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第6話 いつも通りの雑談配信
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翌日はさすがに配信をやる気にならず、1日開けて雑談配信をすることにした。1日配信をやらない日があると、体が疲れとストレスに気が付いてしまう。だから短時間しかできなくても、配信をやらない日を作りたくない。
でも私には現実の暮らしもある。今私が働いているカフェはそろそろクリスマス前の繁忙期だ。配信をしようと思ってもできない日の方が増えるだろう。別にケーキ屋でもないのにクリスマスが忙しいのは、店長が去年から12月に入ったらカップル向けのキャンペーンをやろうと言い出したからだ。
スケジュール帳を開き、シフトを確認して絶望する。はあ、とため息をついてPCの時計に目を向けると、配信開始予定時間の5分前だった。のろのろと配信中にかけるBGMと配信画面の準備をしてぐっと伸びをする。
22時ちょうど、配信開始のボタンを押した。私がどんなに疲れていても、画面の中の「月島ヨナ」は明るく笑っている。それにつられて、私の声もほんの少し高くなる。
「こんヨナー、見えてる?」
『こんヨナ~』
『間に合った!こんヨナ!』
「はーい、やっほ。昨日はお休みしちゃってごめんね。ちょっと疲れててさー」
そう言いながら、私がどうして謝っているんだろうと思った。いつも見てくれているリスナーの楽しみを奪ったから?いや、普通こんなVTuberの配信を毎日楽しみにする人は少数派だ。謝っているのは、自分のため。1日配信をやらなかったことで視聴者が減ったらどうしようと不安がる自分を誤魔化すためだ。
『お仕事大変?』
「まあまあねー、そろそろ繁忙期なんだよなあ、うちの店」
同時視聴者数が30人にも満たない雑談配信は、自然と自分のリアルに近い話になる。コメント欄にいるのはいつも見かけるリスナーばかりだから、配信というよりは友達とする通話みたいな雰囲気になってしまう。
「なんかうちの店クリスマスにカップルへ向けたキャンペーンとかやっててさあ、12月が憂鬱すぎる」
『初見です』
動きの遅いコメント欄に、ぽつんとそんな言葉が打ち込まれた。ゲーム配信ならともかく、雑談で初見さんがいるのは珍しい。
思いっきり身内向けの話をしてしまったことを少し悔いながら、心持ち姿勢をよくして、首を傾けながら笑う。サイドテールの髪が画面上でふわりと動いた。
「お、初見さんいらっしゃーい。山田さん! ゆっくりしてってね」
『ようこそ』
『こんばんは~』
人が少ないからか、こういう雑談の時は初見さんがいるとこんな風に視聴者同士であいさつする文化が知らない間に築かれていた。私に向けた言葉ではないから、どう反応すればいいかわからずに困る。
挨拶合戦が収まってから、何の話してたんだっけ、と元の雑談に戻ろうとした。
「そうそう、お仕事の話してたんだっけ……。そういえばこの間さあ、バタバタしてるときに呼ばれて、手にお盆持ってたのにそのまんまメモ取ろうとしてお盆落としちゃってさ。ガシャーンって!
めっちゃ店に響いてビビったよねー、お客さんにもスタッフにも見られるし。超焦った」
はあ、と大げさにうつむいて下を向くと、画面の中のヨナは眉を下げて悲しげな顔をする。結構細かく顔のモデリングをされているから表情がわかりやすくて、自分でもたまに驚くほどだ。
『どんまい』
『急に呼ばれると焦るよね』
「そうなの、焦るの! もう頭真っ白になっちゃって注文取りに行くのうっかり忘れて怒られたもんな」
はは、と自嘲気味に笑う。
『どんくさ笑』
そうコメントをしたのは山田さんだった。気にするほどじゃない棘のある言葉が、少しだけ刺さる。でもコメントは流れていかないから、反応せざるを得ない。だって、わざわざ無視するほどのコメントじゃなかった。
「いやどんくさいと自分でも思うわあ。もう2年正社員やってんのに普通にメニュー間違えることもあるし」
『月島たまにそういうとこある』
『ヨナちゃんのそういうとこも可愛いよ』
『ドジっ子キャラでやってく?』
慣れているからこその、些細ないじり。これくらいはいつも通りで、普段は気にならないのにやけに目をそらしたくなるのはどうしてだろう。いじりの始まりが、初見さんの一言からだっただろうか。
「いやー、全肯定リスナーたすかるわあ。正直私そういうとこあるしドジっ子キャラでもよくない? ドジっ子悪魔としてやってくか?」
笑ってごまかす、全部笑いごとにしてしまえば、楽しくなる。画面の中の「月島ヨナ」が笑っていて楽しそうだったらそれでいい。
『ドジっ子悪魔はなんか古くね?』
『きつい笑』
いじりって、どこまでなら許容していいんだろう。こういうコメントはやり始めると楽しくなってなかなか止められないのは、この1年間で分かっている。みんなが飽きるのを待って、ただにこにこしているしかない。
ヨナのモデルのデフォルト顔が真顔だったら、みんな察してやめてくれるのかもしれないけれど、あいにく「月島ヨナ」は口を閉じていても口がきれいな半円を描いて笑っている。現実の私の口角は少しずつ下がっていることだろう。
「もういいの! 悪魔属性はなにしたって可愛いでしょうが!」
『草』とか『キレないでw』みたいなコメントを笑って流す。この場で私に求められているのは、全部をネタだと思って笑うこと。デフォルトの笑顔はこのためだ。
「じゃあ、そんな私は明日もお仕事なので今日はもう休みまーす! おやすみ、おつヨナ!」
配信を切り、あー、と声に出して息を吐きだすと、いつも通りSNSの画面に移行した。
でも私には現実の暮らしもある。今私が働いているカフェはそろそろクリスマス前の繁忙期だ。配信をしようと思ってもできない日の方が増えるだろう。別にケーキ屋でもないのにクリスマスが忙しいのは、店長が去年から12月に入ったらカップル向けのキャンペーンをやろうと言い出したからだ。
スケジュール帳を開き、シフトを確認して絶望する。はあ、とため息をついてPCの時計に目を向けると、配信開始予定時間の5分前だった。のろのろと配信中にかけるBGMと配信画面の準備をしてぐっと伸びをする。
22時ちょうど、配信開始のボタンを押した。私がどんなに疲れていても、画面の中の「月島ヨナ」は明るく笑っている。それにつられて、私の声もほんの少し高くなる。
「こんヨナー、見えてる?」
『こんヨナ~』
『間に合った!こんヨナ!』
「はーい、やっほ。昨日はお休みしちゃってごめんね。ちょっと疲れててさー」
そう言いながら、私がどうして謝っているんだろうと思った。いつも見てくれているリスナーの楽しみを奪ったから?いや、普通こんなVTuberの配信を毎日楽しみにする人は少数派だ。謝っているのは、自分のため。1日配信をやらなかったことで視聴者が減ったらどうしようと不安がる自分を誤魔化すためだ。
『お仕事大変?』
「まあまあねー、そろそろ繁忙期なんだよなあ、うちの店」
同時視聴者数が30人にも満たない雑談配信は、自然と自分のリアルに近い話になる。コメント欄にいるのはいつも見かけるリスナーばかりだから、配信というよりは友達とする通話みたいな雰囲気になってしまう。
「なんかうちの店クリスマスにカップルへ向けたキャンペーンとかやっててさあ、12月が憂鬱すぎる」
『初見です』
動きの遅いコメント欄に、ぽつんとそんな言葉が打ち込まれた。ゲーム配信ならともかく、雑談で初見さんがいるのは珍しい。
思いっきり身内向けの話をしてしまったことを少し悔いながら、心持ち姿勢をよくして、首を傾けながら笑う。サイドテールの髪が画面上でふわりと動いた。
「お、初見さんいらっしゃーい。山田さん! ゆっくりしてってね」
『ようこそ』
『こんばんは~』
人が少ないからか、こういう雑談の時は初見さんがいるとこんな風に視聴者同士であいさつする文化が知らない間に築かれていた。私に向けた言葉ではないから、どう反応すればいいかわからずに困る。
挨拶合戦が収まってから、何の話してたんだっけ、と元の雑談に戻ろうとした。
「そうそう、お仕事の話してたんだっけ……。そういえばこの間さあ、バタバタしてるときに呼ばれて、手にお盆持ってたのにそのまんまメモ取ろうとしてお盆落としちゃってさ。ガシャーンって!
めっちゃ店に響いてビビったよねー、お客さんにもスタッフにも見られるし。超焦った」
はあ、と大げさにうつむいて下を向くと、画面の中のヨナは眉を下げて悲しげな顔をする。結構細かく顔のモデリングをされているから表情がわかりやすくて、自分でもたまに驚くほどだ。
『どんまい』
『急に呼ばれると焦るよね』
「そうなの、焦るの! もう頭真っ白になっちゃって注文取りに行くのうっかり忘れて怒られたもんな」
はは、と自嘲気味に笑う。
『どんくさ笑』
そうコメントをしたのは山田さんだった。気にするほどじゃない棘のある言葉が、少しだけ刺さる。でもコメントは流れていかないから、反応せざるを得ない。だって、わざわざ無視するほどのコメントじゃなかった。
「いやどんくさいと自分でも思うわあ。もう2年正社員やってんのに普通にメニュー間違えることもあるし」
『月島たまにそういうとこある』
『ヨナちゃんのそういうとこも可愛いよ』
『ドジっ子キャラでやってく?』
慣れているからこその、些細ないじり。これくらいはいつも通りで、普段は気にならないのにやけに目をそらしたくなるのはどうしてだろう。いじりの始まりが、初見さんの一言からだっただろうか。
「いやー、全肯定リスナーたすかるわあ。正直私そういうとこあるしドジっ子キャラでもよくない? ドジっ子悪魔としてやってくか?」
笑ってごまかす、全部笑いごとにしてしまえば、楽しくなる。画面の中の「月島ヨナ」が笑っていて楽しそうだったらそれでいい。
『ドジっ子悪魔はなんか古くね?』
『きつい笑』
いじりって、どこまでなら許容していいんだろう。こういうコメントはやり始めると楽しくなってなかなか止められないのは、この1年間で分かっている。みんなが飽きるのを待って、ただにこにこしているしかない。
ヨナのモデルのデフォルト顔が真顔だったら、みんな察してやめてくれるのかもしれないけれど、あいにく「月島ヨナ」は口を閉じていても口がきれいな半円を描いて笑っている。現実の私の口角は少しずつ下がっていることだろう。
「もういいの! 悪魔属性はなにしたって可愛いでしょうが!」
『草』とか『キレないでw』みたいなコメントを笑って流す。この場で私に求められているのは、全部をネタだと思って笑うこと。デフォルトの笑顔はこのためだ。
「じゃあ、そんな私は明日もお仕事なので今日はもう休みまーす! おやすみ、おつヨナ!」
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