18 / 47
第18話 ちょうだい
しおりを挟む
慌ててスマホにイヤホンを差し、耳につける。通話ボタンを押すと、イヤホンの奥からサーとノイズが聞こえた。
「あ、もしもし、ゆき姉……?」
『ヨナちゃん? すぐかけちゃってごめんね、大丈夫だった?』
そう話すゆきの声はいつも配信で聞くそれとほとんど変わらない。明るくて優しい声が緊張している私を少し落ち着けてくれた。
「ううん、大丈夫。私もごめんね、急だったよね」
いいよー、というゆきの言葉に後に沈黙が訪れる。彼女は私の言葉を待っていた。そりゃそうだ、私が話したいと言ったんだから。心臓がばくばくと音を立てている。そもそも私は人に相談するということが苦手だった。自分の胸の内を明かすのが恥ずかしくて、他人に悩み事を打ち明けられない。
でもこれは、自分の中だけではきっと解決できないことだから、と意を決して声を絞り出す。
「その、配信をやめてたの、さ。仕事が忙しかったのもあるんだけど、別の理由があって……」
『……うん、なーに?』
私が話すのをためらっているところを見兼ねて、ゆきは私の言葉を促してくれる。
「あのね、配信をするのが、しんどくて」
そうつぶやくと、涙が出そうになった。今まで自分の中だけで悩んでいたことを話そうとしているせいで、感情が上手く制御できない。ゆきは黙って次の言葉を待ってくれていた。
「私の勘違いかも、しれないんだけどさ。リスナーさんの、なんていうのかな、私へのあたりが強くて。それがちょっと、つらくて。
正直これくらいでつらいって言っていいのかわかんないけど、でも、私にとってはつらかったんだ」
そうぽつぽつと話すうちに、自分が思ったよりこのことを気にしていて、思ったよりもつらく感じていたことに気が付く。最初は引退の相談だけしようと思っていたのに、口からはどんどん私がずっと抱えていたことがこぼれていった。
「しかも、そのきっかけが元々アンチの人みたいで、本当はわかんないんだけど、でも、私はそうだと思ってて、それが、どうしようもなく腹が立って……」
言葉がどんどん支離滅裂になっていく。感情が先走り、唇が震えて上手く話せない。
「嫌なの、もう。配信をしたら心無い言葉をかけられるのも、笑われるのも、何やったって、私のことを否定されるのも……!」
頬に一筋涙が流れる。それに気が付いて、一瞬冷静になった。ぐずっと鼻を鳴らし、息を吸い込む。焦って喋ったせいで、酸素が足りなくなっていた。
「……ごめん、話が逸れちゃった。ていうか、情けないよね。これくらいで傷ついて」
『そんなことないよ』
私が自嘲気味に笑うと、ゆきはすぐさまそうやって否定してくれた。
『ヨナちゃんは、リスナーさんに否定されるのとか、つらく当たられるのが嫌なんでしょ?じゃあ、ヨナちゃん自身がそうやって、自分を否定しちゃだめだよ』
ゆきの言葉を上手に理解できたかはわからないけれど、それでも私を気づかってくれた彼女の言葉が心にしみる。
「……うん、ごめん。ありがとう」
そう言って、また沈黙が訪れる。そうだ、引退の相談をするんだった。一瞬忘れそうになってしまっていた。
「そう、あの、それで、相談はここからなんだけど……。やっぱりリスナーさんたちの言葉はまだ怖いし、正直配信をやる気にもなれなくてさ。引退、しようかなと思ってて」
『……そうなの?』
電話の向こうのゆきの声は、今までに聞いたことのないくらい驚いているように思えた。
「うん、でもまだ迷ってて。こんな私の事情でさ、「月島ヨナ」のことやめるの、なんだか申し訳ないなって思って……。ちょっと、伝わるかわからないんだけど」
普通、VTuberにとってキャラクターは自分だ。でも私にとっては違う。うまく言えないけれど、「月島ヨナ」は私であって、私じゃない。すごく近い他人だ。でもこの感覚をほかの人に伝えるのは難しかった。
『うーん、そっか、じゃあさ』
ゆきは少し悩んでからそう切り出す。その次に聞こえた言葉に、私は耳を疑った。
『「月島ヨナ」のこと、私にちょうだい?』
「あ、もしもし、ゆき姉……?」
『ヨナちゃん? すぐかけちゃってごめんね、大丈夫だった?』
そう話すゆきの声はいつも配信で聞くそれとほとんど変わらない。明るくて優しい声が緊張している私を少し落ち着けてくれた。
「ううん、大丈夫。私もごめんね、急だったよね」
いいよー、というゆきの言葉に後に沈黙が訪れる。彼女は私の言葉を待っていた。そりゃそうだ、私が話したいと言ったんだから。心臓がばくばくと音を立てている。そもそも私は人に相談するということが苦手だった。自分の胸の内を明かすのが恥ずかしくて、他人に悩み事を打ち明けられない。
でもこれは、自分の中だけではきっと解決できないことだから、と意を決して声を絞り出す。
「その、配信をやめてたの、さ。仕事が忙しかったのもあるんだけど、別の理由があって……」
『……うん、なーに?』
私が話すのをためらっているところを見兼ねて、ゆきは私の言葉を促してくれる。
「あのね、配信をするのが、しんどくて」
そうつぶやくと、涙が出そうになった。今まで自分の中だけで悩んでいたことを話そうとしているせいで、感情が上手く制御できない。ゆきは黙って次の言葉を待ってくれていた。
「私の勘違いかも、しれないんだけどさ。リスナーさんの、なんていうのかな、私へのあたりが強くて。それがちょっと、つらくて。
正直これくらいでつらいって言っていいのかわかんないけど、でも、私にとってはつらかったんだ」
そうぽつぽつと話すうちに、自分が思ったよりこのことを気にしていて、思ったよりもつらく感じていたことに気が付く。最初は引退の相談だけしようと思っていたのに、口からはどんどん私がずっと抱えていたことがこぼれていった。
「しかも、そのきっかけが元々アンチの人みたいで、本当はわかんないんだけど、でも、私はそうだと思ってて、それが、どうしようもなく腹が立って……」
言葉がどんどん支離滅裂になっていく。感情が先走り、唇が震えて上手く話せない。
「嫌なの、もう。配信をしたら心無い言葉をかけられるのも、笑われるのも、何やったって、私のことを否定されるのも……!」
頬に一筋涙が流れる。それに気が付いて、一瞬冷静になった。ぐずっと鼻を鳴らし、息を吸い込む。焦って喋ったせいで、酸素が足りなくなっていた。
「……ごめん、話が逸れちゃった。ていうか、情けないよね。これくらいで傷ついて」
『そんなことないよ』
私が自嘲気味に笑うと、ゆきはすぐさまそうやって否定してくれた。
『ヨナちゃんは、リスナーさんに否定されるのとか、つらく当たられるのが嫌なんでしょ?じゃあ、ヨナちゃん自身がそうやって、自分を否定しちゃだめだよ』
ゆきの言葉を上手に理解できたかはわからないけれど、それでも私を気づかってくれた彼女の言葉が心にしみる。
「……うん、ごめん。ありがとう」
そう言って、また沈黙が訪れる。そうだ、引退の相談をするんだった。一瞬忘れそうになってしまっていた。
「そう、あの、それで、相談はここからなんだけど……。やっぱりリスナーさんたちの言葉はまだ怖いし、正直配信をやる気にもなれなくてさ。引退、しようかなと思ってて」
『……そうなの?』
電話の向こうのゆきの声は、今までに聞いたことのないくらい驚いているように思えた。
「うん、でもまだ迷ってて。こんな私の事情でさ、「月島ヨナ」のことやめるの、なんだか申し訳ないなって思って……。ちょっと、伝わるかわからないんだけど」
普通、VTuberにとってキャラクターは自分だ。でも私にとっては違う。うまく言えないけれど、「月島ヨナ」は私であって、私じゃない。すごく近い他人だ。でもこの感覚をほかの人に伝えるのは難しかった。
『うーん、そっか、じゃあさ』
ゆきは少し悩んでからそう切り出す。その次に聞こえた言葉に、私は耳を疑った。
『「月島ヨナ」のこと、私にちょうだい?』
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる