ。
「さっきから何なの? 気持ち悪い」
「俺の部屋で、何か変わったことはなかったか」
「別に。電気とガスが止まってたし、水道料金の督促状が来てたから、払わないとじきに水道も止められるわよ。それから大家が来て、滞納してる家賃を払えって」
「勝手に玄関に出るなよ」
「合鍵で勝手に入って来たのよ。と言っても、私が行った時には鍵は開いてたわよ。不用心ね」
「別に盗られて困るような物もないからな」
「大家が、代わりに家賃を払えってうるさいから、ちょっとサービスしてやったわよ」
「なんだと」
俺は、今さっき散々舐めまわしたり舌を差し込んだりした口紅のはみ出たユミの唇を見てげんなりした。
「先に言え、そういうことは。そもそもお前がそんなことをする義理はないんだ」
ユミは俺を睨みつけ、俺の頬をぴしゃりと平手で叩くと「出てってよ」と言った。
「あと一つだけ。これ」
俺はコートのポケットから取り出した指輪を渡し、ユミの反応を観察した。
「これって」
ユミは息を呑んで、小さなプラチナの指輪を見つめた。
「水道代も払えないくせに、こんなもの」
彼女の瞳にみるみる涙が溢れてきて、俺は慌てた。
「誤解するな。事件現場に残されていた証拠品だ。お前のじゃないんだな?」
喜びに浸っていたユミの表情が一変した。
「紛らわしいじゃないの。From T to Yって、『タケシからユミへ』だと思うじゃない」
そういえばそんな文句が内側に彫られていた。
「俺がお前にプロポーズするわけないだろう」
俺はユミのシトロエンから叩き出され(正確に言うなら蹴り出され)、車は俺を残して走り去った。
自分の車を隣の駐車スペースに移動させると、俺は非常階段を上り始めた。
六階の非常用ドアから中に入ると、肉屋の入り口前に置かれたPORUKA精肉店の看板に明かりが灯っているのが見えた。
ガラス越しに見える店内も、蛍光灯に煌々と照らし出されている。ショーケースに並べられた赤やピンクや白色も鮮やかな肉また肉――俺はドアを押して店内に入った。
「いらっしゃい」
カウンター越しに声をかけてきたのは背の低い肉付きの良い女だった。
「あら」
女は俺の顔を見て声をあげた。俺の方でも見覚えがあるのだが、思い出せなかった。
「今日は普通の営業日よ、お客さん」
思わせぶりな流し目に、俺は電流に打たれた気分だった。冷凍室の中で豚の頭に襲われていた、少女。あの時は随分幼く見えた顔が、今は蛍光灯の下で皺や染みが露わになり三十過ぎに見えた。
奥から出てきた男が、俺を見て「あっ」と言った。そいつのことはすぐにわかった。俺に自称十三歳を斡旋してきた肉屋のおやじだ。
「お客さん、今日は普通の商いの日ですよ」
そう愛想よく言った後、声を潜めて
「でも、どうしてもっていうんなら都合つけますよ」と小柄な女の方を目で示しながら「割増料金をいただきますけど」
「せっかくだが、そっちは間に合っている」
「それでは、こちらのご用でいらしたんですか。うちは何でも揃ってますよ。鰐でも鹿でも熊でもすっぽんでも」
俺はショーケースの中で色々蠢いているものを横目で捕えていたが、慌てて目をそらした。
「ちょっと、あんた! サカイさん」
店の奥から出てきたもう一人の男が俺を見るなり、カウンターから飛び出してきた。この雑居ビルの大家だった。
「肉を食う余裕があるなら、家賃払ってくださいよ」
「おや、俺の女友達から、さっき支払ったって聞いたけどな」
「何言ってんの、あんなおばさん、一ヶ月分の家賃にもならないよ」
「お前、ひとの女に手をだしておいてふざけるな」
俺が睨みつけながら詰め寄ると、大家は後ずさりしてカウンターにぶつかりながら
「じゃあ、三ヶ月分はチャラにするよ」
俺はコートの内のポケットから封筒を取り出し、残りの滞納家賃三ヶ月分を支払うと、その場で六ヶ月分の領収書を書かせた。
「あんた、酷い人だねえ」
大家が恨みがましい目で睨むのを無視し、警察の捜査は進んでいるのか、と俺は尋ねた。
「ああ、あれね。あれはもう済んだよ」
大家は肉屋のおやじに目配せしながら言う。説明を要求すると
「お肉でたっぷりおもてなししたんでね。たらふく食べたから、身元不明の死体のことなんてどうでもよくなったんでしょうよ」
肉屋のおやじはいやらしい笑みを浮かべ言った。カウンターの下では、女の尻を撫でまわしているようだった。
俺はこれ以上の収穫は期待できないと思い、無言で店を出た。ドアが閉じる前に、大家の声が追いかけてきた。
「あっちも片をつけておいたらか、もう大丈夫ってキヨコちゃんに伝えといて。会えなくて寂しいって」
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