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第19話 熊白ゆき
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「……は?」
そんなまぬけな声が思わず口から洩れる。本当に、こんな馬鹿げたことをゆきが言ったのだろうか。
『ヨナちゃんは、「月島ヨナ」を続けるのがつらいんだよね? でも、自分のせいでやめるのが申し訳ないなら、私が「月島ヨナ」をやればいいんじゃないかなあって思うんだけど、どうかな?』
内容は訳が分からないのに、ゆきは淡々と説明を続けていて、それが余計に恐ろしかった。ゆきが何を言っているのか、うまく頭に入ってこない。ただ、とんでもない話を持ち掛けられているのはわかった。
「いや、あの、ちょっと、意味がわからないんだけど……それなら、ゆき姉は、「熊白ゆき」はどうするの……?」
そう言うと、ゆきはまるで自分がそんなものだった、とでも言うように、興味のなさそうな相槌を打った。
『んー、別に、どうでもいいかも。なんなら両方やってもいいかな、ヨナの方は息抜きにして。ヨナちゃんの配信頻度だってそんなに多いわけじゃなかったし、ありじゃない?』
自分のことをどうでもいい、なんて、ゆきの口から聞きたくなかった。それに、「月島ヨナ」のことをそんな風にぞんざいに扱ってほしくない。
「えー……それは、ほら、バレちゃうよ? 私たち結構コラボとかやってたしさ、共通のリスナーさんだっていたわけじゃん」
全部冗談だと言ってほしくて、混乱した頭を誤魔化すように笑って言う。イヤホンの向こうからも笑い声が聞こえてきた。
『バレないよお。ていうか別に、バレてもよくない? 中の人が変わりましたー、とかさ、この界隈じゃよくあることじゃん』
いよいよ笑えなくなってきた。これ以上何も言えずに黙り込む。
『……なんちゃって、冗談だよ! もしかしたら、ヨナちゃんの中で答えが出るきっかけになるかなあと思って言っただけ』
しばらく沈黙が続いた後、ゆきがそう切り出した。冗談だと言ってほしいとは思ったけれど、でも、いざ冗談だと言われると、悲しみがこみ上げる。どんな理由があっても、冗談で言っていいようなことではないだろう。
「……そっか、冗談、冗談か」
それに、もう1年半の付き合いだからなんとなくわかる。この話をし始めたときのゆきは、本気だった。最初から冗談のつもりなら、そもそもゆきはそんなこと言わない。
わからないのは、どうしてゆきが「月島ヨナ」を欲しがったかということだ。
「ゆき姉、あのさ」
『あ、やっぱり気に障ったかな。ごめんね、怒らせたいわけじゃなかったの』
「ううん、そうじゃなくて。
ゆき姉、もしかして悩んでることある?」
そう聞くと、ゆきは黙った。
『……なんで? 今は、ヨナちゃんの相談を聞いていたところでしょ?』
不自然な間が開いて、ゆきはそう続ける。その声のトーンは明らかに下がっていて、私の言葉が図星だったと裏付けるようなものだった。
「だって……普段のゆき姉なら、冗談でもそんなこと言わないでしょ。何かあったなら、聞くからさ」
『なんでもないよ』
ゆきは冷たくそう言いきり、また黙ってしまう。通話越しにゆきの表情は全く読み取れなかった。
「でも、私、ゆき姉がそんなこと言う人だって思いたくない」
『そういう人だったんだよ。ヨナちゃんが知らなかっただけ』
私はぐっと唇を噛みしめる。何を言ってもゆきは今までいったことを否定してはくれないだろう。私がゆきにとってその程度の存在だと思ってしまうのが、何よりもつらかった。
何も言えずに押し黙る。イヤホンの向こうから、小さな、うっかり入ってしまったようなため息が聞こえた。
『……私、本当はヨナちゃんのことが羨ましかったんだ』
どういうこと、と聞く前に、通話が切れた。もう1度電話をかけてもつながらず、メッセージを打ち込む。
『ゆき姉、最後のどういう意味?』
しばらく待っても、ゆきから返信はなかった。
私が羨ましかった、ってどういう意味だろう。羨ましいと言いたいのは私の方なのに、ゆきから私に向けて羨ましいなんて言うようなことがあるだろうか。それとも、ゆきが私に対して羨ましいと思ってしまうくらい、何かに追い詰められているのだろうか。
考えてもわからない。けれど、ゆきのことをひどい人間だと思いたくないということだけは確かだった。
そんなまぬけな声が思わず口から洩れる。本当に、こんな馬鹿げたことをゆきが言ったのだろうか。
『ヨナちゃんは、「月島ヨナ」を続けるのがつらいんだよね? でも、自分のせいでやめるのが申し訳ないなら、私が「月島ヨナ」をやればいいんじゃないかなあって思うんだけど、どうかな?』
内容は訳が分からないのに、ゆきは淡々と説明を続けていて、それが余計に恐ろしかった。ゆきが何を言っているのか、うまく頭に入ってこない。ただ、とんでもない話を持ち掛けられているのはわかった。
「いや、あの、ちょっと、意味がわからないんだけど……それなら、ゆき姉は、「熊白ゆき」はどうするの……?」
そう言うと、ゆきはまるで自分がそんなものだった、とでも言うように、興味のなさそうな相槌を打った。
『んー、別に、どうでもいいかも。なんなら両方やってもいいかな、ヨナの方は息抜きにして。ヨナちゃんの配信頻度だってそんなに多いわけじゃなかったし、ありじゃない?』
自分のことをどうでもいい、なんて、ゆきの口から聞きたくなかった。それに、「月島ヨナ」のことをそんな風にぞんざいに扱ってほしくない。
「えー……それは、ほら、バレちゃうよ? 私たち結構コラボとかやってたしさ、共通のリスナーさんだっていたわけじゃん」
全部冗談だと言ってほしくて、混乱した頭を誤魔化すように笑って言う。イヤホンの向こうからも笑い声が聞こえてきた。
『バレないよお。ていうか別に、バレてもよくない? 中の人が変わりましたー、とかさ、この界隈じゃよくあることじゃん』
いよいよ笑えなくなってきた。これ以上何も言えずに黙り込む。
『……なんちゃって、冗談だよ! もしかしたら、ヨナちゃんの中で答えが出るきっかけになるかなあと思って言っただけ』
しばらく沈黙が続いた後、ゆきがそう切り出した。冗談だと言ってほしいとは思ったけれど、でも、いざ冗談だと言われると、悲しみがこみ上げる。どんな理由があっても、冗談で言っていいようなことではないだろう。
「……そっか、冗談、冗談か」
それに、もう1年半の付き合いだからなんとなくわかる。この話をし始めたときのゆきは、本気だった。最初から冗談のつもりなら、そもそもゆきはそんなこと言わない。
わからないのは、どうしてゆきが「月島ヨナ」を欲しがったかということだ。
「ゆき姉、あのさ」
『あ、やっぱり気に障ったかな。ごめんね、怒らせたいわけじゃなかったの』
「ううん、そうじゃなくて。
ゆき姉、もしかして悩んでることある?」
そう聞くと、ゆきは黙った。
『……なんで? 今は、ヨナちゃんの相談を聞いていたところでしょ?』
不自然な間が開いて、ゆきはそう続ける。その声のトーンは明らかに下がっていて、私の言葉が図星だったと裏付けるようなものだった。
「だって……普段のゆき姉なら、冗談でもそんなこと言わないでしょ。何かあったなら、聞くからさ」
『なんでもないよ』
ゆきは冷たくそう言いきり、また黙ってしまう。通話越しにゆきの表情は全く読み取れなかった。
「でも、私、ゆき姉がそんなこと言う人だって思いたくない」
『そういう人だったんだよ。ヨナちゃんが知らなかっただけ』
私はぐっと唇を噛みしめる。何を言ってもゆきは今までいったことを否定してはくれないだろう。私がゆきにとってその程度の存在だと思ってしまうのが、何よりもつらかった。
何も言えずに押し黙る。イヤホンの向こうから、小さな、うっかり入ってしまったようなため息が聞こえた。
『……私、本当はヨナちゃんのことが羨ましかったんだ』
どういうこと、と聞く前に、通話が切れた。もう1度電話をかけてもつながらず、メッセージを打ち込む。
『ゆき姉、最後のどういう意味?』
しばらく待っても、ゆきから返信はなかった。
私が羨ましかった、ってどういう意味だろう。羨ましいと言いたいのは私の方なのに、ゆきから私に向けて羨ましいなんて言うようなことがあるだろうか。それとも、ゆきが私に対して羨ましいと思ってしまうくらい、何かに追い詰められているのだろうか。
考えてもわからない。けれど、ゆきのことをひどい人間だと思いたくないということだけは確かだった。
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