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自称悪役令嬢な婚約者の観察記録。2

自称悪役令嬢な婚約者の観察記録。2-3

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 本から顔を上げて、そう言ったのはネルトだ。眉間みけんしわを寄せて、ムッとした表情を浮かべている。
 基本的に怒ることが少ないネルトを怒らせるとは、さすがヒローニア男爵令嬢だね。

「俺も一緒だ。寄ってたかって誰かを悪く言うことはあまり好かんが……やはり彼女は苦手だ」

 仏頂面ぶっちょうづらのバルドが話に入ってくる。

「折角、シンシア嬢と二人で遠乗りに出かけようと思っていたのに、突然一緒に連れていけと言われたことが何度もある。仕方なく連れていくんだが、結局俺たちのスピードについてこれず、途中で帰るとごねられて何度もデートを台無しにされた」

 あぁ、ヒローニア男爵令嬢も馬には乗れるそうだけど、バルドとシンシア嬢についていこうとするのは無謀だよね。
 二人の乗馬の腕前は、王宮に勤める騎士と比べても、遜色そんしょくがない。それどころか、かなり上位に入るレベルだからね。
 そんな二人との乗馬に何度も同行しようとしたのは、ある意味、頑張り屋だと言えなくもないけれど、それで婚約者同士のデートを邪魔したら駄目だよ。
 バルドは基本的に短気だけれど、怒りの感情を後に引きずらないタイプだ。とはいえ、何度も同じあやまちを繰り返されれば、好感度もどんどん下がっていくだろう。

「僕も彼女のことはあんまり好きになれないよ。だって、僕のジョアンナを傷付けるようなことを言うからね」

 弟のショーンも、便乗するように文句を言い、唇を尖らせる。
 まぁ、その場その場の状況を無視して強引なアプローチを繰り返す『ヒロイン』に、『攻略対象』たちが辟易へきえきするのは仕方のないことだろう。
 ……光の精霊の力も、魔法除まほうよけのピアスによってさえぎられているからね。
 ヒローニア男爵令嬢と契約している光の精霊――ピーちゃんは、ゼノの話によると、ギリギリ高位精霊に分類されるらしい。
 そのため光の高位精霊が使える『いやしの光』という力を使えて、周囲に多幸感を与えることができる。
 この力により、ヒローニア男爵令嬢のそばにいるものたちは、他では得られない幸せを感じ、彼女と離れがたくなるのだ。
 しかしゼノの話によると、『いやしの光』はまだ未熟らしい。
 ピーちゃんは中位精霊から高位精霊になったばかりで、まだ見習い的な立ち位置にいるという。
 本来の高位精霊は、周囲に違和感を抱かせないよう、広範囲にわたって力を使うことができる。だがピーちゃんにはまだその能力がない。だからピーちゃんの影響を受けていない私たちからすると、ヒローニア男爵令嬢の周囲には、いかにも『中毒患者』といった雰囲気のうつろな目をした信奉者が集まっているように見える。
 バーティアが話す『乙女ゲーム』の話から推測するに、『攻略対象』である私たちは、本来その影響を受けて、彼女の信奉者になる可能性があったようだ。しかしこちらには、見習いではない正真正銘の高位精霊がついている。
 よっぽどのことがない限り、ヒローニア男爵令嬢の精霊が私たちに害をなすことはできないだろう。
 私は、側近候補たちに向かって笑みを浮かべた。

悪巧わるだくみだなんて、人聞きが悪いな。ただ私は、自分の婚約者を守るための防衛策を考えているだけだよ。ヒローニア男爵令嬢が私の婚約者を故意に傷付けようとしなければ、赤の他人として振る舞うだけにするつもりだ」
「とはいえ、その防衛策というのは当然、私たちにも必要なものですよね?」

 相変わらずのニヤニヤ笑いを浮かべ、間髪容かんはついれずに指摘してくるチャールズ。他のメンバーも、うんうんとうなずいている。
 まぁ、お互い恋人なり婚約者なりがいる立場だからね。
 自分のパートナーが傷付けられる可能性があれば、男としてやっぱり守らないととは思うよね。

「防衛策を考えないといけない相手が共通なら、協力し合ったほうが合理的だと思いませんか、殿下?」

 協力と言いつつ、私に指揮をらせようとしているのが丸わかりだよ、チャールズ?
 ……まぁ、確かにこのメンバーなら、私が「シナリオ」を考えて、それに従ってもらう形が一番安全だと思うけれど。
 チャールズやクールガンのように、それなりに人を見る目があって、理性的に行動することができる奴らには、個別に動いてもらってもいいかもしれない。
 一方、バルドのような単純バ……素直ですぐに人を信じ、後先考えずに暴走する可能性がある奴は、一人で動かないほうがいい。甘やかされて育ったショーンや、人と接するのが得意でないネルトもしかり。相手の思惑おもわくを読むのが苦手な奴らに、下手に動かれるのは困るからね。
 私は少し悩むふりをしてから、ニッコリと笑ってある提案をする。

「う~ん、寄ってたかってご令嬢を攻撃するのは、紳士道に反することだし、あまりしたくはないけど……いとしの君を守るために協力して防衛用の罠を張り、そこにまんまと誰かが引っかかってきた場合は仕方ないよね? その時点でそれは『敵』だし、私たちの行為は正当防衛になるし」

 私の案を聞き、皆はそれぞれ納得したようにうなずく。
 恋人に嫌がらせをしたというだけの理由で、将来国の中枢をになう予定の男たちが一人の貴族令嬢を撃退するのは、さすがに大人げない。
 しかし、相手がこちらに対して明確な敵意を示すのなら、その限りではないだろう。
 罠を張ることで相手の悪意を明確にし、反撃のための理由を作る。
 もちろん相手の悪意を拡大解釈するつもりはないし、反撃の理由も正当なものを用意する予定だ。
 それに、たとえこちらが罠を張っていたとしても、彼女が実際に悪意を持って動かなければ、どうということはない。
 本来、お互いにとって一番良いのは何も起こらないことだ。
 しかし正直なところ、私はどちらに転んでも構わない。
 私の婚約者殿が辛い目にわず、今まで通り私を楽しませてくれる環境さえあれば、それでいい。

「ひとまず、ヒローニア男爵令嬢がおかしな行動をしたら随時報告。……クールガンは彼女がまた何か尋ねてきたら、否定も肯定もせず、思わせぶりな態度で適当に流しておいてくれるかな?」
「肯定はもちろんいたしませんが、彼女の邪推じゃすいに対して否定もしないのですか?」

 クールガンが戸惑ったように眉を寄せる。
 私は、いつも通りの笑みを浮かべてうなずいた。

「あぁ、否定もしなくていい。そこから彼女が何を感じ取り、どのように動くか。それを見させてもらう。……バーティアやノーチェス侯爵に後ろ暗いことなど何もないのだから、問題ないだろう?」

 片方の口角を上げ、意味深な視線をクールガンに送る。
 それだけでは情報が少なすぎたらしく、他の奴らは私の意図をみ取れなかったようだ。けれど、クールガンにはきちんと伝わった。

「なるほど。さすが殿下です」

 冷たい微笑を浮かべたクールガンだったが、次の瞬間、心配そうにその細い眉を寄せる。

「しかし、それでは私のいもう……バーティア様が危険にさらされることになるのでは?」

 どうでもいいけど……いや、やっぱりどうでもよくない。君は今、バーティアのことをなぜ「私の妹」と言いかけたのかな?
 まさか、心の中でずっとそう呼び続けていて、うっかりそれが口に出ちゃったとかじゃないよね?
 ……折を見て、彼とはじっくり話し合う必要があるかもしれない。

「私の婚約者のティアを、危険にはさらさないよ。そのためにも、『最後の時』までは当たり障りなく過ごし、ヒローニア男爵令嬢を刺激するようなことは避けたい。彼女が何を考え、何をしようとするか、ただ見物するんだ。彼女の攻撃にも、その時までは反撃せず、上手くかわすことに重きを置きたい」

 そこで言葉を区切り、私はニッコリと笑みを浮かべた。

「……バーティアには、私といる時間を増やすよう約束を取り付けてある。君たちも、大切な人との時間を増やせばいい。それから一緒にいられない時のことも考えて、注意喚起かんきをしてもらえるかな? 彼女たちは頭が良いから、互いに互いを守り合ってくれるだろう」

 パートナーがいる面々は私の言葉で、「なるほど」とうなずく。
 けれど、表情こそ穏やかなのに、一人だけうなずかない人物がいた。

「失礼ながら、他のご令嬢方はそうかもしれませんが、バーティア様は注意喚起をした時点で、反対に突撃していきそうな気もしますけれど……」

 クールガンが、どこか愛情のこもった苦笑を浮かべる。
 うん。バーティアのことをよくわかっているね。私もそう思うよ。
 ……ただ、やはりその態度はどうかと思う。年の離れた大切な少女の行動を、愛情こめて眺めていますという感じだ。
 彼女は、君の妹でも恋人でも婚約者でもないからね?

「……そうだね。私もそう思うよ。だから、できればバーティアにはこの件を伏せておいてくれると嬉しいんだけど」

 室内にいる全員に視線を向けていくと、皆、重々しくうなずいてくれる。
 この数年で、彼らはバーティアから何かしらの洗礼を受けている。彼女に余計な情報を与えてしまうことの恐ろしさは、よくわかっているのだろう。
 ……良い意味でも悪い意味でも、彼女は単純かつ純粋に、思いのまま行動するから。

「それじゃあ、ヒローニア男爵令嬢が危険度の高い行動を起こさない限り、情報収集と観察に徹してくれるかな? こちらが最終的にジャッジを下すのは……そうだな、私たちの卒業式ということにしておこうか」

 バーティアがギャフンされるという、私の卒業式。ヒローニア男爵令嬢は、その時に勝負を仕掛けるのだろう。
 しかし、さすがに側近候補たちに『乙女ゲーム』云々うんぬんの詳細を話す訳にはいかない。
 だから、「私たち三年生がいるうちに片を付けたい。その最終リミットは卒業式だ」というもっともらしい理由を付け加えた。彼らは、疑うこともなくうなずいてくれる。
 あとは、それまでに様々な準備を整えつつ……向こうが行動を起こすのを待っていればいい。
 あぁ、もちろん、その間はバーティアのことをしっかり守るつもりだよ。
 それからクールガンには、準備のために色々と動いてもらうことになると思う。バーティアと顔を合わせる暇なんかないくらい、彼は忙しくなるだろう。

「さて、どうなるか楽しみだね?」


 清々すがすがしい気分で微笑んだ私を見て、その場にいた全員が笑みを浮かべる。
 その笑みが全員悪役っぽかったのは……まぁ気のせいってことにしておこうかな?


   ***


 季節が春から夏に移り変わった頃。
 私は、以前から妙に引っかかっていた『運命の乙女』について情報収集をすべく、予定を調整して王宮に帰った。
 ヒローニア男爵令嬢がバーティアに向かって「私が『運命の乙女』なんだから!!」と言い放った時、その呼び名自体に大きな意味があるかのように聞こえた。
 そう、まるでその言葉だけで、私が彼女を選ぶ理由のすべてに説明が付くかのような、そんな感じだ。
 加えてバーティアの話す『乙女ゲーム』に関わる事象は、何かしらの説明がつくことが多い。
 そこで私は、その『運命の乙女』というものがこの世界に実在する存在であり、私のこれからに大きな影響を与えるのではないかと考えた。
 そのため王宮の書庫を漁った私だったが、意外にもそれらしき記載のある書物が多すぎて、情報の取捨選択をすることができなかった。
『運命の乙女』と書かれたものはないのだが、似たような話は数多くあるらしい。
 そこで、少し視点を変えてみることにする。
 私は、「私」に関わる事柄……いな、正確には王族に関わる事柄や伝承のたぐいを調べてみることにした。
『運命の乙女』とやらが影響を与える対象が私なのだとしたら、対象に選ばれるだけの理由があるはずだ。その理由としてもっとも可能性が高いのは、王族であるということだろう。
 王族に関わる伝承は、歴代の王が次代の王に語り継いでいく場合が多い。私はそれを確認すべく、父上を訪ねることにした。
 手土産として、母上の大好きな菓子屋の焼き菓子と、父上の政務に必要な資料を用意する。この資料は、父上が今、喉から手が出るほど欲している情報をまとめたものだ。
 国王である父上は、非常に多忙ではある。しかし母上の機嫌を取れるものと、政務を円滑に進めるための情報があると伝えたら、喜んですぐに時間を作ってくれた。
 父上の執務室を訪れた私は、さっそく手土産を差し出す。それらを受け取り、ホクホクした表情を浮かべる父上。特に母上へのみつぎものを大事そうに持ち上げ、早々に侍従長へ渡していた。

「父上、『運命の乙女』というものに何か心当たりはありませんか?」

 さっそく切り込んだ私に、父上は意外そうな表情を浮かべる。

「運命の乙女だと? お前にしては、随分ロマンティックなものに興味を示したものだな」
「今、私が個人的に調べている案件でキーワードとして出てきた言葉なのですが、それの持つ本来の意味がわからず困っています」
「お前でも何かがわからずに困るということがあるんだな。書庫で調べたりはしなかったのか?」

 珍しげに尋ねてくる父上に、私はニッコリと笑みを浮かべる。

「調べはしたのですが、見つかりませんでした。いえ、正確には、似たような言葉の出てくる書物が多すぎて、どれがに相当するのか、判断が付かなかったのです」
「ならば、それをなぜ私に聞く?」
「どうやら、それは王族に関するもののようなのです。もしそれが王家にとって重要な事項だった場合、父上が知らぬはずもないだろうと思いまして」

 器用に片眉を上げ、いぶかしむような表情を浮かべた父上に、私は変わらぬ笑みを返した。
 実のところ、それが王族に関するものなのか、私個人に関するものなのかはわからない。むしろ、それを見極めるため父上に話を聞きたかったのだ。
 けれど、ここではえて「王族に関するもの」と口にしておく。
 もし父上が何か知っていて、それが王族に関する極秘事項であった場合、父上は父親としてではなく、王として私に情報を伝えたほうがいいかどうかを判断するだろう。
 そうなると、「息子からのおねだり」は通用しない。そのため、こちらがある程度情報を持っていることを匂わせておきたかった。そうでなければ、うまく誤魔化ごまかされて終わりだろう。

「「…………」」

 互いに無言で視線を合わせながら、相手の出方を探る。
 私の真意を探ろうとしているのか、父上はわずかに目を細めている。
 一方、私は一切表情を変えない。
 先に折れたのは、父上のほうだった。

「――我が息子ながら、お前の笑顔は鉄壁だな。なぜそんなことを聞いてきたのか探ろうかと思っていたが、表情一つ変えないお前からは、どんな情報も引き出せそうな気がしない」

 そう吐き出した父上に、私は今回の経緯を少しだけ伝えることにした。

「実は、とある人物に妄言もうげんじみた予言をされたのです。その人物こそが『運命の乙女』という存在であり、その力で私に対しても影響を与えることになるのだと。そこでちょっと興味が湧いて調べてみようかと思っただけです」
「本当か?」
「本当ですよ。……で、父上は何かお心当たりがあるんですか?」

 すると父上は、記憶を辿るように虚空こくうを見つめ、「う~ん」とうなるような声を上げる。

「……悪いが、これと言って思いつくものはない。わが国もそれなりに歴史が長く、大きな国だからな。王家に関わってくる予言や伝承といったたぐいの中に、それっぽい話――神託で結ばれた王族の話や、聖女伝説、戦乙女いくさおとめ伝説はごまんとあるが、『運命の乙女』とやらにピッタリくるものは思いつかん」
「本当ですか?」
「ああ、本当だ」

 今度は私のほうがわずかに目を細め、父上に探るような視線を向ける。
 父上は、やましいことなど何もないとでも言うかのように、堂々とした表情で見返してきた。
 頬の筋肉の動きや呼吸の仕方、目の動き――些細ささいなことさえ見過ごさないようしばらく見つめ続け……私はフッと視線を緩めた。
 父上はおそらく嘘をついていない。

「……そうですか。父上でも知らないとなれば、口から出まかせの嘘か何かだったのでしょう」
「随分あっさりとあきらめるな」
「父上が嘘をついてないのはわかりましたから。父上が知らないのであれば、それはきっとたいして重要でないか、存在しないかのどちらかでしょう。……王族に関する重要事項を、国王である父上が知らぬはずありませんから」

 ――あるいは、王族に関係していない事柄か。
 私が肩をすくめて見せれば、父上は「随分、過大評価されたものだ」と苦笑をこぼした。
 私は笑みを浮かべて、言葉を続ける。

「それに、知っていれば何かの役に立つこともあるかなぁ程度の興味でしたので、わからないままでも特に問題はありません」
「いいのか? お前が興味を示すほどの『予言』なんだろう?」
「『妄言もうげんのような予言』ですよ。実際にそんな者が現れたとしても、厄介なだけです。取り扱いが面倒くさくて、放置するのがせきの山。よくて、何かの駒として使う程度でしょうね」
「しかし、『運命の乙女』なんだろう?」

 からかうようにニヤッと笑う父に、私は呆れの笑みを浮かべる。

「私にはバーティア嬢という婚約者がいますから。父上がそう定められたのでしょう?」

 少し口調を強めてバーティアの名を口にすれば、父上がわずかに驚いたような表情を浮かべる。そして次の瞬間、ホッとしたような温かい笑みを見せた。

「そうか。そうだったな。……なぁ、セシル」
「なんでしょうか?」
「今の生活は楽しいか?」

 唐突な質問に、意図がわからず首をかしげる。
 しかし意図はわからずとも、質問の答えは決まっていた。

「ええ、楽しいですよ。私の婚約者がいつも楽しませてくれますから」
「なら良かった。……彼女をお前の婚約者として定めた私の目に、狂いはなかったということだな」

 父上は、満足げな様子でうなずき、慈愛に満ちた視線をこちらに向ける。それがなんとも居心地が悪い。

「……ここは、『さすが父上です』とでも言っておきましょうか」
「もっとめてくれてもいいんだぞ?」
「その役目は母上にお任せします。父上も、そのほうが嬉しいでしょう?」

 少しおどけた口調で言うと、父上は一瞬キョトンとした後、「ハハハ」と声を出して笑った。

「確かにそうだ。オリビアにベッドの中でこのことを報告し、めてもらったほうがいいな。きっといてよろこんでくれるだろう」

 父上の「ないて」と「よろこんで」が違う意味に聞こえたのは、私の気のせいではないはずだ。
 息子の前でそういった話を平気でする父上に、思わず苦笑がれる。

「父上、母上ももう若くはないのですから、程々ほどほどにしておいて差し上げてくださいね?」
「ん? なんのことだ?」
「とぼけないでください。その意味がわからないほど、私はもう子供ではないのですよ? そして、実の息子を前にそういう微妙な話題を振るのもご遠慮ください」
「言っている意味がよくわからんな」

 変わらずとぼけた態度を取る父上に、私は満面の笑みを向けた。

「……では私も、父上が母上にしようとしていることを、今からバーティアにしに行きましょう。問題ありませんよね? もちろん、誰かに見咎みとがめられたら『国王陛下が許可された』と堂々とお答えしますよ」
「やめてくれ!! せめて婚儀を上げるまでは!! 宰相さいしょうと、バーティア嬢を気に入っているオリビアに私が殺されてしまう!!」

 宰相さいしょうというのはバーティアの父親で、オリビアというのは私の母親の名だ。
 焦ったような声を上げた父に、私は笑顔のまま首をかしげて見せる。

なら問題ないでしょう?」
「……悪かった。頼むから、結婚するまでは王太子らしく節度のある付き合いをしてくれ」

 ガシガシと頭を乱暴に掻いて、不貞腐ふてくされたように唇を尖らせる父上。
 私は、「仕方ありませんね」と苦笑をこぼす。
 国王として民の上に立つこの人は、私から見ても威厳のある良い王だと思うけど……ひとたび政務を離れ、ただの父親の顔になるとちょっと情けない。
 けれど私は、こっちの父上のことも嫌いではない。
 ……バーティアほどではないが、見ていて楽しく感じることもあるしね。

「それでは、私はそろそろ失礼します」

 求めていた情報は得られなかったが、一通り必要なことは聞き終えた。
 私は、父上に向かって退室の挨拶あいさつをする。
 父上が「節度のある付き合い」について念押ししてきたけれど、そこは笑顔でスルーしておいた。
 ……もちろん、バーティアを傷付けるようなことをする気はない。ただ、父上の顔が青くなっていくのが面白くて、ついからかってしまったのだ。
 挨拶あいさつを済ませて扉に向かって歩き出す私に、背後から声がかかった。
 まだ何か用事でもあるのかと、体を半分だけひねって父上に視線を向ける。
 そこには、思いのほか真剣な表情の父上がいた。

「……セシル、お前はとても優秀な自慢の息子だ。だが、優秀だからといって悩みがない訳ではないだろう。優秀だからこその悩みもあるはずだ。私では頼りないかもしれないが、困ったらいつでも相談に来なさい」

 なぜ父上がそんなことを言い出したのかはわからない。
 けれど、その「父親」としての顔を目にし、言葉を耳にした途端、妙な安堵感を覚えた。
 そして、不意に気付いた。

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