探偵は思い出のなかに

春泥

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母を訪ねて

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 小さな手に握りしめたお金がこぼれ落ちないように、その子はけんめいに急な階段を上っている。
 路地裏にひっそりと建つみすぼらしいビルにはエレベーターなどなくて、二階の会計事務所と、三階のボクシングジムのドアの前を通過して階段をのぼりつめた先に現れたドアには

 ナラサキ探偵事務所

 と書いてあった。その黒い文字越しに半分透けて見える室内には、人の気配がない。
 その子はドアの前でしばらくためらっていたが、手のなかでしわくちゃになったお札と小銭の数をもう一度数えてから、ドアノブに手をかけた。

「あの……」

 ドアの隙間からそうっと声をかけると、開け放した窓枠に片膝を立てて座り、煙草を吸っていた男が振り向いてその子を見た。

「なんだ、迷子か? ここは子供の来る所じゃないぞ」

 男は煙を吐き出しながら言った。その子が口を開きかけたとき、背後から声がした。

「ここで煙草を吸わないでって言ってるでしょう。肺ガンで死にたいなら、一人でどうぞ!」

 その子の脇をすり抜けて行ったのは女性だった。いい匂いがふわりとその子の鼻をかすめた。窓際の男は慌てて携帯灰皿の中へ煙草を押し込んだ。

「ところで君は、どうしてここへ? 依頼人?」

 女性が振り返ってその子に言った。きれいにお化粧をして、胸に茶色い紙袋を抱えている。二十代? 三十代? きれいな人であることは間違いなく、その子は顔を赤くして、どぎまぎしながら言った。

「はい、あの、ぼく、ぼくの、お母――いや、えっと、は、母を捜してほしいんです」
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