VTuberをやめました。

阿良々木与太

文字の大きさ
上 下
21 / 47

第21話 「大切なお知らせ」

しおりを挟む
 スマホからアラームが流れてびくっとする。配信の内容を考えているうちに、気が付けばもう配信の始まる5分前になっていた。やっぱりアラームをかけておいてよかった。

 箇条書きではあるけれど、メモ帳に今日話したいと思っていることはまとまっている。後は私がこれをリスナーのみんなにきちんと伝えるだけだ。

 配信ソフトを立ち上げ、あとは開始の時間まで待つ。心臓がどくどくと高鳴っていた。配信をすること事態久しぶりなのに、その配信の内容が引退のお知らせだなんて、もしも私がリスナーだったら耐えられないだろう。それには少し申し訳ないと思う。

 私はリスナーのせいで配信をやめるけれど、でも、みんなが私のことを純粋な気持ちで応援してくれていたことを知っている。だからこそ、きちんと伝えなければと思った。

 時計が22時を指す。配信開始のボタンを押して、いつものBGMを流した。すでに同時接続者数が100人を超えていてぎょっとする。普段の配信開始時は10人いるかいないかなのに。まあ、あんな内容のツイートをしていればこれでも少ないくらいかもしれない、と自分を落ち着けた。


「あー、えっと、聞こえてるかな、久しぶり」


『こんヨナ!』
『聞こえてるよ』


 配信にはすでに300人もの視聴者が集まっている。けれどコメントの流れはいつも通りで、それが余計に怖かった。もしも前の「あ」のようなアンチがこっそりと見ていたらどうしよう。そう思うと、喉の奥がきゅっと絞まり、うまく声が出ない。


「聞こえてる? よかった。その、今日はみんなにお知らせがあって」


 声が上ずる。隣に置いていた水を飲みこみ、はあ、と息をついた。


『大丈夫?』
『お知らせ……?』


 きっとリスナーの何人かは察しているのだろう。いつも配信中にかけている陽気なBGMは今の雰囲気に合わない気がして消した。


「私は、VTuberを、引退します」


 緊張が最高潮に達して、心臓が痛かった。コメント欄には動揺したコメントが並んでいる。私とリスナーの両方が落ち着くのを待って、画面端に置いたメモに目を向けた。


「えっと、まずは、急なお知らせになってしまってごめんなさい。それから、ずっと配信をしていなかったことも。ご心配をかけたと思います。
まず言いたいのは、これを引退配信にしたいんじゃなくて、また改めて引退配信の枠を取るよってこと。まだ引退じゃないです。時期は……決めてないけど、そうだね、1週間後とかでどうかな」


『引退しないで;;;;』
『正直まだ受け入れられてない』
『一週間しかないんか……』


 そんなコメントたちを見て少しだけ苦笑いをする。それはそうだ、急に引退すると言われて、その引退配信の日時を聞かれたって答えられるわけがない。


「いや、うん、そうだよね、びっくりするよね。とりあえず、来週、引退配信します。それまでに別で配信するかはまだちょっと決めてないです、考えとくね。
……やめる理由、なんだけど」


 もしかしたら、今言う必要はないのかもしれない、とメモを見ながらふと思う。引退配信のときでもいいんじゃないだろうか。でも、それまでにリスナーに私がどうしてやめるのかをモヤモヤと悩み続けさせてしまうのは嫌だった。それに、引退配信のときはそんな暗い話をしたくない。


「まあ、色々あるんだけど、まずはお仕事が今すごく忙しくて、配信ができない状況なのね。
それと、その、これは言うの少し悩んだんだけど、配信をするのがちょっとつらくて」


 これは伝えるべきではないんじゃないか、言ってどうするんだと自分の中の声が責め立てる。でも伝えたかった。伝えずに、私は「月島ヨナ」をやめられないと思った。


「配信をやるたびに、いじられたりとかするのが結構、きつくて。
でも、みんなのことが嫌いってわけじゃないの。大好きだから、つらかった」


『ごめん』
『私たちのせいだったの……?』


 こういうコメントが出てくるということは予想できていた。でも私は、みんなに謝ってほしいわけでも、責任を感じてほしいわけじゃない。首を横に振って、震える唇で息を吸う。


「違う、みんなのこと、責めたいわけじゃなくて……。ただ、こういう人間もいるんだって知ってほしかった。なんて言えばいいかわかんないんだけど……うん、知ってほしかったんだろうな。
私が言わなかったくせに、今更何をって思うよね。でも、配信をやめるって決めなかったら、言えてなかったと思う。だって、みんなに嫌われたくなかったから」


 そう一息に言って、リスナーのコメントを眺める。


『嫌いにならないよ~~~!!!』
『ヨナちゃんが苦しむくらいなら、ちゃんと話してほしかった』


 そんな優しいコメントが並んでいる。だからこそ、言えなかった。でも、ちゃんと伝えていたらもしかしたら何か変わっていたのかもしれない、なんて、考えてもどうしようもないことが心に浮かんでしまった。
しおりを挟む
script?guid=on
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

六華 snow crystal 8

なごみ
現代文学
雪の街札幌で繰り広げられる、それぞれのラブストーリー。 小児性愛の婚約者、ゲオルクとの再会に絶望する茉理。トラブルに巻き込まれ、莫大な賠償金を請求される潤一。大学生、聡太との結婚を夢見ていた美穂だったが、、

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

桜の木が揺れる頃

hayama_25
現代文学
昭和から現代へと続く町の記憶を紡ぎ、そこに生きる人々の絆を描いた心温まる物語。 何気ない日常の中での小さな発見や、過去から受け継がれる思い。 桜の木がそよ風に揺れる情景とともに、日常に宿る繊細な心の動きを丁寧に描き出した本作。 全ての物語がひとつに重なる瞬間、胸に迫る切なさと共に浮かび上がる、深い感動と余韻。 忘れかけていた温かさと小さな希望が胸にそっと宿る。 「桜町」 ――淡く切ない日常の一瞬を描いた、美しくも静かな物語。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

処理中です...