VTuberをやめました。

阿良々木与太

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第21話 「大切なお知らせ」

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 スマホからアラームが流れてびくっとする。配信の内容を考えているうちに、気が付けばもう配信の始まる5分前になっていた。やっぱりアラームをかけておいてよかった。

 箇条書きではあるけれど、メモ帳に今日話したいと思っていることはまとまっている。後は私がこれをリスナーのみんなにきちんと伝えるだけだ。

 配信ソフトを立ち上げ、あとは開始の時間まで待つ。心臓がどくどくと高鳴っていた。配信をすること事態久しぶりなのに、その配信の内容が引退のお知らせだなんて、もしも私がリスナーだったら耐えられないだろう。それには少し申し訳ないと思う。

 私はリスナーのせいで配信をやめるけれど、でも、みんなが私のことを純粋な気持ちで応援してくれていたことを知っている。だからこそ、きちんと伝えなければと思った。

 時計が22時を指す。配信開始のボタンを押して、いつものBGMを流した。すでに同時接続者数が100人を超えていてぎょっとする。普段の配信開始時は10人いるかいないかなのに。まあ、あんな内容のツイートをしていればこれでも少ないくらいかもしれない、と自分を落ち着けた。


「あー、えっと、聞こえてるかな、久しぶり」


『こんヨナ!』
『聞こえてるよ』


 配信にはすでに300人もの視聴者が集まっている。けれどコメントの流れはいつも通りで、それが余計に怖かった。もしも前の「あ」のようなアンチがこっそりと見ていたらどうしよう。そう思うと、喉の奥がきゅっと絞まり、うまく声が出ない。


「聞こえてる? よかった。その、今日はみんなにお知らせがあって」


 声が上ずる。隣に置いていた水を飲みこみ、はあ、と息をついた。


『大丈夫?』
『お知らせ……?』


 きっとリスナーの何人かは察しているのだろう。いつも配信中にかけている陽気なBGMは今の雰囲気に合わない気がして消した。


「私は、VTuberを、引退します」


 緊張が最高潮に達して、心臓が痛かった。コメント欄には動揺したコメントが並んでいる。私とリスナーの両方が落ち着くのを待って、画面端に置いたメモに目を向けた。


「えっと、まずは、急なお知らせになってしまってごめんなさい。それから、ずっと配信をしていなかったことも。ご心配をかけたと思います。
まず言いたいのは、これを引退配信にしたいんじゃなくて、また改めて引退配信の枠を取るよってこと。まだ引退じゃないです。時期は……決めてないけど、そうだね、1週間後とかでどうかな」


『引退しないで;;;;』
『正直まだ受け入れられてない』
『一週間しかないんか……』


 そんなコメントたちを見て少しだけ苦笑いをする。それはそうだ、急に引退すると言われて、その引退配信の日時を聞かれたって答えられるわけがない。


「いや、うん、そうだよね、びっくりするよね。とりあえず、来週、引退配信します。それまでに別で配信するかはまだちょっと決めてないです、考えとくね。
……やめる理由、なんだけど」


 もしかしたら、今言う必要はないのかもしれない、とメモを見ながらふと思う。引退配信のときでもいいんじゃないだろうか。でも、それまでにリスナーに私がどうしてやめるのかをモヤモヤと悩み続けさせてしまうのは嫌だった。それに、引退配信のときはそんな暗い話をしたくない。


「まあ、色々あるんだけど、まずはお仕事が今すごく忙しくて、配信ができない状況なのね。
それと、その、これは言うの少し悩んだんだけど、配信をするのがちょっとつらくて」


 これは伝えるべきではないんじゃないか、言ってどうするんだと自分の中の声が責め立てる。でも伝えたかった。伝えずに、私は「月島ヨナ」をやめられないと思った。


「配信をやるたびに、いじられたりとかするのが結構、きつくて。
でも、みんなのことが嫌いってわけじゃないの。大好きだから、つらかった」


『ごめん』
『私たちのせいだったの……?』


 こういうコメントが出てくるということは予想できていた。でも私は、みんなに謝ってほしいわけでも、責任を感じてほしいわけじゃない。首を横に振って、震える唇で息を吸う。


「違う、みんなのこと、責めたいわけじゃなくて……。ただ、こういう人間もいるんだって知ってほしかった。なんて言えばいいかわかんないんだけど……うん、知ってほしかったんだろうな。
私が言わなかったくせに、今更何をって思うよね。でも、配信をやめるって決めなかったら、言えてなかったと思う。だって、みんなに嫌われたくなかったから」


 そう一息に言って、リスナーのコメントを眺める。


『嫌いにならないよ~~~!!!』
『ヨナちゃんが苦しむくらいなら、ちゃんと話してほしかった』


 そんな優しいコメントが並んでいる。だからこそ、言えなかった。でも、ちゃんと伝えていたらもしかしたら何か変わっていたのかもしれない、なんて、考えてもどうしようもないことが心に浮かんでしまった。
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