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第一章
06 長老の一声
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「他に説明がつかないのであれば、そうなろう」
エルからの報告を聞いたゲンヤは手に持っていた書を棚に戻しながら、そう言った。
図書館内の一室、六角形や長方形とでたらめに設計されたとしか思えない部屋が無秩序に並ぶ中において、それは三角形の狭苦しい部屋で、出入り口が一つしかない袋小路となっていた。壁に備え付けられた書架はびっしりと書物で埋まっている。ただでさえ狭苦しい小部屋に若い使徒六名が押しかけてきたことにより、室内の温度が一気に上昇したようだった。
いささか迷惑そうな若き長老は、肩よりも長く伸びた黒髪を無造作に一つに束ねており、針金のような体躯は少年の頃のまま、小柄な者が多い塔内においては群を抜いて背が高い。今となっては比べる術もないが、おそらく、前図書館長と同じぐらいの高さになっていると思われた。
「それで、どうする?」
意気込んで尋ねるエルに、ゲンヤは微かに首を傾げた。
「どうする、とは?」
「塔の外から侵入したらしい不審者が塔内を徘徊しているところを度々目撃されているんだぞ。一大事じゃないか。しかも、最新の目撃者は使徒だ。何もしないのか」とリーヤがいささか呆れ気味に言う。
「警備を強化しても成果はなかった。これ以上どうしろと?」
そうゲンヤに言われて、リーヤは口ごもった。
「それはそうだが」
「さりとて、何もしないわけにはいかないだろう」とワタルは静かに言う。
「いいだろう」とゲンヤは肩をすくめた。
「それで、どうするつもりかな」
「あなたの意見を聞いているのだ、長老」とユッコが言った。
「意見ねえ」
ゲンヤは溜息をついた。
「現状では、特に何もないな。その人物が本当に塔の外からやってきたのかどうかも確証が持てないようでは、意見のしようがない。とりあえず捕まえて本人に訊いてみるのが最も手っ取り早いのだろうが、これまでことごとく逃げられている相手をどうやって捕まえるか、計画はあるのかな」
「塔の外部からやって来たように見せかけた内部犯行だと思っているのか? 新たな謀反のたくらみとでも?」とキリヤの表情が険しくなる。
「わからない。現状では、ほとんど何もわかっていないに等しい。だから、私に意見を求めるのなら、もう少し判断材料を揃えてからにしてもらいたい。私の意見が必要ならば、だが」とゲンヤは言った。
「長老の意見は絶対だろう。お前が水没刑だと言えば、俺達には逆らうことができない」キリヤが挑発的に言う。
「まだいうのか」リーヤが呆れた顔をしてキリヤの肩に手をかけた。
「俺はしつこい性格でね」
「君達は私の操り人形じゃない。厳重な警備をしても潜り抜けるようなやつだ。今までと同じ方法では駄目だろう。ではどうするか。各自で対応策を練ってほしい」
「承知した」とワタルは頷く。
「しかし、塔内の怪人物はそれでよいとして図書館内で騒がれている亡霊については、どうするつもりだ。どうも話を聞いていると、同じ不審者とは思えないんだが、両者はほぼ同じ時期に現れたんだ。つながりがないとも思えない」
「結局、まだ何もわかっていない、それに尽きる。これでは、どうしようもあるまい」とゲンヤは言った。「具体的な打開策を準備できたら、警備団長も招いて臨時使徒会議を招集しよう」
長老の言葉に、一同解散となった。
多忙なゲンヤを図書館内で捕まえて非公式な会合を持った若い使徒達だが、完全に肩透かしを食った形だ。
「食えない奴よ」
腹立たし気に言うキリヤを、リーヤがたしなめる。
「立場があるのだから、仕方なかろう。お前も、もう子供ではないのだから、少しは口を慎め」
「長老の言うことは正しいしね」とエル。「いまだに、不審人物については何もわかっていないに等しい。とにかく賊を捕まえないことには」
「私はミロとフーラにこのことを報告しておこう」ユッコはそう言って、部屋を出て行った。
「僕も行こう。シアム団長には僕から話しておく」とリーヤが後を追う。
キリヤはルキのところへ行くと言い、エルは引き続き子供の患者の看病に戻った。
溜息を一つついたワタルは、狭苦しい部屋から出た。考え事は、歩き回っている方がはかどる気がした。図書館の中心にある巨大な吹き抜けに出たワタルは、背後から呼び止められた。
「図書館長」
「長老」
先ほど真っ先に部屋を出て行ったゲンヤだった。
「ちょっといいかな」とゲンヤは言った。
「付き合ってもらいたいところがある」
「構わないが、どこへ」
「煉瓦職人区域」
父親が亡くなってから、ワタルの足は生まれ育った煉瓦職人区より遠のいていた。その最大の理由は、司書兼使徒となり一般の民である彼等に話せないことが多くできてしまったことだった。三年前の謀反が制圧されてからは特に。
「一体、何をしにいくんだい」
ワタルは当然肩透かしをくうものと思いながら尋ねた。図書館から外へ出るには長い道のりを歩かなければならない。
「塔内の怪人物の目撃者は、警備団員とエルを除くと、一般の民では『眠れぬ夜に散歩をしていた煉瓦職人』ただ一人だそうだ。その煉瓦職人に会ってみたくなってね」
「君はもう会ったことがある。僕等よりいくつか年上だが、三年前に子を授かった。長老になったばかりの君から直々に授けられたと聞いたけど」
「もちろん、覚えているよ。煉瓦職人達には、子供の頃に世話になったし。君は、相変わらず煉瓦職人居住区から足が遠のいているらしいな」
ワタルは返す言葉が見つからず黙り込んでしまう。
「怪人の話は瞬く間に民の間に知れ渡った。そして、子供達が夜中に居住区を抜け出して『怪人』探しをするという危険な状態に陥っているという」
「さすがに親や警備団にこっぴどく叱られて、今はかなりおとなしくなっているらしいけどね」
「それはどうかな。子供が、そんなに聞き分けの良いものだろうか。警備団に見つからないほど、巧妙なやり方を覚えただけかもしれない」
「まさか」
「君は自分の胸に手を当ててよく考えたうえでもまだ『まさか』なんて呑気なことが言えるのかな」
「それは――元々の言い出しっぺは君だったろ」
「ひとのせいにするのか。嘆かわしい」
隣を歩くゲンヤを睨みつけると、彼はくつくつと笑っていた。長老になってからは一層無口に気難しくなった男が。
「君は、もう少し職人区域に足を運んだ方がい。図書館長として忙しいのはわかるが、君がそうしないのは単に」
「わかってる」ワタルは慌ててゲンヤの言葉を制した。実際には、何がわかっているのか自分でもよくわかっていなかったのだが。
「君は職人区域を度々訪問するのか? 君はパウと同じでどこを探しても見つからないと皆から苦情が」
ワタルははっとして口をつぐんだ。前図書館長の名前を聞いて、ゲンヤから笑みが消えた。
「君も、幼い頃はたびたび長老の姿をみかけたろう。お体の具合が悪くなるまでは、あのお方は頻繁に職人区域を回っておられた。直接目で見て、民の口から話をききたいと」
「君もそれを見習っているわけだな」
「私の場合は、先の長老ほど皆から歓迎してもらえるわけではないがね」
それから先、二人は無言で歩いた。
エルからの報告を聞いたゲンヤは手に持っていた書を棚に戻しながら、そう言った。
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「それで、どうする?」
意気込んで尋ねるエルに、ゲンヤは微かに首を傾げた。
「どうする、とは?」
「塔の外から侵入したらしい不審者が塔内を徘徊しているところを度々目撃されているんだぞ。一大事じゃないか。しかも、最新の目撃者は使徒だ。何もしないのか」とリーヤがいささか呆れ気味に言う。
「警備を強化しても成果はなかった。これ以上どうしろと?」
そうゲンヤに言われて、リーヤは口ごもった。
「それはそうだが」
「さりとて、何もしないわけにはいかないだろう」とワタルは静かに言う。
「いいだろう」とゲンヤは肩をすくめた。
「それで、どうするつもりかな」
「あなたの意見を聞いているのだ、長老」とユッコが言った。
「意見ねえ」
ゲンヤは溜息をついた。
「現状では、特に何もないな。その人物が本当に塔の外からやってきたのかどうかも確証が持てないようでは、意見のしようがない。とりあえず捕まえて本人に訊いてみるのが最も手っ取り早いのだろうが、これまでことごとく逃げられている相手をどうやって捕まえるか、計画はあるのかな」
「塔の外部からやって来たように見せかけた内部犯行だと思っているのか? 新たな謀反のたくらみとでも?」とキリヤの表情が険しくなる。
「わからない。現状では、ほとんど何もわかっていないに等しい。だから、私に意見を求めるのなら、もう少し判断材料を揃えてからにしてもらいたい。私の意見が必要ならば、だが」とゲンヤは言った。
「長老の意見は絶対だろう。お前が水没刑だと言えば、俺達には逆らうことができない」キリヤが挑発的に言う。
「まだいうのか」リーヤが呆れた顔をしてキリヤの肩に手をかけた。
「俺はしつこい性格でね」
「君達は私の操り人形じゃない。厳重な警備をしても潜り抜けるようなやつだ。今までと同じ方法では駄目だろう。ではどうするか。各自で対応策を練ってほしい」
「承知した」とワタルは頷く。
「しかし、塔内の怪人物はそれでよいとして図書館内で騒がれている亡霊については、どうするつもりだ。どうも話を聞いていると、同じ不審者とは思えないんだが、両者はほぼ同じ時期に現れたんだ。つながりがないとも思えない」
「結局、まだ何もわかっていない、それに尽きる。これでは、どうしようもあるまい」とゲンヤは言った。「具体的な打開策を準備できたら、警備団長も招いて臨時使徒会議を招集しよう」
長老の言葉に、一同解散となった。
多忙なゲンヤを図書館内で捕まえて非公式な会合を持った若い使徒達だが、完全に肩透かしを食った形だ。
「食えない奴よ」
腹立たし気に言うキリヤを、リーヤがたしなめる。
「立場があるのだから、仕方なかろう。お前も、もう子供ではないのだから、少しは口を慎め」
「長老の言うことは正しいしね」とエル。「いまだに、不審人物については何もわかっていないに等しい。とにかく賊を捕まえないことには」
「私はミロとフーラにこのことを報告しておこう」ユッコはそう言って、部屋を出て行った。
「僕も行こう。シアム団長には僕から話しておく」とリーヤが後を追う。
キリヤはルキのところへ行くと言い、エルは引き続き子供の患者の看病に戻った。
溜息を一つついたワタルは、狭苦しい部屋から出た。考え事は、歩き回っている方がはかどる気がした。図書館の中心にある巨大な吹き抜けに出たワタルは、背後から呼び止められた。
「図書館長」
「長老」
先ほど真っ先に部屋を出て行ったゲンヤだった。
「ちょっといいかな」とゲンヤは言った。
「付き合ってもらいたいところがある」
「構わないが、どこへ」
「煉瓦職人区域」
父親が亡くなってから、ワタルの足は生まれ育った煉瓦職人区より遠のいていた。その最大の理由は、司書兼使徒となり一般の民である彼等に話せないことが多くできてしまったことだった。三年前の謀反が制圧されてからは特に。
「一体、何をしにいくんだい」
ワタルは当然肩透かしをくうものと思いながら尋ねた。図書館から外へ出るには長い道のりを歩かなければならない。
「塔内の怪人物の目撃者は、警備団員とエルを除くと、一般の民では『眠れぬ夜に散歩をしていた煉瓦職人』ただ一人だそうだ。その煉瓦職人に会ってみたくなってね」
「君はもう会ったことがある。僕等よりいくつか年上だが、三年前に子を授かった。長老になったばかりの君から直々に授けられたと聞いたけど」
「もちろん、覚えているよ。煉瓦職人達には、子供の頃に世話になったし。君は、相変わらず煉瓦職人居住区から足が遠のいているらしいな」
ワタルは返す言葉が見つからず黙り込んでしまう。
「怪人の話は瞬く間に民の間に知れ渡った。そして、子供達が夜中に居住区を抜け出して『怪人』探しをするという危険な状態に陥っているという」
「さすがに親や警備団にこっぴどく叱られて、今はかなりおとなしくなっているらしいけどね」
「それはどうかな。子供が、そんなに聞き分けの良いものだろうか。警備団に見つからないほど、巧妙なやり方を覚えただけかもしれない」
「まさか」
「君は自分の胸に手を当ててよく考えたうえでもまだ『まさか』なんて呑気なことが言えるのかな」
「それは――元々の言い出しっぺは君だったろ」
「ひとのせいにするのか。嘆かわしい」
隣を歩くゲンヤを睨みつけると、彼はくつくつと笑っていた。長老になってからは一層無口に気難しくなった男が。
「君は、もう少し職人区域に足を運んだ方がい。図書館長として忙しいのはわかるが、君がそうしないのは単に」
「わかってる」ワタルは慌ててゲンヤの言葉を制した。実際には、何がわかっているのか自分でもよくわかっていなかったのだが。
「君は職人区域を度々訪問するのか? 君はパウと同じでどこを探しても見つからないと皆から苦情が」
ワタルははっとして口をつぐんだ。前図書館長の名前を聞いて、ゲンヤから笑みが消えた。
「君も、幼い頃はたびたび長老の姿をみかけたろう。お体の具合が悪くなるまでは、あのお方は頻繁に職人区域を回っておられた。直接目で見て、民の口から話をききたいと」
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