怪奇幻想恐怖短編集

春泥

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禊(みそぎ)

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 見るからにその筋の男性がやって来て、青ざめた顔で言う。
「へましちまった。詫びを入れなきゃいけない」
「お前、この間だって『これでもう抜ける』って」
「今度こそ本当だから。頼むよ、先生」
 そんなやり取りがあって、
「麻酔の準備」と医者が告げる。
 私は看護師の制服の上に着る割烹着に似た白いうわっぱりを私服の上に着ただけのただの雑用係なので、後のことは看護師に任せて、これ幸いとカーテンによって仕切られる修羅場の外に逃げる。
「この第一関節の辺りでいいのか」
「いや、爪のすぐ下あたりで」
「ここ? こんな上でいいのか? 本当にいいのか?」
「いいんだ。頼む」
 それで相手は納得するのか、やり直しを命じられたらどうする気だ、とカーテンの外にいる私は不安に思うが、そんなことを口にできる雰囲気ではない。

「痛え! もっと麻酔を打ってくれよ」
「うるさい。ああもう、骨が硬くてメスじゃ駄目だ。ペンチ持って来て」
 私の隣で恐々と様子を窺っていた受付(小さな個人病院なので、診察室のすぐ隣にあり、患者との会話は筒抜け)の事務員が、慌ててペンチを探しに走る。

「これ、どうしましょう」
 と血まみれのガーゼを片付けながら看護師が訊くと、男は
「親分に見せないといけないから、くれ」
 と言う。看護師は清潔なガーゼにくるんだそれを男に渡す。
「お前、今回が本当に最後だからな。奥さんや子供のことを考えろ」
 と医者に言われて、男は頷く。
 私は男の右手の小指に真新しい包帯を巻く。
「痛えな!」
 と文句を言われる。
 本人は意識的に隠そうと努めているらしいが、その動きはどこか不自然で、かえって人目を引くことになる――小さなガーゼの包みを受け取る男の左手も、小指の先が欠けている。
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