ガチ恋オタクの厄介ちゃん

阿良々木与太

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レモンチューハイ

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 1か月間離れていたはずなのに、私の生活はあっという間にらろあ中心のものに戻ってしまった。私生活が忙しいのに変わりはないけれど、彼の配信を見るために日常をこなす。まるでゲームを人質にとられた小学生のようだった。

 学生が自分の授業しか受けていないと思っているような先生からの課題をとにかく終わらせていると、SNSの通知が鳴った。ぱっとスマホを手に取って画面を確認する。


『今日帰るの遅くなりそう! 23時くらいだと思う、金曜だからせっかくだしお酒飲みながら雑談でもしよっかな~』


 そんならろあのツイートをいいねしてから、自分がまだ未成年であることを悔やんだ。成人だったら彼の配信を見ながら一緒にお酒を飲むなんてこともできただろうに。しかしそんな風に嘆いても、年は変わらない。口を尖らせながら、せめてジュースでも買いに行こうと財布を手に取った。

 コンビニからオレンジジュースを片手に帰宅しても、時刻はまだ18時だった。楽しみな配信の時ほど時間の進みが遅く感じる。そわそわしてしまって課題が手につかなかった。

 普段ゲームばかりやっているらろあが煙草を吸いながら雑談するということはあっても、お酒を飲みながらというのは見ていなかった1か月の間にもなかったと思う。アーカイブは大学の昼休みや課題をやっている間に少しずつ見続けていた。

 手の中で徐々にぬるくなっていくオレンジジュースを冷蔵庫に仕舞う。せめて少しでも課題を進めようとパソコンの前に座ったが結局集中できず、スマホを片手にベッドへ寝転んだ。

 タイムラインをぼんやりと眺めているうちに眠気が訪れる。タイマーを22時半に設定して目を瞑った。

 一瞬で眠りに落ちてしまって、アラームが鳴った時、何が起きたのか状況が上手くつかめなかった。突然起き上がったためか頭がぐらぐらする。やかましいアラームを鳴らし続けているスマホを手に取って、停止をタップした。画面にはらろあの『今から帰る!』というツイートの通知が表示されている。

 通知は10分ほど前に来たものだった。普段は19時くらいにそのツイートをしているから、今日は何か他に用事でもあったのだろうか。SNSを開いて、『気を付けて帰ってね』とリプライを送った。

 私の家に帰ってくるわけでもないのに、早く帰ってこないかなとそわそわしながら思う。まだ待機所も作られていないし、ぼんやりとSNSを見て待つことしかできない。ごろごろとベッドの上で転がっているうちに、『もうちょっとだけ待っててね!』との言葉と共に配信のURLがツイートされた。

 配信予定は23時20分。あと10分だ。ガバッと起き上がると、オレンジジュースを取りに冷蔵庫へ向かう。ベッドの上で飲むのはさすがに行儀が悪いかと、ローテーブルの前に座った。

 ペットボトルからの水滴が机を濡らし始めた頃、配信が始まった。いつものゲーム画面ではなく、カメラに映ったらろあが大きく映し出されている。びっくりして思わずスマホを投げてしまいそうだった。

 普段はほとんど見えないらろあの部屋がハッキリと見える。背後に備え付けのクローゼット、右側に黒いカーテンがあるのがわかった。机の上にはコンビニで買って来たらしいレジ袋が雑に置かれている。

 らろあは本当についさっき帰ってきたばかりのようで、暑そうに手で顔を扇ぎながらだらりと姿勢を崩して座っていた。


「いやー、ごめんね、遅くなっちゃった。なんか今日残業させられてさあ」


 らろあはそう愚痴りながらレジ袋の中身をがさがさと漁っている。中からひょいと何かを取り出すと、冷蔵庫に入れてくるねと画面から消えた。

 らろあがいなくなった分、部屋が余計にはっきりと見える。クローゼットの前には鞄と上着が置かれていて、普段はあれを持って仕事に行っているんだろうか、なんて妄想する。部屋から普段の生活を盗み見ているような気がして、少し申し訳なくなった。

 程なくして彼は画面内に戻ってきた。残されたレジ袋から、今度は缶とおつまみらしき袋を取り出す。


「やーっと飲める! 今日はね、これ飲みます」


 そう言ってらろあがカメラへ近づけたのは、可愛らしいパッケージのチューハイだった。当然飲んだことはないからどんな味がするかはわからないけれど。


「開けちゃお、もう。かんぱーい」


 そう言うらろあに合わせて私もジュースのふたをひねった。画面内からはカシュッと爽やかな音がするのに、私の手元からは無機質なペキペキという音しか鳴らない。『かんぱーい』とコメント送れば、らろあはほんの少しカメラに向けてチューハイを傾けた。


「るるちゃんはお酒飲めるっけ?」


 チューハイを飲みながらそう聞く彼に『まだ飲めないからジュース飲んでるよ』と送る。らろあは残念だね、と笑った。


「一緒に飲めたらよかったのになあ」


 そう言って笑う彼に、今からでもお酒を買ってくると言ってしまいそうだった。さすがに、と自制して『ほんとにね』と送信する。

 今まで紬に目の前でお酒を飲まれても、自分も飲んでみたいと思わなかった。それなのに今は画面越しにらろあと一緒に飲めないことが悲しい。

 せめて初めて飲むお酒は彼と同じものにしようと、じっと画面を見つめた。私の苦手なレモン味だった。
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