VTuberをやめました。

阿良々木与太

文字の大きさ
上 下
22 / 47

第22話 伝えなければ、伝わらなかった

しおりを挟む
「私ね、本当にリスナーのみんなのことが大好きだった。だから嫌われたくなくて、私が我慢すればいいんだからみんなに言うのは違うってずっと思ってたの。でもそしたら、配信ができなくなってた」


 引退するからって、こんなものは言い逃げだ。みんなに罪の意識を植え付けるだけだとわかっていながら、どうしても伝えたかった。


「我慢できなくなる前に、みんなに言えばよかったのかもしれない。でも私にはそれすらできなくて、こんな結果になったこと、申し訳ないなって思う。ごめんなさい」


 謝って許してもらえるなら嬉しいけれど、許されなくてもいいと思う。誰かが明確に悪いわけじゃないから、私が許してもらう必要も、リスナーが許す必要もない。ただ別の立場にいた人間が食い違ってしまっただけ。「月島ヨナ」はバーチャルの存在なのに、そんな部分だけはやけに人間らしくて笑ってしまう。


「聞いてくれてありがとう。私が言いたかったことは、とりあえずこれで全部かな」


 ようやく肩の重荷が下りた気がした。ずっと向き合うのが怖かったコメント欄を眺める。


『話してくれてありがとう』
『ヨナちゃんのことずっと好きだよ……』
『さみしい』


 見覚えのあるアイコンがそんな風に言ってくれるのはうれしくて、それでいてなんだかむずがゆかった。ずっと仲が良かった友達と将来の話を真剣にした時のような、そんな恥ずかしさ。


「なんか、暗くなっちゃったね。いや、まあ、それはしょうがないんだけど……。
そうだ、なんか私に聞きたいこととか、言っておきたいこととかある?」


 そんなこそばゆい感情を誤魔化すように、笑ってそう言う。ラグのあるコメント欄を待っていると、


『アーカイブはどうするんですか?』


 というコメントが目に入った。


「アーカイブ、アーカイブかあ……。え、考えてなかったな、どうしよう」


 普通は一番に考えるはずなのに、配信を長いことしていなかったせいか、頭からすっかり抜けていた。今まで身近にいた配信者たちは、引退するときに大体アーカイブを消していた気がする。でもそれは、転生先が決まっていたり、自分の活動の中に何か問題があった場合だけだ。

 私は「月島ヨナ」のことを消したいわけじゃない。できれば、ここにいた証拠を残したい。消したいアーカイブこそいくつかあるが、すべてを消す必要はないだろう。


『アーカイブ残してほしい!!!』
『もうヨナちゃん見れなくなるのやだから、せめてアーカイブ残してくれんか……』


 何より、こんなリスナーからの声がある。なら、私がアーカイブを消す理由はない。


「大丈夫、残すよ。……まあ、何個かは非公開にしたりするかもしれないけど、全部は消さないと思う」


『よかった~~~!』
『ありがとう!!!』


 もしかしたら未来で、自分のアーカイブに黒歴史だと笑うことがあるかもしれない。けれど、それも1つの思い出として置いておこう。


「……まあ、とりあえず決めなきゃいけないこととか、言わなきゃいけないこととかはこんなところかな。
今日はそろそろ終わろうと思います。まあ、また引退配信の日程決まったらツイートとかするので、よろしくね。
それじゃあ、また! おつヨナ!」


『おつヨナ~~~!』
『またね!!おつヨナ!!』


 気づけば視聴者数は六百人を超えていて、おつヨナ、の文字が流れるのがやけに早かった。普段は見ない人とか、ずっと前は毎日来てくれていた人だとかのアイコンが散見され、嬉しいのと同時に寂しくなる。

 配信を切ると、配信中ずっとあった緊張が解け、口から大きなため息を吐き出した。


「……言っちゃったな」


 配信中は緊張していたから感じなかったけれど、改めて自分が引退するという実感が押し寄せる。ここまで1年半、期間にしては短いけれど、私にとっては大きな出来事だった。

 色々な感情が湧きあがり、それを何ともわからないまま、目からは涙がこぼれる。椅子の上で三角座りをし、瞼をぎゅっと膝頭に押し付ける。あとは涙の流れるままに任せた。
しおりを挟む
script?guid=on
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...