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駿と光一の高校生時代
会心のシュート
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入学から約一ヶ月。新生活に慣れた一年生たちは各々の仲良しグループにまとまって行動するようになる。朝日はあの後サッカー部に入部し同じ部活の仲間とつるむことが多くなった。すれ違うと挨拶を交わす程度で向こうから話しかけられることもなくなった。
俺は当初の予定通り部活には所属せず友達もいない。誰にも注目されないのが心地良い。この凪のような生活のままひっそりと卒業したい。
就業のチャイムが鳴り各々帰りの支度をしたり部活へ向かったりと教室を去っていく。俺は校舎の出口とは逆方向の図書室へと向かう。今日は始めての委員会の活動日だ。
本を読むのは好きだ。中学時代、図書室にはかなりお世話になった。最初は図書室で本を読んでいると誰かに声をかけられることも無いし楽だからという理由で通っていたのだが、そのうち読書自体が趣味になった。小説や古典や詩集など国文系の
本をよく読んでいる。おかげで古文が少し得意になった。
図書室は17時まで開いており放課後は図書委員数名でローテーションを組み運営を任されている。今日は俺と2年生の先輩と一緒だ。運営といっても本の貸出と返却を受付するくらいで基本自由に勉強したり読書をしたりしている。
暇といえば暇だが一番静かで平和に過ごせるこの時間は俺にとっては楽園だ。そして悲しいことにそういう時間に限って一瞬で過ぎ去っていくものである。
17時を告げるチャイムが鳴る。部活生以外の一般生徒の完全下校を命ずるものである。戸締まりの確認と整理整頓を終えて図書室の鍵を締める。
「俺鍵返すんで先輩さき帰っていいですよ」
「おっサンキュー、場所わかる?」
「平気っす」
先輩と分かれて職員室に鍵を返したあと、校門を出て帰路につく。最近のブームは遠回りをしながら帰ることだ。色んな道を知れて気分が上がるし何より他の帰宅生徒と出会わなくて済むのが一番大きい。河川敷沿いの堤防上を歩いていると下に整備されたサッカーコートやテニスコートが見える。
サッカーコートの方を観察するとどうやら練習試合をしているようだ。掛け声とボールを蹴る音がこちらにまで響いてくる。その男たちのジャージを見て彼らが俺の通う高校のサッカー部であることに気付く。
高校生でレベルが上がるとはいえ我がサッカー部は弱小校だ。普通の公立のサッカー部といった動きでこれといった見どころは特になかった。
俺は少し立ち止まり知っている顔がいないか探すが流石にここからだと遠くてはっきりとは分からなかった。十数秒目を凝らしたところで馬鹿らしくなり首を横に振る。
「何をしてるんだ俺は……」
サッカーコートから目を離し再び歩を進める。この道は次からは通らないようにしようと決めた。
***
ゴールデンウィークの5連休、新入生にとって最初の大型連休となるこの一週間にクラスは浮かれていた。俺もその例に漏れない。ある人は友達と遊びに、ある人は部活の合宿に、と各々の予定を詰め込んでいる。
俺はというと特に何も変わりはない。課題をさっさと終わらせてその後は図書室から借り溜めてきた本を読んだり自炊にチャレンジしたりとごく普通の生活を送っている。
ただずっと家にいると流石に体がなまってくる。小中と運動部だった名残りでたまにランニングをしたりはしているが時々思いっきり運動したい衝動に駆られることがある。今がまさにその状態だ。
部屋の押し入れの扉を開けて床に置いてあるダンボールを取り出す。このダンボールの中には自宅から持ってきたサッカー道具がまとめてある。引っ越してから一度も開けていなかったその箱を開けると、当時の状態のままのスパイクやボール、ユニフォームなどが目に入る。
「……」
何を考えるでもなくぼーっとそれを見つめると、俺はボールとスパイクを手に取って箱を閉じた。
自転車を漕ぎ風を切りながら河川敷に向かう。温暖快晴な気候で絶好の運動日和だ。と言っても一人なのでボール遊びくらいしかできないが。
一人でサッカーコートを使うことはできないためそこから少し離れた河川橋の下で自転車を止める。芝生の上に鞄をポイと放り投げると軽く準備運動をする。そこそこほぐれてきたところで鞄からスパイクとボールを取り出し靴を履き替える。久しぶりに履いたスパイクはぴったりと体に馴染み気分が上がる。
「……よし」
立ち上がるとボールを足先で転がす。手前にクイッと引くとそのままボールを宙に浮かせてリフティングを始める。中学の頃は200回くらい出来たっけなと思いながらつま先から膝、胸、頭とどんどん高さを上げていく。
トントントンっと小気味いい音を鳴らしながらリズム良く跳ねるボールを追い体を動かす。50回を超えたあたりで頭上を超えて高く蹴り上げた。3歩ほど下がりながら目線を正面とボールに交互に動かして距離感を測る。ボールが上空で勢いを失い落下してくるのに合わせて助走を始める。そのまま落ちてくる球に右足を合わせて力いっぱい蹴り飛ばすとまっすぐ正面に飛んでいき橋の脚部分に衝突した。
バシンっ! と大きな音を響かせてボールが跳ね返ってくる。胸でトラップして足元に収める。一発で気持ちいいシュートが決まり体が興奮しているのが分かる。ふぅ、と一息つくと今度はボールを地面に置きフリーキックのスタイルでシュートを放つ。
少し角度をつけてみたがこれが中々難しい。予想よりも大分上に飛んでしまった。もしあの壁がゴールポストだったら上枠にすら掠らないだろう。
俺はサッカーのポジションはFWだったからよくこういったシュート練習をやっていた。背が伸びるせいで後半はヘディングばかりやらされていたがやっぱり足で蹴る方が気持ちいい。
そこから俺は無心でボールを蹴り続けた。これまでの面倒な人間関係や今の生活、これからの将来のこと、何も考えたくない。全部忘れるようにひたすら体を動かし汗を流す。何十回目のシュートかも分からなくなったところで会心の一発が出る。ゴールポストの右上、隅のギリギリのところに良いのが入った。あそこに打たれたらどんなキーパーだって止められやしない。俺天才かも。そんな頭の悪い感想しか浮かばないほど息が上がり芝生に寝転がる。
「すげー!」
俺の声じゃなかった。疲れた体を起き上がらせるのが億劫で頭だけ持ち上げて声の方角を見る。誰かが俺のシュートを見ていたようだ。堤防の上から見ていたその男は傾斜を駆け下りながらこちらへと向かってくる。
「佐々島くん! 今のシュートめっちゃすごかった!」
声の主は同じクラスの朝日光一だった。目を輝かせ屈託のない笑顔を浮かべて話しかけてくるそいつを俺は黙って眺める。朝日は離れた先に転がっているボールを見つけるとそれを拾いに行き俺の側まで持ってくる。
「やっぱりサッカー好きなんだね、佐々島くん」
特に言い返す言葉が思い浮かばない俺は上半身を起こして目を逸らす。顔が熱いのは運動で血行が良くなったせいだろう。朝日は俺の目線に合わせるようにしゃがむとボールを俺に差し出す。
「良かったらおれも混ぜてよ。一緒に遊ぼうぜ!」
俺は当初の予定通り部活には所属せず友達もいない。誰にも注目されないのが心地良い。この凪のような生活のままひっそりと卒業したい。
就業のチャイムが鳴り各々帰りの支度をしたり部活へ向かったりと教室を去っていく。俺は校舎の出口とは逆方向の図書室へと向かう。今日は始めての委員会の活動日だ。
本を読むのは好きだ。中学時代、図書室にはかなりお世話になった。最初は図書室で本を読んでいると誰かに声をかけられることも無いし楽だからという理由で通っていたのだが、そのうち読書自体が趣味になった。小説や古典や詩集など国文系の
本をよく読んでいる。おかげで古文が少し得意になった。
図書室は17時まで開いており放課後は図書委員数名でローテーションを組み運営を任されている。今日は俺と2年生の先輩と一緒だ。運営といっても本の貸出と返却を受付するくらいで基本自由に勉強したり読書をしたりしている。
暇といえば暇だが一番静かで平和に過ごせるこの時間は俺にとっては楽園だ。そして悲しいことにそういう時間に限って一瞬で過ぎ去っていくものである。
17時を告げるチャイムが鳴る。部活生以外の一般生徒の完全下校を命ずるものである。戸締まりの確認と整理整頓を終えて図書室の鍵を締める。
「俺鍵返すんで先輩さき帰っていいですよ」
「おっサンキュー、場所わかる?」
「平気っす」
先輩と分かれて職員室に鍵を返したあと、校門を出て帰路につく。最近のブームは遠回りをしながら帰ることだ。色んな道を知れて気分が上がるし何より他の帰宅生徒と出会わなくて済むのが一番大きい。河川敷沿いの堤防上を歩いていると下に整備されたサッカーコートやテニスコートが見える。
サッカーコートの方を観察するとどうやら練習試合をしているようだ。掛け声とボールを蹴る音がこちらにまで響いてくる。その男たちのジャージを見て彼らが俺の通う高校のサッカー部であることに気付く。
高校生でレベルが上がるとはいえ我がサッカー部は弱小校だ。普通の公立のサッカー部といった動きでこれといった見どころは特になかった。
俺は少し立ち止まり知っている顔がいないか探すが流石にここからだと遠くてはっきりとは分からなかった。十数秒目を凝らしたところで馬鹿らしくなり首を横に振る。
「何をしてるんだ俺は……」
サッカーコートから目を離し再び歩を進める。この道は次からは通らないようにしようと決めた。
***
ゴールデンウィークの5連休、新入生にとって最初の大型連休となるこの一週間にクラスは浮かれていた。俺もその例に漏れない。ある人は友達と遊びに、ある人は部活の合宿に、と各々の予定を詰め込んでいる。
俺はというと特に何も変わりはない。課題をさっさと終わらせてその後は図書室から借り溜めてきた本を読んだり自炊にチャレンジしたりとごく普通の生活を送っている。
ただずっと家にいると流石に体がなまってくる。小中と運動部だった名残りでたまにランニングをしたりはしているが時々思いっきり運動したい衝動に駆られることがある。今がまさにその状態だ。
部屋の押し入れの扉を開けて床に置いてあるダンボールを取り出す。このダンボールの中には自宅から持ってきたサッカー道具がまとめてある。引っ越してから一度も開けていなかったその箱を開けると、当時の状態のままのスパイクやボール、ユニフォームなどが目に入る。
「……」
何を考えるでもなくぼーっとそれを見つめると、俺はボールとスパイクを手に取って箱を閉じた。
自転車を漕ぎ風を切りながら河川敷に向かう。温暖快晴な気候で絶好の運動日和だ。と言っても一人なのでボール遊びくらいしかできないが。
一人でサッカーコートを使うことはできないためそこから少し離れた河川橋の下で自転車を止める。芝生の上に鞄をポイと放り投げると軽く準備運動をする。そこそこほぐれてきたところで鞄からスパイクとボールを取り出し靴を履き替える。久しぶりに履いたスパイクはぴったりと体に馴染み気分が上がる。
「……よし」
立ち上がるとボールを足先で転がす。手前にクイッと引くとそのままボールを宙に浮かせてリフティングを始める。中学の頃は200回くらい出来たっけなと思いながらつま先から膝、胸、頭とどんどん高さを上げていく。
トントントンっと小気味いい音を鳴らしながらリズム良く跳ねるボールを追い体を動かす。50回を超えたあたりで頭上を超えて高く蹴り上げた。3歩ほど下がりながら目線を正面とボールに交互に動かして距離感を測る。ボールが上空で勢いを失い落下してくるのに合わせて助走を始める。そのまま落ちてくる球に右足を合わせて力いっぱい蹴り飛ばすとまっすぐ正面に飛んでいき橋の脚部分に衝突した。
バシンっ! と大きな音を響かせてボールが跳ね返ってくる。胸でトラップして足元に収める。一発で気持ちいいシュートが決まり体が興奮しているのが分かる。ふぅ、と一息つくと今度はボールを地面に置きフリーキックのスタイルでシュートを放つ。
少し角度をつけてみたがこれが中々難しい。予想よりも大分上に飛んでしまった。もしあの壁がゴールポストだったら上枠にすら掠らないだろう。
俺はサッカーのポジションはFWだったからよくこういったシュート練習をやっていた。背が伸びるせいで後半はヘディングばかりやらされていたがやっぱり足で蹴る方が気持ちいい。
そこから俺は無心でボールを蹴り続けた。これまでの面倒な人間関係や今の生活、これからの将来のこと、何も考えたくない。全部忘れるようにひたすら体を動かし汗を流す。何十回目のシュートかも分からなくなったところで会心の一発が出る。ゴールポストの右上、隅のギリギリのところに良いのが入った。あそこに打たれたらどんなキーパーだって止められやしない。俺天才かも。そんな頭の悪い感想しか浮かばないほど息が上がり芝生に寝転がる。
「すげー!」
俺の声じゃなかった。疲れた体を起き上がらせるのが億劫で頭だけ持ち上げて声の方角を見る。誰かが俺のシュートを見ていたようだ。堤防の上から見ていたその男は傾斜を駆け下りながらこちらへと向かってくる。
「佐々島くん! 今のシュートめっちゃすごかった!」
声の主は同じクラスの朝日光一だった。目を輝かせ屈託のない笑顔を浮かべて話しかけてくるそいつを俺は黙って眺める。朝日は離れた先に転がっているボールを見つけるとそれを拾いに行き俺の側まで持ってくる。
「やっぱりサッカー好きなんだね、佐々島くん」
特に言い返す言葉が思い浮かばない俺は上半身を起こして目を逸らす。顔が熱いのは運動で血行が良くなったせいだろう。朝日は俺の目線に合わせるようにしゃがむとボールを俺に差し出す。
「良かったらおれも混ぜてよ。一緒に遊ぼうぜ!」
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