なぜだかそこに猫がいた:短編集

春泥

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第十五話 焼き鳥

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 雑草がぼうぼうと茂る空き地の前に、屋台が停まっている。
 近づいていくにつれ、甘辛いタレの匂いが漂ってくる。
 焼き鳥だ。
 屋台の食べ物など普段はあまり食指が動かないのだが、そこは夕暮れ時の人気のない路地で、静かな住宅地、あちこちの台所からも食欲をそそられる匂いがふわっと漂ってくるので、私は腹ペコだった。
 ゆっくりと屋台に近づいて行くと、串に刺さった肉が炭火にあぶられて煙を上げていた。
「いらっしゃい」
 と煙の向こうのおやじに言われて、私は生唾を飲み込みつつ、カウンター席の一つに腰かけた。
「何にしましょう。ちょうど焼けたところですよ」
 炭火の上にジュウジュウ音を立てて脂が滴り落ちている様子に、もう我慢できなかった。
 モモ、ムネ、ネギマ、ササミ、肝、砂肝、ぼんじり、えんがわ……夢中になって貪り食った。途中で不安になり
「おじさん、そこに『どれでもひと串百円』て書いてあるけど、この旨さでその値段で、やっていけるの?」
 と訊いてみた。おやじは、
「いえいえ。沢山お召し上がりいただければ、採算は取れるので」
 と言う。どうやら本当に一本百円なのだと安心して、更に食べまくった。目の前に串の山が積みあがっていく。

 いつのまにかすっかり日が暮れて、屋台の背後の空き地では、蛙の声がにぎやかだった。
 大きく膨れた腹をさすりながら、私はおやじが「サービス」だと言って出してくれた冷酒を飲み干しながら、すっかりいい気分でこう言った。
「いやあ、脂がのってるのにちっともくどくないから、こんなに食べてしまった。お恥ずかしい」
「ありがとうございます。沢山食べていただけると、こちらもうれしいです」
「お勘定を頼むよ」
「二千円です」
「えっ」
 私は驚いて、自分が築き上げた串の山を見た。
「おいおいおじさん、ちゃんと数えたのかい。どう見てもその倍は食ってるよ。なにしろ、すごくうまかったからね。それに、酒だってお代わりして飲んだじゃないか」
 しかし、おやじは平然としている。
「お客さんの食べっぷりに感心いたしましてね。やはり、おいしいおいしいと言っていただけるのが励みになります。ですから、二千円ぽっきりで結構です」
 またいらしてくださいと言われ、私は必ずまた来るよと上機嫌でおやじに別れを告げた。そして三歩進んだところで、ぐにゃりとしたものを踏みつけた感触に、思わず「うわっ」と声を上げてしまった。
「どうなさいました」
 屋台の後ろからおやじが出て来た。
「何か変なものを踏んだんだ」
 街灯があっても暗いうら寂しい路地だが、屋台の灯りが届くので足元は真っ暗というわけではなかった。埃っぽいアスファルトの上には、万歳して潰れた蛙が内臓を口から吐き出して平たくなっていた。何蛙か知らないが、てのひらから手足がはみ出るぐらいの割合大きなものだった。
「うわっ」
 おもわず顔をしかめる私の前で、おやじはひょいと屈んで潰れた蛙を拾い上げた。
「この辺は、多いんですよ。ほら、そこの空き地で、いくらでも捕れます」
 そういってにやっと笑った顔は、なんとなく蛙に似ていた。
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