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自称悪役令嬢な妻の観察記録。2
自称悪役令嬢な妻の観察記録。2-1
しおりを挟む一 バーティア結婚式参列五日前
「もうすぐ始まるね。なんとか準備が間に合ったようだ」
「はいですの! 私も皆様も頑張りましたわ!」
目の前に広がる光景に満足げに笑う妻バーティア。その表情を見て、アルファスタ国の王太子である私、セシル・グロー・アルファスタはつられるように微笑んだ。
……それにしても、私たちは確か結婚式の演出と出席を頼まれただけのはずなんだけれど、一体なぜこんなことになっているんだろう?
私自身も多少協力しているとはいえ、いろんなことに意欲的すぎる妻がいなければ絶対に陥らないであろう状況だ。
私は内心苦笑しつつ、ここしばらくの出来事を振り返った。
自分は『乙女ゲーム』の悪役令嬢だと言い張り、『ギャフン』されようとしていた私の婚約者バーティアを、あの手この手で言いくる……守り抜き、妻にしたのは今年の春のことだ。
私たちの結婚式は、妻の希望をなるべく叶えようとした結果、かなり革新的なものになったが、参列者の評判はとても良かった。
そしてその結果、私たちの結婚式に参列し、バーティアと仲良くなったウミューベ国のリソーナ王女から、自分の結婚式の演出をしてほしいという依頼がバーティアに舞い込むことになったのだ。
友人を大切にするバーティアがそれを無下にするはずもなく、さらに国益に繋がるということもあって、その依頼を受けることになった。
その後、花嫁のためのドレスをデザインしたり、お祝いのためのお酒としてニホン酒を造ったりと様々な準備をして、ついに私たちはリソーナ王女の嫁ぎ先であるシーヘルビー国を訪れた。
ここまでくれば、後は式の演出の最終調整や打ち合わせをする程度で、滞在先にと用意された離宮で結婚式当日までのんびり過ごせばいいはずだった。
ところが私の妻は突然、リソーナ王女が前世で読んだ『小説』に出てくる悪役令嬢だと言い出した。そして、このままだとリソーナ王女は、結婚相手であるシーヘルビー国の現王太子で、王弟でもあるアレイス王太子と冷めきった結婚生活を送ることになるという。さらにその状況に鬱憤を溜めた彼女は、幸せそうな第二王子のイズラーチ王子とその婚約者であるジューン嬢を妬み、二人の仲を引き裂こうとする。そして最終的にジューン嬢を物理的に傷つけようとして生涯幽閉されることになるらしい。
……正直言えば、私にとってはどうでもいいことだった。
バーティアも、その『小説』の内容は、私たちと直接的には関わりがないと言っていたしね。
ただ、人一倍お人好しで優しくてお馬鹿で……暴走しやすい妻が、大切な友人が不幸になるとわかっていて大人しくしているはずがなかった。
自分がリソーナ王女の代わりに「代理悪役令嬢になる!」と宣言した挙句、いつも通り様々な作戦……もとい面白い暴走を繰り広げ始めた。
こうなると私も放ってはおけず、観察して楽しみつつも、情報収集をしたり、軌道修正してトラブルが起こらないように調整したりした。
……まぁ、私の妻は根っからのお人好しだから、私が何かするまでもなく、元々たいした『悪役令嬢』活動もできず、頑張ってやったこともことごとく失敗した上に、虐める対象だったジューン嬢に懐かれていたけどね。
そんな感じで、のんびりどころか慌ただしい日々を送っていたのだけれど、バーティアが今度はリソーナ王女の立場を安定させるために少しでも交友関係を広げてあげたい、ついては結婚式の参列者を招いてお茶会をしてはどうかと言い出した。
それがつい先日のことだ。
そして、リソーナ王女の結婚式まで残り五日となった今日。
リソーナ王女とバーティアが協力して準備したお茶会が開催されることとなったのだ。
他国から招かれた参列者は皆、結婚式に遅れないように余裕を持ってシーヘルビー国を訪れている。
そのため、五日前ともなれば主だった国の参列者たちはおおむね揃っている。それも考慮して、この日を選んだのだろう。
ちなみに、本来なら結婚式の準備が大詰めとなるこの時期にこんなイベントを急遽開催するのはとても大変なことなんだけど、そこはシーヘルビー国の皇太后と王妃の協力のおかげでなんとかなったようだ。
これはお二人に協力を求めるようにという私の助言のおかげだと、先日バーティアを通じてリソーナ王女から感謝の手紙をもらった。
そんなことを思い出しているうちに、ついにお茶会開始の時が訪れた。
「皆様、この度は私たちの結婚式のためにシーヘルビー国までご足労くださり、感謝申し上げます。結婚式まではまだ少々時間がありますが、私の友人であるアルファスタ国のバーティア王太子妃様のご提案で、本日、ささやかではありますが交流の場を設けさせていただきました」
「皆様との交流の場がほしいという私の我儘を、リソーナ王女様をはじめ、シーヘルビー国の方々が快く了承してくださり、この会を開くことができました。本当にありがとうございます。こうして皆様とゆっくりと話せる機会ができたことをとても嬉しく思いますわ」
お茶会は、リソーナ王女とバーティアの挨拶から始まった。二人は前に立ち、会場にいる人を見渡すようにして笑顔で話す。
正式なお茶会とは違い、急遽用意した簡単な交流の場だから、始まりの挨拶も短いものだ。
私とアレイス王太子は二人の隣に立ち、彼女たちのエスコート役に徹していた。
……大変な時期に頑張ってこういった場を作ったのは彼女たちだからね。花を持たせてあげないと。
バーティアたちに協力してくれた皇太后と王妃も、私たち用に用意されたテーブルを挟むように、左右に分かれて設けられた特別席に腰かけている。
皇太后と王妃は互いの取り巻きを自分のテーブルに座らせ、バーティアとリソーナ王女を見て穏やかに微笑んでいた。
バーティアたちは皇太后と王妃に開宴の挨拶を譲ろうとしたらしいけど、お二人は辞退し、バーティアたちがするようにと言ったらしい。
「それでは皆様、短い時間ではありますがお楽しみくださいませ」
リソーナ王女が挨拶を締めくくると同時に、私たち四人でお辞儀をする。
会場から拍手が上がり、お茶会が始まった。
開始早々、リソーナ王女とアレイス王太子は皇太后のところへ、私とバーティアは王妃のところへ向かう。
お茶会の準備に協力してくれたことに対してお礼を言うためだ。
このお茶会は、折角だから他国の方々と交流を持ちたいというバーティアの希望を友人のリソーナ王女が受け入れて、皇太后と王妃に助力を願い、開催された――という形になっている。
そのためお茶会が実現した今、すぐに皇太后と王妃に直接お礼を言いに行く必要があるのだ。
私たちは事前に打ち合わせをし、どちらかを優先したという形にならないように、それぞれ別の相手にお礼を言いに行き、その後、もう一方にお礼を言いに行くことにした。
皇太后も王妃も今回のお茶会が交流を目的としているものだと理解していたため、主催者である二人が自分たちとの挨拶で時間を取られすぎないようにと、お礼の挨拶もあっと言う間に終わらせてくれた。
その代わり、お茶会の後半、挨拶回りなどが落ち着いてきた頃合いを見計らってゆっくりと皆で話をしようということになった。
この辺は、事前に皇太后と王妃の間で話がついていたらしく、皇太后と王妃、どちらからも『皆で』と声をかけられた。
この『皆』というのは、皇太后、王妃、リソーナ王女たち、そして私たちという意味だ。
まぁ、確かにお茶会の時間は限られているし、このほうが効率的だろう。
彼女たちもリソーナ王女たちと私たちを別々に呼ぶよりも時間を短縮できるし、その時間を他の人たちとの交流に使える。
お互いにメリットのある話だ。
「セシル様、お菓子もいっぱい準備しましたの! セシル様好みのあまり甘くないものや軽食なんかもありますわ!!」
はじめの挨拶と皇太后と王妃へのお礼を終えてホッとしたのか、バーティアは表情を緩ませ嬉しそうに私に話しかけてくる。
そのあまりのはしゃぎぶりに頭を撫でたくなる衝動を堪えつつ笑みを返す。
「それじゃあ、まずは立食スペースに行ってみようか」
お茶会の会場はテーブル席と立食スペースが用意されており、それぞれの場所で好きなように過ごしていいことになっている。
交流を目的としていることから、席も主催者であるシーヘルビー国のメンバーと私たちのみ固定で、他の皆は特に指定されていない。好きな席に座っていいし、途中で席を移動することも自由だ。
折角座ってじっくり話したい相手がいても、席が離れていてはどうしようもないからね。
その辺のことは、なぜそういう形にしたのかという意図も含めて事前に配られた招待状に記載されているし、お茶会が始まる前にも説明した。
こういった説明を怠ると、今回のように身分の高い人が来る場では「なぜ自分の席がない!」と怒り出す人が出ることもあるから要注意なんだよね。
「ティアのおすすめはどれだい?」
立食スペースの一角に並べられたお菓子を前に、目をキラキラさせているバーティアに話しかける。
お菓子を前にした時の彼女は、本当に子供みたいで可愛い。
「えっとですわね、その果物がのったケーキとか、そちらのクッキーとか……あぁ、あっちのゼリーもおすすめですわ!!」
一生懸命話すバーティアの言葉に耳を傾けつつ、近くに控えているメイドに彼女が指定したものを皿に盛るように指示する。
「あっ! 違いましたわ!! それは私の好きな『おすすめ』でしたの。セシル様にはそちらのココアを練り込んだクッキーや『ポテトチップス』がおすすめですわ!!」
「……『ポテトチップス』?」
聞いたことのないお菓子の名前が出てきたね。
それになんだか私の勘が強く訴えてきている。
……これはバーティアの前世の知識を基にしたお菓子だと。
「そうですわ! これは作り方が簡単でしたので、私でもしっかりと覚えていましたの! 今回のお茶会には男性も出席されるので、甘くないお菓子をお出ししようと思い、提案してみたのですわ」
「……なるほどね」
胸を張って話すバーティアに苦笑が浮かぶ。
女性だけのお茶会であれば、高価な砂糖をふんだんに使った、甘くて可愛いお菓子が好まれる。
甘くないものとして、サンドイッチなどを出す場合もあるが、全体としては数は少なめだ。
しかし、今回のお茶会は男女問わず参加してもらうものだ。
男性でも甘いものが好きな人は当然いるが、好まない人や恥ずかしがって食べようとしない人も多い。
きっとその人たちのために、軽食になりそうなものを多めに揃えたり、『ポテトチップス』とかいう甘くないお菓子を用意したりしたのだろう。
まぁ、それはいいよ。
それはいいんだけど……こうやって不用意に前世の知識をお披露目するのはやめようか?
君の付加価値が高まりすぎると、余計なものまで引き寄せてしまいそうで心配だよ。
ましてや、ここは国外だ。
常日頃君を守っている令嬢たちも、何かあった時に私がフォローに走らせている有能な側近たちもいつもより少ないんだよ?
ただでさえ目や手が行き届きにくい状態なんだから、バーティア自身も気を付けてくれないと困る。
これは後で注意しておいたほうがいいかも……
「セシル様、これがポテトチップスですわ! ジャガイモを使って作っていますの。とても美味しいので食べてくださいませ」
バーティアが、メイドが皿に盛った黄金色の薄くてシンプルなお菓子を一枚、手で摘まんで私に差し出してくる。
……まぁ、バーティアはバーティアだしね。私が気を付けておけばいいかな。
「それじゃあ、いただくとするかな」
バーティアが差し出したそれを口に入れると、バリッと小気味いい音が鳴り、ほどよい塩味が口の中に広がった。
うん、これは確かに美味しいね。
我が国にもジャガイモを名産とする地域はいくつかあるから、広めてみようかな?
そう考えると、これだけ多くの国の人たちが集まっているこの場でこれをお披露目できたのは良かったのかもしれない。
国外向けのいい宣伝になるからね。
「どうですか? セシル様?」
『ポテトチップス』の今後の展開について思案しつつ味を楽しんでいると、バーティアが不安そうに顔を覗き込んできた。
「うん、凄く美味しいね。この食感がいいよ」
「良かったですわ!! どうも皆様あまりお食べになっていないようでしたので、(この世界の方には)お口に合わないのではないかと心配していましたの」
ホッとした表情を浮かべるバーティアの言葉を聞き、周囲に視線を走らせる。
大勢の人の目が私たちに向いていた。
……私たちに話しかけるタイミングを窺っている人たちとは別に、私の『ポテトチップス』への反応を見ている人たちもちらほらいるようだ。
顔を赤くしているのは……バーティアが私に食べさせるところを見て照れている感じかな?
「それは多分、口に合わないとかいう以前に、このお菓子のことがよくわからなくて不安なんだと思うよ」
「え? 『ポテトチップス』ですわよ? 見るからに美味しそうですわよ?」
私の言葉に驚いた様子のバーティアだったけれど、その後、周囲を見渡し、『ポテトチップス』を食べた私の反応を気にしている人たちがいることに気付いて、不思議そうに首を傾げる。
「ティア、それは君がこれの味を知っているからだよ。知らない人からすると、これは見たことのない物体なんだ。……一度食べたらその美味しさに病みつきになるかもしれないけれどね」
ニコッと笑って、バーティアが手にしている皿から『ポテトチップス』を一枚摘まみ、彼女の口元に持っていく。
パァァァッと顔を明るくしたバーティアが、嬉しそうに私の差し出した『ポテトチップス』をパクリッと口にし、幸せそうな笑みを浮かべた。
なんて美味しそうな顔をするんだろうか?
彼女の顔を見て、つい私ももう一枚『ポテトチップス』を口にする。
……ザワァッ。
小さなざわめきと共に、周囲の人々の視線が『ポテトチップス』に向いた。
そして、一番近くにいた男性がゴクリッと唾を呑み、勇気を出してメイドに『ポテトチップス』を取り分けるよう指示する。
「う、美味い!!」
その男性が恐る恐る『ポテトチップス』を口にし、その美味しさに感動すると、後は争奪戦だった。
様子見していた人たちがこぞって『ポテトチップス』に群がる。
『ポテトチップス』の取り分けを担当していたメイドがてんてこ舞いになって、他のメイドが応援に来たほどだ。
「え? あれ? 皆様、急になんで?」
折角の美味しいお菓子を皆に食べてもらえないかもと少し残念そうな顔をしていたバーティアが、驚いた様子でその光景を見つめる。
「ティアは食べ物を本当に美味しそうに食べるから、君の『美味しい』という気持ちが彼らにも伝わったんだと思うよ」
残念ながら、私は美味しいものを食べても、まずいものを食べても、あまり表情が変わらないらしい。だから、私が「美味しい」と言っても、バーティアが満面の笑みで食べている時ほどは周囲の関心を引けない。
最初に食べた男性も、私が「凄く美味しい」と言った時はまだ様子見だったのに、バーティアが食べた途端チャレンジしたしね。
目新しいものを口にするのは勇気がいるけれど、一度口にして美味しさを実感してしまえば、美味しくて珍しいものを食べたという自慢になる。
そして「美味しい」と感じた人が多くなればなるほど話題になり、食べた経験があること自体が流行の先端を行くことになるのだ。
王侯貴族にとって、こういった流行りというものは意外と馬鹿にできない。
流行りを生み出すことはステータスに繋がるし、そういった情報をきちんと得ておくことは、社交界の話題に乗り遅れないために大切なことだ。
さらに言えば、それらの情報を得られているかどうかでその人の情報収集能力がどの程度のものか推測できるし、人気で品薄なものを入手できるかどうかで人脈の幅もわかる。
もちろんそれがすべてとは言わないが、多少なりともメリットになる可能性があるものが目の前に転がっているなら、拾っておいたほうがいいと考える人は多いだろう。
……それに、食べておけばこの後バーティアに話しかける時のいい会話のネタになるしね。
「よくわかりませんけど、皆様が美味しいと喜んでくださったなら嬉しいですわ!」
自分が引き起こした状況だというのに、バーティアはいまいちわかっていないようだ。
きっと自分の影響力を軽視しているからだろう。
まぁ、でも自分が準備したものを「美味しい」と言って笑顔で食べる人たちを見るのは嬉しいらしいから、それはそれでいいのかもしれない。
「バ、バーティア様」
二人でお皿の『ポテトチップス』をちょうど食べ終えたタイミングで、ジューン嬢がバーティアに声をかけてきた。
私が隣にいることで緊張しているのか、少し表情が硬い。
「まぁ、ジューン様! 今回はお茶会の準備を手伝ってくださってありがとうございます」
メイドから受け取った手拭きで手早く指先を拭ってから、バーティアが嬉しそうにジューン嬢のほうを向く。
ジューン嬢は、バーティアのいつもと変わらない様子にホッとしたように表情を緩め、笑みを浮かべた。
「ジューン嬢、私からもお礼を言わせてくれるかい? 妻の我儘に付き合ってくれてありがとう」
バーティアの隣に並び、私からも声をかけることで彼女のことを私も歓迎していると伝えると、ジューン嬢はさらに安堵したようだった。
それにしても……
バーティアと話し始めたジューン嬢に気付かれないように、視線だけで周囲を見回す。
……イズラーチ王子は来ていないようだね。
王宮内で行われる、王太子の結婚式参列者を招くお茶会だ。もちろん、王族であり、王太子の甥にあたるイズラーチ王子にも招待状は送られている。
けれど、彼の姿はない。
あれだけ婚約者であるジューン嬢が構ってくれないと寂しがっていたくせに、そのジューン嬢が準備を手伝ったお茶会に参加しないなんてね。
あぁ、そういえば、無意味にこのお茶会に対抗意識を燃やしていたイズラーチ王子の兄――第一王子のラムタク王子がちょうど同じ時間帯に男性のみを招待した食事会を催しているんだっけ?
そのせいもあり、会場内に男性は少ない。
……まぁ、『女性に比べて』少ないというだけで、それなりの人数はいるから、向こうの食事会の参加者が少ないことは容易に想像できるけどね。
このあたりは、バーティアたちが招待状を送った後にラムタク王子が動き出したという時間的要因と、こちらに参加する王族の多さ、それに今回はあくまでアレイス王太子とリソーナ王女の結婚式を目的として集まっているのだから、普通に考えればこっちが重要だと皆考える。
こんな簡単なことが、なぜラムタク王子はわからないのだろうか。心底疑問に思うけれど、わからないものはわからないのだから仕方ない。
今頃あまりの参加者の少なさに恥をかき憤怒しているだろうけど、それは自業自得というものだ。
そんな彼の食事会だが、実は私にも招待状が届いていた。
もちろん、バーティアのパートナーとしてこのお茶会に出ることが決まっている私が出るはずもなく、即お断りの返事をした。
だが、もしかしたら、イズラーチ王子はジューン嬢のことなどそっちのけで、そちらに出たのかもしれない。
……なんて思っていたら、イズラーチ王子の姿を見つけてしまった。
お茶会が開かれている庭園から少し離れた、渡り廊下の柱の陰に。
嫉妬しているのか、悔しそうな表情で、ジューン嬢と楽しそうに会話をしているバーティアを睨んでいる。
彼は一体何をしているんだろう?
そんなにジューン嬢を取られるのが嫌なら、さっさとこちらに来て彼女のエスコートをすればいいのに。
彼にだって招待状は送られているのだし、このお茶会は途中参加も途中退出も自由になっている。
今から参加することに何の問題もないはずだ。
それともまだ、あの『男としての立場が』とか『女なのに男を立てないなんて』とかいう固定観念に囚われて、動けずにいるのだろうか?
そんな何の役にも立たない思い込み、さっさとゴミ箱に入れて焼却処分してしまえばいいのにね。
「そういえばジューン様、イズラーチ王子殿下はやはり出席なさいませんの?」
バーティアが眉尻を下げ、ジューン嬢を気遣う様子で尋ねる。
「ええ、そのようですわ。……事前に招待状を手渡しましたけれど、結局お返事は来なくて。昨日、学園でお会いした時に再度お声がけしたのですが、『行けるかどうかわからない』と言われてしまいました……。今日、お姿がないところを見ると、来る気がな……来れなかったのだと思います」
今、ジューン嬢から一瞬苛立ちのようなものが発せられたのは気のせい……ではないだろうね。
あぁ、本当にイズラーチ王子は一体何をしているのやら。
大切な人をこんなに苛立た……悲しい気持ちにさせるなんて。
ここは、少々強硬手段に出たほうがいいかな?
「ねぇ、ティア。私はあの柱の陰に隠れている遅刻参加者を捕まえてくるから、君は何事もなかったかのように、ここでジューン嬢と話をしていてくれるかい?」
こっそりとバーティアに告げると、彼女は意味がわからないとでもいうように首を傾げた。
ただ、私が内緒で動きたいということは察したのか、口元を手で隠して声を潜めて尋ねる。
「え? 柱の陰? 遅刻参加者? どういうことですの?」
「どうも遅れてきて気まずくて入れないようだから(強制的に)連れてくるよ。気付かれたとわかると恥ずかしがって逃げてしまうかもしれないから、ジューン嬢には何も告げずに二人で会話を続けていて」
そう言って、チラッと視線をイズラーチ王子が隠れている柱のほうに向ける。
私のその仕草を見て、バーティアも気付かれないようにそちらを見る。
そして、そこにイズラーチ王子の姿を見つけた瞬間、彼女の表情がパァァァッと明るくなった。
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