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ガチ恋オタク
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なんだか言いづらそうにしていた渚の表情にどきりとする。
「……ガチ恋オタク、ってなに?」
しんとした空気の中に、茉優の天然な声がありがたかった。彼女はオタクであることに理解こそあれど、別にこちらの文化に詳しいわけじゃない。
「あー、なんていうか、アイドルとかに本気で恋しちゃってる人、みたいな? 自分が付き合ってるって勘違いしちゃう人とかもいるっぽい」
「そ、そんな勘違いしてないよ!」
渚の言葉に、思わず大声で反論してしまった。隣に座っていた茉優が肩をびくりと跳ねさせる。
「別に、渚がそうだって言ってるわけじゃないけどさ。でも何かとトラブル多いじゃん、今。だから……心配なだけなんだよ」
紬はそう言ってから、少し間をおいてごめんとつぶやいた。私はただ黙って首を振ることしかできない。茉優だけはまだわかっていなさそうな顔で首をかしげている。
「えー、なんかダメなの? それ」
紬が思わず苦笑する。確かに、この件を茉優に伝えるのは難しいかもしれない。
「絶対に付き合えない人と自分が付き合ってるって勘違いしてる人がいたらやばいじゃん?」
「でも渚ちゃんとその配信者さんは2人で電話とかしてるんだよ? 付き合えないわけじゃないじゃん」
「茉優、茉優もういいよ」
私は頬を膨らませて言い返す茉優を制止する。
「別に私付き合いたいとも思ってないしさ、そんな勘違いもしないけど。でもありがとう紬、気を付けるね」
「ん、いや、私もなんか……過ぎたお節介だったね、ごめん」
紬がしゅんと肩をすくめた。普段強気な彼女がこんな風にしょぼくれてるのを見るのは珍しいかもしれない。茉優だけがまだ納得のいかなそうな顔をしている。でも、とまだ何か言いたげな茉優をもういいの、と止めた。
「別に私とその人はなーんもないの。ただ私しかいないって言われて嬉しかっただけ!」
茉優はきゅっと口を尖らせる。紬は申し訳なさそうな顔をして、茉優に別の話題を振っていた。
朝からあんなに浮かれていた気持ちが、するするとすぼんでいくのがわかった。
帰り道、電車の中で会社帰りのサラリーマンに囲まれながら扉にもたれかかる。ポケットから取り出したスマホで開いたのは、「厄介ちゃん」のアカウントだった。1か月以上前のツイートを最後に更新されていない。らろあの配信を見るのを再開してからも、つぶやくことはなかった。
サクラがいた頃につぶやいていた愚痴は、彼女がいるストレスに付随するものだった。らろあに対するものは多かったし、今もその頃と彼の態度はほとんど変わっていないけれど、わざわざこのアカウントで愚痴るほどではない。
でもそれは、久しぶりに見始めて、なおかつ特別扱いされている状況だからだ。彼としては、出戻りのファンを大事にしているだけなのかもしれない。けれどそれが私にとっては心地いい。
そんな利害が一致している状態が長く続くとは思わない。私がいるのが当たり前になって、また雑に扱われる日が来るかもしれない。
個人的に通話してくれているのも、わざわざゲームを教えてくれているのもきっと今だけだ。いつか飽きて、通話に誘われることすらなくなるだろう。
それでも、もうこのアカウントは使いたくないと思った。厄介になんてなりたくない。紬が言っていたような、迷惑をかけるガチ恋オタクにもならないようにしたい。
私はらろあにとってただのリスナーだ。それは人に言われなくてもわかっている。彼と私の間に、これ以上の関係なんてあるはずはないし、望んではいけない。
元からそう考えているはずなのに、なんだか自分に言い聞かせている気分がしてきた。厄介になりたくないと思いながらも、「厄介ちゃん」のアカウントは消せない。過去の自分のつぶやきが、今の私に共感できる部分もあったからだ。
スマホをポケットに仕舞う。その重みでぐらりと体が揺れた。
「……ガチ恋オタク、ってなに?」
しんとした空気の中に、茉優の天然な声がありがたかった。彼女はオタクであることに理解こそあれど、別にこちらの文化に詳しいわけじゃない。
「あー、なんていうか、アイドルとかに本気で恋しちゃってる人、みたいな? 自分が付き合ってるって勘違いしちゃう人とかもいるっぽい」
「そ、そんな勘違いしてないよ!」
渚の言葉に、思わず大声で反論してしまった。隣に座っていた茉優が肩をびくりと跳ねさせる。
「別に、渚がそうだって言ってるわけじゃないけどさ。でも何かとトラブル多いじゃん、今。だから……心配なだけなんだよ」
紬はそう言ってから、少し間をおいてごめんとつぶやいた。私はただ黙って首を振ることしかできない。茉優だけはまだわかっていなさそうな顔で首をかしげている。
「えー、なんかダメなの? それ」
紬が思わず苦笑する。確かに、この件を茉優に伝えるのは難しいかもしれない。
「絶対に付き合えない人と自分が付き合ってるって勘違いしてる人がいたらやばいじゃん?」
「でも渚ちゃんとその配信者さんは2人で電話とかしてるんだよ? 付き合えないわけじゃないじゃん」
「茉優、茉優もういいよ」
私は頬を膨らませて言い返す茉優を制止する。
「別に私付き合いたいとも思ってないしさ、そんな勘違いもしないけど。でもありがとう紬、気を付けるね」
「ん、いや、私もなんか……過ぎたお節介だったね、ごめん」
紬がしゅんと肩をすくめた。普段強気な彼女がこんな風にしょぼくれてるのを見るのは珍しいかもしれない。茉優だけがまだ納得のいかなそうな顔をしている。でも、とまだ何か言いたげな茉優をもういいの、と止めた。
「別に私とその人はなーんもないの。ただ私しかいないって言われて嬉しかっただけ!」
茉優はきゅっと口を尖らせる。紬は申し訳なさそうな顔をして、茉優に別の話題を振っていた。
朝からあんなに浮かれていた気持ちが、するするとすぼんでいくのがわかった。
帰り道、電車の中で会社帰りのサラリーマンに囲まれながら扉にもたれかかる。ポケットから取り出したスマホで開いたのは、「厄介ちゃん」のアカウントだった。1か月以上前のツイートを最後に更新されていない。らろあの配信を見るのを再開してからも、つぶやくことはなかった。
サクラがいた頃につぶやいていた愚痴は、彼女がいるストレスに付随するものだった。らろあに対するものは多かったし、今もその頃と彼の態度はほとんど変わっていないけれど、わざわざこのアカウントで愚痴るほどではない。
でもそれは、久しぶりに見始めて、なおかつ特別扱いされている状況だからだ。彼としては、出戻りのファンを大事にしているだけなのかもしれない。けれどそれが私にとっては心地いい。
そんな利害が一致している状態が長く続くとは思わない。私がいるのが当たり前になって、また雑に扱われる日が来るかもしれない。
個人的に通話してくれているのも、わざわざゲームを教えてくれているのもきっと今だけだ。いつか飽きて、通話に誘われることすらなくなるだろう。
それでも、もうこのアカウントは使いたくないと思った。厄介になんてなりたくない。紬が言っていたような、迷惑をかけるガチ恋オタクにもならないようにしたい。
私はらろあにとってただのリスナーだ。それは人に言われなくてもわかっている。彼と私の間に、これ以上の関係なんてあるはずはないし、望んではいけない。
元からそう考えているはずなのに、なんだか自分に言い聞かせている気分がしてきた。厄介になりたくないと思いながらも、「厄介ちゃん」のアカウントは消せない。過去の自分のつぶやきが、今の私に共感できる部分もあったからだ。
スマホをポケットに仕舞う。その重みでぐらりと体が揺れた。
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