13 / 21
母を訪ねて
6
しおりを挟む
「あ、あ、あ……」
驚きのあまり腰が抜けたらしいタイチが、尻もちをついた。体を支えるために地面に着いた手や太腿にまで、ガラスの破片による切り傷がいっぱいできている。
よくない兆候だ。
怪物とハダたちの間は百メートルほど開いていたが、相手のデカさを考慮すると、十分に安全な距離とは思えなかった。毛むくじゃらの脚まで含めれば縦横十メートルはありそうな巨大なクモが、ぱりぱりとガラスの破片を割りながら近づいてくる。反射的にタイチを片腕で抱き抱え逃げ出そうとしたハダだが、すぐに足を止めた。クモの目標物は二人ではなかった。
クモの行く先、ガラスの破片が積みあがってできた小高い丘の上に、人影があった。長い髪がぞろりと垂れている。細身の、女だ。腰までガラスの山のなかに埋まっている。
見覚えのある顔だった。
職業柄、ハダの顔認識能力は高い。
あれは恐らく、タイチの母親なのだろう。しかしその姿は、つい先ほど、意識のないままベッドに横たわる姿を見た女性の原型を、ほとんど留めていなかった。
彼女の口が大きく開いている。
恐らく叫んでいるのだろう。空気がびりびりと振動しているのが感じられる。だがこの空間を満たしているのは、恐ろしいまでの静寂だ。その静けさの中で、巨大グモがガラスの破片を踏みしめて移動する音だけが聞こえてくる。
女は蜘蛛が近づいてくるたびに口をさらに大きく開ける。そのうち顎が外れてしまうのではないかとハダは不安になった。ふと気づいて腹に手を回して抱え上げたままのタイチに目をやると、タイチは今にもこぼれ落ちそうなほど目を見開き、母親を凝視している。眼窩が落ちくぼんだその顔は、あの醜悪なクモにそっくりだった。
目の前に蜘蛛の牙が迫っても、母親は動かない。動けない。両足が膝下までガラスの中に埋もれているから。
いやあれは、母親なんかじゃない。
クモの顔が、声なき叫びをあげ続ける女に近づいていく。牙の生えた口が開く。こちらも、顎が外れるのではないかというぐらいに。叫び続ける女の頭部に、牙が食い込む。
タイチの絶叫が響き渡った。
「こんなところに長居は無用だ。帰るぞ!」
ハダは反対側の手で持っていた網の輪っかをくるりと一回転させてタイチの頭にばさっと被せた。
驚きのあまり腰が抜けたらしいタイチが、尻もちをついた。体を支えるために地面に着いた手や太腿にまで、ガラスの破片による切り傷がいっぱいできている。
よくない兆候だ。
怪物とハダたちの間は百メートルほど開いていたが、相手のデカさを考慮すると、十分に安全な距離とは思えなかった。毛むくじゃらの脚まで含めれば縦横十メートルはありそうな巨大なクモが、ぱりぱりとガラスの破片を割りながら近づいてくる。反射的にタイチを片腕で抱き抱え逃げ出そうとしたハダだが、すぐに足を止めた。クモの目標物は二人ではなかった。
クモの行く先、ガラスの破片が積みあがってできた小高い丘の上に、人影があった。長い髪がぞろりと垂れている。細身の、女だ。腰までガラスの山のなかに埋まっている。
見覚えのある顔だった。
職業柄、ハダの顔認識能力は高い。
あれは恐らく、タイチの母親なのだろう。しかしその姿は、つい先ほど、意識のないままベッドに横たわる姿を見た女性の原型を、ほとんど留めていなかった。
彼女の口が大きく開いている。
恐らく叫んでいるのだろう。空気がびりびりと振動しているのが感じられる。だがこの空間を満たしているのは、恐ろしいまでの静寂だ。その静けさの中で、巨大グモがガラスの破片を踏みしめて移動する音だけが聞こえてくる。
女は蜘蛛が近づいてくるたびに口をさらに大きく開ける。そのうち顎が外れてしまうのではないかとハダは不安になった。ふと気づいて腹に手を回して抱え上げたままのタイチに目をやると、タイチは今にもこぼれ落ちそうなほど目を見開き、母親を凝視している。眼窩が落ちくぼんだその顔は、あの醜悪なクモにそっくりだった。
目の前に蜘蛛の牙が迫っても、母親は動かない。動けない。両足が膝下までガラスの中に埋もれているから。
いやあれは、母親なんかじゃない。
クモの顔が、声なき叫びをあげ続ける女に近づいていく。牙の生えた口が開く。こちらも、顎が外れるのではないかというぐらいに。叫び続ける女の頭部に、牙が食い込む。
タイチの絶叫が響き渡った。
「こんなところに長居は無用だ。帰るぞ!」
ハダは反対側の手で持っていた網の輪っかをくるりと一回転させてタイチの頭にばさっと被せた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
図書室はアヤカシ討伐司令室! 〜黒鎌鼬の呪唄〜
yolu
児童書・童話
凌(りょう)が住む帝天(だいてん)町には、古くからの言い伝えがある。
『黄昏刻のつむじ風に巻かれると呪われる』────
小学6年の凌にとって、中学2年の兄・新(あらた)はかっこいいヒーロー。
凌は霊感が強いことで、幽霊がはっきり見えてしまう。
そのたびに涙が滲んで足がすくむのに、兄は勇敢に守ってくれるからだ。
そんな兄と野球観戦した帰り道、噂のつむじ風が2人を覆う。
ただの噂と思っていたのに、風は兄の右足に黒い手となって絡みついた。
言い伝えを調べると、それは1週間後に死ぬ呪い──
凌は兄を救うべく、図書室の司書の先生から教わったおまじないで、鬼を召喚!
見た目は同い年の少年だが、年齢は自称170歳だという。
彼とのちぐはぐな学校生活を送りながら、呪いの正体を調べていると、同じクラスの蜜花(みつか)の姉・百合花(ゆりか)にも呪いにかかり……
凌と、鬼の冴鬼、そして密花の、年齢差158歳の3人で呪いに立ち向かう──!
児童絵本館のオオカミ
火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。
こちら第二編集部!
月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、
いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。
生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。
そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。
第一編集部が発行している「パンダ通信」
第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」
片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、
主に女生徒たちから絶大な支持をえている。
片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには
熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。
編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。
この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。
それは――
廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。
これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、
取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。
こちら御神楽学園心霊部!
緒方あきら
児童書・童話
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。
灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。
それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。
。
部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。
前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。
通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。
どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。
封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。
決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。
事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。
ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。
都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。
延々と名前を問う不気味な声【名前】。
10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。
がらくた屋 ふしぎ堂のヒミツ
三柴 ヲト
児童書・童話
『がらくた屋ふしぎ堂』
――それは、ちょっと変わった不思議なお店。
おもちゃ、駄菓子、古本、文房具、骨董品……。子どもが気になるものはなんでもそろっていて、店主であるミチばあちゃんが不在の時は、太った変な招き猫〝にゃすけ〟が代わりに商品を案内してくれる。
ミチばあちゃんの孫である小学6年生の風間吏斗(かざまりと)は、わくわく探しのため毎日のように『ふしぎ堂』へ通う。
お店に並んだ商品の中には、普通のがらくたに混じって『神商品(アイテム)』と呼ばれるレアなお宝もたくさん隠されていて、悪戯好きのリトはクラスメイトの男友達・ルカを巻き込んで、神商品を使ってはおかしな事件を起こしたり、逆にみんなの困りごとを解決したり、毎日を刺激的に楽しく過ごす。
そんなある日のこと、リトとルカのクラスメイトであるお金持ちのお嬢様アンが行方不明になるという騒ぎが起こる。
彼女の足取りを追うリトは、やがてふしぎ堂の裏庭にある『蔵』に隠された〝ヒミツの扉〟に辿り着くのだが、扉の向こう側には『異世界』や過去未来の『時空を超えた世界』が広がっていて――⁉︎
いたずら好きのリト、心優しい少年ルカ、いじっぱりなお嬢様アンの三人組が織りなす、事件、ふしぎ、夢、冒険、恋、わくわく、どきどきが全部詰まった、少年少女向けの現代和風ファンタジー。
ひとなつの思い出
加地 里緒
児童書・童話
故郷の生贄伝承に立ち向かう大学生達の物語
数年ぶりに故郷へ帰った主人公が、故郷に伝わる"無作為だが条件付き"の神への生贄に条件から外れているのに選ばれてしまう。
それは偶然か必然か──
オオカミ少女と呼ばないで
柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。
空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように――
表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。
イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~
友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。
全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる