ガチ恋オタクの厄介ちゃん

阿良々木与太

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モヤつく

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 話が盛り上がってしまい、結局店を出たのは23時を過ぎてからだった。帰る方向の違う2人と駅で別れて、電車に乗り込む。スマホをつけると1時間前にらろあの配信開始の通知がきていた。慌ててイヤホンを差し込み、通知をタップする。

 もしかしたら人がいなくて配信をやめてしまっているかもしれない。そんな心配を一瞬したけれど、配信中の画面が表示されてほっとする。いつも通りの画面の中で、らろあはいつもより楽し気な笑い声をあげていた。ゲームが上手く行ってるんだろうか。

 とりあえずコメント欄にこんばんは、と打とうとしたとき、見覚えのない名前が並んでいるのが見えた。コメントを打つのも忘れてコメント欄を遡る。

 「サクラ」という女の子らしかった。配信の直後からコメント欄にいて、今の時間までずっとコメントを続けている。それで彼はテンションが高いのか。最近は初見さんも少なかったしな、と思いながらどうにもモヤモヤした。

 リスナーが増えることは配信者にとっては喜ばしいことだ。その配信者を推している私にとっては自分のことのように嬉しいはずなのに、喜べない。現にコメント欄に文字が打てない。ただの文字が並んでいるだけの空間なのに、自分が入り込む場所がないように思えた。


「いやー、サクラちゃんが見てくれるから頑張れるわ!」


 らろあがにこにこと笑いながらそんな風に話す。コメント欄がパッと動いて、『本当ですか?嬉しいです』とサクラからのコメントが書き込まれた。

 気持ち悪い、と咄嗟に思ってしまった。自分が好きな配信者が、リスナーと話してるだけで気持ち悪いなんて、自分でも性格が悪いと思う。配信にはサクラ以外コメントをしている人間はいないし、彼がサクラとだけ会話する状態になるのは当たり前なのに。

 そもそも気持ち悪いと思うなら自分がコメントをして間に入ればいいだけだ。それなのに、こんばんはの一言すら打てない。それがどうしてかはわからなかった。気持ち悪いと思いながらも、彼の言葉は耳に入ってくる。私以外に向けられている言葉だ。

 せめても、とコメント欄を閉じた。らろあが読み上げるから嫌でも内容は入ってくるのだけれど。

 あんなに楽しかった飲み会の後だというのに、急激に気持ちが冷めてしまった。重苦しい感情が電車と同じくらい揺れている。たった15分の乗車時間がやけに長く感じた。

 最寄り駅に着いて、電車を降りる。辺りは暗いし、人もいない。さすがに両耳にイヤホンをしているのは危ないか、と左耳のイヤホンをとってだらんとぶら下げる。右耳からは変わらずらろあの楽しそうな声が聞こえてくる。

 おこがましいことだけれど、少しくらいらろあが寂しがってればいいのにと思っていた。ここのところ配信に入り浸っていたわけだし、この時間までずっとリスナーがいることも少ないし。

 小学生の子供のように足元の石ころを蹴る。石は数メートル先まで転がり、暗闇に紛れて見えなくなった。


「これ、今日もう配信やめれないなあ」


 時間はもう23時半を過ぎている。いつもならそろそろ疲れ始めるらろあがそんな風に話していて悔しい。この感情を悔しいと称していいのかわからないけれど。

 サクラもずっとコメントを続けている。そろそろ疲れてやめればいいのに。それか他の人が来てくれればいい。私はこの空間に混ざりたくないけれど。

 この2人きりの空間に混ざりたくなくて、もしかしたら他の人もコメントしていなかったのかもしれない。コメント欄のログを見た感じ、今日は他に誰も書き込んでいなさそうだった。

 きっとそうなんだろうと、前向きに考える。いや、こんなことを前向きと言ってはいけないか。これは幼すぎる嫉妬だ。茉優が恋とかいうから意識してしまっているのかもしれない。

 らろあの声以外耳に入ってこないから、彼のことばかり考えてしまう。気が付けば住んでいるアパートが目の前にあった。階段を上がり、部屋に入る。扉を閉めてチェーンをかけると、らろあの声が余計に響いた。

 イヤホンを抜き、スマホをベッドに放り投げる。そのまま自分も寝転がってしまいたい衝動を抑えて風呂場へ向かった。らろあの配信も見たいけれど、先にメイクを落としたいし、体も洗い流したい。それに一度離れないと配信を見ている間にイライラしてしまいそうだった。

 風呂に入っているうちに、少しずつ気持ちは落ち着いた。24時を過ぎてもらろあは配信を続けていて、しばらくはそれを見ていたけれど、気が付けば寝落ちしてしまっていたらしい。朝起きてアーカイブを確認すれば、2時まで配信が続いていた。サクラもその間ずっとコメントをしていたようだった。

 アーカイブは見返さなかった。
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