なぜだかそこに猫がいた:短編集

春泥

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第三十三話 ナメクジになりたかった子

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 そこは、いわゆる天国的なところなんだということが、なぜかすぐにわかった。
おぼろげながらに、身に覚えもあった。

 ああ、ぼく、死んじゃったんだ。

「なかなかひどい目にあっているねえ、まだ若いのに」目の前にいる、立派な椅子に座った老人が、巻物を広げながら言った。それにはどうやら、ぼくの人生が描かれているらしく、ひどく短かった。
「次の世界では、何でも好きなものにしてあげよう。人気なのは、すごい魔力を持った冒険者とかそういうものだが、君は何になりたい?」
 なにかにならないといけないんだろうか、とぼくは思うが、それは口にしてはいけないようなきがした。ぼくは、いつも遠慮ばかりしている。いや、もう死んでしまっているから、していた、と言うべきか。
「なんでもいいのでしょうか」
「いいとも。ヒトでなくてもいいぞ。ドラゴンとか、魔法使いとか」
「それじゃあ、ナメクジにしてください」

 一瞬の間

「なぜまた」
「なんとなく」
「塩かけられて踏み潰されるかもしれんぞ」
「そうしたら、今度こそ人生終わりますか?」
「うーむ」椅子に座った人はうなった。
「なあ君。君が今までいた世界に少しも、まったく希望を持てないのはわかる。次の世界をできれば回避したいと思うのも理解できる。だが、そんな風に一生を終えてもいいのかい。前よりマシな人生を試してみたら、その世界を好きになれるかもしれないだろう」
「試してみないと、いけないのでしょうか」
「一回こっきりでやり直しがきかないのは嫌だ、っていう大勢の人の希望を叶えるためのシステムなんだよ。最低一回だけは我慢して試してごらん。ただし、ナメクジ以外で」
「では、カタツムリで」
「……」
「家があるだけ随分恵まれていると思うんです。ナメクジより」ぼくは早口で言った。ふざけて冗談を言っていると思われたくなかったのだ。 

 神様は溜息をついた。

「わかった。いや、わからないんだが、とりあえずお前がどんな気持ちでいるのかは、それとなく理解した。特別に、お試し期間を設けてやろう。三ヶ月、お前は次の世界で暮らしてみる。それから、改めて何になりたいか聞こう。それが、最終決定になる」
「そうですか」
 お礼を言うべきなのだろうと思ったけど、ぼくの口からはどうしてもありがとうの言葉が出て来なかった。ナメクジかカタツムリになったら、三ヶ月も持たないんじゃないかと思った。それこそ、いたずらっ子に塩をかけられてしまうか、うっかりした誰かに踏まれてしまうとか。

「お前は、ナメクジにもカタツムリにもならない。お試し期間だからな」
 神様がそういうと、目の前に眩しい光が広がって、目を開けているはずなのにまっ白で何も見えなくなった。
「新しい世界では、悪人ばかりではないと、きっと思えるようになる。今は信じられないかもしれないがな」

 それが意識を失う前に聞こえた最後の言葉だった。 
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