ガチ恋オタクの厄介ちゃん

阿良々木与太

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不安定

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 電車に揺られながら、らろあのツイート欄を遡る。最近は他の人へのリプライが告知ツイートよりも多く並んでいた。毎日彼のツイート欄は見ていたけれど、他の配信者には興味がなかったため、相手の名前までは覚えていない。

 並んでいるリプライの中に花音のIDを見つける。けれど会話らしい会話はなく、せいぜい朝のあいさつ程度だった。2日前にらろあが返信したらしい『おはよう』のリプライが最後だ。

 わざわざ裏で遊んだ報告をするほど、彼女を特別視しているようには見えなかった。それとも、私には見えない場所でやり取りをしているのだろうか。らろあが花音の配信に行ってコメントをしている、などであったら私にはわからない。

 そっちも監視してやろうかな、と思ったけれど、さすがに私のメンタルの方が持たないだろう。らろあと一緒に遊んでいる女の配信を見に行くなんて、アンチと似たようなものだ。それに、実際らろあが現れたら本当にショックを受けると思う。

 ここ1週間のツイートを遡っているうちに、大学の最寄りへと到着した。ぞろぞろと眠たそうな大学生の群れが降りていく。私もスマホを握りしめたまま、その後ろに続いた。

 歩きながらスマホを操作するのはよくない。それはわかっていながらも、画面を見る手が止められない。ドン、と誰かの腕が私の肩に触れた。すみません、と言う余裕すらもなく、かろうじて頭を軽く下げる。

 寝不足の目に太陽の明かりが痛い。足早に大学へ赴き、1限の授業中なのもあってか、人のあまりいない構内をひたすらに歩く。2限の教室は空いていて、私以外誰も来ていなかった。

 1番最初に来たくせに、1番後ろの席に座ってスマホを開く。机にのせたリュックに体を預けながら、らろあのツイートを遡り、花音のIDを探した。

 1か月ほど前のツイートまで遡り、スクロールができなくなってスマホを閉じた。顔を上げると、徐々に席が埋まってきている。時刻を見れば、授業の始まる10分前だった。


「お、今日はちゃんと来てるじゃん」


「渚ちゃんおはよう」


 前方から紬と茉優が歩いてきた。確かに、最近は2人より早く来ることなんてなかった。1限だったらそもそも起きられなかったり、2限でも始まるギリギリか、少し経ってから教室に駆け込むことが多い。我ながらひどい学生だなと思って苦笑いする。


「昨日はちゃんと寝れた?」


 茉優が笑顔でそう聞いてくるのを、笑って誤魔化す。けれど、こういう部分は紬の方が鋭かった。


「いや、あんま寝てないでしょ。もしかして徹夜?」


「さすがに徹夜じゃないよ」


 3時間くらいだけど、と言いかけてやめる。なんだか寝てない自慢みたいで嫌だった。


「また配信者とゲーム? マジでほどほどにしなよ。今日は寝てても起こさないからね」


 紬の強い口調に思わず肩をすくめる。違うと言いたかったが、原因である人は同じだし、あながち間違いでもないかもしれない。


「大丈夫だよ渚ちゃん、わたしが起こしてあげるからね」


 茉優はこんな私にもそんなことを言って微笑みかけてくれる。朝からボロボロになった情緒に、彼女の優しさが沁み込んだ。


「茉優は渚に甘いんだよ。痛い目見なきゃ渚ずーっとこのまんまだよ」


「えー……このまんまはちょっと困るなあ」


 茉優は少ししょんぼりとした顔で私を見つめる。子猫のような目が、私を申し訳ない気持ちにさせた。

 自分でもこのままではダメだとわかっている。けれど、この堕落が自分だけのせいだったら、きっともう少し楽に乗り越えられただろう。

 そんなことを考えていたら、朝のらろあのツイートがまた頭によぎった。思わず机に突っ伏して、フラッシュバックから逃げようとする。


「もー、渚寝ないでよ。もうすぐ夏休みだし、そんな生活してたらダメダメになっちゃうからね」


 紬の言葉が胸に痛い。背中からちくちくと細い針で刺されているようだった。


「夏休みの前にテストとかレポートあるじゃん。夏休みだけ早く来てくれたらいいのになあ」


「……ほんとにね」


 茉優の言葉に同意を示しながら、むくりと起き上がる。教室の前の方では先生がプリントを用意していた。せめて動こうと立ち上がり、段を降りる。


「あれ、今日は自分で取りに行くの? えらいねえ」


 私の後ろに立った紬が嫌味のようにそんなことを言う。


「そんなこと言うなら紬の分取ってきてあげないからね!」


 私がそう言えば、紬はへらりと笑って着席した。


「あ、ねえ、わたしのも!」


 茉優の言葉に手を振って、トントンと教室の前へ降りていく。こんなどうでもいいくだらないやり取りだけが、私の心をほんの少し軽くしてくれた。
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