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第31話 最後の朝
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『おはヨナ~! 今日は22時から引退配信があります!!
なんかこんなテンションじゃない気もするけど、しんみりするのは配信中にするね。
待機所はでき次第ツイートするのでしばしお待ちください!』
まだ布団の中で、スマホからツイートをする。引退配信を行う月曜日はあっという間に来てしまった。今日が最後だから、と思いながらすべてのリプライに返信をしていく。布団にもぐってスマホをいじっていると暑くなってきて、渋々ベッドから這い出た。もう8月が近く、部屋の中は蒸し暑い。冷房を入れると、椅子に座りなおしてリプライの続きを打ちこむ。
『おはヨナ! 今日が最後なの寂しい~~~配信行くね!!』
『ありがとう、待ってるね!』
『おはヨナです。今日のために有給取りました。配信楽しみにしてます』
『有給取ってくれたの!? わざわざ!? ありがとう~~!』
数カ月前より少し増えたリプライを黙々と返す。もうこんな風にやり取りをするのも最後か、なんて何につけてもしんみりするようになってしまった。
『ヨナちゃんおはよ! 配信楽しみにしてるね』
ゆきからのリプライだ。メッセージのやり取りは続いていたけれど、SNSでリプライがくるのは久しぶりな気がする。
『ゆき姉おはよ~~! ありがと!!』
全員に代わり映えのしない文章を送信してスマホを閉じる。今日の配信のためにサムネイルを作ろうとPCを起動した。
ずっとサムネイルを考えるのが苦手だった。今日の配信だって、サムネの構図が思いついていれば、もっと早く待機所を作れただろう。でも今日は別に、誰かの目に留まるようにとか考えなくていいんだ、と思うと自然と手が動いた。
白い背景の右端に「月島ヨナ」の立ち絵と、その左側に「引退します。」の文字。わかりやすくて良い、多分。
『待機所です!!』
そうツイートをして、一旦PCをスリープモードにしておく。後は配信まで特にやることはない。
夜まで家事と他のVTuberの配信を見ているうちに、気が付けば21時半になっていた。PCの画面をつけなおし、配信ソフトを立ち上げる。
画面にはいつも通り「月島ヨナ」が映っていた。私の表情とリンクして、笑ったり首を傾げたりしている。ひがおさんのツイートがあったときは、もしかしたらもう月島ヨナを使わせてもらえなくなるんじゃないかと内心少しヒヤヒヤしていた。
「……最後まで、トラブルばっかでごめんね」
そんな私の言葉にヨナは返事もしないし、嫌そうな顔すら見せない。だってヨナは、私が動かしているから。
彼女というキャラクターを取り巻く環境は否応なしに変わっていく。それはヨナのせいじゃないけれど、一番影響があるのはヨナだ。今回の引退だって私のせいなのに、それに対する感情はすべてヨナに向けられる。
VTuberとは、バーチャルに存在するキャラクターとは、そういうものだ。私でありながら、私じゃない。でも、みんなに見えるのはキャラクターである「月島ヨナ」だけ。その中に私もいるかもしれないけれど、でもみんなには認識できない。
そして私は今から、「月島ヨナ」だけを殺す。私はこれからも現実で生きていくけれど、ヨナはもうどこにも存在しなくなる。彼女の歴史だけが、インターネットに残る。
「月島ヨナ」を始めた1年半前は、引退なんて正直馬鹿らしいと思っていた。たかが配信者が配信をやめるくらいで、大げさだなって。でも違う。引退は、一人の人間を殺すってことだ。
「……ごめんね」
ヨナは返事をしない。身勝手な中身で申し訳ない。でも、インターネットに残るあなたの歴史を、もうこれ以上汚したくなかった。
時計を見ると、気づけば配信の始まる五分前になっている。ばくばくと高鳴る胸を抑えながら、機材の確認などを済ませた。
あと3分、2分、1分。最後の配信の時間が近づく。時刻が22時になった瞬間に、配信開始のボタンを押した。
なんかこんなテンションじゃない気もするけど、しんみりするのは配信中にするね。
待機所はでき次第ツイートするのでしばしお待ちください!』
まだ布団の中で、スマホからツイートをする。引退配信を行う月曜日はあっという間に来てしまった。今日が最後だから、と思いながらすべてのリプライに返信をしていく。布団にもぐってスマホをいじっていると暑くなってきて、渋々ベッドから這い出た。もう8月が近く、部屋の中は蒸し暑い。冷房を入れると、椅子に座りなおしてリプライの続きを打ちこむ。
『おはヨナ! 今日が最後なの寂しい~~~配信行くね!!』
『ありがとう、待ってるね!』
『おはヨナです。今日のために有給取りました。配信楽しみにしてます』
『有給取ってくれたの!? わざわざ!? ありがとう~~!』
数カ月前より少し増えたリプライを黙々と返す。もうこんな風にやり取りをするのも最後か、なんて何につけてもしんみりするようになってしまった。
『ヨナちゃんおはよ! 配信楽しみにしてるね』
ゆきからのリプライだ。メッセージのやり取りは続いていたけれど、SNSでリプライがくるのは久しぶりな気がする。
『ゆき姉おはよ~~! ありがと!!』
全員に代わり映えのしない文章を送信してスマホを閉じる。今日の配信のためにサムネイルを作ろうとPCを起動した。
ずっとサムネイルを考えるのが苦手だった。今日の配信だって、サムネの構図が思いついていれば、もっと早く待機所を作れただろう。でも今日は別に、誰かの目に留まるようにとか考えなくていいんだ、と思うと自然と手が動いた。
白い背景の右端に「月島ヨナ」の立ち絵と、その左側に「引退します。」の文字。わかりやすくて良い、多分。
『待機所です!!』
そうツイートをして、一旦PCをスリープモードにしておく。後は配信まで特にやることはない。
夜まで家事と他のVTuberの配信を見ているうちに、気が付けば21時半になっていた。PCの画面をつけなおし、配信ソフトを立ち上げる。
画面にはいつも通り「月島ヨナ」が映っていた。私の表情とリンクして、笑ったり首を傾げたりしている。ひがおさんのツイートがあったときは、もしかしたらもう月島ヨナを使わせてもらえなくなるんじゃないかと内心少しヒヤヒヤしていた。
「……最後まで、トラブルばっかでごめんね」
そんな私の言葉にヨナは返事もしないし、嫌そうな顔すら見せない。だってヨナは、私が動かしているから。
彼女というキャラクターを取り巻く環境は否応なしに変わっていく。それはヨナのせいじゃないけれど、一番影響があるのはヨナだ。今回の引退だって私のせいなのに、それに対する感情はすべてヨナに向けられる。
VTuberとは、バーチャルに存在するキャラクターとは、そういうものだ。私でありながら、私じゃない。でも、みんなに見えるのはキャラクターである「月島ヨナ」だけ。その中に私もいるかもしれないけれど、でもみんなには認識できない。
そして私は今から、「月島ヨナ」だけを殺す。私はこれからも現実で生きていくけれど、ヨナはもうどこにも存在しなくなる。彼女の歴史だけが、インターネットに残る。
「月島ヨナ」を始めた1年半前は、引退なんて正直馬鹿らしいと思っていた。たかが配信者が配信をやめるくらいで、大げさだなって。でも違う。引退は、一人の人間を殺すってことだ。
「……ごめんね」
ヨナは返事をしない。身勝手な中身で申し訳ない。でも、インターネットに残るあなたの歴史を、もうこれ以上汚したくなかった。
時計を見ると、気づけば配信の始まる五分前になっている。ばくばくと高鳴る胸を抑えながら、機材の確認などを済ませた。
あと3分、2分、1分。最後の配信の時間が近づく。時刻が22時になった瞬間に、配信開始のボタンを押した。
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