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六 君はいくらかね、とラッシュ氏は尋ねた

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 移民への仕事はすぐには斡旋されないが、されたとしても低賃金の肉体労働だ。それでも自国にいるよりははるかにマシだと彼等は思う。雨漏りのせいで壁や天井に黴の生えた劣悪な生活環境で、彼等は夢を見る。国に置いてきた家族を呼び寄せ、より平和で、恵まれた環境で教育を子供達に受けさせ、自国では絶対に敵わない豊かな暮らしを手に入れる夢。
 だがそれは、ファンタジーだ。
 家族を呼び寄せるという願いは叶うかもしれないが、豊かな暮らし? Ha Ha Ha.
 程なく母親は街頭に立ち、物乞いをするようになる。幼子でもいれば尚よい。地下鉄への通路にシフト制で座れば、そこらのビジネスマンより良い稼ぎを得られるという噂だ。
 もっとも、そのような縄張りは地元のプロフェッショナルな物乞いが牛耳っているから、移民が入り込む余地はない。だから移民はできるだけ人通りの多い通りを選んで、乳児を胸に抱き、幼児の手を引いて、メッセージカードを手に、立つ。母親の腕の中で静か過ぎ・大人しすぎと評判の赤子は、商売の邪魔にならないように一服盛られているという噂だ。
 それ以外の選択肢としては、国の斡旋で安い労働力として買い叩かれ、社会保障制度をひっ迫させる寄生虫と呼ばれる道がある。
 移民の待遇の改善を。
 それは彼のあの問題作にも盛り込まれていたテーマだ。彼は自らの立場、影響力を利用して、メディアでもそれを熱心に訴えた。他の移民達は彼ほど恵まれていないから。彼なりのノブリスオブリージュだったのかもしれない。旧宗主国の寄宿学校を経て最高学府で学ぶことなどできない弱い立場の人々への。
 だがそれは彼の驕りだった。
 彼らは同胞であるはずの彼を、いとも簡単に排除した。これまでの彼の良い行いを、一瞬で忘れることにしたのだ彼らは。
 善い行いだなどと思っていたのは、彼だけだった。
 ねえ、二人きりになれる所に行かない? 昨晩ホテルのバーで一緒に酒を飲んだ女は、上目遣いでそう言った。
 一体何の話をしていたんだったか。胸の谷間を強調するドレスの上に薄い上着を羽織っていたが、太い腕がたくましくて、この腕なら運動不足気味の彼の背後からがっちりと首と頭を捕え、頸椎をへし折ることなど容易いように思えた。カクテルグラスを持つ節くれだった指と肉厚の掌――彼に馬乗りになって、両手で首を絞めることもできる。よく見ると、分厚いファンデーションの下で、上唇にうっすらと髭が生えていた。
 この女は実は男で殺し屋である。そんな想像を振り払うためにも、飲んだ。飲みすぎて立たなくなったら元も子もないと頭の片隅で思いつつ。

 いや、思わなかった。
 いや、思った。

 どうしてもベッドに連れ込みたいような女ではなかった。ただ単に――
 何を飲んでるの。同じものをいただいていいかしら。女はカウンターで飲んでいた彼の隣に座ってそう言った。
 断るのも悪いと思ったのだ。
 きつい化粧で諸々ごまかしているが、もうこんなところで商売をするような年齢ではなかったから。
 結果として、彼女は売春婦ではなかったのだが。
 お食事はいかがでしたか、と彼女が言った。
 ああ、とてもおいしかったよ。特にあのサーモン。君のアドバイスを聞いてよかったよ。
 それはよかったですわ。シェフが喜びます。他に何かお持ちししましょうか、ラッシュさん。
 いや結構。
 彼はすぐに間違いに気づき、お勘定を、と言い直した。
 彼女は気づかなかったふりをして、伝票を彼のテーブルの上に置いた。彼は気前のよいチップを含む札を何枚かホルダーに挟み、彼女に手渡しながら笑顔を見せた。
 一瞬、ほんの僅かながら、彼を冷たい目で見おろす彼女の素の顔を捕えた気がして、彼はたじろいだが、それはすぐに消え、彼女は例の白すぎる歯を見せ、目尻に皺を寄せて、またのお越しをお待ちしております、と愛想よく言った。
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