なぜだかそこに猫がいた:短編集

春泥

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第十四話 田舎役場

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 用事があって、午後から役場へでかけた。小さな町役場だが、日中はそれなりに混雑しているのだろうと覚悟して行ったのだが、到着してみると、どうも様子がおかしい。
 平屋建ての役場の裏面に位置する駐車場に、いかにも役場の事務職員然とした人々と共に、たまたま用事でやってきたらしい一般市民たちが寄り集まって何やら深刻そうな顔をしている。総勢二十名程もいるだろうか。中には制服警官の姿まであった。

「何事ですか?」

 職員と思しき一人に声をかけてみた。頭髪がかなり白くなった気真面目そうな男性だ。

「あれですよ」

 泣き笑いのような顔で、男性は役場の建物の方を指さした。

 横一列に並んだ大きな窓越しに、職員のデスクが並んでいるのが見えた。開いたまま机上に置かれたファイル、つけっぱなしのノートパソコンのディスプレイ、客の応対をするカウンターの上には、書類が散乱していた。だが人影はない。どうやら建物の中に居合わせた者全員が、この駐車場へ集まっているらしい。

「一体全体」何が起きたのかと再度問おうとしたとき、それがデスクの下からむっくりと体を起こした。

 大きさは、成人男性ぐらいはありそうで、全身を覆う剛毛が白と黒とにくっきり分かれている。一見愛敬のある柔和な顔立ちだが、黒い毛で縁取られた目はよく見ると意外に小さく、抜け目のない印象を受ける。竹のような堅い物質をバリバリ噛み砕くことのできる頑丈な顎は、草食動物だからと油断することなかれ。実は雑食のため家畜や人を襲うこともあるという。体重は百キロを超えていそうだった。熊と同様に、山中でも町中でも、偶然出くわすことがあったらさぞ肝を冷やすであろう巨漢だ。

 その白黒のやつは、なにやら苛ついた様子で、役場のデスクの間をうろつき回っていた。竹を掴むために進化したという手で器用にデスクの上の物をつまみあげたり、引き出しを開け、中身を放り投げたりしていたが、やがて飽きたのだろうか、デスクの上に腹を見せてごろんと寝転がり、その勢いで回転しながら反対側に落下した。すぐに起き上がってまたデスクの上に乗っかると、連なったデスクの上をごろんごろんと転がり始めた。どうやら、遊んでいるらしい。

 デスクの上にも下にも巨漢の太い腕になぎ倒され、肉厚な背中に押し潰された物がそこいら中に散乱した。自分が声をかけた真面目そうな壮年職員などは頭を抱えていたが、群衆の中からは「あら、かわいい」などの声も上がっていた。

「弱ったなあ。役場は五時までですよね」

 私は腕時計を見て、言った。時間は四時四十五分。もう夕方だ。警官も、増え続ける野次馬を整理する以外のことはしていないようだ。この調子では、とても役場の業務再開は望めそうにない。

「申し訳ないですが、明日また出直してもらえますか」と真面目そうな男性職員は、本当に申し訳なさそうに言った。

「明日には、いなくなってますかねえ」
「お腹がすいたら、出て行くと思います。前はそうでしたから」
 
 では以前にもこんなことがあったのだな、と私は思いながら、男性職員に軽く頭を下げて駐車場をあとにした。
 役場の中では、暴れ疲れたらしい白黒の巨漢が、デスクの上で無防備に腹を上に向け大股を開いた状態で、居眠りを始めたところだった。
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