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第44話 居場所
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「はあ?」
思わずそんな素っ頓狂な声が自分の口からこぼれる。山田のせいで荒らされたあの空間が、居場所だったというのか。
「誰も僕のことを見てくれなかった。僕のことを見てくれたのは月島ヨナだけだったし、そんな僕を認めてくれたのは月島ヨナとそのリスナーさんたちだけ。
あんなに居心地のいい空間だったのに、実はつらかったです、なんて僕らが可哀想じゃない。つらかったなんて噓でしょ。だからきっと働いてる店で何かあるんだと思って見に行ったのに……、それを墓荒らしだなんて、失礼だなあ」
前言撤回。こいつは月島ヨナの理解者なんかじゃない。勝手に私の配信を土足で踏み荒らして居座った挙句、自分が好き勝手にいじめた彼女の気持ちを嘘だなんて言い切るこいつが、月島ヨナの理解者なんて思ってたまるもんか。
そう思うが早いか否か、パァンと乾いた音が響いて、私は気づけば山田の頬を殴っていた。
「痛い? 痛いよね、これが現実だよ。今から言うことも「月島ヨナ」の現実。わからないみたいだったからちゃんと教えてあげるね。
月島ヨナはあんたのせいで死んだの。ううん、あんたのせいで、私が月島ヨナを殺さなきゃいけなくなった。つらかったから、あんたのせいで「月島ヨナ」が好き勝手いじられるのが嫌だったから。
仕事が忙しいっていう方が建前だよ。ていうか嘘だったとしてもわざわざ職場特定して来る方が頭おかしいでしょ、普通に犯罪だから。
楽しかった? 自己満足で嗅ぎまわって自分のせいじゃないって現実逃避するのは。現実見ろよバカ。全部お前のせいだよ!」
さっきまで震えていた自分はどこに行ったのか、口からスラスラと1人で抱えていた不満が出てきた。そして全部吐き出してから、山田が逆上して私を刺すとか、首を絞めてきたらどうしよう、なんていう当たり前な不安が押し寄せた。殴ってしまったのは自分だけれど、相手はストーカーだし正当防衛ということにならないかな。いや、正当防衛と判断されても死んでしまっては意味がない。そんな思考が一瞬で頭の中を駆け巡る。
山田が口を開くまで、時が永遠のように感じられた。自分が話し終えてから5秒も経っていないのに、私はもうここで死ぬんだ、なんて覚悟すら決まっている。
「そうですか」
でもそんな私の不安とは裏腹に、山田は逆上することもなく静かに頷いて、持っていたレジ袋を私の足元に置いた。
「迷惑かけてすみませんでした。もう来ません」
山田はぺこりとお辞儀をし、私の横をすり抜けて路地裏を出ていく。私は啞然としてしまって、その後ろ姿を見送ることしかできなかった。
どうして、あんなにあっさりと帰ったんだ。ここまで私に付きまとって、でも怒られたらすんなり帰るなんて、そんなことがあるのだろうか。私には山田の思考はわからない、多分わかる人なんていない。
いや、もしかしたらあっさり帰ったふりをして、家で待ち伏せしているのかもしれない。それくらいしたっておかしくないだろう。そう考えはしたけれど、山田はもういない気がする。理由は説明できないけれど、なんだかそんな気がした。
でもさすがに急に路地裏に連れ込まれて意味の分からない説明をされたせいか、体に力が入らなかった。助けを呼ぼうにも誰もいない。路地裏の壁にもたれかかってどうしようかなと思っていた時、道路から差し込んでいた街灯の明かりが翳った。もしかしたら山田が戻ってきたのかもしれない、と慌てて振り向くと、そこにいたのは髪の長い女の子だった。
思わずそんな素っ頓狂な声が自分の口からこぼれる。山田のせいで荒らされたあの空間が、居場所だったというのか。
「誰も僕のことを見てくれなかった。僕のことを見てくれたのは月島ヨナだけだったし、そんな僕を認めてくれたのは月島ヨナとそのリスナーさんたちだけ。
あんなに居心地のいい空間だったのに、実はつらかったです、なんて僕らが可哀想じゃない。つらかったなんて噓でしょ。だからきっと働いてる店で何かあるんだと思って見に行ったのに……、それを墓荒らしだなんて、失礼だなあ」
前言撤回。こいつは月島ヨナの理解者なんかじゃない。勝手に私の配信を土足で踏み荒らして居座った挙句、自分が好き勝手にいじめた彼女の気持ちを嘘だなんて言い切るこいつが、月島ヨナの理解者なんて思ってたまるもんか。
そう思うが早いか否か、パァンと乾いた音が響いて、私は気づけば山田の頬を殴っていた。
「痛い? 痛いよね、これが現実だよ。今から言うことも「月島ヨナ」の現実。わからないみたいだったからちゃんと教えてあげるね。
月島ヨナはあんたのせいで死んだの。ううん、あんたのせいで、私が月島ヨナを殺さなきゃいけなくなった。つらかったから、あんたのせいで「月島ヨナ」が好き勝手いじられるのが嫌だったから。
仕事が忙しいっていう方が建前だよ。ていうか嘘だったとしてもわざわざ職場特定して来る方が頭おかしいでしょ、普通に犯罪だから。
楽しかった? 自己満足で嗅ぎまわって自分のせいじゃないって現実逃避するのは。現実見ろよバカ。全部お前のせいだよ!」
さっきまで震えていた自分はどこに行ったのか、口からスラスラと1人で抱えていた不満が出てきた。そして全部吐き出してから、山田が逆上して私を刺すとか、首を絞めてきたらどうしよう、なんていう当たり前な不安が押し寄せた。殴ってしまったのは自分だけれど、相手はストーカーだし正当防衛ということにならないかな。いや、正当防衛と判断されても死んでしまっては意味がない。そんな思考が一瞬で頭の中を駆け巡る。
山田が口を開くまで、時が永遠のように感じられた。自分が話し終えてから5秒も経っていないのに、私はもうここで死ぬんだ、なんて覚悟すら決まっている。
「そうですか」
でもそんな私の不安とは裏腹に、山田は逆上することもなく静かに頷いて、持っていたレジ袋を私の足元に置いた。
「迷惑かけてすみませんでした。もう来ません」
山田はぺこりとお辞儀をし、私の横をすり抜けて路地裏を出ていく。私は啞然としてしまって、その後ろ姿を見送ることしかできなかった。
どうして、あんなにあっさりと帰ったんだ。ここまで私に付きまとって、でも怒られたらすんなり帰るなんて、そんなことがあるのだろうか。私には山田の思考はわからない、多分わかる人なんていない。
いや、もしかしたらあっさり帰ったふりをして、家で待ち伏せしているのかもしれない。それくらいしたっておかしくないだろう。そう考えはしたけれど、山田はもういない気がする。理由は説明できないけれど、なんだかそんな気がした。
でもさすがに急に路地裏に連れ込まれて意味の分からない説明をされたせいか、体に力が入らなかった。助けを呼ぼうにも誰もいない。路地裏の壁にもたれかかってどうしようかなと思っていた時、道路から差し込んでいた街灯の明かりが翳った。もしかしたら山田が戻ってきたのかもしれない、と慌てて振り向くと、そこにいたのは髪の長い女の子だった。
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