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第四章 正直者の帰還

第十話 昔々、王都にお姫様がいました

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 テキサが王都タカツチから古都キンシャチへと都落ちさせられたのはまだ六歳のことだった。
 その前年、王都タカツチはドラゴンの襲撃により壊滅的打撃を受けた。名高いドラゴン・スレイヤー・ヘルシの活躍により都は守られた。だが、ドラゴンは深手を負って退散しただけで、とどめを刺されたわけではなかった。スレイヤー・ヘルシも瀕死の重傷を負った。
 王都タカツチを襲ったドラゴンは、最古にして最強のドラゴンと謳われるゴーガンだった。何百年もの間姿を潜め、既に死んだか単なる伝説に過ぎず実在していなかったのだと思われていた老ドラゴンの突然の出現は、その脅威から解放された人々にある疑問を抱かせた。

 何故、今、ゴーガンが、よりによって王都に出現したのか。

 その謎を解き明かしたのは、当時は王宮勤めだった大魔法使いのムル=ジバルであった。
「邪眼の姫が、古のドラゴンを呼び寄せた」という衝撃的報告内容を知る者は少ない。
 邪眼とは、光彩が黄金色をした瞳のことで、つい百年ほど前までは、そのような瞳の赤子が生まれた際は、悪魔の使いとしてこっそり葬られていた。古のドラゴン・ゴーガンが王都を襲った頃には、さすがにそのような非科学的かつ非人道的行為は禁止されていた。それでも、迷信深い人々からは、この金色の瞳は疎まれ嫌われていた。
 好色王と陰で揶揄される国王の四番目の妃は、三番目の妃の身の回りの世話をする女官であった。その女官上がりの王妃が産んだ第一子、好色王にとっては四番目となる子が、不運にもこの邪眼の持主であった。王には一番目と二番目、さらに三番目の妃の間に一人ずつ子があったが、皆女の子であった。今度こそは世継ぎの王子を、と期待していた王は、またもや女の赤子であったことに失望したが、邪眼であるから始末してしまえ、と考えるほど非情ではなかった。
 しかし多情な王は四番目の妃が妊娠中に既に他の女に目移りしていたから、四番目の妃もやがて生まれるその子も、王にはあまり顧みられずに欝々と過ごすことになる。先例として、王は不倫中の愛人と結婚するためにこれまで三人の妃の首を刎ねていたから、四番目の妃の心中は「欝々と」などという生易しいものではなかったかもしれないが。
 邪眼の姫と陰口を叩かれる四番目の王女は、しかし、幼いながらに聡明で、三歳にして既に文字の読み書きを覚え、学業に秀でていることを示した。なんでも、宮廷仕えの大魔法使いが彼女に目をかけ、自ら学を授けているという噂。
 四番目の妃よりも若い愛人にうつつを抜かしていた王も、その評判を耳にし、第四王女の元を度々訪れるようになった。これは、母親の首を刎ねられた上に地方の城に幽閉状態となっている他三名の異母姉たちと比べると、破格の扱いだった。
 それでも、「お前は賢いなあ」と誇らしげに自分の頭を撫でてくれる父王が、いつも泣いてばかりいる母親に冷たい態度をとる気持ちは、幼い第四王女にはまだ理解できなかった。
 やがて、その幼い王女の周辺で、不吉な噂が立つようになった。
 なんでも、彼女付の女官が宮殿の尖塔から身投げをしたとか、彼女の悪口を大っぴらに言いふらした第二王女が流行り病のせいで命を落としかけ、回復したものの全身に醜いできものの跡が残ったとか。
 なかでも、彼女の母と父王の不仲の原因を作った王の最新の愛人、まだ十七歳の町娘には、馬車に轢かれそうになったり、上から煉瓦が落ちてきたり、様々な不幸が襲いかかり、度々命の危険に晒されているのだとか。
 町娘は、国王がお忍びで芝居見物に出かけた際に見初めた庶民の娘である。本人の意思にかかわりなく、このような女好きの権力者の目に止まってしまった時点で、彼女の運命は決まっていた。
 娘は程なく子を身籠った。いくらなんでも、まったくの平民を妃にするのは、恋のために三人の妃の首を刎ねてきた好色王といえども憚られ、第四妃の首はまだしばらく安泰かと思われた(ちなみに、元女官であったとはいえ、第四妃は貴族の娘であった)。ところが、なんという運命の皮肉。町娘から生まれてきたのは、待望の男児であった。
 
 古のドラゴン・ゴーガンが王都を襲ったのは、この男児が生まれて間もない頃だった。ひっそりと人里離れた隠れ家に移されて極秘出産したという町娘とその息子の行方は、王都の混乱に紛れ杳として知れない。これは、混乱のどさくさに紛れて親子ともども闇に葬られたとみられている。彼らを邪魔者とするのは、第四妃だけでなく、母親を処刑された王女たちも同様で、反対勢力には事欠かなかったから。
 ドラゴン襲来の原因を解明したとされる大魔法使いは、まだ復興途中の王都を後にし、古都キンシャチへと旅立った。噂によれば、その文才を認められ高等教育を科せられることになった第四王女テキサの後見人として付き添ったという話だ。
 なお、テキサの母、王の第四妃は、ドラゴン襲来の際に命を落としたと言われている。
 現在、好色王は七番目の妃を娶っている。ドラゴン襲撃で命を落としたとされる四番目の妃を除いて、他五名はことごとく首を刎ねられていた。しかし、何度妻を変えても、生まれてくる子は一人の妃につきただ一人、そして全員が女の子であった。つまり、王には母親が全員違う王女が七人いることになる。
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