なぜだかそこに猫がいた:短編集

春泥

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第十九話 夜歩く

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 ウォーキングの途中で足を止めて、少し休憩した。

 残暑が厳しい日中を避けて、日没後に歩くことにしていた。夏場なら昼も夜も暑すぎて運動には適さないという言いわけができたが、とりあえず酷暑は過ぎた。スボンを全てワンサイズ上に買い替えなければならないかどうかの瀬戸際だった。

 汗をかいた体には、生ぬるい夜風でも気持ちよかった。車の交通量が多い国道を少し外れたところに田んぼがあり、よく育った稲穂が頭を垂れている。五月には、まだ実っていない状態の稲が青々と波立つように風になびいていたのを思い出し、自分が育てたわけでもないのにしばし感慨に浸った。

 今夜の秋風はさほど強くなく、重く実った稲を激しく揺らすほどではない、筈なのだが、ガサゴソと音を立てて、穂の一部が激しく揺れていた。その揺れは明らかに移動しており、どうやら何かが稲をかき分けて進んでいるようなのだが、姿は見えなかった。

 鳥か猫、あるいは、ここから少し離れた川で繁殖しているヌートリアかもしれない、と私は思った。犬を散歩させていた老婦人に教えてもらったのだが、このカピバラに似た外来種が、近隣の田畑の作物を食い荒らしているそうだ。見た目は可愛いらしいのだが、農家にしてみれば迷惑極まりないだろう。

 その何かは田んぼの中を蛇行しながら、こちらに近づいてきた。どのような動物であれ、あまり近くで遭遇したいとは思えなかったので、思わず一歩下がった。

 それは私が立っているすぐ足元まで来たが、相変わらずその姿は稲の中に隠れたままだった。

「なんだ、子供じゃないのか」

 という声と共に、その何かは稲を揺らしながら、遠ざかっていった。
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