探偵は思い出のなかに

春泥

文字の大きさ
上 下
16 / 21
失われた少女

2 熟練少女

しおりを挟む
 彼は高等専門学校いわゆる高専の記憶探偵養成課程に席を置く実習生、彼女のほうは、彼のような実習生を相手にする検体になっておよそ十年のベテランだ。
 現在、彼女を相手に捜索実習に臨むのは主にこの五年コースの四年生と五年生である。初めは他の検体と同じように全学年を対象としていたのだが、彼女はこの十年の間に確実に失踪スキルを磨いており、もはや「一、二年生用の実技検体としては不適切」と講師に評されるにいたった。

 彼はまだ二年生だが、筋がいいと講師から認められており、上級者用の検体での実習が特別に許可されている。
 実習用検体は数年で人工呼吸器を外されることが多い。長期に渡る寝たきり生活からくる身体機能の衰えに加えて、脳の活動も徐々に減退していくからだ。
 それを考えれば、十年も検体としての務めを果たしている彼女は驚異的と言える。いやむしろ、その優秀さゆえに、並みの生徒では、どれだけ記憶内を泳いでみても彼女の潜伏先を特定できないほどの熟練失踪人になってしまったがために、「検体」として存在意義が問われるようになってしまっている。つまり、生徒の実習の役に立たないような失踪人を公費(もとをただせば税金だ)で保護し続けることに疑問を抱く者が出始めていた。

 だから彼は、この専門学校内でほとんど唯一彼女の居場所を突き止めて会話に持ち込むことができる実習生――とはいえそれは三回に一回ぐらいの割合だったが――として、彼女を発見し続けなければならない。
 彼は、今回彼女を見つけられたら

「もう少し手加減して下級生に優しい検体にならないと、お払い箱にされてしまうかもしれないよ。上級生は普通、校外実習でリアルな失踪ケースで研修を積むからね」

 そう忠告してやるつもりだが、なかなか見つからない。もうかなり奥まで潜っているというのに。

 記憶にもレベルがある。普通の失踪人は、記憶探偵(通称キャッチャー)が自分を捜しに来ることを想定していないから、だいたいレベル1とか2の浅いところに潜んでいる。そうして、幸せだった頃の記憶に潜り込み、飽きずに何度もその幸せな思い出を経験し続けているものだ。だから、失踪人の親しい関係者に丁寧に聞き込みを行えば、だいたいどの辺りに潜んでいそうか、見当をつけることができる。

 しかし、失踪人として発見される経験を何度も積んだ彼女の場合は、そうはいかない。他者から見ればごくありふれた、例えば庭に咲いた満開のツツジを眺めているだけの五月の午後のひと時などといった瞬間を選んで潜んでいたかと思えば、彼女が五歳の時にクレヨンで描いて子供部屋に貼られていた家族の絵の中の自分に潜伏していたりする。これでは、ベテランのキャッチャーだってそう簡単には見つけられないだろう。

 しかも彼女には、それを楽しんでいる節があった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

転校生はおんみょうじ!

咲間 咲良
児童書・童話
森崎花菜(もりさきはな)は、ちょっぴり人見知りで怖がりな小学五年生。 ある日、親友の友美とともに向かった公園で木の根に食べられそうになってしまう。助けてくれたのは見知らぬ少年、黒住アキト。 花菜のクラスの転校生だったアキトは赤茶色の猫・赤ニャンを従える「おんみょうじ」だという。 なりゆきでアキトとともに「鬼退治」をすることになる花菜だったが──。

バロン

Ham
児童書・童話
広大な平野が続き 川と川に挟まれる 農村地帯の小さな町。 そこに暮らす 聴力にハンデのある ひとりの少年と 地域猫と呼ばれる 一匹の猫との出会いと 日々の物語。

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

フラワーキャッチャー

東山未怜
児童書・童話
春、中学1年生の恵梨は登校中、車に轢かれそうになったところを転校生・咲也(さくや)に突き飛ばされて助けられる。 実は咲也は花が絶滅した魔法界に花を甦らせるため、人の心に咲く花を集めに人間界にやってきた、「フラワーキャッチャー」だった。 けれど助けられたときに、咲也の力は恵梨に移ってしまった。 これからは恵梨が咲也の代わりに、人の心の花を集めることが使命だと告げられる。   恵梨は魔法のペンダントを預けられ、戸惑いながらもフラワーキャッチャーとしてがんばりはじめる。 お目付け役のハチドリ・ブルーベルと、ケンカしつつも共に行動しながら。 クラスメートの女子・真希は、恵梨の親友だったものの、なぜか小学4年生のあるときから恵梨に冷たくなった。さらには、咲也と親しげな恵梨をライバル視する。 合唱祭のピアノ伴奏に決まった恵梨の友人・奏子(そうこ)は、飼い猫が死んだ悲しみからピアノが弾けなくなってしまって……。 児童向けのドキワクな現代ファンタジーを、お楽しみいただけたら♪

友梨奈さまの言う通り

西羽咲 花月
児童書・童話
「友梨奈さまの言う通り」 この学校にはどんな病でも治してしまう神様のような生徒がいるらしい だけど力はそれだけじゃなかった その生徒は治した病気を再び本人に戻す力も持っていた……

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

処理中です...