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駿と光一の高校生時代その2
誕生日プレゼント
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残り3分。べンチから誰かが大声で叫ぶ。額から滴る汗をユニフォームの裾で拭い敵陣のゴール前で一人佇む。攻め込まれる自陣を遠くで見守りながらただその時を待つ。センターFWとはそういうポジションだ。
スコアは同点。最も苦しく辛い時間で、それ故に安易な行動によってミスが生まれやすい。勝負を急いだ敵チームは前線へ精度の低いパスを送ると味方のDFが危なげなくカットする。
「カウンター!」
「戻れー!」
ボールを奪った味方はそのままサイドに運び速攻を仕掛ける。攻め込んだことで敵陣の守備には穴が空いている。そのフリーの空間に飛び込んだ光一にボールが渡ると全速力で駆け上がる。開幕からフル出場しているにも関わらず衰えないスピードで守備に戻る相手陣営を置き去りにする。
ゴール前に待機していた相手DFが飛び出し、少しでも時間を稼いで守備を固めようと狙う。でも残念だが、1on1じゃそいつは止められない。
内側に切り込む素振りを見せて体重移動をすると相手も釣られて重心を寄せる。その瞬間にDFの股の間にすっとボールを押し出し逆方向から抜き去る。一瞬のことで何が起きたか理解できないDFは反応できずその場に固まってしまう。慌ててもう一人のDFも駆け出すが、それはつまり俺のマークが完全に外れるということだ。
「駿!」
その様子を見た光一はすかさずゴール前の俺にクロスボールを上げる。邪魔するDFはおらずどこでも狙い放題のどフリー状態。これを外したらかっこ悪すぎるぜ。落下点に合わせて走り出しヘディングシュートを放つとゴールキーパーの手の上を抜けてネットを揺らした。
***
「いやー昨日の試合最高だったな!」
「おう! やっぱ試合が一番楽しいな~!」
月曜日の朝からクラスのサッカー部が元気にはしゃいでいる。ただの練習試合だってのに……まあ、楽しかったけど。
「やっぱ佐々島が入部してからめちゃくちゃ強くなったよな!」
「え? そ、そうか」
どうして運動部の連中はこうどいつも声がでかいんだ。クラス中に響き渡る声に反応してちらちらと視線を向けられる。
「最初から入部してくれりゃ良かったのにな」
「なになに~佐々島くんサッカー部入ったの~?」
「おう、期待のエース様だぜ」
「昨日の試合ハットトリック決めたからな」
「すごーい!」
「ぐ……っ」
トラウマが蘇る。中学でよく見た光景だ。最初はみんな褒めてくれるのが段々と妬みやそねみに変わっていく。嫌な汗が背中に滲むがまだそうなると決まったわけではない。少なくとも彼らは今純粋に俺を認めてくれているのだから邪険に扱うのはよくない。そういうのはもう辞めると決めたはずだ。
「おはよー!!」
もやもやを吹き飛ばすように教室の扉をガラガラと開けて元気に挨拶しながら男が入ってくる。
「おう光一、朝からうっせーな」
「いつものことだろ」
「いやー今日めっちゃ快便だったから気分良いんだよね」
「しらねーよ!」
あっという間に光一の周りに人が集まり笑顔になる。これが陽キャってやつか。あういう風に生きられたら俺も楽なんだろうなと羨望の視線を送るとばっちりと目が合ってしまった。
「駿! おはよう!」
「お、はよ」
笑顔で手を振ってこちらにやってくる。お前がやってくるとみんなも寄ってくるから困るんだよなと思いつつも内心は声をかけてくれて嬉しい気持ちがある。
「昨日の駿凄かったな~!」
「その話もう終わったから」
「えっ!?」
再び蒸し返される前にスパッと会話を切る。驚く光一にサッカー部仲間が笑って集う。
「お前が来る前その話で持ち切りだったからな」
「えーおれも混ぜてよ~」
「うんこしてっから遅れんだよ」
「うんこは誰でもするだろ!」
俺の席の前で汚い話をするな。
「つか二人っていつの間に仲良くなったの?」
「それな。急に佐々島連れてきて入部しますとか言ってな」
「なんか光一にだけ心開いてる感あるよな」
「いや……まあたまたま」
「何なに? やましいことでもあるんですか~?」
それを説明するには10000文字くらいかかるから適当に濁すもぐいぐいと詰め寄られる。助けを求めるように光一をちらりと見る。
「こらこら、駿はあんまり話すの得意じゃないんだからやめなさい」
「なんだお前」
「保護者かっ」
どっと笑いが起きる。一安心したものの保護者という言葉は正にその通りだと思った。あまり光一に迷惑はかけたくない。せめて部活仲間くらいは自分からコミュニケーションを取れるようにならないとと反省する。
そうしていると始業のチャイムが鳴りぞろぞろと皆席に戻っていく。朝から疲れた。ふう、と息をついて窓の外を眺める。かつて桜が残っていた木は今や新緑に包まれてセミの喧騒が夏の訪れを告げる。
もう少しで誕生日か、と思うとそういえばこの高校では誰も俺の誕生日を知らないのだと気付く。無論俺も誰の誕生日も知らない。いや、そういえば確か光一は入学してすぐ祝われていたような気がする。じゃあ今だけあいつの方が年上なのか、と思うと全くイメージできずにくすっと笑みが浮かんだ。
***
「えっ誕生日?」
部活終わりの帰り道、いつもは部活連中と並んで帰るのだが後片付けで居残った俺と光一は珍しく二人だけで夕暮れの中歩いている。
「4月29日だけど、どうした?」
「いや別に……そういえばいつだかクラスで騒いでたようなって思って」
「あー! なんか雄馬と聡志がうまい棒50種類ぐらい集めてピラミッド作ってたわ! あったな~そんなこと」
「お前らいつも小学生みたいなことやってんな」
「はははっ」
学校だと光一は常に誰かと一緒にいるからこうして二人でゆっくり話せるのはあの日以来だ。心なしか歩くスピードがいつもより遅くなっているような気がする。角を曲がると高校生御用達のコンビニエンスストアが目に入る。部活終わりに唐揚げやコロッケなどで小腹を満たすのによく使う。
「コンビニ寄っていいか?」
「ん? おお、いいよ」
特に用は無いがなんとなく入店する。せっかくだし夕飯でも買うかと弁当コーナーに向かう。
「やべー腹減ってきた~」
横から大きな腹の虫が鳴る音が聞こえる。ちらっと眺めるとお腹を押さえながら弁当コーナーをよだれが出る勢いで見つめている。こうしてみると本当に年上とは思えない子供っぽさについにやけてしまう。
ふと後ろのデザートコーナーの商品棚に目をやると、良いことが思い浮かび光一の肩を叩く。
「せっかくだしなんか奢ってやるよ」
「え? なんで?」
「遅めの誕プレってことで」
「おー! 駿イイ奴だな~!」
光一は目を輝かせて喜ぶ。この眩しさにはまだ慣れそうにない。すっと顔を棚の方に戻して商品を眺める。団子や饅頭などの駄菓子系からプリン、ティラミス、ショートケーキなど様々な種類のデザートが陳列されている。
「好きなやつなに?」
「んー、ケーキもいいけどご飯前だしプリンだな」
「別に後で食えばいいだろ」
「我慢できないね! 今食いたい!」
「そんな自信満々に言われても……じゃあプリンな」
プリンを一つ手に取ると光一が「そういえば」と何か思い出したように言う。
「駿の誕生日はいつなの?」
「あー、 7月2日」
「えっ、もうすぐじゃん! じゃあおれもなんか買うよ」
「いや俺はいいよ」
「いやいや、お返ししなきゃ」
そういって何故かプリンをもう一つ手に取る。
「なんでお前もプリンなんだよ!」
「いいじゃんお揃いで」
「これじゃただお互いの金でプリン買っただけじゃねーか!」
「あはは、おもしれ~」
光一は笑いながらほらほらとレジに向かうよう促す。不服ながらもプリンと弁当を買ってコンビニを後にする。レジで俺たちの会話を聞いていた店員が微笑ましそうに見つめてきてなんだか恥ずかしくなった。
「そこで食べようぜ」
コンビニ前のベンチに光一が座り、その横に俺も腰掛ける。袋の中からプリンを取り出すと隣から全く同じ物が差し出される。
「はい、誕生日おめでとー!」
にこにこと楽しそうに渡される。何の茶番だこれは。呆れながらもおめでとうと返し自分の持つプリンと交換する。
「そっちのプリンうまそー、一口交換しない?」
「中身変わんねーよ! 一緒だから!」
「あっはっは!」
どうやら俺のツッコミがツボに入ったらしく大爆笑している。その笑い声につられて俺も笑ってしまう。馬鹿げたやり取りを繰り返しながら二人仲良く同じプリンを平らげた。
何気ない平凡な日常に見えてきっと特別な時間。プリンを交換し合うだけで笑える友達がずっと隣りにいてくれたらいいなと思った。
スコアは同点。最も苦しく辛い時間で、それ故に安易な行動によってミスが生まれやすい。勝負を急いだ敵チームは前線へ精度の低いパスを送ると味方のDFが危なげなくカットする。
「カウンター!」
「戻れー!」
ボールを奪った味方はそのままサイドに運び速攻を仕掛ける。攻め込んだことで敵陣の守備には穴が空いている。そのフリーの空間に飛び込んだ光一にボールが渡ると全速力で駆け上がる。開幕からフル出場しているにも関わらず衰えないスピードで守備に戻る相手陣営を置き去りにする。
ゴール前に待機していた相手DFが飛び出し、少しでも時間を稼いで守備を固めようと狙う。でも残念だが、1on1じゃそいつは止められない。
内側に切り込む素振りを見せて体重移動をすると相手も釣られて重心を寄せる。その瞬間にDFの股の間にすっとボールを押し出し逆方向から抜き去る。一瞬のことで何が起きたか理解できないDFは反応できずその場に固まってしまう。慌ててもう一人のDFも駆け出すが、それはつまり俺のマークが完全に外れるということだ。
「駿!」
その様子を見た光一はすかさずゴール前の俺にクロスボールを上げる。邪魔するDFはおらずどこでも狙い放題のどフリー状態。これを外したらかっこ悪すぎるぜ。落下点に合わせて走り出しヘディングシュートを放つとゴールキーパーの手の上を抜けてネットを揺らした。
***
「いやー昨日の試合最高だったな!」
「おう! やっぱ試合が一番楽しいな~!」
月曜日の朝からクラスのサッカー部が元気にはしゃいでいる。ただの練習試合だってのに……まあ、楽しかったけど。
「やっぱ佐々島が入部してからめちゃくちゃ強くなったよな!」
「え? そ、そうか」
どうして運動部の連中はこうどいつも声がでかいんだ。クラス中に響き渡る声に反応してちらちらと視線を向けられる。
「最初から入部してくれりゃ良かったのにな」
「なになに~佐々島くんサッカー部入ったの~?」
「おう、期待のエース様だぜ」
「昨日の試合ハットトリック決めたからな」
「すごーい!」
「ぐ……っ」
トラウマが蘇る。中学でよく見た光景だ。最初はみんな褒めてくれるのが段々と妬みやそねみに変わっていく。嫌な汗が背中に滲むがまだそうなると決まったわけではない。少なくとも彼らは今純粋に俺を認めてくれているのだから邪険に扱うのはよくない。そういうのはもう辞めると決めたはずだ。
「おはよー!!」
もやもやを吹き飛ばすように教室の扉をガラガラと開けて元気に挨拶しながら男が入ってくる。
「おう光一、朝からうっせーな」
「いつものことだろ」
「いやー今日めっちゃ快便だったから気分良いんだよね」
「しらねーよ!」
あっという間に光一の周りに人が集まり笑顔になる。これが陽キャってやつか。あういう風に生きられたら俺も楽なんだろうなと羨望の視線を送るとばっちりと目が合ってしまった。
「駿! おはよう!」
「お、はよ」
笑顔で手を振ってこちらにやってくる。お前がやってくるとみんなも寄ってくるから困るんだよなと思いつつも内心は声をかけてくれて嬉しい気持ちがある。
「昨日の駿凄かったな~!」
「その話もう終わったから」
「えっ!?」
再び蒸し返される前にスパッと会話を切る。驚く光一にサッカー部仲間が笑って集う。
「お前が来る前その話で持ち切りだったからな」
「えーおれも混ぜてよ~」
「うんこしてっから遅れんだよ」
「うんこは誰でもするだろ!」
俺の席の前で汚い話をするな。
「つか二人っていつの間に仲良くなったの?」
「それな。急に佐々島連れてきて入部しますとか言ってな」
「なんか光一にだけ心開いてる感あるよな」
「いや……まあたまたま」
「何なに? やましいことでもあるんですか~?」
それを説明するには10000文字くらいかかるから適当に濁すもぐいぐいと詰め寄られる。助けを求めるように光一をちらりと見る。
「こらこら、駿はあんまり話すの得意じゃないんだからやめなさい」
「なんだお前」
「保護者かっ」
どっと笑いが起きる。一安心したものの保護者という言葉は正にその通りだと思った。あまり光一に迷惑はかけたくない。せめて部活仲間くらいは自分からコミュニケーションを取れるようにならないとと反省する。
そうしていると始業のチャイムが鳴りぞろぞろと皆席に戻っていく。朝から疲れた。ふう、と息をついて窓の外を眺める。かつて桜が残っていた木は今や新緑に包まれてセミの喧騒が夏の訪れを告げる。
もう少しで誕生日か、と思うとそういえばこの高校では誰も俺の誕生日を知らないのだと気付く。無論俺も誰の誕生日も知らない。いや、そういえば確か光一は入学してすぐ祝われていたような気がする。じゃあ今だけあいつの方が年上なのか、と思うと全くイメージできずにくすっと笑みが浮かんだ。
***
「えっ誕生日?」
部活終わりの帰り道、いつもは部活連中と並んで帰るのだが後片付けで居残った俺と光一は珍しく二人だけで夕暮れの中歩いている。
「4月29日だけど、どうした?」
「いや別に……そういえばいつだかクラスで騒いでたようなって思って」
「あー! なんか雄馬と聡志がうまい棒50種類ぐらい集めてピラミッド作ってたわ! あったな~そんなこと」
「お前らいつも小学生みたいなことやってんな」
「はははっ」
学校だと光一は常に誰かと一緒にいるからこうして二人でゆっくり話せるのはあの日以来だ。心なしか歩くスピードがいつもより遅くなっているような気がする。角を曲がると高校生御用達のコンビニエンスストアが目に入る。部活終わりに唐揚げやコロッケなどで小腹を満たすのによく使う。
「コンビニ寄っていいか?」
「ん? おお、いいよ」
特に用は無いがなんとなく入店する。せっかくだし夕飯でも買うかと弁当コーナーに向かう。
「やべー腹減ってきた~」
横から大きな腹の虫が鳴る音が聞こえる。ちらっと眺めるとお腹を押さえながら弁当コーナーをよだれが出る勢いで見つめている。こうしてみると本当に年上とは思えない子供っぽさについにやけてしまう。
ふと後ろのデザートコーナーの商品棚に目をやると、良いことが思い浮かび光一の肩を叩く。
「せっかくだしなんか奢ってやるよ」
「え? なんで?」
「遅めの誕プレってことで」
「おー! 駿イイ奴だな~!」
光一は目を輝かせて喜ぶ。この眩しさにはまだ慣れそうにない。すっと顔を棚の方に戻して商品を眺める。団子や饅頭などの駄菓子系からプリン、ティラミス、ショートケーキなど様々な種類のデザートが陳列されている。
「好きなやつなに?」
「んー、ケーキもいいけどご飯前だしプリンだな」
「別に後で食えばいいだろ」
「我慢できないね! 今食いたい!」
「そんな自信満々に言われても……じゃあプリンな」
プリンを一つ手に取ると光一が「そういえば」と何か思い出したように言う。
「駿の誕生日はいつなの?」
「あー、 7月2日」
「えっ、もうすぐじゃん! じゃあおれもなんか買うよ」
「いや俺はいいよ」
「いやいや、お返ししなきゃ」
そういって何故かプリンをもう一つ手に取る。
「なんでお前もプリンなんだよ!」
「いいじゃんお揃いで」
「これじゃただお互いの金でプリン買っただけじゃねーか!」
「あはは、おもしれ~」
光一は笑いながらほらほらとレジに向かうよう促す。不服ながらもプリンと弁当を買ってコンビニを後にする。レジで俺たちの会話を聞いていた店員が微笑ましそうに見つめてきてなんだか恥ずかしくなった。
「そこで食べようぜ」
コンビニ前のベンチに光一が座り、その横に俺も腰掛ける。袋の中からプリンを取り出すと隣から全く同じ物が差し出される。
「はい、誕生日おめでとー!」
にこにこと楽しそうに渡される。何の茶番だこれは。呆れながらもおめでとうと返し自分の持つプリンと交換する。
「そっちのプリンうまそー、一口交換しない?」
「中身変わんねーよ! 一緒だから!」
「あっはっは!」
どうやら俺のツッコミがツボに入ったらしく大爆笑している。その笑い声につられて俺も笑ってしまう。馬鹿げたやり取りを繰り返しながら二人仲良く同じプリンを平らげた。
何気ない平凡な日常に見えてきっと特別な時間。プリンを交換し合うだけで笑える友達がずっと隣りにいてくれたらいいなと思った。
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