ガチ恋オタクの厄介ちゃん

阿良々木与太

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厄介ちゃん

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 以降、サクラが特に話しかけてくることはなかった。私も彼女もそれぞれらろあに言葉をかけている。一瞬ブロックしようかとも思ったけれどやめた。こっちに話しかけていたら気まずいし、らろあがサクラのどんな言葉に反応しているのかわからなくなる。

 同じ配信を見ていてお互いが目に入っているのに無視するのもなんだか変な感じがしたけれど、わざわざ話しかける理由もない。そもそもリスナーが多いところだったらこんな風に迷うこともないんだろう。リスナー同士の会話は控えてほしいと書かれているところもある。

 それでも気にしてしまうのは、私が彼女を目障りに思っているからだった。


「あー、なんか勝てないなあ」


 画面内ではらろあが早々に2連敗していた。ぐたっと机に身を預けて嘆いている。残念ながら私はまだゲームのルールを把握しておらず、負ける瞬間までゲームの流れがいまいちわからない。バトルロイヤル形式であることだけは知っている。『どんまい』とコメントを打つと、らろあはうー、と唸った。

 体制を崩しながらぐだぐだと愚痴をこぼしているらろあを見ていると、コメント欄にパッとモーションが映った。私が送ったものではないから、サクラが送ったんだろう。ギフトには『頑張ってください』とサクラからのコメントがつけられている。


「えーっ、サクラちゃんありがとう! 頑張るね」


 らろあは画面を見るや起き上がり、ありがとうとカメラに何度も手を振った。あぁ、イライラする。昨日からずっと溜まっていたイライラを吐き出すように、私はサクラが送ったギフトの倍額のギフトを送った。

 サクラが送ったのはせいぜい最低金額のものだ。倍といったってたかがしれているけれど、それでも多少心がスッとする。『私もお金あげよ~、がんばれ』なんてコメントと共にさっきより派手なモーションがコメント欄に舞う。


「るるちゃんもありがとう! 頑張る頑張る」


 らろあはコントローラーを置いて手を振った。ふっ、と乾いた笑いが出る。我ながら性格が悪い。わかっていたけれど、止められなかった。どうせならこんなやつがリスナーにいることに嫌気がさして見るのをやめてくれればいい。けれどサクラは何も気にしていない様子でコメントを続けていた。それが余計に嫌だった。

 ギフトを送ってから、らろあはこの性格が悪い行動に気付いただろうかと不安になる。そんなことで不安になるくらいならやめればいいのにと思うけれど、でも抑えられなかったのだ。不愉快に思われてブロックされていたらどうしよう、と思いながらコメントを送る。無事に送信できたから、ブロックはされていないようだ。


「るるちゃんとサクラちゃんの応援のおかげで頑張れるわ、次は勝つね!」


 サクラと名前を並べられたことよりも、らろあが笑ってそう言ってくれたことにホッとする。なんだかさっきからずっと気持ちがぐちゃぐちゃだ。見始めた2週間はこんなことなかったのに。これからリスナーが増えるたびにこんな風にやきもきしないといけないのだろうか。

 面倒くさいオタクだな、と我ながら思う。こんな面倒な感情を抱えているファンができてしまってらろあには申し訳ない。

 せめてどこかに吐き出さないと身が持たない。スマホを操作してSNSを開く。けれど今使っているアカウントはらろあにフォローされているものかリアルの友人との交流用のものだけだ。

 らろあに見られている場所でここの愚痴をつぶやくわけにはいかないし、友人たちにも見られたくない。しょうがない、と思いながらアカウント新規作成の文字をタップする。

 メールアドレスは昔取得してそのまま使わなかったものを選んだ。名前を入力する欄で手が止まる。るるかに近い名前は使えないし、本名も入れたくはない。

 しばらく悩んでから、「厄介ちゃん」と打ち込んだ。
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