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駿と光一の高校生時代
眩しい男
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朝日は膝で3回ほど球を蹴り上げると俺に向かってパスを出す。俺はそれを足で受け止めこちらも3回遊ばせてから朝日に返す。身長差があるせいかお互いのパスが微妙に取りづらい。
部活がたまたま休みだった朝日は天気が良いからとたまたま河川敷沿いを散歩していたらたまたま一人でシュート練習をしている俺を見つけたらしい。そしてなんやかんやあって一緒にリフティングパスをして遊んでいる。
「佐々島くんってやっぱポジションFW?」
「うん」
「やっぱそうだよな~。背高いしあんなシュート打てんだもん」
「いやあれはまぐれで……技術は普通だよ」
「じゃあ才能あるってことじゃん! おれまぐれでもあんなの打てねぇよ」
こいつと話してると小っ恥ずかしくなる。今時小学生でももっと裏表あるぞ。
「つーかよくあの距離で気付いたな」
照れくさくなってそれとなく話題をそらす。堤防上からここまではそこそこの距離があった。俺は制服もジャージも着てないし顔もよく見えないはずだ。
「おれ目良いから! 両目2.0!」
そういって両手でまぶたを摘んで目を見開く。妖怪みたいな表情の朝日に向かってボールを強めに蹴る。予想外なパスにぎょっとしたそいつは慌てて右足を出すもトラップに失敗しボールは後方へと飛んでいった。
「ひでぇ!」
「目良いんじゃなかったのかー?」
「今のは視力関係ないだろ!」
口では怒りながらも笑顔でボールを拾いに行く。数十m離れたボールを回収するとドリブルをしながら戻ってくる。足先の小回りが効いててこれが結構上手い。
「へー、ドリブル上手いな」
「へへっだろ? ドリブル好きでさー、練習しまくったおかげでFWやれてんだよね」
ワンタッチで勝負するセットプレー中心の俺とは対称的に朝日は突破型のドリブラーのようだ。確かにあいつの体格じゃ高さやフィジカルを活かしたプレーは難しいだろうから合っていると思う。
「なあ、1on1やろうぜ」
朝日は自信ありげに申し出る。1on1、つまりオフェンスとディフェンスに分かれて相手をかわしたらオフェンス側の勝ち、ボールを奪ったらディフェンス側の勝ちのミニゲームだ。
「いいけど、手加減しないぞ」
「望むところよ!」
俺は対決の前に自分の鞄のところへと向かいスパイクを脱ぐ。
「何してんの?」
「お前、普通のスニーカーだろ。踏んだら危ねーからな」
それに基本的にスパイクの方が動きやすいから有利だ。やるからには公平にしたい。
「あっそっか。佐々島くんマメだな~」
靴の履き替えを終えると朝日の元へ戻る。ボールを持っている朝日が自然とオフェンス側になりお互い3歩ほど離れる。
「じゃあ始めるぞー!」
「おう」
ボールを軽く蹴り出しゆっくりと前進してくる。俺は重心を低くして待ち構える。朝日の身長は160もない程度で対して俺の身長は179cm。これだけ体格差があれば普通に考えると俺の方が有利だ。ただ俺は普段ディフェンスはやらないし相手はドリブラーだから油断は出来ない。
お互いの距離が1mちょっとまで縮まる。一歩足を出せばボールまで届く距離だ。しかしまだ足は出せない。朝日は左右に球を転がしながら俺の重心を崩そうとする。揺さぶりを我慢しながら向こうの仕掛けるタイミングを待つ。
朝日はちらっと左を見るとそのまま左斜めに大きく踏み出し抜き姿勢を取る。恐らくこれはフェイント、しかし反応しなければそのまま抜かれる。逆サイドへの切り返しを警戒しながら重心を寄せると朝日は予想通り右側へ急加速する。
しかし鋭さは予想以上だ。一瞬でトップスピードに乗った朝日はその勢いのまま駆け出す。それでも俺のリーチならボールに届く。左足を大きく出しボールを弾こうとすると朝日はつま先でポンっとボールを軽く蹴り上げそのままジャンプしながら俺の足を躱した。
「なっ……!」
「もらい~!」
俺の足を飛び越えていった朝日は正面の壁へとシュートを放つ。気持ちいいくらいのドヤ顔でガッツポーズを掲げて戻ってくる。
「おれも中々やるでしょ?」
「……もう一回だ」
こんなにあっさりと躱されるとは思わなかった。このまま負けっぱなしで帰るわけにはいかない。朝日は少し意外そうな表情をすると、にやっと笑う。
「佐々島くんって意外と負けず嫌いなんだね」
「うるせー」
***
「はあっはあっ……休憩~!」
朝日が叫んで芝生の上に倒れ込む。俺もその側で座り込み息を整える。あれからお互いにオフェンス10本勝負をした結果、ディフェンスが1勝9敗、オフェンスが6勝4敗。朝日のドリブルには歯が立たず辛うじて相手のディフェンスには勝ったもののフィジカルの有利があってこれは実質完敗である。
「はー楽しいなー!」
「俺は悔しいけどな」
「おれの得意分野だったからな~。次シュート対決にする?」
「もういい、疲れた」
俺が手を振ると朝日は笑いながら上半身を起こす。
「佐々島くん、やっぱサッカー部入らない?」
「……」
「1on1やってる時の佐々島くん凄い楽しそうだった。みんなでやったら絶対もっと楽しいよ!」
「それは……そうなんだろうな」
「おれ佐々島くんの事情とかよくわかんないけどさ、やっぱ放っておけないし友達になりたいよ」
真剣な面持ちでじっと見つめられる。なんて返せばいいだろう。どうしたらこの場をやり過ごせる? 何を言ったら諦める? ……いや、本当に諦めさせていいのか? 俺に正面から向き合おうとしているこの男を、友達になれるかもしれない人を。ここで逃げたらこの先二度とそんな人には出会えないかもしれない。そう思うと途端に恐ろしくなり寒気がした。
「……悪かったよ」
「え?」
「今まで、色々、嫌な態度取って……」
ぽつぽつと言葉を吐き出す。特に何か言葉を返されることはなく、俺の真意が明かされるのを待っているのだと悟る。
「別に、お前が嫌いなわけじゃないんだ。むしろ、いいヤツだし……その、結構嬉しかった」
「……そっか」
素直に述べると、相手は照れ笑いを浮かべて頬をかいた。俺も耳が熱く、赤くなっているのがわかる。
「だああああああああああーー!!!」
「ええ!? 何!?」
俺は空気感に耐えきれずに叫びながら立ち上がり全力でボールを蹴り飛ばす。真っ直ぐ壁に激突すると今日一番の音が響き渡る。
「朝日、今からお前にめちゃくちゃウザい話をする」
「え、うざ……え?」
唐突な展開に戸惑う男を無視して俺は続ける。
「俺は運動が得意だ。勉強も得意だ。そして背も高ければ顔も良い。だからめちゃくちゃ女にモテる」
「え、ええ?」
「でも俺はそんなの嬉しくもなんともないし寄ってくる女子共を鬱陶しいとすら思う」
「あの」
「そしてそれに嫉妬する男も鬱陶しい。俺は何もしてないのに勝手に逆恨みして根も葉もない噂を垂れ流す。もう全部うんざりだ!」
「……」
「だから俺は県外まで引っ越してこの高校を選んだ。誰も俺を知らない場所で誰とも関わらずひっそりと生活したかったからだ」
一息でこれまで溜め込んだものを全部吐き出す。引かれてもいい。これでやっぱり友達にはなれませんと言われても構わない。ただ理解して欲しかった。
「サッカーは好きだしお前も好きだ。でも同じことの繰り返しになるのは嫌だ」
そこまで捲し立てたところで息を吸う。冷静に落ち着こうとするも鼓動の音がうるさくて集中できず呼吸が整わない。朝日は口をぽかんと開けたまま俺の話を受け止めるとゆっくりと下を向き、少しの静寂の後がばっと勢いよく立ち上がった。転がるボールの元まで駆け寄るとそのまま俺の方に蹴り飛ばしてきた。
「うわっ!?」
腹めがけて飛んできた急なシュートに驚いて思わず両手でキャッチする。朝日の方を見ると奴は口を大きく開けて笑っていた。
「あっはっは! なんだよそれ~!」
「な、なに笑ってんだよ!」
朝日は両手を叩きながら大爆笑している。予想外の反応に顔が赤くなる。
「だって、モテるのが嫌だからひっそり生きたいって……初めて聞いたよそんなの!」
「うるせぇ! こっちは切実に悩んでんだよ!」
「あっははは! おもしれー!」
「笑いすぎだろお前!」
いひひと高笑いする男に向かってボールを投げつける。笑うのに夢中で避けられなかった奴の肩にぶつかると「いてぇ!」と大げさに声を上げる。落ちたボールを拾うとよくもやったなと今度は俺に向かってボールを投げてくる。そのままドッジボールが始まり、何の話をしていたかも忘れた頃、気付いたら夕方になっていた。
「はあ……はあ……小学生かお前は……」
「おたがいさまだろ……」
お互い体力の限界で芝生の上に大の字で寝転んでいる。汗でびしょびしょの体を涼しい夕風に撫でられ気持ちがいい。こんな馬鹿みたいに遊んだのはいつぶりだろうか。不覚にも楽しくて仕方がない。自然にふふっと笑みがこぼれた。
「あっ、佐々島くん笑ってる」
「なんだよ、別に笑ってもいいだろ」
「駄目なんて言ってないだろ、笑ってる方がかっこいいよ」
「……はあ?」
「あははっ照れてやんの」
こいつがクラスの皆に好かれる理由がよくわかる。見た目がタイプだったら惚れてたところだ。
「なあ、おれ思うんだけど、やっぱサッカー部入ろうぜ」
「またその話か?」
「だってさ、嫌なことのために好きなこと我慢するのっておかしくね?」
「……」
「サッカー我慢して静かに暮らしたら嫌なこともなくなるのかもしれないけど、でもそれで楽しいこともなくなっちゃったら結局辛いと思うんだ」
朝日は一つ誤解している。俺は別にめちゃくちゃサッカーが好きなわけではない。なんとなく小学生の時に始めてなんとなく中学でも続けただけだ。休みの日にたまにこうして蹴ってるだけで満足できるだろう。しかし今こうして向けられる朝日の言葉に俺は揺れている。そして気付かされる。俺が本当に欲しかったのは平穏なんかじゃなくて、どんな時でも本音で語れる友人なんだと。
「いいよ」
「え?」
「サッカー部、入るよ」
「ほ、ほんと!?」
朝日は起き上がってこちらを見る。俺も合わせて起き上がり視線を合わせる。
「その代わり、お願いがあるんだけど」
「なに?」
「……俺と友達になって」
こんなこと人生で一度も言ったことはない。それをこの年で言うなんて。照れくさくて、それでいて心は踊っている。
「お、おう、なんだよ改まって」
流石の朝日もこれには照れるようだ。首の後ろに手を回して頭をかく。しかしすぐに満面の笑顔を向けて右手を差し出してくる。
「当たり前だろ! よろしく、駿!」
「え、急に距離近すぎだろ」
突然の名前呼びに驚いて後ずさる。
「なんだよ~友達なら名前で呼ぶだろ! 俺も光一でいいよ!」
「……はあ~。……お前ってマジで眩しいな」
「ほらはやく~」
「わかったよ。……よろしく、光一」
渋々承諾して握手を交わす。朝日光一。名は体を表すという言葉がよく似合う、眩しい男だ。
部活がたまたま休みだった朝日は天気が良いからとたまたま河川敷沿いを散歩していたらたまたま一人でシュート練習をしている俺を見つけたらしい。そしてなんやかんやあって一緒にリフティングパスをして遊んでいる。
「佐々島くんってやっぱポジションFW?」
「うん」
「やっぱそうだよな~。背高いしあんなシュート打てんだもん」
「いやあれはまぐれで……技術は普通だよ」
「じゃあ才能あるってことじゃん! おれまぐれでもあんなの打てねぇよ」
こいつと話してると小っ恥ずかしくなる。今時小学生でももっと裏表あるぞ。
「つーかよくあの距離で気付いたな」
照れくさくなってそれとなく話題をそらす。堤防上からここまではそこそこの距離があった。俺は制服もジャージも着てないし顔もよく見えないはずだ。
「おれ目良いから! 両目2.0!」
そういって両手でまぶたを摘んで目を見開く。妖怪みたいな表情の朝日に向かってボールを強めに蹴る。予想外なパスにぎょっとしたそいつは慌てて右足を出すもトラップに失敗しボールは後方へと飛んでいった。
「ひでぇ!」
「目良いんじゃなかったのかー?」
「今のは視力関係ないだろ!」
口では怒りながらも笑顔でボールを拾いに行く。数十m離れたボールを回収するとドリブルをしながら戻ってくる。足先の小回りが効いててこれが結構上手い。
「へー、ドリブル上手いな」
「へへっだろ? ドリブル好きでさー、練習しまくったおかげでFWやれてんだよね」
ワンタッチで勝負するセットプレー中心の俺とは対称的に朝日は突破型のドリブラーのようだ。確かにあいつの体格じゃ高さやフィジカルを活かしたプレーは難しいだろうから合っていると思う。
「なあ、1on1やろうぜ」
朝日は自信ありげに申し出る。1on1、つまりオフェンスとディフェンスに分かれて相手をかわしたらオフェンス側の勝ち、ボールを奪ったらディフェンス側の勝ちのミニゲームだ。
「いいけど、手加減しないぞ」
「望むところよ!」
俺は対決の前に自分の鞄のところへと向かいスパイクを脱ぐ。
「何してんの?」
「お前、普通のスニーカーだろ。踏んだら危ねーからな」
それに基本的にスパイクの方が動きやすいから有利だ。やるからには公平にしたい。
「あっそっか。佐々島くんマメだな~」
靴の履き替えを終えると朝日の元へ戻る。ボールを持っている朝日が自然とオフェンス側になりお互い3歩ほど離れる。
「じゃあ始めるぞー!」
「おう」
ボールを軽く蹴り出しゆっくりと前進してくる。俺は重心を低くして待ち構える。朝日の身長は160もない程度で対して俺の身長は179cm。これだけ体格差があれば普通に考えると俺の方が有利だ。ただ俺は普段ディフェンスはやらないし相手はドリブラーだから油断は出来ない。
お互いの距離が1mちょっとまで縮まる。一歩足を出せばボールまで届く距離だ。しかしまだ足は出せない。朝日は左右に球を転がしながら俺の重心を崩そうとする。揺さぶりを我慢しながら向こうの仕掛けるタイミングを待つ。
朝日はちらっと左を見るとそのまま左斜めに大きく踏み出し抜き姿勢を取る。恐らくこれはフェイント、しかし反応しなければそのまま抜かれる。逆サイドへの切り返しを警戒しながら重心を寄せると朝日は予想通り右側へ急加速する。
しかし鋭さは予想以上だ。一瞬でトップスピードに乗った朝日はその勢いのまま駆け出す。それでも俺のリーチならボールに届く。左足を大きく出しボールを弾こうとすると朝日はつま先でポンっとボールを軽く蹴り上げそのままジャンプしながら俺の足を躱した。
「なっ……!」
「もらい~!」
俺の足を飛び越えていった朝日は正面の壁へとシュートを放つ。気持ちいいくらいのドヤ顔でガッツポーズを掲げて戻ってくる。
「おれも中々やるでしょ?」
「……もう一回だ」
こんなにあっさりと躱されるとは思わなかった。このまま負けっぱなしで帰るわけにはいかない。朝日は少し意外そうな表情をすると、にやっと笑う。
「佐々島くんって意外と負けず嫌いなんだね」
「うるせー」
***
「はあっはあっ……休憩~!」
朝日が叫んで芝生の上に倒れ込む。俺もその側で座り込み息を整える。あれからお互いにオフェンス10本勝負をした結果、ディフェンスが1勝9敗、オフェンスが6勝4敗。朝日のドリブルには歯が立たず辛うじて相手のディフェンスには勝ったもののフィジカルの有利があってこれは実質完敗である。
「はー楽しいなー!」
「俺は悔しいけどな」
「おれの得意分野だったからな~。次シュート対決にする?」
「もういい、疲れた」
俺が手を振ると朝日は笑いながら上半身を起こす。
「佐々島くん、やっぱサッカー部入らない?」
「……」
「1on1やってる時の佐々島くん凄い楽しそうだった。みんなでやったら絶対もっと楽しいよ!」
「それは……そうなんだろうな」
「おれ佐々島くんの事情とかよくわかんないけどさ、やっぱ放っておけないし友達になりたいよ」
真剣な面持ちでじっと見つめられる。なんて返せばいいだろう。どうしたらこの場をやり過ごせる? 何を言ったら諦める? ……いや、本当に諦めさせていいのか? 俺に正面から向き合おうとしているこの男を、友達になれるかもしれない人を。ここで逃げたらこの先二度とそんな人には出会えないかもしれない。そう思うと途端に恐ろしくなり寒気がした。
「……悪かったよ」
「え?」
「今まで、色々、嫌な態度取って……」
ぽつぽつと言葉を吐き出す。特に何か言葉を返されることはなく、俺の真意が明かされるのを待っているのだと悟る。
「別に、お前が嫌いなわけじゃないんだ。むしろ、いいヤツだし……その、結構嬉しかった」
「……そっか」
素直に述べると、相手は照れ笑いを浮かべて頬をかいた。俺も耳が熱く、赤くなっているのがわかる。
「だああああああああああーー!!!」
「ええ!? 何!?」
俺は空気感に耐えきれずに叫びながら立ち上がり全力でボールを蹴り飛ばす。真っ直ぐ壁に激突すると今日一番の音が響き渡る。
「朝日、今からお前にめちゃくちゃウザい話をする」
「え、うざ……え?」
唐突な展開に戸惑う男を無視して俺は続ける。
「俺は運動が得意だ。勉強も得意だ。そして背も高ければ顔も良い。だからめちゃくちゃ女にモテる」
「え、ええ?」
「でも俺はそんなの嬉しくもなんともないし寄ってくる女子共を鬱陶しいとすら思う」
「あの」
「そしてそれに嫉妬する男も鬱陶しい。俺は何もしてないのに勝手に逆恨みして根も葉もない噂を垂れ流す。もう全部うんざりだ!」
「……」
「だから俺は県外まで引っ越してこの高校を選んだ。誰も俺を知らない場所で誰とも関わらずひっそりと生活したかったからだ」
一息でこれまで溜め込んだものを全部吐き出す。引かれてもいい。これでやっぱり友達にはなれませんと言われても構わない。ただ理解して欲しかった。
「サッカーは好きだしお前も好きだ。でも同じことの繰り返しになるのは嫌だ」
そこまで捲し立てたところで息を吸う。冷静に落ち着こうとするも鼓動の音がうるさくて集中できず呼吸が整わない。朝日は口をぽかんと開けたまま俺の話を受け止めるとゆっくりと下を向き、少しの静寂の後がばっと勢いよく立ち上がった。転がるボールの元まで駆け寄るとそのまま俺の方に蹴り飛ばしてきた。
「うわっ!?」
腹めがけて飛んできた急なシュートに驚いて思わず両手でキャッチする。朝日の方を見ると奴は口を大きく開けて笑っていた。
「あっはっは! なんだよそれ~!」
「な、なに笑ってんだよ!」
朝日は両手を叩きながら大爆笑している。予想外の反応に顔が赤くなる。
「だって、モテるのが嫌だからひっそり生きたいって……初めて聞いたよそんなの!」
「うるせぇ! こっちは切実に悩んでんだよ!」
「あっははは! おもしれー!」
「笑いすぎだろお前!」
いひひと高笑いする男に向かってボールを投げつける。笑うのに夢中で避けられなかった奴の肩にぶつかると「いてぇ!」と大げさに声を上げる。落ちたボールを拾うとよくもやったなと今度は俺に向かってボールを投げてくる。そのままドッジボールが始まり、何の話をしていたかも忘れた頃、気付いたら夕方になっていた。
「はあ……はあ……小学生かお前は……」
「おたがいさまだろ……」
お互い体力の限界で芝生の上に大の字で寝転んでいる。汗でびしょびしょの体を涼しい夕風に撫でられ気持ちがいい。こんな馬鹿みたいに遊んだのはいつぶりだろうか。不覚にも楽しくて仕方がない。自然にふふっと笑みがこぼれた。
「あっ、佐々島くん笑ってる」
「なんだよ、別に笑ってもいいだろ」
「駄目なんて言ってないだろ、笑ってる方がかっこいいよ」
「……はあ?」
「あははっ照れてやんの」
こいつがクラスの皆に好かれる理由がよくわかる。見た目がタイプだったら惚れてたところだ。
「なあ、おれ思うんだけど、やっぱサッカー部入ろうぜ」
「またその話か?」
「だってさ、嫌なことのために好きなこと我慢するのっておかしくね?」
「……」
「サッカー我慢して静かに暮らしたら嫌なこともなくなるのかもしれないけど、でもそれで楽しいこともなくなっちゃったら結局辛いと思うんだ」
朝日は一つ誤解している。俺は別にめちゃくちゃサッカーが好きなわけではない。なんとなく小学生の時に始めてなんとなく中学でも続けただけだ。休みの日にたまにこうして蹴ってるだけで満足できるだろう。しかし今こうして向けられる朝日の言葉に俺は揺れている。そして気付かされる。俺が本当に欲しかったのは平穏なんかじゃなくて、どんな時でも本音で語れる友人なんだと。
「いいよ」
「え?」
「サッカー部、入るよ」
「ほ、ほんと!?」
朝日は起き上がってこちらを見る。俺も合わせて起き上がり視線を合わせる。
「その代わり、お願いがあるんだけど」
「なに?」
「……俺と友達になって」
こんなこと人生で一度も言ったことはない。それをこの年で言うなんて。照れくさくて、それでいて心は踊っている。
「お、おう、なんだよ改まって」
流石の朝日もこれには照れるようだ。首の後ろに手を回して頭をかく。しかしすぐに満面の笑顔を向けて右手を差し出してくる。
「当たり前だろ! よろしく、駿!」
「え、急に距離近すぎだろ」
突然の名前呼びに驚いて後ずさる。
「なんだよ~友達なら名前で呼ぶだろ! 俺も光一でいいよ!」
「……はあ~。……お前ってマジで眩しいな」
「ほらはやく~」
「わかったよ。……よろしく、光一」
渋々承諾して握手を交わす。朝日光一。名は体を表すという言葉がよく似合う、眩しい男だ。
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