VTuberをやめました。

阿良々木与太

文字の大きさ
上 下
19 / 47

第19話 熊白ゆき

しおりを挟む
「……は?」


 そんなまぬけな声が思わず口から洩れる。本当に、こんな馬鹿げたことをゆきが言ったのだろうか。


『ヨナちゃんは、「月島ヨナ」を続けるのがつらいんだよね? でも、自分のせいでやめるのが申し訳ないなら、私が「月島ヨナ」をやればいいんじゃないかなあって思うんだけど、どうかな?』


 内容は訳が分からないのに、ゆきは淡々と説明を続けていて、それが余計に恐ろしかった。ゆきが何を言っているのか、うまく頭に入ってこない。ただ、とんでもない話を持ち掛けられているのはわかった。


「いや、あの、ちょっと、意味がわからないんだけど……それなら、ゆき姉は、「熊白ゆき」はどうするの……?」


 そう言うと、ゆきはまるで自分がそんなものだった、とでも言うように、興味のなさそうな相槌を打った。


『んー、別に、どうでもいいかも。なんなら両方やってもいいかな、ヨナの方は息抜きにして。ヨナちゃんの配信頻度だってそんなに多いわけじゃなかったし、ありじゃない?』


 自分のことをどうでもいい、なんて、ゆきの口から聞きたくなかった。それに、「月島ヨナ」のことをそんな風にぞんざいに扱ってほしくない。


「えー……それは、ほら、バレちゃうよ? 私たち結構コラボとかやってたしさ、共通のリスナーさんだっていたわけじゃん」


 全部冗談だと言ってほしくて、混乱した頭を誤魔化すように笑って言う。イヤホンの向こうからも笑い声が聞こえてきた。


『バレないよお。ていうか別に、バレてもよくない? 中の人が変わりましたー、とかさ、この界隈じゃよくあることじゃん』

 いよいよ笑えなくなってきた。これ以上何も言えずに黙り込む。

『……なんちゃって、冗談だよ! もしかしたら、ヨナちゃんの中で答えが出るきっかけになるかなあと思って言っただけ』

 しばらく沈黙が続いた後、ゆきがそう切り出した。冗談だと言ってほしいとは思ったけれど、でも、いざ冗談だと言われると、悲しみがこみ上げる。どんな理由があっても、冗談で言っていいようなことではないだろう。


「……そっか、冗談、冗談か」


 それに、もう1年半の付き合いだからなんとなくわかる。この話をし始めたときのゆきは、本気だった。最初から冗談のつもりなら、そもそもゆきはそんなこと言わない。

 わからないのは、どうしてゆきが「月島ヨナ」を欲しがったかということだ。


「ゆき姉、あのさ」


『あ、やっぱり気に障ったかな。ごめんね、怒らせたいわけじゃなかったの』


「ううん、そうじゃなくて。
ゆき姉、もしかして悩んでることある?」


 そう聞くと、ゆきは黙った。


『……なんで? 今は、ヨナちゃんの相談を聞いていたところでしょ?』


 不自然な間が開いて、ゆきはそう続ける。その声のトーンは明らかに下がっていて、私の言葉が図星だったと裏付けるようなものだった。


「だって……普段のゆき姉なら、冗談でもそんなこと言わないでしょ。何かあったなら、聞くからさ」


『なんでもないよ』


 ゆきは冷たくそう言いきり、また黙ってしまう。通話越しにゆきの表情は全く読み取れなかった。

「でも、私、ゆき姉がそんなこと言う人だって思いたくない」


『そういう人だったんだよ。ヨナちゃんが知らなかっただけ』


 私はぐっと唇を噛みしめる。何を言ってもゆきは今までいったことを否定してはくれないだろう。私がゆきにとってその程度の存在だと思ってしまうのが、何よりもつらかった。

 何も言えずに押し黙る。イヤホンの向こうから、小さな、うっかり入ってしまったようなため息が聞こえた。


『……私、本当はヨナちゃんのことが羨ましかったんだ』


 どういうこと、と聞く前に、通話が切れた。もう1度電話をかけてもつながらず、メッセージを打ち込む。


『ゆき姉、最後のどういう意味?』


 しばらく待っても、ゆきから返信はなかった。
 
 私が羨ましかった、ってどういう意味だろう。羨ましいと言いたいのは私の方なのに、ゆきから私に向けて羨ましいなんて言うようなことがあるだろうか。それとも、ゆきが私に対して羨ましいと思ってしまうくらい、何かに追い詰められているのだろうか。

 考えてもわからない。けれど、ゆきのことをひどい人間だと思いたくないということだけは確かだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鬼母(おにばば)日記

歌あそべ
現代文学
ひろしの母は、ひろしのために母親らしいことは何もしなかった。 そんな駄目な母親は、やがてひろしとひろしの妻となった私を悩ます鬼母(おにばば)に(?) 鬼母(おにばば)と暮らした日々を綴った日記。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木
ライト文芸
番外編は時系列順ではありません。 更新日 2/12 『受け継ぐ者』 更新日 2/4 『秘密を持って生まれた子 3』(全3話) 02/01『秘密を持って生まれた子 2』 01/23『秘密を持って生まれた子 1』 01/18『美之の黒歴史 5』(全5話) 12/30『とわずがたり~思い出を辿れば~2,3』 12/25『とわずがたり~思い出を辿れば~1 』 本編は完結。番外編を不定期で更新。 11/11~11/19『夫の疑問、妻の確信1~3』  10/12 『いつもあなたの幸せを。』 9/14  『伝統行事』 8/24  『ひとりがたり~人生を振り返る~』 お盆期間限定番外編 8月11日~8月16日まで 『日常のひとこま』は公開終了しました。 7/31 『恋心』・・・本編の171、180、188話にチラッと出てきた京司朗の自室に礼夏が現れたときの話です。 6/18 『ある時代の出来事』 -本編大まかなあらすじ- *青木みふゆは23歳。両親も妹も失ってしまったみふゆは一人暮らしで、花屋の堀内花壇の支店と本店に勤めている。花の仕事は好きで楽しいが、本店勤務時は事務を任されている二つ年上の林香苗に妬まれ嫌がらせを受けている。嫌がらせは徐々に増え、辟易しているみふゆは転職も思案中。 林香苗は堀内花壇社長の愛人でありながら、店のお得意様の、裏社会組織も持つといわれる惣領家の当主・惣領貴之がみふゆを気に入ってかわいがっているのを妬んでいるのだ。 そして、惣領貴之の懐刀とされる若頭・仙道京司朗も海外から帰国。みふゆが貴之に取り入ろうとしているのではないかと、京司朗から疑いをかけられる。 みふゆは自分の微妙な立場に悩みつつも、惣領貴之との親交を深め養女となるが、ある日予知をきっかけに高熱を出し年齢を退行させてゆくことになる。みふゆの心は子供に戻っていってしまう。 令和5年11/11更新内容(最終回) *199. (2) *200. ロンド~踊る命~ -17- (1)~(6) *エピローグ ロンド~廻る命~ 本編最終回です。200話の一部を199.(2)にしたため、199.(2)から最終話シリーズになりました。  ※この物語はフィクションです。実在する団体・企業・人物とはなんら関係ありません。架空の町が舞台です。 現在の関連作品 『邪眼の娘』更新 令和7年1/25 『月光に咲く花』(ショートショート) 以上2作品はみふゆの母親・水無瀬礼夏(青木礼夏)の物語。 『恋人はメリーさん』(主人公は京司朗の後輩・東雲結) 『繚乱ロンド』の元になった2作品 『花物語』に入っている『カサブランカ・ダディ(全五話)』『花冠はタンポポで(ショートショート)』

病窓の桜

喜島 塔
現代文学
 花曇りの空の下、薄桃色の桜の花が色付く季節になると、私は、千代子(ちよこ)さんと一緒に病室の窓越しに見た桜の花を思い出す。千代子さんは、もう、此岸には存在しない人だ。私が、潰瘍性大腸炎という難病で入退院を繰り返していた頃、ほんの数週間、同じ病室の隣のベッドに入院していた患者同士というだけで、特段、親しい間柄というわけではない。それでも、あの日、千代子さんが病室の窓越しの桜を眺めながら「綺麗ねえ」と紡いだ凡庸な言葉を忘れることができない。  私は、ベッドのカーテン越しに聞き知った情報を元に、退院後、千代子さんが所属している『ウグイス合唱団』の定期演奏会へと足を運んだ。だが、そこに、千代子さんの姿はなかった。  一年ほどの時が過ぎ、私は、アルバイトを始めた。忙しい日々の中、千代子さんと見た病窓の桜の記憶が薄れていった頃、私は、千代子さんの訃報を知ることになる。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

処理中です...