なぜだかそこに猫がいた:短編集

春泥

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第十三話 ニワトリ

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 こっこっこっ……
   こっこっこっ……

 公園のベンチで本を読んでいた私が顔を上げると、そこにいたのは、水色の帽子を被り、幼稚園の制服と思しきスモックを着た三、四歳の男の子だった。
「こっこっこっ」
 そう言いながら、前かがみになって歩いている。両腕はのばして体の横につけ、指先はピンと上を向いている。
「こっこっこっ」と言いながらこちらに近づいてきた男の子は、「こけ」と言って、お辞儀をした。そしてまた「こっこっこっ」といいながら歩き去った。
 私は思わずふき出した。
 半ズボンの小さなお尻を左右に揺らしながら歩くのが、なんともユーモラスで可愛らしかった。どうやら、ニワトリのつもりらしい。

「こっこっこっ」と今度は、ピンクの帽子を被った女の子が近づいてきた。先ほどの男の子と同じ制服を着ている。よく見れば、公園内には複数人の園児たちがいた。
 天気の良い平日の午後である。幼稚園の先生に引率されて公園に遊びに来たのだろう。子供達は、「こっこっこっ」「こっこっこっ」と不規則な軌道を描きながら公園内を練り歩いていた。どうやらニワトリごっこがブームらしい。

 私は微笑みを浮かべたまま、読書に戻ろうとした。
 すると、私の目の前に、「こっこっこっ」と男の子がやってきた。私が小首をかしげて見ていると、彼は私のすぐそばでターンしてお尻をこちらに向けると、「こけ」と私に背を向けたままお辞儀をした。
 男児のお尻の辺りから、何か白いものがころりと地面に転がり落ちたが、男の子は気付かず「こっこっこっ」と遠ざかっていく。
 私は開いたまま膝の上に載せていた本を閉じ、慌てて男の子が落としたものにかがみこんだ。
「ねえ、ちょっと、君」
 それは、白くて楕円形、上の方が僅かに尖っており、先程の男児が半ズボンのポケットにでも入れていたからであろう、温もりが残っていた。
 それは、そう、卵だった。
 あっけにとられて手に持った卵を見つめる私のところに、また別の園児がやってきた。

「こっこっこっ」「こけ」

 ころりとまた卵が転がり落ちた。
 一体何の冗談だろう。
 二個になった卵を一つずつ手に持ち、私は園児達の引率者を目で探した。
 それは卵を模したオモチャではなく、ずしりと重みのある、本物の卵だった。子供に食べ物で遊ばせるとは、非常識であろうと思ったのだ。
 
 しかし、公園内に居る大人は、私一人だった。それなのに、七、八名ほどの園児が、「こっこっこっ」「こけ」と、公園のあちこちに卵を産み落としていた。
 私は背中に冷たいものを感じ、慌てて立ち去ろうとした。
 手に持った卵をどうするか少し迷ったが、ベンチの上にそっと置いた。背もたれのない平らなコンクリートのベンチだが、経年のためか、浅い窪みができており、丁度鳥の巣のように見えなくもなかった。
 
 ニワトリの真似をしながら歩き回る園児達の合間を縫って、私は出口を目指した。不規則な軌道を描く園児にぶつからないように避けながら、かつそこここに落ちている卵を踏まないように移動しなければならず、思いのほか手間取った。

 ようやく車がせわしなく行き交う表通りに面した公園の出口の手前まで来たところで、気が緩んだ私は、振り返ってみた。
 先ほどまで自分が座っていたベンチが見えた。その上に置いた二個の卵が、どういうわけかころころと手前へ転がって、ベンチの端まで来ると、思わず息を止めた私が見守る中、落下した。
 ベンチからは結構距離があるのに、

 ぐしゃっ
 べしゃっ

 二個の卵が地面に激突して潰れる音が聞こえてきた。
「こっこっこっ」「こけ」「こっこっこっ」と練り歩いていた園児達が、一斉にベンチの方を見て、静止した。

 私は息をするのを忘れて公園の入り口で凍り付いて割れた卵を凝視していた。
 地面にめり込んだように潰れた卵の殻が、むくむくと持ち上がった。

「ぴよぴよ」
「ぴよぴよぴよ」

 それは、ひよこだった。頭に卵の殻をかぶったまま、二匹のひよこは、ぴよぴよいいながらよたよた歩き出した。
 ブルーとピンクの帽子を被ったニワトリたちも、一斉にお尻をふりふり、不規則な軌道を描きながら歩き出した。

 こっこっこっ……
   こっこっこっ……

 さらにそれにひよこのぴよぴよいう声も混じって、大層賑やかだった。
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