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1巻
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しおりを挟む1 バイト面接(強制)
ある日突然、応募もしてないのに、強制的にバイトの面接をさせられる事になりました。
短時間で高収入。
年齢、経歴不問。
地球人なら誰でもOK。
安全さは折り紙付き。
魔王様にお手紙を届けるだけの、簡単なお仕事です。
「……って、誰がやるか‼」
面接官(異世界の王様)に対して怒鳴ってしまった私は、悪くないと思う。
ちょっと変わった日々の始まりを思い出して、私はため息を吐いた。
***
あれは灰色の大学受験期を乗り越え、無事志望校への入学を果たし、念願だった一人暮らしを始めて、数ヶ月が経った頃。
オリエンテーションに新しい友達作り。
慣れない授業形態に、サークル見学。
日々はあっという間に過ぎていき、気付けば季節は夏になっていた。
テストの合間に、書き方がよくわからず頭を悩ませながらもなんとかレポートを提出し終えて、やっと迎えた夏休み。
そろそろ大学生活にも慣れてきたし、バイトでも始めようかなぁと思って、私は帰宅途中に駅前で求人誌をもらってきた。
それを片手に家に帰ってきて、お気に入りのフワフワクッションにポフンッと座ったら……
クッションごと穴に落ちた。
「って、なんで穴⁉ 床抜けた⁉」
目を見開き身を硬くした私の前には、数十人のファンタジー系のコスプレをしたイケメンなおじ様達が土下座していて……
「……え? 何これ? ドッキリ?」
思わず呟いてみたものの、どう考えてもドッキリという規模の状況ではない事は、すぐにわかった。
だって、私が今いるのは、私の住んでいるアパートが丸ごと一棟入りそうな程広い広間なのだ。
普通に考えて、私の部屋の下にこんな空間を用意出来るはずがない。
ましてや、私がそれに気付かないなんてあり得ない。
でも、じゃあ、これはどういう状況?
困惑しながら、土下座している人達の中で一番立派な服装のおじ様へと視線を向ける。
すると、その一番立派な服……まるでファンタジー映画の王様のような衣裳に身を包んだ人物は、私に対して頭を下げたまま、こう宣った。
「ようこそ、異世界の御仁。突然お呼び出しして申し訳ない。無理は承知でお願いしたい。どうか我々を助けてもらえないだろうか?」
「………………は?」
頭が一瞬フリーズした。
細かな設定はそれぞれ違うけれど、この展開、よくライトノベルとかであるやつだ。
――伊吹芽衣、十九歳。
なんの変哲もないただの大学生は、どうやら異世界転移したらしい。
「……って、おかしくない⁉ 何、ここ異世界なの? いやいやそれはないわぁ。あ、そうか。ここのところテストとレポートであんまり寝てなかったから、きっと座った途端、すぐに寝ちゃったんだ。うん、そうに違いない」
再起動した後に私が口にしたのは、そんな言葉だった。
自分でも、この言い訳はちょっと苦しいなぁとは思ってるけれど、異世界転移したという事実をそのまま受け入れるよりは現実的だと思う。
「それなら、もう一度寝直せばすぐに元に戻るよね? そうだよね? という事で……おやすみなさい」
私はひとまず、現実逃避する事にした。
私についてきてくれ、更に落ちた衝撃からお尻を守ってくれた大きめのフワフワクッションに抱きつき、目を瞑る。
……チラッ。
まだおじ様集団は消えてくれない。再び目を瞑る。
…………チラッ。
やっぱり、状況は変わっていない。仕方がないのでもう一度目を瞑る。
………………チラッ。
今度こそ自分の部屋にって思ったけれど、状況は変わらず。
むしろ、三度も同じ事を繰り返しても、おじ様集団は土下座の体勢のまま、真面目な表情で私を仰ぎ見続けている。その視線に、私が耐えられなくなった。
仕方なくムクリッと起き上がる。
うん、ここは異世界で、私は異世界転移をしたんだと認めよう。
凄く腑に落ちないけど、現実は変わってくれる気はないようだし、どうやら認めないと先には進めないらしい。
「異世界の御仁。突然お呼び出しして申し訳ない。無理は承知でお願いしたい。どうか我々を助けてもらえないだろうか?」
一番偉そうな人が、再び私に向かってさっきと同じ言葉を繰り返す。……まるで壊れたレコードのようだ。
それに続いて、彼の後ろにいるおじ様達の懇願するような視線が私を捉えた。
「……無理です! というか、どう考えても人選ミスです‼ 私はただの大学生なんで、魔王倒したり世界救うために戦ったりは無理ですから‼」
このままだと、異世界転移定番の『召喚されて、無理難題な旅に出される』を押し付けられそうだ。私は必死で首を横に振る。
「大丈夫だ! 異世界の方なら誰でも……ちょっと肝が据わっている方なら誰にでも出来る、危険度低めの安全で高収入なお仕事だからな‼」
やっと私が返事らしい返事をしたからか、一番偉そうなおじ様が、前のめりにアプローチしてくる。……壊れたレコードから押し売りセールスに進化したようだ。
「そんな美味しい話があるわけない‼ 家に帰してください」
押し切られてしまわないように、私は必死で抵抗する。
「ある! あるとも‼ もちろん、家への送り迎えもしっかりする‼ だから、どうかそう言わずにお話だけでも聞いてくれ‼」
向こうも必死で訴えてくる。
「嫌です!」
「お願いします」
「嫌です!」
「この通り!」
「嫌です」
「話を聞いてくれるまでは帰さん」
「酷い‼」
一番偉そうなおじ様は、遂に脅しを使ってきた。
「とりあえず、話を聞くだけでいいから‼」
……ただ、若干弱気な脅しだけど。
「い~や~‼」
私は抵抗したのだけれど……暫く押し問答が続いた後、結局折れた。
というか、呼び出した人の力を借りないと帰れないわけだから、始めから私に勝ち目はなかったとも言える。
理不尽だ。
あのまま、大勢のイケメンおじ様に土下座されているのは如何なものかという事で、私達は応接室に移動した。そしてお茶を出してもらい、テーブルを挟んで話を聞く。
「……とまぁ、こんなわけでしてな」
そう締め括ったのは、やはり一番偉そうなおじ様。……見た目通り一番偉い人、王様だった。
王様はノンターム・ジュマ・ディ・ヒューマと名乗り、私が召喚されたこの国――ヒューマ国の内情について切々と語った。
彼の後ろには、部下らしき人と魔術師っぽい出で立ちの人、護衛らしき人が数名控えており、皆俯いて沈痛な表情を浮かべている。
「……要するに、魔王を倒しに行くはずだった勇者が出発前の景気付けの宴でお酒を飲みすぎてぶっ倒れて、そのまま看病虚しく帰らぬ人になってしまった。だから、新しい魔王討伐隊を用意するために、もう少し時間が欲しいという旨の親書を届けてくれという事ですか?」
痛む頭を片手で押さえ、なんとか状況を理解しようとまとめてみたけれど……やっぱり意味はわからない。
いや、言葉の意味はわかってるよ?
召喚された時に全ての言語が理解出来る魔法を掛けてくれたって、さっき魔術師っぽい人が説明してくれたし。でも、どうも私の頭が理解する事を拒んでいるみたい。
……あんまりにも、内容にツッコミどころ満載すぎて。
「そういう事だ」
私の苦悩などお構いなしに、王様は真面目な顔で頷いた。
話を整理すると、まずこの世界には、地球と同じように様々な国があるらしい。
その中でも今話題に上がっているのは、人間の王が治める国――ここヒューマ国と、隣国の魔王が治める国――魔国だ。
ヒューマ国の人口の多くは人間が占めている。
一方の魔国には、様々な種族の人達が存在している。それらを全てまとめて魔族と呼ぶらしい。
ヒューマ国にも獣人やエルフなどの、比較的友好的な人間以外の種族も少数住んでいるのだけれど……魔族の見た目は様々で恐ろしい姿の者が多いため、ヒューマ国の人間は恐怖心を持っているのだという。
そして同様の理由により、魔国以外の国の人達は、魔族に多かれ少なかれ敵対心を持っている。
その中でも特に人間は魔国の王である魔王を、非常に敵視しているとの事。
というのも、王様の話によると、何百年も前の魔王に侵略大好きな魔王がいて、魔国の外の国を襲いまくっていたかららしい。
特に被害が大きかったのが、魔国に隣接しているヒューマ国。
当時は今以上に人間が多かったため、大勢の人間が犠牲になったのだそうだ。
当然侵略された側の人間の魔族に対する印象は悪く、敵意と恐怖心は何百年も経った今も根強く残っている。つまり、ヒューマ国の国民にとっては、『魔族=最悪の敵』なのだ。
そして、ヒューマ国と魔国の敵対の象徴となっているのが、『狭間の森』と呼ばれるヒューマ国と魔国の境にある大きな森だ。
その森は現在は魔国の領土だけれど、元々ヒューマ国の領地だった。
現在の魔王が王位に就いてから徐々に侵略され、遂に森全体が魔国の領土となってしまったのだそうだ。
……けれども、それは国民達に伝えられている表の話。
王様は、表情を曇らせながら再び口を開く。
「話した通り、国民達には隠しているが、実は我々人間と魔王は協定を結んでおり、共存関係にある」
かつてヒューマ国を侵略しまくった魔王がいた事は事実だけれど、その人は横暴さを他の魔族に問題視され、捕縛された後、魔王の座を降ろされ処刑されたらしい。
要するに、今生きている魔王や魔族はヒューマ国に何もしていないし、その最悪の魔王を倒してくれたのもその次の魔王なので、今は実害が全くないわけだ。
となると、国を担っていく者としては、隣国と上手くやっていきたいと思うのは必然。
まして明らかに自分達よりも強く、侵略されたら一溜まりもない相手となれば、敵対したくないと考える。
出来る事なら交易を行い、互いによい関係を築きたい。
そう悩んでいた王様達は、こう思いついたのだそうだ。
「魔国の領土は全て魔王とその側近の力で作られた結界により覆われている。その中は我々の住む世界とは全く異なり、ヒューマ国の植物はまともに育たず、変質してしまう。そこに我々に利害関係が生じた」
魔国の人達はヒューマ国の人々が食べている作物を嗜好品として求めているが、魔国では同じものが育たない。
ヒューマ国の人は魔国で採れる、魔石や魔木が欲しい。
魔石や魔木とは、石や草木が魔国の空気に触れて変質したもの。それがあれば、魔力がなかったり弱かったりする人間も、魔力を原動力にした魔道具という便利グッズを使用出来る。魔石や魔木自体に防御の魔法陣を刻み込めば、いざという時に結界のようなものを張る事も出来るので、人間達はそれらを非常に求めているのだ。
ちなみに、魔族は魔力が人間に比べて格段に強いため、そういった小道具がなくても自分の魔力である程度の事はなんとかなってしまう。だから、魔石や魔木はあまり魔国内では需要がないらしい。
そんなわけで、お互いに求めているものがお互いの領地でしか採れない状態なのである。
それならば、単純に交易を結べばいいだけの話なのだが……人間と魔族との確執は大きく、貿易を始めようとすれば、両国民の怒りを買いかねない。
特に人間は臆病だ。過去の歴史を考えれば、自国に異形の者が闊歩する事を恐れ、拒絶するのは目に見えていた。
そこで各国の上層部はお互いの国を不可侵とした上で、裏で取引をする事にした。その時に目を付けたのが、狭間の森だった。
ヒューマ国と魔国は公に貿易をするのではなく、長い年月をかけて狭間の森を少しずつ魔王に侵略させる事で、ヒューマ国の作物を定期的に渡す。
その代わりに一定期間が経ったところで、魔国に侵略されて魔石や魔木が育った狭間の森を、魔石や魔木ごと返してもらう。
そうすれば、魔国は定期的に作物を、ヒューマ国は一定期間ごとに大量の魔石と魔木を手にする事が出来るのだ。
けれど、国民に知られずに領地のやりとりなんて出来るはずがない。と、いうわけで……
「そのシステムを維持するのに必要なのが、勇者制度だ」
王様は得意げな顔をして続けた。
「魔王を含め魔族は長命なため、魔王自身の意思で大体百年から二百年前後で代替わりをする。そこで、魔王が引退を考え始めた時に連絡をもらい、ヒューマ国の優秀な魔術師に占わせて最も勇者と呼ばれる存在になるに相応しい赤子を選出し、勇者になるための教育を施す。そして、勇者のレベルが魔王討伐……魔王に一太刀与えられるくらいに到達したところで、魔国に行き魔王を討伐してもらう」
私の頭には疑問が浮かんで、首を傾げる。
「一太刀って、それで魔王を倒せるんですか?」
「魔王は人間ごときがそう簡単に倒せんし、倒してしまったら国家間の問題になってしまうだろ? 魔王には一太刀喰らったらやられたフリをし、一度姿を消してもらう手はずになっている」
「それってやらせって事じゃ……」
「大人の事情というやつだ。勇者が魔王を倒す。現魔王が倒れた後、まだ魔王としては若い新魔王が即位する事で魔王の力が弱まり、奪われていた土地が戻ってくる。そういった話を信じる事で人は安心するし、魔石や魔木を手に入れられる。魔国のほうは、また森が人の世界で新たな恵みを実らせ、それをゆっくりと奪っていく事で、食べ物を手にする楽しみが出来る。それに最近では、魔国では勇者と魔王の戦いをスポーツ観戦の一環として楽しんでいるようだ。皆が幸せになれるのだから、問題ないだろう?」
「……」
言われてみれば確かにそうだし、いい事のようにも思える。
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「……ひとまず、事情はわかりました。でも、それならわざわざ私が手紙を届けに行かなくても、この国の方に頼めばいいじゃないですか」
良好な関係を築いている他国の王にただ手紙を届けるだけなら、わざわざ私を異世界から呼び寄せる必要はない。しかし、王様は首を横に振った。
「いや、そういうわけにもいかんのだ。先程も言ったが、魔国は結界に覆われている。許可なく足を踏み入れれば、すぐに気付かれ、不法侵入者として殺されかねない」
「それ、私が行ったって危ないじゃないですか‼」
王様のとんでもない発言に驚いた私は、思わず立ち上がり、大声を出してしまった。
そんな私に、王様は「まぁまぁ落ち着け」と言って、座るよう促す。
「いや、君なら大丈夫なのだよ。異世界人の君ならね」
ニッコリ微笑んだ王様は、お茶を一口飲んで、今度はこの世界の理のようなものを説明し始めた。
「異世界人はな、同じ人間であっても我々とは身に秘める力の種類が違うのだよ。だから、君が異世界人である事は、この世界の誰もが一目でわかる。そして、この世界のどの国においても……そう、魔国においても、異世界人は守られるべき特別な存在と位置づけられている。これはこの世界自体の理だから誰にも覆せない。君に攻撃する事は、この世界の誰にも出来ないんだよ」
「つまり、異世界人である私なら、この世界の何処に行っても安全という事ですか?」
「まぁ、そういう事だな」
なにその超優遇措置。ここは異世界人のパラダイスか何かですか?
でもそうしたら、この世界に来た異世界人の中には、やりたい放題しようとする人が出てくるんじゃない?
そんな私の疑問に王様はすぐに気付いたのか、綺麗な笑みを浮かべながら口を開いた。
「もちろん、我々も危害を加えられたら対抗しないわけにはいかないから、その場合は……」
「……その場合は?」
ゴクリッと唾を呑み、先を促す。
心の中では、「やっぱり裏があったか」と呟いた。
「問題が悪化する前に、有無を言わせずご自分の世界に強制送還させてもらう。そして、誰が呼び出そうとも二度とこちらの世界に来られないように、個体識別機能付きの入世界拒否の魔法を掛けさせてもらう」
「……え? それだけ?」
「ああ、それだけだ」
王様の意味深な間に思わず身構えていただけに、唖然としてしまう。
まぁ、問題を起こしそうだったら元の世界に帰しちゃえって事なら、大きなトラブルにはならないだろうけど。
「ちなみに、君を呼ぶ前に五人程、他の異世界人を呼んでみたんだけど……皆強制送還させてもらったよ」
「は? 何故?」
私はむしろ帰らせてくれって頼んでも、帰してもらえないのに。
私がそう考えていると、王様はため息を吐きつつ言う。
「一人目には、来た次の瞬間から大泣きされてしまってね、話もろくに出来そうになかったから、すぐにお帰りいただいた」
ある意味、まともな反応ですね。そっか。私も大泣きすればよかったのか。無駄に強すぎた自分の精神が恨めしい。
「二人目は、来た瞬間『やっふー! 異世界転移きたぁぁぁ‼ 俺無双しちゃうぜぇ。魔王倒しちゃうぜぇぇ』と叫ばれたので、早々にお帰りいただいた。魔王を倒されたら困るからな」
……あぁ、それはごもっともですね。目的が違うのに、そのちょっと痛いハイテンションは怖いですよね。
「三人目は……『異世界転移万歳! 逆ハーレムエンドWELCOME‼』と言って、召喚時に同席させていた王子達に色目を使ったから、丁重にお帰りいただいた。最後に『一人くらいイケメン王子寄越しなさいよ‼』と叫んでいたが、もちろん無視させてもらった。四人目も似たような感じだったが男だったため、今度は同席させていた王女達が狙われた。第一王女の尻を触ろうとした時点で即お帰りいただいた」
あぁ、なるほど。だから、私が呼ばれた時には若い女性(王女様含む)も、若い男性(王子様含む)もいなかったってわけか。
でも、その次に呼ばれたのが美中年好きだったら、どうするつもりだったんだろう?
今度は容姿が一般受けしないタイプの人を集めるのかな?
そうなると、王様も……召喚を行う魔術師さんも、外れる事になりそうだけど……
「五人目は……ご老体でな。頼み事をするなら若返りの薬を寄越せと言われたから、そんなものないと答えたら『嘘を吐くな! 魔法があるんだったらあるはずだ‼』と殴りかかってきたので、有無を言わせず送り返した」
おおっと、最後の最後でクレーマーお爺ちゃん登場ですか⁉
ってか、何故呼ばれたメンバー全員濃い人ばっか⁉
「……もうちょっと、ましな人を呼べなかったんですか?」
当然のように浮かんだ疑問を投げかけると、王様は渋い顔をした。
「異世界に呼んでもスムーズに馴染む事が出来る人物という条件をつけたら、こうなった」
王様の返答はなんとなくわかるけれど、一部納得が出来ない事がある。
「初めの人、馴染めてないですよね⁉」
「泣いていた理由が『私は中華風ファンタジーの世界がよかったのにぃぃ‼ 西洋風ファンタジーは嫌いなのにぃぃ』というものだったが?」
「呼ばれた世界のジャンルの問題で泣いてたんかい‼」
……ひとまず、初めの人がまともだったという発言は撤回しようと思う。
「まぁ、とにかくそういうわけで、やっと現れたまともな異世界人である君を逃すわけにはいかないのだよ。このまま魔王に連絡も詫びもせずに待たせ続けたら……魔王の怒りを買いかねないからね。謝罪は迅速且つ誠実に。社会人の常識だな」
真面目な顔をして頷く王様。
後半の主張はまさにその通りだと思うけれど、前半部分が問題だ。
要するに私は『やっと現れたまともそうな異世界人』であるが故に『逃して』もらえないらしい。
……それって、初めから話を聞くだけで終わらせる気は全くなかったって事ですよね⁉
ヤバそうな異世界人認定されなかった事は有難いけれど、そのせいで異世界の郵便配達員をしないといけなくなるのは全然嬉しくない。
安全が保証されているとか言われても、それがどれくらい信じられるかわからない上に、お届け先が魔王とか、初仕事からハードすぎると思う。
「ちなみにこれが君の仕事着だ。この格好をする事で、手紙を渡しに来たのだと一目で相手に伝わり、仕事もしやすくなるはずだ」
そう言って王様が侍従に持ってこさせた箱から取り出したのは……
「なんですか、この羊のような角付き帽子は。この鞄は……いかにも郵便配達員って感じですね」
差し出されたのは、キャスケットに羊の角のようなものが付いている帽子。その中央には、手紙を咥えた羊さんらしきロゴが鎮座している。
鞄は黒の革製斜め掛け鞄。そこにもダメ押しのように同じロゴがでかでかと描かれていた。
服自体は私服でいいのか、何処にも見当たらない。正確に言えば仕事着ではなく、仕事用の道具という事なのだろう。
……百歩譲って、鞄は使ってもいい。
でも、この角付き帽子はなんとかならないものだろうか?
どう考えても、私にはコスプレの小道具にしか見えない。
こういうのは、ふんわりとした雰囲気の可愛い子が使うからいいのであって、私が使っても萌え要素は一切ないと思う。
私の髪は色が薄めの猫っ毛だ。だから触り心地だけは羊寄りかもしれないけど、顔は決して可愛い系じゃない。こういう可愛い要素てんこもりのアイテムは似合わないんだって。
「……その羊の角は必要ですか?」
「手紙の配達員は、羊族の娘が人気なのだよ」
羊族って要するに、ファンタジーで定番の獣人さんってやつですよね?
ってか、羊族の娘『に』ではなくて、『が』なんですね?
働く側の人に人気なのではなくて、届けてもらう側の人に人気なんですよね⁉
郵便配達員は、いつからそういった要望に応える職業に変わったのでしょう?
あ、日本では今もそんな職業じゃないですね。あくまで、異世界基準ですね。『変わった』のではなく『元々』の可能性すらあるんですね。
……恐ろしい。セクハラという言葉をこの世界に是非とも定着させたいものだ。
それにしても……
「……そこは山羊ではなく羊なんですね」
郵便配達員+動物=山羊のイメージは共通ではないんですね。
「いや、昔は山羊族の娘も人気だったんだが……食欲に負けて手紙を食べてしまう娘が続出してなぁ。仕事にならないものだから、今はあまり雇われないんだよ。その点、羊族の娘はたまにしか食べないし、ふんわりとした雰囲気の女の子にニッコリと手紙を差し出されると、癒されるという意見が多くてな。今は断トツ一番人気なんだ」
ちょっ! いくらたまにとはいえ、食べられてるから‼
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