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自称悪役令嬢な婚約者の観察記録。1
自称悪役令嬢な婚約者の観察記録。1-3
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バーティア嬢の次の誕生日は、来年の晩秋だ。一年の猶予があるなら、今からその薬草を用意しておけばいいのでは? と。
病が流行る時期に薬草が採れないというのなら、前もって採取しておけばいい。
今から動けば、彼女の母親だけでなく多くの国民を救える。
まぁ、彼女の話す未来が真実ならば……だけどね。
「ねぇ、バーティア嬢。君が話しているのは、未来のことなのだろう? だったら、あらかじめ薬を用意すれば母君は助かるのでは?」
「で、殿下。でも、それではシナリオが……」
「シナリオ? それと母君、どちらが大切なの?」
「もちろん、お母様ですわ! でも……でも……」
バーティア嬢は「強制力が……」とか「シナリオが狂ってしまったら……」とか、よくわからないことを言っている。
「困ったことになったら、どうすればいいか一緒に考えよう」
動揺している彼女を慰め、優しく諭す。
バーティア嬢は不安そうな表情をした。けれど、泣いていても何も変わらないことに気付いたのか、コックリと大きくうなずく。そして涙を拭き、ケーキを食べ始めた。
黙々とケーキを口に運びながら、必死に何かを考えているようだ。
私は何も言わずに、その様子をじっと眺めることにする。
そうしている内に、ノーチェス侯爵が彼女を迎えに来た。
「バーティアの相手をしてくださってありがとうございました、殿下。さあバーティア、もう帰るよ」
きっと相当急いで戻ってきたのだろう。少し息が切れている。
そんなにバーティア嬢が心配だったのか?
傍らに立った侯爵を見て、バーティア嬢は何かを決意するようにぐっと拳を握った。
「殿下、申し訳ありません。私……家の没落はまだしも、お母様のことは譲れませんわ。もしシナリオが変わったらごめんなさい。なんとか補正するので、許してくださいませ」
……彼女はなぜ、そこまで『シナリオ』とかいうやつにこだわるんだろう?
それに没落なんて不穏な言葉を急に聞かされたから、ノーチェス侯爵が驚いて固まってしまっているよ?
まぁ面白そうだからいいかな。
「大丈夫だよ。私も協力するから」
安心させるように微笑むと、彼女はちょっとだけ笑って頭を下げる。
「よろしくお願いします」
そう言って、彼女は席を立った。
その隣でノーチェス侯爵が「没落とはどういうことですか? 殿下が当家の没落に協力するわけではないですよね? ね?」と何度も尋ねてくる。私はニッコリと無言で微笑んでおいた。
侯爵が顔を引き攣らせながら、先に部屋を出ようとしているバーティア嬢を追いかける。
「じゃあ、私も父上のところに行こうかな?」
「陛下のところへですか?」
私の傍らに控えていたゼノが尋ねてくる。
「そうだよ。明日は私の誕生日だからね。父上はこの時期になるといつも『何も強請らないから何をやればいいかわからん』って頭を抱えているだろう? そんな父上に、温室の使用許可とルオナ草の苗を強請ろうと思ってね」
もし彼女の言う通りのことが起こるとすれば、今から備えておくに越したことはない。
彼女の話す未来が本当かどうかはわからないけれど、彼女の話に付き合うのも、栽培が難しいという薬草の栽培に挑戦してみるのも楽しそうだ。
それでもし助かる人が出れば、王太子として嬉しくはあるからね。
仮にその未来が来なくても……まぁ、誕生日プレゼント代わりに楽しませてもらったと思えば、それでいいか。
笑みを浮かべた私に、ゼノが話しかけてくる。
「陛下はすでにプレゼントを用意されているのでは?」
「候補はいくつか用意しているようだけど、まだ絞りきれてないみたいだよ。今年はサプライズにしたいらしく、どれがいいか私には聞けなくて困ってるみたいだ」
「サプライズなのに、もうそこまでご存知なんですね」
ゼノが溜息をついている。
「ん? よくわかんないなぁ。どういうこと?」
「いえ、なんでもございません」
「そう? よかった」
笑顔で首を傾げてみると、「この腹黒い王子、嫌だ」とゼノが頭を抱えた。
そんな彼の態度は無視して、私は意気揚々と父上のもとへ向かう。
「行くよ、ゼノ」
薬草学に興味が湧いたと言えば、父上は疑うことなく色々用意してくれるだろう。
やることがいっぱいでなんだか楽しいな。こんな風に感じるのは、バーティア嬢に初めて会った時以来だと思う。
これも彼女のおかげだ。感謝しないとね。
三 バーティア十歳
「お久しぶりです、セシル殿下。ようこそおいでくださいました」
「久しぶりだね、バーティア嬢。お招きありがとう」
今日はバーティア嬢の十歳の誕生日。
彼女の家族と極々親しい人たちのみを集めた、パーティーが開かれる予定だ。
私は彼女の婚約者としてエスコート役を買って出たから、パーティーの開始時間よりも少し早めにノーチェス邸を訪れた。
いつもバーティア嬢に付いている侍女がやってきて、私とゼノを応接室に案内してくれる。バーティア嬢はすでに準備を整え、ソファーに座って待っていた。
私にしては珍しく、色々と忙しくて会うのが三ヶ月ぶりになってしまった。
久しぶりに会ったバーティア嬢は……少しやつれている。
「どうしたの? 体調でも悪いのかい?」
十歳の少女が身に着けるにしてはやや大人びた、くすんだ金色のドレスをまとった彼女。そのドレスの色は、よくミルクティーのようだと言われる私の髪の色に似ている。
バーティア嬢は華やかな装いに対して表情だけが冴えず、どこか疲れたような雰囲気を漂わせていた。
そのくせ瞳だけは鋭く光り、恨めしそうに私を睨みつけてくる。
「殿下、酷いですわ!!」
「ん?」
彼女の口から恨み言が飛び出したので、私は少々面食らった。
一応、私は王太子だ。こんな失礼なことを私に言えば、周りの大人たちは真っ青になるところなんだけど……彼女の侍女たちは慣れたもので、眉一つ動かさずにお茶の用意をする。
黒狐もどきはバーティア嬢の膝の上で丸くなり、尻尾をゆっくりと左右に揺らしていた。
私は彼女の向かいのソファーに腰かける。
「バーティア嬢。君のその愛らしい顔をゆがませるようなことを、私はしてしまったのかな?」
首を傾げて尋ねると、彼女は「もう! もう! もう!」と叫び声を上げ、クッションを両手で掴んでソファーに叩き付け始めた。
非常にわかりやすい上に他人を傷付けない、理想的な癇癪の起こし方だ。
……黒狐もどきにとっては、いい迷惑のようだが。
バーティア嬢の興奮が収まるのを、紅茶を飲みながら待っていると、ほんの三十秒ほどで落ち着いたらしい。
「……コホンッ。失礼しました」
彼女は気まずそうにクッションを元の位置に戻し、私に向き直った。
「で、でも、殿下もいけないのです。私、お約束通り殿下以外には前世のことを話さないようにしていますのよ? だから、以前お話ししたお母様の件も、ご相談できる相手は殿下しかいませんの! なのに、三ヶ月もお会いできないなんて!! 今日はもう私の十歳の誕生日ですのよ!? 本来であればお母様は亡くなっているはずですわ! お手紙だっていっぱい書きましたのに、いつも『大丈夫』としか返事をくださらないし、私、どうしたらいいか……」
そのうち彼女はポロポロと泣き出してしまった。
これにはさすがの私も少々焦る。
音を立てないように気を付けて紅茶をテーブルに戻し、彼女の隣に席を移して、優しく背中に手を添えた。
未婚の男女としてはやや距離が近すぎる気もするが、婚約者同士なのだから問題はないだろう。
そんなことより、今は彼女を慰めることが先決だ。
ゼノとバーティア嬢の侍女たちに、視線で部屋から出るよう告げた。
侍女たちは少し躊躇いつつも、空気を読んで隣にある使用人の控え室に移動する。
婚約者とはいえ、未婚の男女を部屋に二人きりにはできないため、扉は開けっ放しになっていた。けれど、二人でゆっくり話すには十分だ。
「バーティア嬢、ごめんね? 君がそこまで思い詰めているとは思っていなくて。本当に大丈夫だから、そう手紙に書いたんだ。ただ、言葉が足りなかったかもしれない。事後処理やら副産物の利用方法の考案やら、隠蔽工作やらで少々忙しくてね。あと、君への誕生日プレゼントを作るのにも時間がかかってしまって……」
彼女が手紙で訴えてくる問題は、私がすでに処理済みのことばかりで、「大丈夫」としか言いようがなかった。だけど……この様子だと、相当心配させてしまったようだ。
大丈夫だと答えているのに周りを不安にさせてしまうことは、今までにも何度かあった。
私には大丈夫な未来が見えていても、他の人には同じものが見えていないせいで、そういうことが起こるようだ。
常に状況が正しく理解できている私は、いつも説明を省略してしまいがちなのだろう。
いくつかある情報を組み合わせて推測すれば、簡単にわかることだと思うんだけど……どうやら相手によってはそうじゃない場合もあるらしい。
これらは私の悪い癖みたいだ。
気を付けないといけないな。
「何が大丈夫なんですの!? 折角シナリオを変えるなら少しでも多くの人を助けたいと思って、私もできる限りルオナ草を手に入れましたわ。だけど、量は全然足りてませんのよ!? ……保存が上手くできなくて薬草として使えないものも多いですし……。かと思えば、病はなぜか流行っていなくて、すでに亡くなっているはずのお母様もピンピンしてますの。私、何が何やら……もうどうすればいいのかわかりませんわ!!」
バーティア嬢が涙を溢れさせながら訴えてくる。
「あぁ、ほら、バーティア嬢。そんなに泣かないで。とにかく大丈夫だから」
「大丈夫じゃありませんわ!!」
「大丈夫だよ。ちゃんと君の言った通り、伝染病は流行ったんだ。……ただ、君が事前に情報をくれたおかげで、死者や重症者がほとんど出ずに済んだだけだよ。君が教えてくれた情報を元に、それがどんな病なのかを推測して薬を作ったんだ。いつどこで病が流行り出すのかも予想できたから、流行り始めた時点で患者たちを隔離して、すぐに治療したよ」
「やっぱり病は流行って……。薬を作って、患者たちを隔離して治療なんて、そんな大丈夫なわけが……え? 薬? 流行り始めに隔離? 治療?」
バーティア嬢が目を白黒させている。
「そうだよ。だから、もう伝染病は沈静化してるし、君の母上が感染する可能性も低い。……あ、これが薬だよ。もしものことがあるといけないと思って、一応持ってきたんだ」
そう言って、彼女の手に小瓶を握らせた。
「薬? え? あれ? え? ちょっと、意味が……」
「だから大丈夫だって言っただろう? これでもう伝染病が流行ることも、君の母上が亡くなることもないから」
「は? ……えぇぇぇぇぇぇぇ!?」
バーティア嬢が、涙をいっぱい溜めた目を大きく見開いて叫んだ。
「ちょ、ちょっと、殿下! どういうことですの!? 説明してくださいませ!」
驚いたような、焦ったような様子で、私の肩を掴んで激しく前後に揺さぶる。
……こんな扱いを受けたのは初めてだ。
頭がクラクラしてくるし、あんまり面白い体験ではないな。
「わかったから、ひとまず落ち着こうか?」
彼女の両手首を掴み、ニッコリ笑ってやめさせる。
「これが落ち着いてられますか! 早く説明してくださいませ!」
噛みつかんばかりの勢いで詰め寄ってくる彼女に、やれやれと思いながら、事の顛末を説明する。
バーティア嬢から伝染病の話を聞いた後、私は父上に頼んで温室の使用許可とルオナ草の苗をもらった。
難しいとされている栽培に挑戦するためだ。
まずはルオナ草の生育条件や特性、栽培方法が載っている本を読んで基本的な情報を得た。それを元に『こうしたほうがいいんじゃないかな?』と思ってちょっと手を加えてみたら……思いの外よく育ったのだ。
あまりにもあっさり栽培に成功してしまったため、次は薬も作ってみようと、父に頼んで薬学や医学の先生を雇ってもらった。そして彼らの授業を受けつつ、王宮の書庫でその手の本を読み漁った。
少しでも予測の精度が上がるように、バーティア嬢からは母親が亡くなるまでの経過や、病の特徴など、わかる限りのことを話してもらった。その伝染病は、現存する病が進化したものだという。
……彼女は『どうしよう』と相談しただけで、私がここまで本格的に動いているとは、考えていないようだったけど。
彼女から聞いた病の症状や、今まで流行ったことのある伝染病の発生傾向、今年の気候。色々なことを考慮に入れて検討した結果、私は一つの伝染病へと辿り着いた。
その伝染病が進化した新種だと仮定し、必要になるのがルオナ草だということから、試行錯誤して薬を作ってみた。
ある程度条件が限られているので、莫大な可能性の中から一つの答えを導きだすことよりは容易く、これまたあっさりと解に辿り着けた。
まぁ、実際にその解が合っているかは、事が起きてからでないと確認のしようがなかったけど。
とにかく、多少の時間を要したものの、ここまではなんとか順調だったのだ。
……そう、ここまでは。
病の正体や薬の作り方はわかったものの、それはあくまでバーティア嬢の話を信じるという大前提があってこそ活用できるものだ。
私は自分の好奇心に従い、役に立たなくてもまぁいいかという思いで取り組んでいた。だが、もし本気で病の流行に備えるのであれば、周りの大人を動かさなければならない。
とはいえバーティア嬢の前世の知識について話せない以上、彼らを説得するための材料はあまりに少なく、根拠も弱すぎる。
だから、苦肉の策として「偶然」を作るためにこんな台本を用意した。
私はある伝染病に「たまたま」興味を示し、それについて研究している医師を師として王宮に招く。
私たちはその伝染病について議論を交わし、それが形を変えて新種の病になる可能性について「たまたま」話し合う。さらに、その場合を想定した対処法も検討する。
それとは別に、その時私が「たまたま」栽培にはまっていた、ルオナ草の効能やその応用についても熱く語ってみる――
この筋書き通りに事を運ぶべく、一人の医師を招いた。彼の専門分野は、件の病の元となる伝染病だ。
王太子という私の立場もあってか、医師は興味深そうに話を聞き、色々と意見してくれた。
だが、そこからがなかなか進まなかったのだ。
新種の伝染病が発生した時、その対処法をルオナ草の応用と結びつけられるよう彼を誘導する作業が、思いの外難航したのだ。
本人に気付かれないで、人を自分の思う方向へ導くことの難しさを痛感した。
『なぜこんな簡単なことに気付けないんだろう』と何度やきもきしたかわからない。
それでも医師とのやり取りを繰り返した結果、彼が伝染病の発生に気付くための情報や、薬を作るために必要な情報を、なんとか彼も発見してくれた。
後は、実際に伝染病が発生した時、なるべく初期の段階で気付いてもらえればいい。
いざ患者を目の前にすれば、多少症状に違いがあっても新種の伝染病だとわかるだろう。
私は新種の伝染病が発生するであろう地域に「たまたま」空き家を見つけ、父上に頼んで王立の診療所にしてもらった。もちろんそこで働くのは、私が招いた例の医師だ。
そして私は病が流行する時期までにすべての準備を整え、後は経過観察をするだけとなった。
ここまでやっておいてなんだけど、正直この時にはバーティア嬢の言う未来について、まだ二割程度しか信じていなかった。
ただ、恐ろしい伝染病が蔓延する可能性があるのなら、備えておいたほうがいい。別に邪魔になるものでもないしね。それに今回の件を通して私自身も学ぶことが多かったから、それだけで満足している。
だから、お忍びで診療所を訪ねた際、例の病の初期段階らしい患者を見つけた時には驚いたものだ。
本当にこんなことってあるんだなぁってね。
とはいえ、もうすべての準備が整っていたから、特に焦ることはない。
新種の伝染病に気付いた医師は、本当にいい働きをしてくれた。
もちろん、私も「たまたま」趣味で育てていた大量のルオナ草を提供させてもらった。
こうして、物事は私の書いた台本通りに進んだ。
それが今から二、三ヶ月くらい前のことである。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませ! 色々とおかしいですわ!!」
私が話し終えたところで、バーティア嬢が頭を抱えながら叫んだ。
「そう? どこがおかしいのかな?」
物事は私の思い描いた通りに進んだし、たいしておかしいことはないと思うんだけどな?
あ、ちなみに、実際に伝染病が発生するまでバーティア嬢の話をあまり信じてなかったことは、もちろん内緒だ。
わざわざ馬鹿正直に真実を話して、私の評価を下げる必要はないだろう。
「な、な、なんで、殿下がそのようなことを!?」
「私は、君に協力すると言わなかったかな?」
「言ってくださいましたわ。でも……」
彼女はこうなるとはまったく想定していなかったようだ。
「私は自分の婚約者が不安がっているのに、無視するつもりはないよ。それに、自分の義母になってくださる方が亡くなる可能性があるのに、見過ごすわけがない。……私が少し頑張るだけでなんとかできるなら、余計にね」
「……それ、絶対に『少し』ではありませんわ。普通の十一歳の子供には、決してできないことだと思いますの」
バーティア嬢が、素直に喜んでいいのかわからないというような、複雑そうな顔で私を見る。
「ん? 私はもうすぐ十二歳になるよ?」
「十二歳でもですわ!」
「まぁ、普通の十二歳には無理だろう。でも、ほら、私は王太子だからね。それなりの教養は身に付けているし、王宮の書庫をある程度自由に使用することもできる。あぁ、それに父上の許可さえ得れば、優秀な専門家の力を借りることも可能だしね」
今回の件では少々「たまたま」が続きすぎたから、父上にはちょっと怪しまれてしまった。けれど『偶然です』と笑顔で押し切ったら、少し疲れた顔をしつつも深く追及しないでくださったし、よしとしようと思う。
「そ、そうなんですの?」
バーティア嬢は半信半疑なようだ。私はとりあえずニッコリと笑顔を向けておく。
私のうしろでは、今日も元気にゼノが首を横に振って「普通の王太子にはとても無理です」と呟いているけど、気にしないことにしておこう。
バーティア嬢も顎に手を当てて、何かをブツブツ呟きながら悩み始めた。
「こんなご都合主義、ありなのかしら? なしでしょ!? なしじゃないの!? ……いや、でも天才と名高く、『アンドロイド王子』の異名を持つこの方にとってはありなのかしら? でもでも……」
……『アンドロイド』ってなんだろう?
今日もやっぱり、彼女の言うことは意味がわからない。
「まぁ、細かいことは気にしないで、ね? ノーチェス侯爵夫人もご無事なようだし、民の被害も最小限で収まったんだから、それでいいじゃない」
「……そ、そうですわね! お母様も王都の人たちも、伝染病の魔の手から逃れられたんですもの。よかったのですわよね」
色々な情報を一気に与えられすぎて許容量をオーバーしたのか、バーティア嬢が考えることを放棄した。
うん、私としてもそうしてもらったほうが助かる。
なぜそんなことができたのかと聞かれても、やってみたらできた――としか答えられないしね。
「そうだ、バーティア嬢。公的な誕生日プレゼントはパーティーで渡す予定なんだけど、それとは別にこれを……」
ベルベットが貼られた小さな箱を取り出し、まだちょっと引っかかりを感じている様子の彼女に差し出す。
「な、なんですの?」
奥歯に何かが挟まったような顔をしていたバーティア嬢は、私が差し出した箱を警戒するように見つめる。
まだ何かサプライズがあるの!? とでもいうような表情だ。
「私個人からの誕生日プレゼントだよ。私のお手製だから、たいした物ではないんだけどね」
そう言って箱を開け、中身を彼女に見せた。
「まぁ! す、素敵ですわ!!」
晴れた夜空のような深い群青色をしたハート形の石に、銀の蔦が絡まった繊細なデザインのネックレス。
実際は「石」ではなくて、蔦模様のカットを施したガラス瓶に、群青色の液体を満たした物なんだけどね。
「これは、今回の伝染病の治療薬を作った時の、副産物なんだ」
「え? 治療薬の……?」
意味が理解できないのか、コテンと首を傾げるバーティア嬢。
「そうだよ。実はこれ、万能毒消し薬なんだ。ルオナ草について色々調べている内に、他の薬の効能を高める効果があることがわかってね。伝染病の治療薬は、ある薬草の効能をルオナ草で極限まで高めることで完成したんだ」
私の説明に、彼女がうんうんとうなずいてくれる。
でも、ちゃんと理解しているのかは謎だ。
病が流行る時期に薬草が採れないというのなら、前もって採取しておけばいい。
今から動けば、彼女の母親だけでなく多くの国民を救える。
まぁ、彼女の話す未来が真実ならば……だけどね。
「ねぇ、バーティア嬢。君が話しているのは、未来のことなのだろう? だったら、あらかじめ薬を用意すれば母君は助かるのでは?」
「で、殿下。でも、それではシナリオが……」
「シナリオ? それと母君、どちらが大切なの?」
「もちろん、お母様ですわ! でも……でも……」
バーティア嬢は「強制力が……」とか「シナリオが狂ってしまったら……」とか、よくわからないことを言っている。
「困ったことになったら、どうすればいいか一緒に考えよう」
動揺している彼女を慰め、優しく諭す。
バーティア嬢は不安そうな表情をした。けれど、泣いていても何も変わらないことに気付いたのか、コックリと大きくうなずく。そして涙を拭き、ケーキを食べ始めた。
黙々とケーキを口に運びながら、必死に何かを考えているようだ。
私は何も言わずに、その様子をじっと眺めることにする。
そうしている内に、ノーチェス侯爵が彼女を迎えに来た。
「バーティアの相手をしてくださってありがとうございました、殿下。さあバーティア、もう帰るよ」
きっと相当急いで戻ってきたのだろう。少し息が切れている。
そんなにバーティア嬢が心配だったのか?
傍らに立った侯爵を見て、バーティア嬢は何かを決意するようにぐっと拳を握った。
「殿下、申し訳ありません。私……家の没落はまだしも、お母様のことは譲れませんわ。もしシナリオが変わったらごめんなさい。なんとか補正するので、許してくださいませ」
……彼女はなぜ、そこまで『シナリオ』とかいうやつにこだわるんだろう?
それに没落なんて不穏な言葉を急に聞かされたから、ノーチェス侯爵が驚いて固まってしまっているよ?
まぁ面白そうだからいいかな。
「大丈夫だよ。私も協力するから」
安心させるように微笑むと、彼女はちょっとだけ笑って頭を下げる。
「よろしくお願いします」
そう言って、彼女は席を立った。
その隣でノーチェス侯爵が「没落とはどういうことですか? 殿下が当家の没落に協力するわけではないですよね? ね?」と何度も尋ねてくる。私はニッコリと無言で微笑んでおいた。
侯爵が顔を引き攣らせながら、先に部屋を出ようとしているバーティア嬢を追いかける。
「じゃあ、私も父上のところに行こうかな?」
「陛下のところへですか?」
私の傍らに控えていたゼノが尋ねてくる。
「そうだよ。明日は私の誕生日だからね。父上はこの時期になるといつも『何も強請らないから何をやればいいかわからん』って頭を抱えているだろう? そんな父上に、温室の使用許可とルオナ草の苗を強請ろうと思ってね」
もし彼女の言う通りのことが起こるとすれば、今から備えておくに越したことはない。
彼女の話す未来が本当かどうかはわからないけれど、彼女の話に付き合うのも、栽培が難しいという薬草の栽培に挑戦してみるのも楽しそうだ。
それでもし助かる人が出れば、王太子として嬉しくはあるからね。
仮にその未来が来なくても……まぁ、誕生日プレゼント代わりに楽しませてもらったと思えば、それでいいか。
笑みを浮かべた私に、ゼノが話しかけてくる。
「陛下はすでにプレゼントを用意されているのでは?」
「候補はいくつか用意しているようだけど、まだ絞りきれてないみたいだよ。今年はサプライズにしたいらしく、どれがいいか私には聞けなくて困ってるみたいだ」
「サプライズなのに、もうそこまでご存知なんですね」
ゼノが溜息をついている。
「ん? よくわかんないなぁ。どういうこと?」
「いえ、なんでもございません」
「そう? よかった」
笑顔で首を傾げてみると、「この腹黒い王子、嫌だ」とゼノが頭を抱えた。
そんな彼の態度は無視して、私は意気揚々と父上のもとへ向かう。
「行くよ、ゼノ」
薬草学に興味が湧いたと言えば、父上は疑うことなく色々用意してくれるだろう。
やることがいっぱいでなんだか楽しいな。こんな風に感じるのは、バーティア嬢に初めて会った時以来だと思う。
これも彼女のおかげだ。感謝しないとね。
三 バーティア十歳
「お久しぶりです、セシル殿下。ようこそおいでくださいました」
「久しぶりだね、バーティア嬢。お招きありがとう」
今日はバーティア嬢の十歳の誕生日。
彼女の家族と極々親しい人たちのみを集めた、パーティーが開かれる予定だ。
私は彼女の婚約者としてエスコート役を買って出たから、パーティーの開始時間よりも少し早めにノーチェス邸を訪れた。
いつもバーティア嬢に付いている侍女がやってきて、私とゼノを応接室に案内してくれる。バーティア嬢はすでに準備を整え、ソファーに座って待っていた。
私にしては珍しく、色々と忙しくて会うのが三ヶ月ぶりになってしまった。
久しぶりに会ったバーティア嬢は……少しやつれている。
「どうしたの? 体調でも悪いのかい?」
十歳の少女が身に着けるにしてはやや大人びた、くすんだ金色のドレスをまとった彼女。そのドレスの色は、よくミルクティーのようだと言われる私の髪の色に似ている。
バーティア嬢は華やかな装いに対して表情だけが冴えず、どこか疲れたような雰囲気を漂わせていた。
そのくせ瞳だけは鋭く光り、恨めしそうに私を睨みつけてくる。
「殿下、酷いですわ!!」
「ん?」
彼女の口から恨み言が飛び出したので、私は少々面食らった。
一応、私は王太子だ。こんな失礼なことを私に言えば、周りの大人たちは真っ青になるところなんだけど……彼女の侍女たちは慣れたもので、眉一つ動かさずにお茶の用意をする。
黒狐もどきはバーティア嬢の膝の上で丸くなり、尻尾をゆっくりと左右に揺らしていた。
私は彼女の向かいのソファーに腰かける。
「バーティア嬢。君のその愛らしい顔をゆがませるようなことを、私はしてしまったのかな?」
首を傾げて尋ねると、彼女は「もう! もう! もう!」と叫び声を上げ、クッションを両手で掴んでソファーに叩き付け始めた。
非常にわかりやすい上に他人を傷付けない、理想的な癇癪の起こし方だ。
……黒狐もどきにとっては、いい迷惑のようだが。
バーティア嬢の興奮が収まるのを、紅茶を飲みながら待っていると、ほんの三十秒ほどで落ち着いたらしい。
「……コホンッ。失礼しました」
彼女は気まずそうにクッションを元の位置に戻し、私に向き直った。
「で、でも、殿下もいけないのです。私、お約束通り殿下以外には前世のことを話さないようにしていますのよ? だから、以前お話ししたお母様の件も、ご相談できる相手は殿下しかいませんの! なのに、三ヶ月もお会いできないなんて!! 今日はもう私の十歳の誕生日ですのよ!? 本来であればお母様は亡くなっているはずですわ! お手紙だっていっぱい書きましたのに、いつも『大丈夫』としか返事をくださらないし、私、どうしたらいいか……」
そのうち彼女はポロポロと泣き出してしまった。
これにはさすがの私も少々焦る。
音を立てないように気を付けて紅茶をテーブルに戻し、彼女の隣に席を移して、優しく背中に手を添えた。
未婚の男女としてはやや距離が近すぎる気もするが、婚約者同士なのだから問題はないだろう。
そんなことより、今は彼女を慰めることが先決だ。
ゼノとバーティア嬢の侍女たちに、視線で部屋から出るよう告げた。
侍女たちは少し躊躇いつつも、空気を読んで隣にある使用人の控え室に移動する。
婚約者とはいえ、未婚の男女を部屋に二人きりにはできないため、扉は開けっ放しになっていた。けれど、二人でゆっくり話すには十分だ。
「バーティア嬢、ごめんね? 君がそこまで思い詰めているとは思っていなくて。本当に大丈夫だから、そう手紙に書いたんだ。ただ、言葉が足りなかったかもしれない。事後処理やら副産物の利用方法の考案やら、隠蔽工作やらで少々忙しくてね。あと、君への誕生日プレゼントを作るのにも時間がかかってしまって……」
彼女が手紙で訴えてくる問題は、私がすでに処理済みのことばかりで、「大丈夫」としか言いようがなかった。だけど……この様子だと、相当心配させてしまったようだ。
大丈夫だと答えているのに周りを不安にさせてしまうことは、今までにも何度かあった。
私には大丈夫な未来が見えていても、他の人には同じものが見えていないせいで、そういうことが起こるようだ。
常に状況が正しく理解できている私は、いつも説明を省略してしまいがちなのだろう。
いくつかある情報を組み合わせて推測すれば、簡単にわかることだと思うんだけど……どうやら相手によってはそうじゃない場合もあるらしい。
これらは私の悪い癖みたいだ。
気を付けないといけないな。
「何が大丈夫なんですの!? 折角シナリオを変えるなら少しでも多くの人を助けたいと思って、私もできる限りルオナ草を手に入れましたわ。だけど、量は全然足りてませんのよ!? ……保存が上手くできなくて薬草として使えないものも多いですし……。かと思えば、病はなぜか流行っていなくて、すでに亡くなっているはずのお母様もピンピンしてますの。私、何が何やら……もうどうすればいいのかわかりませんわ!!」
バーティア嬢が涙を溢れさせながら訴えてくる。
「あぁ、ほら、バーティア嬢。そんなに泣かないで。とにかく大丈夫だから」
「大丈夫じゃありませんわ!!」
「大丈夫だよ。ちゃんと君の言った通り、伝染病は流行ったんだ。……ただ、君が事前に情報をくれたおかげで、死者や重症者がほとんど出ずに済んだだけだよ。君が教えてくれた情報を元に、それがどんな病なのかを推測して薬を作ったんだ。いつどこで病が流行り出すのかも予想できたから、流行り始めた時点で患者たちを隔離して、すぐに治療したよ」
「やっぱり病は流行って……。薬を作って、患者たちを隔離して治療なんて、そんな大丈夫なわけが……え? 薬? 流行り始めに隔離? 治療?」
バーティア嬢が目を白黒させている。
「そうだよ。だから、もう伝染病は沈静化してるし、君の母上が感染する可能性も低い。……あ、これが薬だよ。もしものことがあるといけないと思って、一応持ってきたんだ」
そう言って、彼女の手に小瓶を握らせた。
「薬? え? あれ? え? ちょっと、意味が……」
「だから大丈夫だって言っただろう? これでもう伝染病が流行ることも、君の母上が亡くなることもないから」
「は? ……えぇぇぇぇぇぇぇ!?」
バーティア嬢が、涙をいっぱい溜めた目を大きく見開いて叫んだ。
「ちょ、ちょっと、殿下! どういうことですの!? 説明してくださいませ!」
驚いたような、焦ったような様子で、私の肩を掴んで激しく前後に揺さぶる。
……こんな扱いを受けたのは初めてだ。
頭がクラクラしてくるし、あんまり面白い体験ではないな。
「わかったから、ひとまず落ち着こうか?」
彼女の両手首を掴み、ニッコリ笑ってやめさせる。
「これが落ち着いてられますか! 早く説明してくださいませ!」
噛みつかんばかりの勢いで詰め寄ってくる彼女に、やれやれと思いながら、事の顛末を説明する。
バーティア嬢から伝染病の話を聞いた後、私は父上に頼んで温室の使用許可とルオナ草の苗をもらった。
難しいとされている栽培に挑戦するためだ。
まずはルオナ草の生育条件や特性、栽培方法が載っている本を読んで基本的な情報を得た。それを元に『こうしたほうがいいんじゃないかな?』と思ってちょっと手を加えてみたら……思いの外よく育ったのだ。
あまりにもあっさり栽培に成功してしまったため、次は薬も作ってみようと、父に頼んで薬学や医学の先生を雇ってもらった。そして彼らの授業を受けつつ、王宮の書庫でその手の本を読み漁った。
少しでも予測の精度が上がるように、バーティア嬢からは母親が亡くなるまでの経過や、病の特徴など、わかる限りのことを話してもらった。その伝染病は、現存する病が進化したものだという。
……彼女は『どうしよう』と相談しただけで、私がここまで本格的に動いているとは、考えていないようだったけど。
彼女から聞いた病の症状や、今まで流行ったことのある伝染病の発生傾向、今年の気候。色々なことを考慮に入れて検討した結果、私は一つの伝染病へと辿り着いた。
その伝染病が進化した新種だと仮定し、必要になるのがルオナ草だということから、試行錯誤して薬を作ってみた。
ある程度条件が限られているので、莫大な可能性の中から一つの答えを導きだすことよりは容易く、これまたあっさりと解に辿り着けた。
まぁ、実際にその解が合っているかは、事が起きてからでないと確認のしようがなかったけど。
とにかく、多少の時間を要したものの、ここまではなんとか順調だったのだ。
……そう、ここまでは。
病の正体や薬の作り方はわかったものの、それはあくまでバーティア嬢の話を信じるという大前提があってこそ活用できるものだ。
私は自分の好奇心に従い、役に立たなくてもまぁいいかという思いで取り組んでいた。だが、もし本気で病の流行に備えるのであれば、周りの大人を動かさなければならない。
とはいえバーティア嬢の前世の知識について話せない以上、彼らを説得するための材料はあまりに少なく、根拠も弱すぎる。
だから、苦肉の策として「偶然」を作るためにこんな台本を用意した。
私はある伝染病に「たまたま」興味を示し、それについて研究している医師を師として王宮に招く。
私たちはその伝染病について議論を交わし、それが形を変えて新種の病になる可能性について「たまたま」話し合う。さらに、その場合を想定した対処法も検討する。
それとは別に、その時私が「たまたま」栽培にはまっていた、ルオナ草の効能やその応用についても熱く語ってみる――
この筋書き通りに事を運ぶべく、一人の医師を招いた。彼の専門分野は、件の病の元となる伝染病だ。
王太子という私の立場もあってか、医師は興味深そうに話を聞き、色々と意見してくれた。
だが、そこからがなかなか進まなかったのだ。
新種の伝染病が発生した時、その対処法をルオナ草の応用と結びつけられるよう彼を誘導する作業が、思いの外難航したのだ。
本人に気付かれないで、人を自分の思う方向へ導くことの難しさを痛感した。
『なぜこんな簡単なことに気付けないんだろう』と何度やきもきしたかわからない。
それでも医師とのやり取りを繰り返した結果、彼が伝染病の発生に気付くための情報や、薬を作るために必要な情報を、なんとか彼も発見してくれた。
後は、実際に伝染病が発生した時、なるべく初期の段階で気付いてもらえればいい。
いざ患者を目の前にすれば、多少症状に違いがあっても新種の伝染病だとわかるだろう。
私は新種の伝染病が発生するであろう地域に「たまたま」空き家を見つけ、父上に頼んで王立の診療所にしてもらった。もちろんそこで働くのは、私が招いた例の医師だ。
そして私は病が流行する時期までにすべての準備を整え、後は経過観察をするだけとなった。
ここまでやっておいてなんだけど、正直この時にはバーティア嬢の言う未来について、まだ二割程度しか信じていなかった。
ただ、恐ろしい伝染病が蔓延する可能性があるのなら、備えておいたほうがいい。別に邪魔になるものでもないしね。それに今回の件を通して私自身も学ぶことが多かったから、それだけで満足している。
だから、お忍びで診療所を訪ねた際、例の病の初期段階らしい患者を見つけた時には驚いたものだ。
本当にこんなことってあるんだなぁってね。
とはいえ、もうすべての準備が整っていたから、特に焦ることはない。
新種の伝染病に気付いた医師は、本当にいい働きをしてくれた。
もちろん、私も「たまたま」趣味で育てていた大量のルオナ草を提供させてもらった。
こうして、物事は私の書いた台本通りに進んだ。
それが今から二、三ヶ月くらい前のことである。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませ! 色々とおかしいですわ!!」
私が話し終えたところで、バーティア嬢が頭を抱えながら叫んだ。
「そう? どこがおかしいのかな?」
物事は私の思い描いた通りに進んだし、たいしておかしいことはないと思うんだけどな?
あ、ちなみに、実際に伝染病が発生するまでバーティア嬢の話をあまり信じてなかったことは、もちろん内緒だ。
わざわざ馬鹿正直に真実を話して、私の評価を下げる必要はないだろう。
「な、な、なんで、殿下がそのようなことを!?」
「私は、君に協力すると言わなかったかな?」
「言ってくださいましたわ。でも……」
彼女はこうなるとはまったく想定していなかったようだ。
「私は自分の婚約者が不安がっているのに、無視するつもりはないよ。それに、自分の義母になってくださる方が亡くなる可能性があるのに、見過ごすわけがない。……私が少し頑張るだけでなんとかできるなら、余計にね」
「……それ、絶対に『少し』ではありませんわ。普通の十一歳の子供には、決してできないことだと思いますの」
バーティア嬢が、素直に喜んでいいのかわからないというような、複雑そうな顔で私を見る。
「ん? 私はもうすぐ十二歳になるよ?」
「十二歳でもですわ!」
「まぁ、普通の十二歳には無理だろう。でも、ほら、私は王太子だからね。それなりの教養は身に付けているし、王宮の書庫をある程度自由に使用することもできる。あぁ、それに父上の許可さえ得れば、優秀な専門家の力を借りることも可能だしね」
今回の件では少々「たまたま」が続きすぎたから、父上にはちょっと怪しまれてしまった。けれど『偶然です』と笑顔で押し切ったら、少し疲れた顔をしつつも深く追及しないでくださったし、よしとしようと思う。
「そ、そうなんですの?」
バーティア嬢は半信半疑なようだ。私はとりあえずニッコリと笑顔を向けておく。
私のうしろでは、今日も元気にゼノが首を横に振って「普通の王太子にはとても無理です」と呟いているけど、気にしないことにしておこう。
バーティア嬢も顎に手を当てて、何かをブツブツ呟きながら悩み始めた。
「こんなご都合主義、ありなのかしら? なしでしょ!? なしじゃないの!? ……いや、でも天才と名高く、『アンドロイド王子』の異名を持つこの方にとってはありなのかしら? でもでも……」
……『アンドロイド』ってなんだろう?
今日もやっぱり、彼女の言うことは意味がわからない。
「まぁ、細かいことは気にしないで、ね? ノーチェス侯爵夫人もご無事なようだし、民の被害も最小限で収まったんだから、それでいいじゃない」
「……そ、そうですわね! お母様も王都の人たちも、伝染病の魔の手から逃れられたんですもの。よかったのですわよね」
色々な情報を一気に与えられすぎて許容量をオーバーしたのか、バーティア嬢が考えることを放棄した。
うん、私としてもそうしてもらったほうが助かる。
なぜそんなことができたのかと聞かれても、やってみたらできた――としか答えられないしね。
「そうだ、バーティア嬢。公的な誕生日プレゼントはパーティーで渡す予定なんだけど、それとは別にこれを……」
ベルベットが貼られた小さな箱を取り出し、まだちょっと引っかかりを感じている様子の彼女に差し出す。
「な、なんですの?」
奥歯に何かが挟まったような顔をしていたバーティア嬢は、私が差し出した箱を警戒するように見つめる。
まだ何かサプライズがあるの!? とでもいうような表情だ。
「私個人からの誕生日プレゼントだよ。私のお手製だから、たいした物ではないんだけどね」
そう言って箱を開け、中身を彼女に見せた。
「まぁ! す、素敵ですわ!!」
晴れた夜空のような深い群青色をしたハート形の石に、銀の蔦が絡まった繊細なデザインのネックレス。
実際は「石」ではなくて、蔦模様のカットを施したガラス瓶に、群青色の液体を満たした物なんだけどね。
「これは、今回の伝染病の治療薬を作った時の、副産物なんだ」
「え? 治療薬の……?」
意味が理解できないのか、コテンと首を傾げるバーティア嬢。
「そうだよ。実はこれ、万能毒消し薬なんだ。ルオナ草について色々調べている内に、他の薬の効能を高める効果があることがわかってね。伝染病の治療薬は、ある薬草の効能をルオナ草で極限まで高めることで完成したんだ」
私の説明に、彼女がうんうんとうなずいてくれる。
でも、ちゃんと理解しているのかは謎だ。
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