ガチ恋オタクの厄介ちゃん

阿良々木与太

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 私以外誰もいない非公開アカウント。まっさらなタイムラインはなんだか新鮮だった。『あ』とだけ打ち込んでツイートをする。設定した真っ黒なアイコンの隣に、その一文字が表示された。

 モヤモヤする気持ちを吐き出したくて作ったはいいものの、スマホからはまだらろあの配信の声が流れているし、その状態で愚痴をつぶやくのは憚られる。でも今あの配信に戻っても普段通りのコメントはできない。

 少し迷ってから『嫌われたくない』と打ち込んでツイートした。なぜだかスッと頭が冷えていくのを感じる。SNSの画面を閉じて、配信へ戻った。らろあはこっちのそんな事情なんて全く知らずにへらへらと笑っている。

 ほんの少しの後ろめたさはあったけれど、それ以上に吐き出せる場所ができたことへの安心感が大きかった。きっとサクラのコメントにも寛容になれるだろう。


 一度吐き出した毒はなかなか止められないもので、あれから配信のたびにあのアカウントで愚痴をこぼすようになった。最初は配信が終わってからその日イラついたことを書きだしたりしていたけれど、次第に配信中にもツイートするようになった。後ろめたさはもうない。むしろイライラしてコメントで八つ当たりしてしまう方が怖かった。

 愚痴に慣れると言葉遣いが荒くなってしまい、それを配信で出てしまわないかと不安だった。らろあに見られる場所と見られない場所で同時に言葉を打っていると混乱してくる。

 そう思うならアカウントを消してしまえばいいのに、もう消すことなんてできない。ツイート数はリア垢を超えていた。

 愚痴の内容は、最初はサクラへのものがほとんどだったけれど、らろあの対応に苛立ったこともツイートしている。最初は配信を思い返して不満だったことを布団の中で書きだしていたけれど、今やノータイムでツイートするようになっていた。

 こんな人目につかないところで愚痴をこぼしてまで、どうして配信を見るのをやめられないのだろう。らろあが魅力的なだけならば、こんな風に彼への愚痴をこぼすこともないだろうに。

 そう思いながら、SNSを開く。『お金もらったときが一番うれしそうでウケる』と打ち込んでツイートした。並んでいるアイコンは全部私のものだ。今までもこれからも変わらず。

 スピーカーからはらろあの声が流れている。こんな風に愚痴をこぼす癖にギフトを送っているのは自分なのだから滑稽だ。名前の通り「厄介」である。こんな面倒で本人に絶対言えない行為をやめたいのにやめられない。


「なんか目疲れてきたなあ、今日は早めに終わろっかな」


 さっきギフトをもらって頑張るとか言ってたくせに、と不満が一番に思い浮かぶ。でもそれは表に出さず、『もうちょっとやろうよー』なんてコメントを打った。どうせまた「厄介ちゃん」のアカウントを使うのに、配信は続けてほしいのか、なんて自分でもおかしいと思う。

 らろあは悩んだようにえー、と言いながら煙草に手を伸ばした。


「これ吸ったら考えるわ」


 彼は最近配信中に吸う本数が増えた。禁煙するとずっと言っているけれど、禁煙どころか減煙すらできていない。私はコメントで『ちょっと休憩しよ』と打ちながら、厄介ちゃんのアカウントで『一生禁煙しないなー』とツイートした。

 ある種二重人格のようなものだった。らろあが好き。けれどらろあの配信でイライラしないために作ったアカウントには彼への愚痴が並んでいる。彼に好意的なリプライを送るアカウントがありながら、らろあにだけは絶対見せられないアカウントを作っている。

 自分で始めたことなのに気が狂いそうだった。後ろめたさは減ったけれど、罪悪感は少しずつ募っている。けれどこうでもしないと身が持たない。サクラはあれから私と同じくらい毎日配信に現れた。

 サクラがいなければいいのに。その言葉をそのままSNSで吐き出す。けれど『同じツイートがされています』とエラーが出て、何回目かわからないその言葉を削除した。
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