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第45話 再会
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「あの、すみません、大丈夫ですか?」
女の子は私の目の前にしゃがみ、心配そうな顔で小首をかしげている。私は山田じゃなかったことにホッとしてしまって、とっさに声が出なかった。
「あの……?」
「あ、すみません、大丈夫です!」
思わずそう言ってしまったけれど、こんな夜中に路地裏でへたり込んでいる女が大丈夫なわけがない。というより怪しい、私が警察を呼ばれてもおかしくない状況だ。
「ごめんなさい、実は少し、会話が聞こえていて……」
私が弁明しようとしたとき、申し訳なさそうな顔で彼女がそう切り出した。
「交番に行こうと思ったんですけど、でも私ここら辺詳しくなくて……、警察を呼ぼうと思った時に、男の人が出てきたんです」
「そう、だったんですか……」
あの時は必死だったけれど、今更になってあんなセリフを長々と吐いた自分が恥ずかしくなってきた。それが見ず知らずの女の子に聞かれていたというのならなおさら。
「それで、なんですけど……その……」
女の子は何かを言いたげに、視線を泳がせている。なんだろうと首をかしげると、彼女は意を決したように、息を吸い込んだ。
「月島ヨナさん、ですよね?」
その言葉に、背中を冷たい汗が流れていく。まさかこんな数日間で2回も身バレをすることになるとは思わなかった。いや、でも会話が聞こえてきて、と言っていたし、その流れで名前も聞いただけかもしれない。
「その……覚えてないとは思うんですが、私、雛芥子、です」
彼女のだんだん小さくなっていく声に、ハッと顔を上げる。私の頭の中にSNSのアカウントのプロフィール欄が浮かび上がった。
「えっ、雛芥子さん!?」
覚えている、忘れるわけがない。夢に出てくるほど気にしていた名前だ。そして、ずっと謝りたいと思っていた相手。
「はい、そうです。雛芥子です」
彼女は困ったような顔をして笑う。そういえば、雛芥子は月島ヨナの引退のことを知っているのだろうか。
「……私、ずっと謝りたくて」
そう切り出したのは、雛芥子の方だった。彼女は少し目線を下げ、自分のこぶしを胸元できゅっと握る。
「ヨナちゃんのこと、引退まで見送れなかったの、後悔していて……。ごめんなさい、ヨナちゃんのこと、本当に大好きだったのに。
……なんて、今更こんなこと言ったって、言い訳ですよね」
雛芥子のそんな言葉に首を大きく横に振る。もう彼女はとっくに月島ヨナを見るのをやめていて、引退のことを知らないと思っていた。だからこそ、知っていてくれただけで嬉しい。
「謝るのは、私……ヨナの方だよ。ファンが居心地悪いと思うような場所にしてしまって、ごめんなさい」
雛芥子は私の言葉に目を丸くして、それから恥ずかしそうに笑った。
「ツイート、見られちゃってたんですね」
そう言われてから、確かに見られたくないものだっただろうなど思った。リスナーさんからのヨナに向けているらしいつぶやきをほとんど把握していたような私がタイムラインでは見かけなかったツイートだ。私が見ないように時間も配慮してツイートされていたんだろう。
「あ、ごめんね。配信でもSNSでも見かけないからどうしたんだろうって思って見に行っちゃった……。気持ち悪かったよね」
「いえ、いいんです。そもそもヨナちゃんが見られるようなアカウントで呟いた私が悪いので。
それに、多分、ヨナちゃんに気付いてほしかったんだと思います。そうじゃなきゃ、わざわざあんなツイートしません」
そう言われて、私の心臓がきゅっと痛んだ。こんな優しい子に、ヨナが見るかもしれないと思いながらあんな発言をさせてしまったんだ。ただただあの頃の自分を責めることしかできない。
「……ごめんね」
「本当に、ヨナちゃんは悪くないんです。……しょうがなかったんだろうなあって、思います」
しょうがない。私も、そんな言葉でずっと我慢していた気がする。というより、どこまでされれば我慢しなくていいのかわからなかった。きっと雛芥子も私が普通にしているからと我慢していたけれど、耐えられなくなったのだろう。
もしあの時私が、みんなにやめてと言えていたら、まだ活動を続けていたんだろうか。そんな考えてもどうにもならないことが頭によぎった。
女の子は私の目の前にしゃがみ、心配そうな顔で小首をかしげている。私は山田じゃなかったことにホッとしてしまって、とっさに声が出なかった。
「あの……?」
「あ、すみません、大丈夫です!」
思わずそう言ってしまったけれど、こんな夜中に路地裏でへたり込んでいる女が大丈夫なわけがない。というより怪しい、私が警察を呼ばれてもおかしくない状況だ。
「ごめんなさい、実は少し、会話が聞こえていて……」
私が弁明しようとしたとき、申し訳なさそうな顔で彼女がそう切り出した。
「交番に行こうと思ったんですけど、でも私ここら辺詳しくなくて……、警察を呼ぼうと思った時に、男の人が出てきたんです」
「そう、だったんですか……」
あの時は必死だったけれど、今更になってあんなセリフを長々と吐いた自分が恥ずかしくなってきた。それが見ず知らずの女の子に聞かれていたというのならなおさら。
「それで、なんですけど……その……」
女の子は何かを言いたげに、視線を泳がせている。なんだろうと首をかしげると、彼女は意を決したように、息を吸い込んだ。
「月島ヨナさん、ですよね?」
その言葉に、背中を冷たい汗が流れていく。まさかこんな数日間で2回も身バレをすることになるとは思わなかった。いや、でも会話が聞こえてきて、と言っていたし、その流れで名前も聞いただけかもしれない。
「その……覚えてないとは思うんですが、私、雛芥子、です」
彼女のだんだん小さくなっていく声に、ハッと顔を上げる。私の頭の中にSNSのアカウントのプロフィール欄が浮かび上がった。
「えっ、雛芥子さん!?」
覚えている、忘れるわけがない。夢に出てくるほど気にしていた名前だ。そして、ずっと謝りたいと思っていた相手。
「はい、そうです。雛芥子です」
彼女は困ったような顔をして笑う。そういえば、雛芥子は月島ヨナの引退のことを知っているのだろうか。
「……私、ずっと謝りたくて」
そう切り出したのは、雛芥子の方だった。彼女は少し目線を下げ、自分のこぶしを胸元できゅっと握る。
「ヨナちゃんのこと、引退まで見送れなかったの、後悔していて……。ごめんなさい、ヨナちゃんのこと、本当に大好きだったのに。
……なんて、今更こんなこと言ったって、言い訳ですよね」
雛芥子のそんな言葉に首を大きく横に振る。もう彼女はとっくに月島ヨナを見るのをやめていて、引退のことを知らないと思っていた。だからこそ、知っていてくれただけで嬉しい。
「謝るのは、私……ヨナの方だよ。ファンが居心地悪いと思うような場所にしてしまって、ごめんなさい」
雛芥子は私の言葉に目を丸くして、それから恥ずかしそうに笑った。
「ツイート、見られちゃってたんですね」
そう言われてから、確かに見られたくないものだっただろうなど思った。リスナーさんからのヨナに向けているらしいつぶやきをほとんど把握していたような私がタイムラインでは見かけなかったツイートだ。私が見ないように時間も配慮してツイートされていたんだろう。
「あ、ごめんね。配信でもSNSでも見かけないからどうしたんだろうって思って見に行っちゃった……。気持ち悪かったよね」
「いえ、いいんです。そもそもヨナちゃんが見られるようなアカウントで呟いた私が悪いので。
それに、多分、ヨナちゃんに気付いてほしかったんだと思います。そうじゃなきゃ、わざわざあんなツイートしません」
そう言われて、私の心臓がきゅっと痛んだ。こんな優しい子に、ヨナが見るかもしれないと思いながらあんな発言をさせてしまったんだ。ただただあの頃の自分を責めることしかできない。
「……ごめんね」
「本当に、ヨナちゃんは悪くないんです。……しょうがなかったんだろうなあって、思います」
しょうがない。私も、そんな言葉でずっと我慢していた気がする。というより、どこまでされれば我慢しなくていいのかわからなかった。きっと雛芥子も私が普通にしているからと我慢していたけれど、耐えられなくなったのだろう。
もしあの時私が、みんなにやめてと言えていたら、まだ活動を続けていたんだろうか。そんな考えてもどうにもならないことが頭によぎった。
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