ガチ恋オタクの厄介ちゃん

阿良々木与太

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決心

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 通話に誘われることがないまま、夏休みが終わった。配信が終わってもメッセージが届くことはないから、夜に寝て朝に起きる健康的な生活を送っている。生活習慣は改善されたけれど、心にぽっかりと穴が開いてしまった。

 そんな喪失感に追い打ちをかけるように、らろあの配信頻度が減った。今までは配信がない日にもツイートしていたのに、今は配信がある日にしか告知ツイートをしない。それも9月の中頃は週に4回ほど配信していたのに、10月に差し掛かった今では週に2回配信すればいい方になってしまった。

 配信はなく、通話にも誘われない。らろあの声を聞く日の方が減ったのに、それでも彼の声が耳から離れない。配信がない日の方が多いのに、22時からは何もできずただベッドに横になる死体となった。

 自分の一部がどこかに行ってしまったようだった。一時期らろあから離れていた時期があったのに、今では彼がいないと生きられない。暮らしはまともになったのに、精神は荒れていく一方だった。

 更新される日の方が少なくなったらろあのアカウントを、律儀に毎朝電車でスクロールする。何度も何度も見た内容を、毎朝毎朝読み返す。少し前はほとんど毎回返ってきたリプライも、今では全く返ってこなくなった。それは私だけではないけれど、それでも私が何かしたのではないかという疑念が拭えない。

 ふらふらと電車を降りる。睡眠は足りているはずなのに、毎日寝不足のように頭がぼんやりとした。体の疲れが取れない。雨が降る前みたいに頭が痛い。

 重い体を引きずり、なんとか教室へたどりつく。椅子に腰かけると、そのままだらりと机に頬を押し付けた。


「渚ちゃん、大丈夫?」


 上から茉優の優しい声が降ってくる。返事をする気分になれなくて、その体制のまま小さくうなずいた。彼女の顔は見えない。


「寝不足ってわけじゃないんでしょ? なんか病気でもしてんじゃないの」


 紬はそんな風に言って、私の横に腰かけた。私を挟むようにして2人が座る。


「……推しが配信してくれなくなっちゃった」


 ぽそりとそうつぶやけば、茉優が悲しそうな声を上げた。


「えーっ、なんで?」


「わかんない……私のせいかな……」


 茉優はぎゅっと私の背中を抱きしめて、なぐさめるようにさすってくれる。ぼんやりと悲しみがぼかされていく気がした。


「配信者が1リスナーのせいで配信しなくなるとか、あんた何やらかしたの」


 紬の言葉はぐさりと胸に刺さった。茉優がぼやかしてくれた悲しみが、またくっきりと胸の中に形を残す。茉優はなんでそんなこと言うの、と紬をたしなめていたが、彼女が私に謝ることはなかった。


「だって、一時期の渚やばかったもん。まあ、離れるきっかけになっていいんじゃない?」


 紬の言葉は厳しいけれど、私に何が正しいかを教えてくれる。実際、らろあとはきっと離れた方がよかったのだ。私のひどい生活は表面上規則正しくなったし、ただのリスナーと毎晩会話しているような状況は、彼にとってもよくなかったはずだ。

 けれど、それでもやはり思うのは、


「せめて、理由を教えてほしかったな……」


 本音を漏らすと、涙が出そうだった。茉優は私の背中をさする手を止めて、ぎゅっと体を寄せてくれた。彼女の体温が服越しに伝わる。私が冷たいのか、茉優が温かいのかわからなかった。


「知り合いだったら、会って直接聞けるのにねえ」


 茉優がぽつりとこぼしたその一言で、私の脳裏にはあのモールのホームページが浮かんだ。

 私とらろあは、一般的に知り合いと呼べるものではない。でも、会える。私は彼の居場所を知っている。わからないなら、直接聞けばいい。

 してはいけないことだと理性ではわかっている。けれど、止められそうになかった。彼に会いに行けば何もかもうまくいくと思ってしまったのだ。


「会いに、行けたら……」


「茉優、変なこと言わないの。今の渚だったら行きかねないでしょ」


 紬の言葉で、我に返るなんてこともなかった。今頭の中では、どうやって広島に行くかだけを考えている。今日は金曜日、うまく新幹線の予約ができれば明日広島に行ける。

 今すぐに帰りたかったけれど、授業を放り出して帰ったら紬に疑われて、止められかねない。その日はそわそわしながら授業を真面目に受けて、家に帰るや否や朝一番の新幹線を予約した。
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