怪奇幻想恐怖短編集

春泥

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鬼(1)

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 サチの家は山の中にあるわずかな田畑を耕して生活している。
 父と兄が狩りに出かけることもあるが、父、母、兄、サチ、そして長患いで寝込んでいる妹のフミの五人は、家族だけで静かな暮らしを営んでいた。
 妹フミは寝たきりだし、兄は「女なんかとは遊ばない」と意地悪を言うので、サチは家の手伝いをしていない時は、いつも一人だった。ボロボロの端切れを縫い合わせたお人形や、山の中で見つけた鳥の巣でピーピー泣いている雛が彼女の遊び相手だ。

 ところがある日、山の中を散策中、獣道をひょいと曲がったところに、自分と同い年ぐらいの女の子が立っているのをサチは見つけた。
 サチも驚いたが、相手の女の子はもっと驚いたようだった。サチが
「あの……」
 とおずおずと話しかけると、着物の袖でパッと顔を隠し、踵を返して一目散に逃げ去った。

 呆然と立ちすくむサチが我に返ると、女の子が立っていた場所にお人形が落ちていた。それは、先ほどの女の子がそのまま小さくなったような、色白で頬が赤く、真っ黒く艶やかな髪の人形で、着物も上等だった。サチが持っている「お人形」とはえらい違いだ。

 サチはお人形を持って家に帰った。驚いた母に「どこで手に入れたのか」と詰問されて泣きそうになりながら事情を打ち明けると、母は悲しそうな顔をして、
「そのお人形は明日、元の所に戻しておかなければならないよ」
 と言った。何故と尋ねても最初は教えてくれなかったが、サチがあまりにも熱心に訊くので
「お父さんに訊いてごらん」
 と大きな溜息をついて、母は目を伏せた。


 粗末な夕飯を皆で食べた後、父はサチに「ちょっとおいで」と言い、二人は家の外に出た。陽が暮れかかった山はほぼ闇の中に沈んでいた。サチたちは皆、日が沈むと寝るのだ。
「里の女の子に会ったそうだね」
 父の言葉に、サチは頷いた。
「可愛い子だったかい?」
「優しそうな子だった」
「そうか。でも、その子とおまえは、友達にはなれないんだ」
 何故かと問うサチに、父はこんな話をした。

 里に住むのは、ヒトではなく鬼である。鬼は人の肉を喰らい、非道の限りを尽くす生き物だ。サチの一家はかつて里に住んでいたが、鬼から逃れるために山奥に逃げた。サチが出会った女の子も、見た目はどうであれ、鬼である。鬼とヒトとは共存できないため、家族の安全を守るためには、彼らから距離を置いて暮らさなければならないのだ。

「でも、あの子のお父さんやお母さんがここまで私たちを食べに来たらどうするの?」
 サチは半泣きでそう尋ねた。父は
「鬼は里にしか棲めない生き物だ。彼らはヒトの大勢居る所でなければ生きていけないから。山の中に私たちだけで隠れていれば大丈夫だ」
 と娘のぼさぼさの頭を撫でた。

 その夜サチは、女の子が落としていった人形を抱きながら寝た。寝る前にちょっとだけフミにも人形を触らせてあげた。長らく笑顔など見せたことのない妹が、やせ細って飛び出さんばかりの大きな目を輝かせたので、サチは明日が来なければいいのに、と思った。
 サチの夢の中には、あの女の子が登場した。女の子は袖で顔を隠しているのだが、それをどけると、目はきりきりと吊り上がり、口からは長い牙を生やし、タラタラと血を流していた。だがそれでも、目だけはあの時の、優しそうな瞳のままだった。それはとても寂しそうで、あの子も友達がいなくて寂しいのだろうか、とサチは思った。
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