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駿と光一の高校生時代その2
花火大会に行こう【後編】
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光一が指差すのは景品台の頂点に置かれた巨大なクマのぬいぐるみだ。どっしりと構えるそれはどう考えてもコルク銃の威力で倒れるとは思えず、元を取るなら下段のお菓子類を狙う方が確実だろう。
「はっはっはっ、相変わらず大物狙いだな光一は」
「当たり前ッスよ!」
そんな策略などお構いなしな、ワクワクした様子でコルクを銃口に詰める光一を横目に見ながら俺も銃を手に取る。まあ、こういうのは楽しんだもん勝ちか。準備を整えた俺は3人に提案する。
「……4人全員で一斉に狙えば落とせるかも」
「え?」
みんなの目が一斉に俺に向く。一瞬目を逸らしたくなったがそこをぐっと堪えて続ける。
「一人じゃ絶対落とせないけど、4人ならいけるかもしれない」
「おお! 確かに!」
「ほんとか~?」
「試しに一回やってみようぜ!」
俺の案が採用されたことに内心ホッとしながら銃を構える。傍から見れば4人の男子高校生が真剣な表情でクマのぬいぐるみに銃口を向けるというなんともシュールな絵面になっているのだろう。
「せーので行くぞ」
「それって「せーの」の「の」で行くのか「の」の後に行くのかどっち?」
「こまけぇな!」
「どっちでもいいわ!」
「ほれ、後がつっかえてんだからさっさと撃て」
中山父に急かされた俺らは光一の掛け声と共に一斉に発射した。クマの頭部に4連弾がぶち込まれるのは中々センシティブな光景ではあったが、その甲斐あってクマは倒れはしないもののぐらっと揺れ後方に下がった。
「おいこれいけんじゃね!?」
「あと2回行くぞ!」
「おいおい、まじか」
まさかクマが落とされるとは想像もしてなかったのだろう。中山父がわずかに動揺しているのが面白い。
「いくぞー! ファイヤー!」
「せーのじゃねぇのかよ!」
「めちゃくちゃだな」
立て続けに2発3発と集中砲火を喰らわせると遂にクマは棚の後方へと追い込まれバランスを崩して落下した。
「うおおおおおお!!!」
「キターーー!!」
隣の3バカはまるでサッカーの試合で勝ったかのような雄叫びをあげ喜びを爆発させる。そのテンションには流石に混ざれず遠巻きに傍観していると光一に肩を組まれ無理矢理円陣に巻き込まれる。あまりの小っ恥ずかしさに周りの客に見られないよう顔を伏せる。
「まさか本当に取るとはな……大赤字だぜ」
「もっと強度あげといた方がいいぜ親父」
「生意気言いやがって。それで、誰が貰うんだ」
「え?」
全員で落としてもクマは一体だけ。女兄弟がいるわけでもなくファンシー好きもおらず、顔を見合わせるといや俺は別に……と全員首を振る。
「光一が欲しいって言ったんだからそこはお前だろ」
「いやーぶっちゃけ欲しいかって言われると別に……」
「なんでやねん!」
「何で関西弁?」
「駿は? ほら、あのー、デカいし……顔もなんか似てね?」
「適当言ってんじゃねーよ」
「いや確かにちょっと似てるかも」
「誰でもいいからさっさとしろや!!!」
ぐだぐだ押し付け合っていると中山父に怒鳴られ結局ジャンケンで負けた俺が不本意ながらクマを受け取る羽目になった。
***
「うわー、場所ほとんどねーな」
「あっちの階段のとこ行けそうじゃね?」
「お、いいね」
あれから屋台を一巡し堪能した一行は花火を見るスペースを確保して腰掛ける。立ちっぱなしで疲れていたこともありぐっと身体を伸ばしてストレッチをする。隣に座る光一はノリで買ったお面をうちわ代わりに扇いで気持ちよさそうに涼んでいる。
「はー涼しー」
「うわ、ずる」
「だから皆もお面買えばよかったのに」
「そういう用途では買わねぇのよ普通」
「しゃーねーなぁ、ほら」
光一はぶんぶんと大きくお面を仰ぐと周囲に風が巻き起こる。それをまるで神の恵みかのようにありがたく高橋と中山は顔で受ける。
「ほれ、駿も」
「さんきゅー」
反対に振り返って俺の方にも風を送る。無駄にデカいぬいぐるみの袋を抱えているせいで実は誰よりも汗をかいていた。
「近くにかき氷の店あったから買おうぜ」
「場所取られるから2人で行くか」
「なら俺行くわ」
「お、佐々島先生イケメンー」
「だから先生って何なんだ……」
財布だけ持って立ち上がるとおれも行くと光一も付いてくる。
「俺ブルーハワイ」
「レモンで」
「りょー」
留守番二人の注文を聞いて屋台へと戻る。そろそろ花火が上がる時間のためか屋台の人混みはまばらになりのんびりと歩けるようになった。「お祭りたのしーなー」とニコニコと横で笑う光一につられて口元が綻ぶ。
「なー、静岡の祭りってどんなの?」
「ん? いや俺はそういうのあんまり行ったことないから……」
「そうなん?」
「昔家族で行った地元の小さい縁日くらいで……大きいところはここぐらい賑わってたのかな」
ふと金魚すくいをする親子連れが目に映る。ポイが破れてしまった小さな男の子が涙目になっているようだ。お母さんが優しく慰めていると店主のおじさんがサービスだよと新しいポイを渡し、男の子はぱあっと笑顔になる。
「そっかー、じゃあ誘ってよかった!」
「……そうだな、来てよかった」
「来年も行こうな!」
「ああ」
かき氷の店に着くと俺はブルーハワイを、光一はイチゴ味をそれぞれ頼んだ。早く戻らないと溶けてしまうと早足で来た道を引き返す。
「あれ? 光一くんだ」
「?」
「え、おお! 坂井さん!」
すれ違った浴衣姿の女子3人組の内の一人が光一を呼び止める。同じクラスの人ではないが親しげな様子を見ると中学の同級生だろうか。
「来てたんだ、偶然だね」
「う、うん。なんか、雰囲気違うね」
「え、そう? どうかな……」
「え!? あー、似合ってるよ!」
「本当? ありがとう!」
明らかに動揺している光一を見てなるほどと心の中で頷く。客観的に見て容姿の整った清楚系な女子、いかにもこいつが好きそうなタイプだ。それに向こうもあの態度はあながち脈ナシというわけでも無さそうだ。
「友達? せっかくだし二人で話したら」
「ちょ、ちょっとあかり……」
友人たちも察したのか早くも二人を引き離そうと画策する。しょうがないと俺も乗ってやる。
「あー、でもおれ友達待たせてるし……」
「……中山のかき氷こっちに寄越せよ。先戻ってるから」
「え、駿?」
「安心しろ、迷子になったら放送で呼び出してやるから」
「そ、そんな心配してねーわ!」
光一からかき氷を受け取ると邪魔者即退散すべしと駆け足で立ち去る。恋愛漫画にありがちな主人公に理解のある友人ポジションを演じてやろうではないか。
「これが青春か……」
群青色のブルーハワイのシロップがじんわりと垂れて白い氷のキャンパスを染めている。器用に3つのかき氷を支える手のひらの温度がみるみる下がって痛む。
ささっと留守番組の二人の元に戻り事情を説明すると、「あの裏切り者めー!」と嫉妬の炎を燃やし危うくかき氷が溶けるところだった。
「かき氷代はあいつの奢りにしてやる」
「俺も払わねー」
「いや高橋の分は俺が払ってるから返せ」
そんなやり取りをしている内に周囲の灯りがふっと消え、やがて巨大な花火が打ち上がった。世界を割るかのような炸裂音が響き渡ると、周囲の喧騒が嘘のように途絶える。静寂とは違う、ぱらぱらと夜空に弾ける花の音以外何も耳に入らないのだ。
「すげー……」
真っ暗な晴天に赤や、緑、青とパレードのように次々と光を咲かせ、煌々と夏を照らす。美しいだとか、綺麗だとか、そういう言葉では表せない。ビデオや写真でも、この目に映る刹那の輝きを保存することはできないだろう。なんて荘厳ではかなく、あっけない。
視線を降ろし隣を見ると、二人は頭上の牡丹に釘付けとなり大声で何かを叫んでいた。その表情は鮮やかに、色とりどりに照らされている。
それを見て、俺の表情だけがくすんだ茜色になっているような錯覚を覚える。心が全く踊らないのだ。生の花火も所詮はこんなものかと、斜に構えたつまらない人間にはまだなりたくないと思っている。それなのに、確に圧巻な光景を目にしてそれでも正体不明の心の濁りが膜を張る。
ひときわ大きな炸裂音が鳴り、顔を上げるとどうやらそれが最後の一発のようで、俺はまだ消えないでと願う。あの快晴みたいに、雲ひとつ残さず俺の心を晴らしてくれよ。
最後の光が散るまで、光一は戻ってこなかった。
「はっはっはっ、相変わらず大物狙いだな光一は」
「当たり前ッスよ!」
そんな策略などお構いなしな、ワクワクした様子でコルクを銃口に詰める光一を横目に見ながら俺も銃を手に取る。まあ、こういうのは楽しんだもん勝ちか。準備を整えた俺は3人に提案する。
「……4人全員で一斉に狙えば落とせるかも」
「え?」
みんなの目が一斉に俺に向く。一瞬目を逸らしたくなったがそこをぐっと堪えて続ける。
「一人じゃ絶対落とせないけど、4人ならいけるかもしれない」
「おお! 確かに!」
「ほんとか~?」
「試しに一回やってみようぜ!」
俺の案が採用されたことに内心ホッとしながら銃を構える。傍から見れば4人の男子高校生が真剣な表情でクマのぬいぐるみに銃口を向けるというなんともシュールな絵面になっているのだろう。
「せーので行くぞ」
「それって「せーの」の「の」で行くのか「の」の後に行くのかどっち?」
「こまけぇな!」
「どっちでもいいわ!」
「ほれ、後がつっかえてんだからさっさと撃て」
中山父に急かされた俺らは光一の掛け声と共に一斉に発射した。クマの頭部に4連弾がぶち込まれるのは中々センシティブな光景ではあったが、その甲斐あってクマは倒れはしないもののぐらっと揺れ後方に下がった。
「おいこれいけんじゃね!?」
「あと2回行くぞ!」
「おいおい、まじか」
まさかクマが落とされるとは想像もしてなかったのだろう。中山父がわずかに動揺しているのが面白い。
「いくぞー! ファイヤー!」
「せーのじゃねぇのかよ!」
「めちゃくちゃだな」
立て続けに2発3発と集中砲火を喰らわせると遂にクマは棚の後方へと追い込まれバランスを崩して落下した。
「うおおおおおお!!!」
「キターーー!!」
隣の3バカはまるでサッカーの試合で勝ったかのような雄叫びをあげ喜びを爆発させる。そのテンションには流石に混ざれず遠巻きに傍観していると光一に肩を組まれ無理矢理円陣に巻き込まれる。あまりの小っ恥ずかしさに周りの客に見られないよう顔を伏せる。
「まさか本当に取るとはな……大赤字だぜ」
「もっと強度あげといた方がいいぜ親父」
「生意気言いやがって。それで、誰が貰うんだ」
「え?」
全員で落としてもクマは一体だけ。女兄弟がいるわけでもなくファンシー好きもおらず、顔を見合わせるといや俺は別に……と全員首を振る。
「光一が欲しいって言ったんだからそこはお前だろ」
「いやーぶっちゃけ欲しいかって言われると別に……」
「なんでやねん!」
「何で関西弁?」
「駿は? ほら、あのー、デカいし……顔もなんか似てね?」
「適当言ってんじゃねーよ」
「いや確かにちょっと似てるかも」
「誰でもいいからさっさとしろや!!!」
ぐだぐだ押し付け合っていると中山父に怒鳴られ結局ジャンケンで負けた俺が不本意ながらクマを受け取る羽目になった。
***
「うわー、場所ほとんどねーな」
「あっちの階段のとこ行けそうじゃね?」
「お、いいね」
あれから屋台を一巡し堪能した一行は花火を見るスペースを確保して腰掛ける。立ちっぱなしで疲れていたこともありぐっと身体を伸ばしてストレッチをする。隣に座る光一はノリで買ったお面をうちわ代わりに扇いで気持ちよさそうに涼んでいる。
「はー涼しー」
「うわ、ずる」
「だから皆もお面買えばよかったのに」
「そういう用途では買わねぇのよ普通」
「しゃーねーなぁ、ほら」
光一はぶんぶんと大きくお面を仰ぐと周囲に風が巻き起こる。それをまるで神の恵みかのようにありがたく高橋と中山は顔で受ける。
「ほれ、駿も」
「さんきゅー」
反対に振り返って俺の方にも風を送る。無駄にデカいぬいぐるみの袋を抱えているせいで実は誰よりも汗をかいていた。
「近くにかき氷の店あったから買おうぜ」
「場所取られるから2人で行くか」
「なら俺行くわ」
「お、佐々島先生イケメンー」
「だから先生って何なんだ……」
財布だけ持って立ち上がるとおれも行くと光一も付いてくる。
「俺ブルーハワイ」
「レモンで」
「りょー」
留守番二人の注文を聞いて屋台へと戻る。そろそろ花火が上がる時間のためか屋台の人混みはまばらになりのんびりと歩けるようになった。「お祭りたのしーなー」とニコニコと横で笑う光一につられて口元が綻ぶ。
「なー、静岡の祭りってどんなの?」
「ん? いや俺はそういうのあんまり行ったことないから……」
「そうなん?」
「昔家族で行った地元の小さい縁日くらいで……大きいところはここぐらい賑わってたのかな」
ふと金魚すくいをする親子連れが目に映る。ポイが破れてしまった小さな男の子が涙目になっているようだ。お母さんが優しく慰めていると店主のおじさんがサービスだよと新しいポイを渡し、男の子はぱあっと笑顔になる。
「そっかー、じゃあ誘ってよかった!」
「……そうだな、来てよかった」
「来年も行こうな!」
「ああ」
かき氷の店に着くと俺はブルーハワイを、光一はイチゴ味をそれぞれ頼んだ。早く戻らないと溶けてしまうと早足で来た道を引き返す。
「あれ? 光一くんだ」
「?」
「え、おお! 坂井さん!」
すれ違った浴衣姿の女子3人組の内の一人が光一を呼び止める。同じクラスの人ではないが親しげな様子を見ると中学の同級生だろうか。
「来てたんだ、偶然だね」
「う、うん。なんか、雰囲気違うね」
「え、そう? どうかな……」
「え!? あー、似合ってるよ!」
「本当? ありがとう!」
明らかに動揺している光一を見てなるほどと心の中で頷く。客観的に見て容姿の整った清楚系な女子、いかにもこいつが好きそうなタイプだ。それに向こうもあの態度はあながち脈ナシというわけでも無さそうだ。
「友達? せっかくだし二人で話したら」
「ちょ、ちょっとあかり……」
友人たちも察したのか早くも二人を引き離そうと画策する。しょうがないと俺も乗ってやる。
「あー、でもおれ友達待たせてるし……」
「……中山のかき氷こっちに寄越せよ。先戻ってるから」
「え、駿?」
「安心しろ、迷子になったら放送で呼び出してやるから」
「そ、そんな心配してねーわ!」
光一からかき氷を受け取ると邪魔者即退散すべしと駆け足で立ち去る。恋愛漫画にありがちな主人公に理解のある友人ポジションを演じてやろうではないか。
「これが青春か……」
群青色のブルーハワイのシロップがじんわりと垂れて白い氷のキャンパスを染めている。器用に3つのかき氷を支える手のひらの温度がみるみる下がって痛む。
ささっと留守番組の二人の元に戻り事情を説明すると、「あの裏切り者めー!」と嫉妬の炎を燃やし危うくかき氷が溶けるところだった。
「かき氷代はあいつの奢りにしてやる」
「俺も払わねー」
「いや高橋の分は俺が払ってるから返せ」
そんなやり取りをしている内に周囲の灯りがふっと消え、やがて巨大な花火が打ち上がった。世界を割るかのような炸裂音が響き渡ると、周囲の喧騒が嘘のように途絶える。静寂とは違う、ぱらぱらと夜空に弾ける花の音以外何も耳に入らないのだ。
「すげー……」
真っ暗な晴天に赤や、緑、青とパレードのように次々と光を咲かせ、煌々と夏を照らす。美しいだとか、綺麗だとか、そういう言葉では表せない。ビデオや写真でも、この目に映る刹那の輝きを保存することはできないだろう。なんて荘厳ではかなく、あっけない。
視線を降ろし隣を見ると、二人は頭上の牡丹に釘付けとなり大声で何かを叫んでいた。その表情は鮮やかに、色とりどりに照らされている。
それを見て、俺の表情だけがくすんだ茜色になっているような錯覚を覚える。心が全く踊らないのだ。生の花火も所詮はこんなものかと、斜に構えたつまらない人間にはまだなりたくないと思っている。それなのに、確に圧巻な光景を目にしてそれでも正体不明の心の濁りが膜を張る。
ひときわ大きな炸裂音が鳴り、顔を上げるとどうやらそれが最後の一発のようで、俺はまだ消えないでと願う。あの快晴みたいに、雲ひとつ残さず俺の心を晴らしてくれよ。
最後の光が散るまで、光一は戻ってこなかった。
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