VTuberをやめました。

阿良々木与太

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第40話 堂々巡りの思考

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 気にしなくていいとは言われても、人間は何もしない時間があると考え事をしてしまう生き物だ。ほとんど仕事漬けの日々だったし、やりたいことも思いつかない。ただぼうっとSNSを眺めているうちに、1時間が経過していた。こういう気分の時にSNSを開くと、どうしても悪い情報ばかり目に入る。

 企業のVTuberの炎上だとか、トラブルだとか、少し検索をかければそういうものがゴロゴロ出てきた。そのうちの1つに「VTuberへのストーカー」という単語を見かけてドキンとする。やっぱり、少なからずそういった事件は存在するらしい。

 ストーカーが原因で引退したVTuberの話を見かけ、じゃあ私のような事例はどうなるんだろうと思った。別の場所で活動しているわけでもないし、私が、「月島ヨナ」がストーカーされているという事実が表に出ることはない。私や、山田がSNSなどで公表しない限り。

 私みたいに引退してからストーカー被害にあった人もいるんだろうか。いても、きっと表には出せない。VTuberは引退するとそこで終わる。VTuberの中の人には人生の続きがあるけれど、そのVTuberにはないから、誰にも観測されず、話題にもならず消える。警察にとりあってもらえるかもわからない。そんな悩みを抱えた人たちは、私以外にいるんだろうか。

 いなければいい、と思う。でも、1人で抱えるには重く、誰か仲間がいてほしいと思った。けれど、そんな情報は見当たらない。当たり前だ。

 いつまでもSNSを見ていると、さらに暗い気持ちになりそうで、スマホを閉じる。気が付けばお昼の少し前になっていた。店はこれからが忙しい時間帯だろう。

 じっとしていると考え事をしてしまうから、せめて手を動かそうと掃除を始めた。とはいえ、仕事をして家に帰ったら寝るだけの生活をしているから、そもそも散らかっている場所がない。片づける場所と言えば、配信を辞めた後から手を付けていないPCの周辺だ。配信の時に使っていたマイクやモニターが置きっぱなしになっている。別にそのままでも良いけれど、今の状況だと配信を思い出して憂鬱になりそうだから仕舞っておこう。

 ほんの少しほこりのかぶっていたそれを軽くはらい、取っておいた箱に戻す。こういう箱が捨てられなくて、PCを買ったときの箱も、テーブルを買った時の箱も全部クローゼットの空いたスペースに詰め込まれている。


「……どうしようかな、これ」


 箱に仕舞ったはいいものの、この先使い道がない。他の引退した人はどうしているんだろう。今は引退しても他の場所で活動をしている人が多いから、使い道には困らないのだろうか。モニターはともかく、マイクはどうしようもない。友達とわざわざPCから繋いで電話をすることもないし、他に活動する予定もないからただかさばるだけだ。


「高かったのになあ、これ」


 このマイクは、「月島ヨナ」の立ち絵が出来上がったときに買ったものだ。それまではなんとなく実感が湧かず、PC以外必要そうな機材を何も揃えていなかった。立ち絵が出来上がってようやく、VTuberとしてデビューするんだと改めて自覚して、何もわからないまま有名なVTuberが使っていたものを買った。私にとっては宝の持ち腐れだったかもしれないけれど、安いものを選んで音質の悪い声を届けるよりは良かったと思うことにしている。

 マイクだけじゃない。PCも、モニターも立ち絵やそれを動かすモデリングにもお金がかかる。諸々の費用を計算した時にはぎょっとしたものだ。その費用が私の活動に見合ったものかと言われると、それはわからない。

 別にお金儲けのために始めたわけじゃないから、元が取れたとかはどうでもいい。でも、それだけお金をかけて始めたことに、私が納得する活動をできていたんだろうか。あんな終わり方で、今こんな状況で、それでもあれだけ投資してよかったと思っているのだろうか。こんな風にお金のことを考えている時点で後悔しているのかもしれない。

 小さい頃にピアノを習っていたけれど、すぐにやめたことを思い出した。家にわざわざピアノも買ったのに、なんだか合わなくて3カ月でやめた。母にしばらくネチネチと文句を言われたのを覚えている。あの頃はそんなに言わなくても、と思っていたけれど、今はそんなことを言えない。

 苦い感情がこみ上げてきて、抱えていたマイクをクローゼットの奥に押し込んだ。なるべく目につかないよう、マイクの箱の前にモニターも仕舞う。
 配信を始めたときのことを後悔したってしょうがない。とにかく今はこの状況をなんとかすることだけ考えなくては。そんな堂々巡りの思考がまた訪れる。私にはどうにもできないくせに。

 はあ、とため息をついてクローゼットを閉じたとき、スマホの通知音が鳴った。
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