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自称悪役令嬢な妻の観察記録。3

自称悪役令嬢な妻の観察記録。3-2

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 私が折角励ましてあげたというのに、ゼノが文句を言ってくる。
 私だってバーティアと結婚した時には……あれ? おかしいな。クロが結婚式当日に小さな悪戯いたずらをしたくらいで、そこまで冷やかされたりからかわれたりした記憶がない。
 あ、でもバーティアのほうは散々声をかけられていたね。
 真っ赤になる私の妻は可愛いから仕方ないよね。

「あ、すみません。よく考えたら殿下を基準にするのが間違っていました。殿下は怖……威厳があるので、からかえる人なんていませんよね」
「……ゼノ?」
「……ひっ! すみません! すみません!!」

 折角励ましてあげたのに、恩をあだで返された気分だよ。
 この件が済んだら、話し合いをしないといけなそうだね。
 でもとりあえず今は……

「うん。じゃあ、ゼノのほうも問題はなさそうだね。どうやら威厳を持てばゼノの心配事も全部解決するみたいだし。ああ、そうだ。ゼノとクロがご両親への挨拶を済ませたら、こちらで結婚式を挙げることにしようか。精霊界での結婚式についてどうするかは、二人……主にクロに任せるとしよう」

 私は満面の笑みで、方針は決まったとばかりにパチンッと手を叩く。
 異論は認めないという意思表示はしっかりとしておかないとね。

「ちょっ! 威厳とか無理でしょう!! というか、なんでハードルを上げようとしてるんですか!! もともとは挨拶に行く行かないの問題でしたよね!?」

 私の言葉にギョッとしたようにゼノが吠える。
 もちろん、もう結論は出たから異論は認めない。
 人が折角優しく対応しようとしたのに、それを突っぱねたのだから構わないだろう?
 それに、何よりそのほうが楽しそうだしね。

「まぁ! それは素敵なアイディアですわ!! クロ、出てきてくださいませ!! 話がいい形でまとまりましたわよ!!」
「まとまってません!! まとまってませんから!!」

 私の提案に目を輝かせたバーティアが嬉しそうにクロを呼ぶ。
 ゼノが焦っているのは……うん、気にしていないみたいだね。
 きっと、「照れているんですわね!」とでも思っているのだろう。

「――?」

 バーティアの声に反応し、クロがドアをガチャッと開けて顔を出す。
「決まった?」と尋ねるように首を傾げてはいるが、嬉しそうに尻尾がユラユラと振られ、狐耳がピクピク動いているあたり、ドア越しではあってもちゃんと話は聞いていたんだろう。

「クロ、ご両親へのご挨拶の後に、こちらで結婚式を挙げましょう!! 私も協力しますわ!!」

 トテトテと小走りで近付いてきたクロは、そのままギュッとバーティアに抱き付く。
 そして、私を見て、いつも通りの無表情のままグッと親指を立てた。
 顔は変わらないのに、どこか満足げだ。
 きっと、部屋に閉じこもり貼り紙をしたのは、この展開を期待してのことだったのだろう。
 なかなか策士だね。

「ま、待ってください! 勝手に決めないでください!! 嫌ですよ! 嫌ですからね、そんな恥ずかしいこと!! 大体、こっちで結婚式を挙げたら私はロリコン扱いされるじゃないですか!!」

 一件落着の空気が流れ始めたことに焦って、ゼノが必死で叫ぶ。
 その嫌がりようを見て、嬉しそうだったクロの耳と尻尾が悲しげに下がった。
 そして、バーティアから離れてゼノのもとに行き、ワーワーと文句を言うゼノの服をギュッと掴む。

「……クロ?」

 なんとか両親への挨拶からの結婚式という流れを止めようと必死で言い募っていたゼノが、クロが来たことに気付いて動きを止める。
 表情はいつもと変わらないのに、どこか悲しげな様子でゼノを見上げるクロ。
 そして、自分のほうを指さしてコテンッと首を傾げる。
 それを見た瞬間、ゼノがギョッとした顔をし、慌て始める。

「いや、別にクロのことを恥ずかしいとか思っているわけじゃないよ! もちろん、クロと伴侶になるのが嫌だとかも全然思ってないから! むしろそれは歓迎だから、そんな顔はしないで! お、俺はただ、からかわれるのが嫌だというか、恥ずかし……いやだから、クロのことが恥ずかしいんじゃなくね! あ~も~なんて言えば……」

 どうやら、クロが「私のことがそんなに恥ずかしいの?」と訴え、それに驚いたゼノが必死で弁明を始めたらしい。
 ……ねぇ、ゼノ。早めに解決しないと、クロ大好きな私の妻が爆発しそうだよ?

「……ゼノ、うちのクロの何が不満なんですの?」

 残念。どうやら私の妻の怒りは既に限界を突破してしまったみたいだ。
 しょんぼりとしたクロが、トボトボとバーティアのほうに歩いてきて、そのままギュッと彼女に抱き付く。
 こうなると、もう男に勝ち目はないだろうね。
 何をしても悪者になるのはこちらだ。
 惚れた弱みというのもあるだろうし。

「クロ、大丈夫ですの? 泣かないでくださいませ」

 抱き付いてきたクロの頭を、バーティアが優しく撫でる。
 クロは耳も尻尾も垂れ下がっており、いかにも哀れを誘う風体だ。
 でも……
 バーティア、クロは抱き付いて顔を埋めているだけで、泣いてはいないと思うよ?
 クロ、バーティアやゼノに見えないように「余計なことは言うな」という視線を向けるのはやめようか?

「いや、だから、別にクロのことを恥ずかしいとは思ってませんから! す、好きだから伴侶として望んだわけですからね!! その辺、精霊は人間と違って一途なのは君だってわかっているだろう?」

 バーティアの非難の視線に耐え切れなかったのか、単純に伴侶であるクロが悲しむ姿を見ていられなかったのか、ゼノが必死でクロへの想いを訴え始めた。
 本人からしてみれば必死なんだろうけれど、見ているほうは面白いね。
 さて、そろそろ折れる頃かな?

「あ~もう! わかりました! わかりましたから!! 両親への挨拶も行きますし、結婚式も挙げますから!!」

 ゼノが少し涙目になりながら言った。
 クロの耳がピコンッと立ち上がり、尻尾もユラユラと揺れ始める。

「クロ、良かったですわね!!」

 ホッとした様子で満面の笑みを浮かべるバーティアと、顔を上げてご機嫌そうにバーティアの顔を見て頷くクロ。
 おや? クロの顔が少し赤い気がするんだけど?
 もしかして、さっきのゼノの必死の愛情表現が嬉しかったのかい?
 クロを抱き上げて、嬉しそうにクルクルと回り出すバーティア。
 その傍らでは、ゼノが床に手をついて「負けた」とばかりに打ちひしがれている。
 うん、あれは最初から勝てる戦いではなかったからね。
 でも、ちょっと可哀想だから、助け舟くらいは出しておこうかな?
 ……まぁ、最初に結婚式を勧めた罪悪感はなくはない……気もするから。

「……殿下」

 私が歩み寄ると、ゼノは涙目で恨みがましそうに見上げてくる。
 そういう視線を向けられると、折角用意した助け舟を片付けたくなるんだけど……まぁ、今日は面白いものを見せてもらったから良しとしようか。
 そんなことを考えながら、ポンッとゼノの肩に手を置く。

「ゼノ、結婚式には、クロに大人の姿で出てもらえばいいんだよ。なんなら、式自体を夜にしてもいいしね。そうしたら、少なくともこっちでロリコン扱いはされないと思うよ」
「っ! なるほど!! 殿下もたまにはいいこと言いますね!!」
「ゼノ?」
「なんでもありません!!」

「たまには」とはどういう意味だろうね?
 どうやら後で話し合うべき内容が増えたみたいだ。

「ご両親への挨拶については君たち二人で行くだろうし、自分たちでなんとか……」
「セシル様! クロがご両親への挨拶のために精霊界に行く際に、私のことも紹介したいから一緒に来てほしいと言ってますわ!! もちろんいいですわよね!!」
「……」

 バーティアの発言に、私とゼノの動きがピタッと止まる。

「……で、殿下はお忙しいでしょうから、来なくていいですからね?」

 ゼノが焦った様子で先手を打ってきたけれど……そういうわけにはいかないよね。
 ゼノの肩に置いたままになっていた手に、笑顔で力を込める。

「そうかい。ゼノも私に付いてきてほしいんだね?」
「いえ、そんなことは決して……」
「来てほしいんだよね? ……ティアとクロが暴走したら、君一人でなんとかできるのかい?」

 後半、声をひそめてゼノの耳元で囁くと、ゼノはハッとしたように顔を青ざめさせた。

「私は可愛い妻のことが心配……なのと、ちょっと面白いことになりそうだから、そばで観察したい。ゼノは何かあった時に私にティアを止めてほしい。お互いの利害は一致している気がするけど?」

 さらに耳元で囁き続けると、「観察メインですよね?」とか呟きつつも、ゼノにも思うところはあったようで渋々頷く。
 交渉が済んだところで、バーティアたちに顔を向ける。

「ああ、もちろん構わないよ。ゼノもそういうことなら私のことも紹介したいから是非一緒にって言ってくれているし」

 クロが「え? 嘘でしょ?」と胡散くさいものを見るような目を私に向けてきたけれど、ゼノが拒否もせずに視線を逸らしているのを見て、大体のことを察したようだ。
「仕方ないわね」とでも言うように、小さく嘆息している。

「まぁ! セシル様も一緒にいらっしゃるのですわね!! それは嬉しいですわ!!」

 バーティアの顔がパァァッと明るくなる。
 私が一緒に行くと聞いて喜ぶ彼女に、胸が温かくなる。

「私も君と出かけるのが楽しみだよ」

 ゼノから離れ、満面の笑みを浮かべているバーティアのほうに歩み寄る。
 それと入れ代わるように、クロはゼノに駆け寄っていく。

「私、クロやゼノのご両親にお会いできるのも嬉しいですけれど、精霊界に行くのも初めてですから凄く楽しみですわ」

 うきうきしているバーティアをソッと抱き寄せ、落ち着かせるようにゆっくりと頭を撫でる。

「私も楽しみだけれど、行く前に片付けないといけない仕事は一緒に頑張ろうね? あと、精霊のことは基本的に一部の人間を除いて言ってはいけないことになっているから、精霊界に行くことも当然内緒だよ? いない間のアリバイ工作や誰にまで伝えるかは私のほうで考えるから、それが決まるまでは誰にも言ってはいけないからね?」

 このテンションのまま誰かにしゃべられたら大変なことになるからね。そこはきちんと釘を刺させてもらう。

「はっ! そうでしたわ! 私、嬉しさのあまり色々な人に報告してしまうところでしたわ!!」

 ……どうやら先手を打って正解だったようだ。

「とりあえず、私たち二人が黙って消えるわけにはいかないし、常に誰かしらがそばにいるのが当たり前の私たちが数日単位でいなくなることを誰の手も借りずに隠すのは無理だから、誰かに協力を頼むよ。協力者はこちらで厳選するからね。おそらく、父上や母上、君の両親や友人、あとは私の側近たちには話すことになると思うけど、確定するまではこのこと自体を口にしてはいけないよ」
「わかりましたわ!!」

 真面目な顔で何度も大きく頷くバーティア。
 ……うん。バーティアは秘密を守ろうとするけれど、嘘や誤魔化しが苦手だ。だから彼女の友人たちあたりには早めに伝えてフォローしてもらおうかな。
 思わず苦笑するけれど、妻が楽しそうだからまぁいいかと結局は思ってしまう。

「……クロ? いえ、いいんです。むしろ、本来伴侶の可愛い我儘わがままくらい聞いてあげないといけないのに、恥ずか……照れくささが勝ってしまって、クロに嫌な思いをさせてすみませんでした」

 私たちが今後のことについて話している間に、クロとゼノも無事仲直りをしたようだ。
 クロがゼノにギュッと抱き付き、まるで「ありがとう」とでも言うように頭をゼノの胸にり寄せている。

「あ、でも! 結婚式は夜やりましょう!! クロの力が万全の時に、『大人なクロ』でやりましょう!! きっと君には大人っぽいドレスがよく似合うので!!」

 ……ゼノ、必死だね。
 そして、クロ。君、首を傾げているけれど、ゼノの意図はちゃんと理解しているよね?
 理解した上で「よくわかんない」的な顔をしてゼノのことをからかっているよね?
 まぁ、でもきっと最終的にはゼノの希望を叶えてあげるんだろうし、特に問題ないか。
 そんなことを考えながら二人を眺めていたら、クロと目が合った。
 その視線に「楽しんでいるんだから余計なことを言わないでよね?」という意味が含まれていそうな気がするのは、きっと気のせいじゃないだろう。

「……さて、これから楽しくなりそうだね」

 腕の中でなおも嬉しそうに笑っている妻の顔を見つつ、私は小さく呟いた。



   二 バーティア、精霊界出発一週間前。


「……で、殿下。これで今日の分の仕事は最後です……けど?」

 執務室を訪れたチャールズが、神妙な顔で私に書類を差し出してくる。
 別に悪いことをしているわけではないはずなのに、妙にビクビクとしているのが不思議だ。

「そうかい。ご苦労さま」

 ニッコリと笑顔で受け取り、書類をパラパラとめくって中身を確認する。
 うん、いつも通り問題はなさそうだね。
 ついでに調べてほしいことはあるけど……まぁ、明日でいいだろう。

「内容は問題ないから、ここの部分の資料だけ持ってきておいてくれるかい? それが終わったら少し早いけど帰っていいよ」
「あ、あの、まだ太陽が空にありますよ……?」
「ん? そうだね。」

 今はまだ十六時になるところだ。
 大分傾き始めてはいるけれど、太陽が空にあってもおかしくはない。

「本当に本当にいいんですか? 罠的わなてきなあれではなく?」
わなって、君は私をなんだと思っているんだい?」

 チャールズは仕事が早く終わることに戸惑いを感じている様子で、何度も確認してくる。少し呆れを含んだ声で答えると、きょとんとした顔で口を開いた。

「え? もちろん魔お……」
「……そんなに仕事を増やしてほしいのかな?」

 言い終わる前に笑顔に威圧を込め、首を傾げる。
 チラッと視線で示した私の机の上には、振ろうと思えばいくらでも彼に振れるだけの書類の山がある。
 私がやるなら夕食までにすべて済むと思うけれど、この中からいくつか選んでチャールズに渡せば、彼の帰宅はきっと日をまたぐことになるだろう。
 側近となった彼と仕事をしていく中で、彼がどの程度のペースで仕事をこなすのか、どういった仕事が得意でどういった仕事が苦手なのかは把握済みだ。

「じょ、冗談ですって!! ここ一週間ほどで、無茶ぶりもなく暗くなる前に帰れる日々がどれだけありがたいことか身に染みてますから!! 殿下には感謝してますとも!! ただ、なんでこんなに急に変わったのかなぁなんて思ったりなんかしてですね……」

 慌てて言い募るチャールズをジーッと見つめると、彼はサッと視線を逸らした。
 交渉などの仕事をやっている時にはこういった失言はしないくせに、どうも私の前だと気が緩みすぎるようだ。
 私が甘やかしすぎているのかな?
 それなら、遠慮なくもっと厳しくするけど?
 でもまぁ、今回はこっちにも思うところがあるから……見逃してあげることにしようか。

「別にたいした理由じゃないよ」

 小さく嘆息してから苦笑まじりに口にした私の言葉に、チャールズだけじゃなく、私の部屋にたまたま集まっていた側近たちも意識を向けてくる。
 どうやら、ここ最近私から振られる仕事が少ないことに対して、クールガンもネルトもショーンもバルト……は何も気にしてなさそうだね。入口脇に立って警護をしつつ、側近たちが私の言葉を気にして固唾を呑んでいる様子に「ん? どうした?」とでも言いたげに首を傾げている。とにかく、私の側近たちは約一名を抜かして全員、気になっていたようだ。
 ちなみに、ショーンは、彼自身の王族としての仕事もあるため、私がすべての仕事を割り振っているわけではない。
 まぁ、昔から甘えん坊なところがある弟に、少しでも成長してほしいと思って、課題を出したりしているからね。おそらく私の側近として仕事をしている者たちと同じ反応をしてしまうんだろうけれど。

「ここ最近、城を空けることが多いからね。その分、君たちにしわ寄せが行っているのもわかっている。だから、私がこうして城にいる間に、少しでも英気を養っておいてもらおうと思っているだけさ」

 肩を竦めつつ、正直に伝える。
 まぁ、この理由は嘘ではない。
 ただ『一部情報が抜けている』だけでね。

「なっ! 殿下がまともなことを言っている!!」
「……チャールズ、本当に君だけは仕事を倍にしてあげようか?」

 目を見開いて、再び失礼なことを口走ったチャールズにニッコリと微笑みかけると、彼はビクッと体を震わせ、ブンブンと勢いよく首を横に振った。

「じゃあ、本当に気にせず空いた時間を楽しんでいいんですね? わなではないんですね!?」
わななんて仕掛けていないよ。『私がいる間は』ゆっくりしてほしいと思っている。ただそれだけだよ」
「よっしゃぁぁぁぁ!!」

 チャールズが拳を振り上げてガッツポーズをする。
 ……君、一応公爵令息だよね? 貴族のふるまい的なものはどこに行ったんだい?

「そういうことだったら、さっき言っていた資料をすぐに! すぐに!! 持ってきて帰らせてもらいます!!」

 チャールズが満面の笑みで言う。

「今日はアンネ嬢も城に来ているはずだし、彼女に時間がありそうならデートにでも誘おうかな?」

 もの凄く嬉しそうな顔をしていているチャールズを見ると、私の心も和む。
 ああ、是非とも『私がいる間は』ゆっくりと恋人との時間を楽しむといいよ。

「……俺もこの研究資料の訂正箇所を直したら、仕事は終わるし……シーリカを誘って本を読みながらお茶でもしようかな」

 私とチャールズとのやり取りを見ていたネルトも、いそいそとやりかけの仕事に集中し始める。

「今日はジョアンナ嬢も来ているみたいだから、一緒にお菓子食べよ~っと。最近のジョアンナ嬢は、仕事とか僕のお嫁さんになる準備とかで忙しそうだし、ねぎらってあげないとね!」

 ショーンも、途中でお菓子を食べ始めたせいで止まっていた仕事を再開する。
 ちなみに、私の弟である第二王子のショーンには、城内に自分用の執務室がある。
 だから、私の執務室で仕事をする必要なんてないんだけど……わからないとすぐに私に聞きに来るのだ。そのせいか、最近ではわからないことが多そうな仕事をする時には最初から私の執務室に来てやっている。
 ショーンにだって仕事を手伝ってくれる側近はいるし、仕事を教えてくれる人間だって大勢いるはずなんだけどね。
 まぁ、弟に懐かれて嫌な気はしないから、追い出したりはせず、心が折れない程度に厳しく指導するようにしている。
 そんなことを考えていたら、ずっと黙々と仕事をし続けていたクールガンがボソッと「そういえば、この前ミルマから仕事について教えてほしいと言われていたな」と呟くのが聞こえた。
 ……クールガン、それは多分君に会うための口実であって本当に教えてほしいわけではないと思うよ?
 ミルマの仕事はバーティア付きの侍女だから、仕事内容はクールガンとはまったく違うし。裏の仕事としてやっている隠密的なことについても、彼女の一家は昔から王家を裏から支えてくれていた一族だから、家族に聞けばいくらでも教えてくれるはずだしね。
 ――少し前から、徐々に一緒にいることが増えてきたクールガンとミルマ。
 私も二人の関係に探りを入れるほど野暮ではないから、今、どのような関係になっているか詳しくはわからない。
 けれど、ミルマの恋を応援しているバーティアはさり気なく……したつもりの、直球でミルマに恋の話を振っているようで、多少の話は入ってくる。
 基本的に控えめなミルマではあるが、どうやら「自分は存在感が薄いから人よりもしっかりとアピールしないといけない」と思ったらしく、最近では彼女なりに精一杯クールガンに意識してもらおうと頑張っているようだ。
 その努力は、クールガンには「仕事を健気に頑張る後輩」という誤った形ではあるものの確かに伝わっているらしく、彼のほうも彼女の頑張りに応える形で相手をしてあげているみたいだ。
 先日もミルマのコンプレックスである「存在感の薄さ」に対して、「それは君の武器になる」なんて言葉をプレゼントしたらしく、元々彼に恋しているミルマはさらにその想いを募らせたらしい。
 まぁ、私としてもミルマの存在感の薄さは、諜報活動をする上で大きな武器になるだろうと思っているから、是非とも磨いてほしいところだ。
 そんな感じで今のところ一方通行な恋という感じの二人ではあるが、最近、クールガンがただの仕事の後輩という以上にミルマを気にかけることが増えてきている。


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