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泥酔
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配信は深夜2時になっても続いていた。らろあは顔を真っ赤にしながらもう1本、を何度か繰り返して机にはすでに4本のカラフルな空き缶が並んでいる。今もふらふらの足取りでお酒を取りに行っている。
最初は酔っている推しが見られて幸福だったが、段々と心配になってきた。紬は量を飲むけれど、酒に強いのかほとんど酔わない。父も母も家ではほとんど酒を飲まなかったので、ここまで酔っている人間を初めて見た。
「あった! ラスト1本だったあ」
ふらつきながら部屋に入ってきたらろあは椅子に座るや否やタブを開けている。部屋の扉が開きっぱなしで、暗い廊下が隙間から見えた。そのことを指摘すると、らろあは缶を片手に扉を閉めに行く。立ち上がった時に手が揺れて、中身がほんの少しこぼれた。
「こぼれちゃったけどまあいいや、後で拭こー」
こっちの心配とは裏腹に、彼はご機嫌に酒を呷る。私のペットボトルはとっくに空になっていた。らろあは大きく息をつくと、そのままアイコスへ手を伸ばした。本日3本目の煙草だ。
「あー、この時間が1番幸せ……」
右手にチューハイ、左手にアイコスを持つらろあはなんだか本当に幸せそうに見えたが、傍から見ればダメな大人である。白い煙を吐き出しては酒を飲む。彼の口の中は私が全く想像できない状況になっているのだろう。
彼は煙草を片づけると、椅子に深く腰掛けてうつらうつらとし始めた。思わず『大丈夫?』とコメントを送ると、らろあは大丈夫と言ってへらりと笑う。
「るるちゃんがまた来てくれるようになったからさ、嬉しくて」
酔っているのか眠いのか、彼はとろんとした声でそう言った。突然自分の名前が呼ばれてどきんとする。ごめんねとも言えずに、ただ彼の次の言葉を待った。
「突然来なくなっちゃったからさ、俺なんかしちゃったのかなって思ったんだよ。心配だった、また来てくれてよかった」
らろあはもう目を瞑ってしまって、ぽつりぽつりと独り言のようにつぶやく。私は『忙しくって、ごめんね』と送るのでいっぱいいっぱいだった。それ以上何も言えない。彼からこんな嚙みしめるように来てくれてよかった、なんて言われて正気でいられるほうがどうかしている。
「もうさあ、るるちゃんがいないとダメだよ。るるちゃんがずっと支えててくれたんだし」
今にも叫びだしそうだった。私がいないとダメだなんて、彼氏にも言われたことがない。自分が好きで見ている配信者に、名指しでいないとダメなんて言われる機会があると思っていなかった。
配信者は大体視聴者のおかげ、とかファンのみんながあってこそ、なんていうけれど、リスナーの少ないこの場所では1人1人の存在が大きすぎるのかもしれない。でも、これ以上は言われては駄目だと思った。配信者とリスナーという関係がなんだか歪になってしまう気がした。
『めちゃくちゃ酔ってない? 大丈夫?』とコメントを送る。らろあはうっすらと目を開けて、コメントを確認したらしかった。
「酔ってる、酔ってるけど本心だよ」
もう何も言わないでくれ、と耳をふさぎたくなる。冗談だと言われても笑って流せただろう。でも本人から嘘じゃないと言われてしまったのだ。もうどうしようもなく心がこんがらがっていた。
彼の言葉を嬉しく思うと同時に、どういう感情で聞いていればいいのかわからなくなった。所詮画面の向こうの人間で、らろあはこちらのことを知らない。それなのにどうしてそんな言葉をかけられるのだろう。
らろあはぐっと缶を逆さまにして最後の一口を飲んだ。彼の喉が鳴る。
「なくなっちゃった」
残念そうに言いながら、彼は大きくあくびをした。『寝る?』と送ると、子供のようにうなずく。
「お酒なくなっちゃったし寝るー、おやすみ」
彼は赤くなった頬ととろけたままの表情をぐっとカメラに近づけて手を振った。その画面が直視できなくて、初めて配信終了の表示が出る前にスマホを閉じた。
その日は、紬や茉優に聞かれたら笑われてしまうくらい、ドキドキして眠れなかった。
最初は酔っている推しが見られて幸福だったが、段々と心配になってきた。紬は量を飲むけれど、酒に強いのかほとんど酔わない。父も母も家ではほとんど酒を飲まなかったので、ここまで酔っている人間を初めて見た。
「あった! ラスト1本だったあ」
ふらつきながら部屋に入ってきたらろあは椅子に座るや否やタブを開けている。部屋の扉が開きっぱなしで、暗い廊下が隙間から見えた。そのことを指摘すると、らろあは缶を片手に扉を閉めに行く。立ち上がった時に手が揺れて、中身がほんの少しこぼれた。
「こぼれちゃったけどまあいいや、後で拭こー」
こっちの心配とは裏腹に、彼はご機嫌に酒を呷る。私のペットボトルはとっくに空になっていた。らろあは大きく息をつくと、そのままアイコスへ手を伸ばした。本日3本目の煙草だ。
「あー、この時間が1番幸せ……」
右手にチューハイ、左手にアイコスを持つらろあはなんだか本当に幸せそうに見えたが、傍から見ればダメな大人である。白い煙を吐き出しては酒を飲む。彼の口の中は私が全く想像できない状況になっているのだろう。
彼は煙草を片づけると、椅子に深く腰掛けてうつらうつらとし始めた。思わず『大丈夫?』とコメントを送ると、らろあは大丈夫と言ってへらりと笑う。
「るるちゃんがまた来てくれるようになったからさ、嬉しくて」
酔っているのか眠いのか、彼はとろんとした声でそう言った。突然自分の名前が呼ばれてどきんとする。ごめんねとも言えずに、ただ彼の次の言葉を待った。
「突然来なくなっちゃったからさ、俺なんかしちゃったのかなって思ったんだよ。心配だった、また来てくれてよかった」
らろあはもう目を瞑ってしまって、ぽつりぽつりと独り言のようにつぶやく。私は『忙しくって、ごめんね』と送るのでいっぱいいっぱいだった。それ以上何も言えない。彼からこんな嚙みしめるように来てくれてよかった、なんて言われて正気でいられるほうがどうかしている。
「もうさあ、るるちゃんがいないとダメだよ。るるちゃんがずっと支えててくれたんだし」
今にも叫びだしそうだった。私がいないとダメだなんて、彼氏にも言われたことがない。自分が好きで見ている配信者に、名指しでいないとダメなんて言われる機会があると思っていなかった。
配信者は大体視聴者のおかげ、とかファンのみんながあってこそ、なんていうけれど、リスナーの少ないこの場所では1人1人の存在が大きすぎるのかもしれない。でも、これ以上は言われては駄目だと思った。配信者とリスナーという関係がなんだか歪になってしまう気がした。
『めちゃくちゃ酔ってない? 大丈夫?』とコメントを送る。らろあはうっすらと目を開けて、コメントを確認したらしかった。
「酔ってる、酔ってるけど本心だよ」
もう何も言わないでくれ、と耳をふさぎたくなる。冗談だと言われても笑って流せただろう。でも本人から嘘じゃないと言われてしまったのだ。もうどうしようもなく心がこんがらがっていた。
彼の言葉を嬉しく思うと同時に、どういう感情で聞いていればいいのかわからなくなった。所詮画面の向こうの人間で、らろあはこちらのことを知らない。それなのにどうしてそんな言葉をかけられるのだろう。
らろあはぐっと缶を逆さまにして最後の一口を飲んだ。彼の喉が鳴る。
「なくなっちゃった」
残念そうに言いながら、彼は大きくあくびをした。『寝る?』と送ると、子供のようにうなずく。
「お酒なくなっちゃったし寝るー、おやすみ」
彼は赤くなった頬ととろけたままの表情をぐっとカメラに近づけて手を振った。その画面が直視できなくて、初めて配信終了の表示が出る前にスマホを閉じた。
その日は、紬や茉優に聞かれたら笑われてしまうくらい、ドキドキして眠れなかった。
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