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冥界の剣
第二十四話 待ち受ける者
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中層に至るまでの間、ハクラに抱えられたクムを中心に置いてクガイ、クゼ、ラドウ、セイケン、ウロト、ゲンテツが固め、無尽会の兵隊たちが先陣を切って蔵の中を駆ける。
幾度か魔族の集団が立ちはだかり、仙術武具の使い手と改造人間達を主軸に無尽会の面々が対応して、クガイ達の消耗を可能な限り抑えながら戦い進む。
兵士として量産される魔族ならば無尽会の兵隊達でも十分に戦えるが、万が一、禍羅漢との交戦ないしは高位の魔族と遭遇する可能性を考慮すれば、クガイ達の消耗は何としてでも避けるべきものだからだ。
戦いの中で負傷しついて来られなくなった者はその場に置き去りにし、ひたすらに最深部を目指して走る。死者が出てもおかしくはなかったが、これは方針を無視してクガイが危うい場面に陥ったものを逐一助けて回ったからである。
クムに人の死ぬ場面を見せたくない、死に際の断末魔を聞かせるべきではない、という彼の判断であったが、事前の取り決めを無視して消耗を見せる彼に、ラドウはからかうように声をかける。
「おやおや、クガイ君。さっきのやり取りをもう忘れたのかい? いくら君でもいちいち死にそうな連中を助けていたんじゃ、流石に疲れが見えてきているじゃないか。
そんな状態でだよ、もし禍羅漢と戦うことになったら危ないんじゃないか? もしも不覚を取るようなことになったら、本末転倒という奴だぜ! お笑い草だ」
「うるせえ。走りながら回復に務めているのを分かっていて話しかけてくるんじゃねえよ。こんなもん、疲れたなんて弱音を吐く程のこともない。それより、お前らも気付いているだろう。襲撃してくる奴ら、どんどん統制が取れてきているぞ」
「うんうん、分かっているとも。外に出た連中とは違って、どうやら指揮を執っている者がいるようだね。その指揮者が今回の事態の黒幕かその片棒位は担いでいるんじゃないかな」
「その可能性が高いだろう。お前らの監視の目を盗んで最深部まで潜り込んだか、禍羅漢と一緒に蔵に閉じ込められていたか、どっちかの厄介モンだ。一皿いくらの安物魔族とは出来が違う。俺はクムの守りに専念するから、相手は任せるぞ」
「いや、そこは俺達が一丸となって戦った方が効率的ではないかな。戦力は分散させるよりも集中して一気に敵を叩く方が、被害を抑えられるし短時間で済むってものさ」
「どうだか。お前さんは隙を見せれば俺もハクラもクムも、この場で殺すのに躊躇しない奴だろう」
「あはははは、そうか、君には俺がそう見えるのかい! うん、でも、そうだな。あんまり隙だらけだったら、ついうっかり腕が動いてしまうかもね」
「妙なところで素直な野郎だ。背中は見せても隙は見せられんから面倒だよ。それで最深部へ至る階段はアレでいいのか?」
二人は当然話している間も足を止めず、常人をはるかに凌駕する速度で駆けており、進む先には床より一段高くなったところから下へと向かって伸びる大きな階段が見えた。
ここに至るまでの道程はひたすら広大な空間が続き、床と天井を何本もの巨大な円柱が支え、遠く見える壁にいくつもの扉があるというものだったが、最深部へと続く階段の周囲にも大きな変化は見られない。
この時点で周囲を囲う無尽会の兵隊達の多くは脱落しており、残っているのは仙術武具使いが二名と改造人間が三名、それと通常の刀剣で武装した二名だけ。無傷の者はおらず、禍羅漢の瘴気がより濃くなる深部へ連れて行くのはまず不可能だ。
ラドウならそれでも肉の盾になる、くらいは言いそうなものだったが、それを口にすればクガイはもちろんハクラとクム、ひいてはクゼからも不興を買うと理解して口を噤んでいる。
(そうした方が効率的だろうに。やっぱり彼らも俺には共感しがたい考え方をするなぁ。まあ、彼らならそうすると理解は出来るんだけどね)
そのようにラドウが考えているのを、クガイ達は薄々と察していた。ある意味でラドウは分かりやすく、共感性の欠如した人格の主であった。
禍羅漢と冥業剣の待つ最深部へと続く階段を取り囲み、そこから噴き出す瘴気は浸食都市楽都にあっても十本の指に入る濃さと危険度だ。
クムなどはすぐに参ってしまいそうなものだが、ハクラとクガイに渡されたお守りと今はハクラのマントに包まれているお陰で、不気味さに恐怖を感じるだけで済んでいる。
クゼは最深部から漂う瘴気と部下達の疲弊具合を確認し、反論を許さぬ厳しさでウロトとゲンテツを除く部下達に命令する。
「お前達はここで戻れ。ここより先に進み、瘴気を吸えばその場で発狂するか死ぬ。そうすれば新たな瘴気の発生源となり、かえって足手まといとなるだけだ」
「はっ。クゼ様、ラドウ様、セイケン様、そして御客人方、無事の御帰還を心よりお待ち申し上げます」
ここまでついてきた防衛線の指揮官が幹部二人に深く頭を下げ、クゼの命令に素直に従って残る部下達を連れてきた道を引き返してゆく。どことなくこれ以上の死地に赴かずに済んだ安堵が背中に漂っていなくもない。
中層の防衛線に引き返す兵隊達の姿が見えなくなってから、クゼは階段へと改めて向き直る。引き返す途中で魔族に襲われたら、すぐに助けに行ける距離から離れるのを待っていたのだ。
クゼとウロト、ゲンテツがそれぞれ袂や懐、腰に括りつけた鞄から何枚ものお札と香炉を取り出し、お札と火を着けた香炉を無造作に階段の中へと放り込む。
「タランダ殿と無尽会の魔導師に用意させた瘴気を浄化する札と香炉です。しばらく待ってから突入しましょう。随分と楽になる筈です」
「用意がいいな。こういう事態を想定していたのか?」
こうなると分かっていたかのようなクゼの用意の良さに、クガイが小指の先ほどの疑いを抱きながら問えば、クゼは鉄面皮をわずかも揺らげずに答える。
「封じている相手のことを考えれば、妥当な用意だ。たとえ無駄に終わったとしても別の機会で使える品でもある」
「抜け目がないな。しかし、魔王級の瘴気か。楽都の瘴気と本格的に混ざればどうなるか分かったもんじゃないな。加えて楽都の魔界化を防いでいる天界の清廉な気もある。
そっちとは反発するだろうし、三つが混ざるとなれば楽都が消えてなくなる程度なら御の字かもしれんぞ」
「そうはさせない為に我々が動いている。それに……いや、なんでもない」
(無尽会の手の内で事態を収拾させなければ、都市警察の手が入るってところか。たしか、斬滅隊とかいう手練れもいるんだったか。そいつらの介入を危惧している?)
クガイやクムにとっては保護を求める先として候補に挙げた相手であるし、無尽会のクゼやラドウと違って後ろめいたこともないから、都市警察の介入自体は忌避するものではない。
なんにせよ、このまま禍羅漢の封印問題を解決する方が、クムの生活に都合がよいのは確かだ。ならば、そちらに全力を注ぐまでだとクガイは自身に言い聞かせた。
「そろそろ良いだろう。ラドウ、先頭は貴様が行け」
「ええ、いくらなんでも雑過ぎない? 俺って一応はクゼ殿と同格なんだぜ? ま、行くけどさ。セイケンは俺のちょっと後をついておいで」
「はい、ラドウ様。ではクゼ様、お先に失礼いたします」
ラドウは口先だけの抗議をして、セイケンを伴って階段を下りてゆく。続いて腰に瘴気払いの香炉を下げたウロトとゲンテツ、クゼが続き、数歩の距離を置いてからクガイ、クムとハクラの順で進んでゆく。
扉から見た限りでは判別がつかなかったが、ある程度進んでゆくと下層はどうやら巨大な円柱の形状をしているのが分かった。今、クガイ達の下りている階段は円柱の内側に螺旋を描く形で続いており、円柱の底ははるか下だ。万が一落下すれば命は助かるまい。
無尽会の連中が探索した際に、申し訳程度に落下防止の柵代わりに縄を張っているが、どんなに良くても気休め止まりだ。明かりは一定の間隔で篝火が焚かれている。まだ火が絶えていない事から、魔術や仙術による火なのだろう。
階段は大の大人が六人は横になれる幅があり、壁際を歩く限りはそうそう落下しそうにはない。だが――
「この状況で空を飛べる奴に襲われると、いくらかやり辛いな」
クガイの脳裏に浮かんでいたのは、端正な男の顔と百本の刃の足を持った百足の姿だ。クガイの後ろをクムを抱えたまま歩くハクラも同じことを考えていたようで、百時百足の名を口にする。
「百刃百足といったか。あれは宙に浮いていたな。これまで私達が戦った魔族は三種類だったが、空を飛ぶ能力を持った者が新たに姿を見せてもおかしくはないな」
「灰無、百刃百足、大壊はどっちかっていうと兵器だからな。空を飛べる奴が量産されていても、驚く話じゃない。それと奴らは本当の意味では魔族じゃない。あいつらの指揮を執っている奴と同類扱いするわけにはいかん」
「なにより強さが違うか?」
「なにしろ神の眷属だからな。だがお前さんは元々そんな連中とも渡り合える腕利きだし、契約している白龍の霊力も相当なもんだ。あっさりとやられるなんてことにはならんさ」
「そうか。お前が言うのならばそうなのだろう。では、お前はどうなのだ? クガイ、お前の気を操る技術と戦いの練度は見事だが、私の眼に狂いが無ければもっと強くなければおかしい。お前の抱えている事情のせいで、本来の力をまるで発揮できていないのではないか?」
「それでもやるだけやるさ。安心しろい。こう見えていろんな奴らと戦ってきたからな。死なない戦い方は大得意よ」
「確かに、お前ならば万人が死ぬような盤面でも生き抜いてみせるだろう」
一行の階段を下りる音ばかりが円柱状の空間に響き、一体どれだけ進んだのかクムにはよく分からなくなっていた。
代り映えのしない風景と日の届かぬ暗がりの中であること、そしてお守りによって守られているとはいえ、濃厚な瘴気の中を進んでいる為、人間としての肉体がここは居るべき場所ではないと、ひっきりなしに警戒を発し続けているせいだ。
階段を下りている間、襲撃はなかったが、そうなれば階段の底か封印の間で待ち伏せされているのは火を見るよりも明らかであった。
先頭を行くラドウが階段を降りきる寸前で、ハクラが表情を険しくして声をかけた。過酷極まる環境の故郷での暮らしと、白龍の加護により彼女の五感と直感の鋭敏さはこの場に居る者達の中で一、二を争う。
「おい、そこで足を止めろ」
「ああ、分かっているよ。目に見えないくらい細い糸状の物体だね。物騒だなあ。そら、燃やすよ、灼骨炎戯」
ハクラが階段の底にあたる広間に張り巡らされた無数の糸状の物体に気付き、ラドウに警告を走ったのだが、ラドウもまた気付いていたようで、右手の灼骨炎戯を大きく振るい、刃から放たれた炎が広間を埋め尽くす。
たっぷり十秒をかけて入念に焼いてから、ラドウはもう一度灼骨炎戯を振るい、広間を埋める炎の海を消し去る。炎ばかりでなく熱もまた消し去られたようで、ラドウやその後ろのクガイ達が熱いと感じることはなかった。
「炎舞・戯れ。戯れなんて名前を付けているけれど、結構な熱量の炎だ。骨まで焼くんだけれど、防がれたのはそっちか。黒幕は君かな?」
円柱の底には三方へと繋がる通路が伸びており、ラドウの放った炎はその内、正面の通路に侵入する途中で防がれていた。
カッカッという音と共に姿を見せたのは、いくつもの帯状に固まった赤髪の女魔族ルリエン。ラドウの放った炎を完全に防いだようで、服にも焦げ一つ出来ていない。
幾度か魔族の集団が立ちはだかり、仙術武具の使い手と改造人間達を主軸に無尽会の面々が対応して、クガイ達の消耗を可能な限り抑えながら戦い進む。
兵士として量産される魔族ならば無尽会の兵隊達でも十分に戦えるが、万が一、禍羅漢との交戦ないしは高位の魔族と遭遇する可能性を考慮すれば、クガイ達の消耗は何としてでも避けるべきものだからだ。
戦いの中で負傷しついて来られなくなった者はその場に置き去りにし、ひたすらに最深部を目指して走る。死者が出てもおかしくはなかったが、これは方針を無視してクガイが危うい場面に陥ったものを逐一助けて回ったからである。
クムに人の死ぬ場面を見せたくない、死に際の断末魔を聞かせるべきではない、という彼の判断であったが、事前の取り決めを無視して消耗を見せる彼に、ラドウはからかうように声をかける。
「おやおや、クガイ君。さっきのやり取りをもう忘れたのかい? いくら君でもいちいち死にそうな連中を助けていたんじゃ、流石に疲れが見えてきているじゃないか。
そんな状態でだよ、もし禍羅漢と戦うことになったら危ないんじゃないか? もしも不覚を取るようなことになったら、本末転倒という奴だぜ! お笑い草だ」
「うるせえ。走りながら回復に務めているのを分かっていて話しかけてくるんじゃねえよ。こんなもん、疲れたなんて弱音を吐く程のこともない。それより、お前らも気付いているだろう。襲撃してくる奴ら、どんどん統制が取れてきているぞ」
「うんうん、分かっているとも。外に出た連中とは違って、どうやら指揮を執っている者がいるようだね。その指揮者が今回の事態の黒幕かその片棒位は担いでいるんじゃないかな」
「その可能性が高いだろう。お前らの監視の目を盗んで最深部まで潜り込んだか、禍羅漢と一緒に蔵に閉じ込められていたか、どっちかの厄介モンだ。一皿いくらの安物魔族とは出来が違う。俺はクムの守りに専念するから、相手は任せるぞ」
「いや、そこは俺達が一丸となって戦った方が効率的ではないかな。戦力は分散させるよりも集中して一気に敵を叩く方が、被害を抑えられるし短時間で済むってものさ」
「どうだか。お前さんは隙を見せれば俺もハクラもクムも、この場で殺すのに躊躇しない奴だろう」
「あはははは、そうか、君には俺がそう見えるのかい! うん、でも、そうだな。あんまり隙だらけだったら、ついうっかり腕が動いてしまうかもね」
「妙なところで素直な野郎だ。背中は見せても隙は見せられんから面倒だよ。それで最深部へ至る階段はアレでいいのか?」
二人は当然話している間も足を止めず、常人をはるかに凌駕する速度で駆けており、進む先には床より一段高くなったところから下へと向かって伸びる大きな階段が見えた。
ここに至るまでの道程はひたすら広大な空間が続き、床と天井を何本もの巨大な円柱が支え、遠く見える壁にいくつもの扉があるというものだったが、最深部へと続く階段の周囲にも大きな変化は見られない。
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ラドウならそれでも肉の盾になる、くらいは言いそうなものだったが、それを口にすればクガイはもちろんハクラとクム、ひいてはクゼからも不興を買うと理解して口を噤んでいる。
(そうした方が効率的だろうに。やっぱり彼らも俺には共感しがたい考え方をするなぁ。まあ、彼らならそうすると理解は出来るんだけどね)
そのようにラドウが考えているのを、クガイ達は薄々と察していた。ある意味でラドウは分かりやすく、共感性の欠如した人格の主であった。
禍羅漢と冥業剣の待つ最深部へと続く階段を取り囲み、そこから噴き出す瘴気は浸食都市楽都にあっても十本の指に入る濃さと危険度だ。
クムなどはすぐに参ってしまいそうなものだが、ハクラとクガイに渡されたお守りと今はハクラのマントに包まれているお陰で、不気味さに恐怖を感じるだけで済んでいる。
クゼは最深部から漂う瘴気と部下達の疲弊具合を確認し、反論を許さぬ厳しさでウロトとゲンテツを除く部下達に命令する。
「お前達はここで戻れ。ここより先に進み、瘴気を吸えばその場で発狂するか死ぬ。そうすれば新たな瘴気の発生源となり、かえって足手まといとなるだけだ」
「はっ。クゼ様、ラドウ様、セイケン様、そして御客人方、無事の御帰還を心よりお待ち申し上げます」
ここまでついてきた防衛線の指揮官が幹部二人に深く頭を下げ、クゼの命令に素直に従って残る部下達を連れてきた道を引き返してゆく。どことなくこれ以上の死地に赴かずに済んだ安堵が背中に漂っていなくもない。
中層の防衛線に引き返す兵隊達の姿が見えなくなってから、クゼは階段へと改めて向き直る。引き返す途中で魔族に襲われたら、すぐに助けに行ける距離から離れるのを待っていたのだ。
クゼとウロト、ゲンテツがそれぞれ袂や懐、腰に括りつけた鞄から何枚ものお札と香炉を取り出し、お札と火を着けた香炉を無造作に階段の中へと放り込む。
「タランダ殿と無尽会の魔導師に用意させた瘴気を浄化する札と香炉です。しばらく待ってから突入しましょう。随分と楽になる筈です」
「用意がいいな。こういう事態を想定していたのか?」
こうなると分かっていたかのようなクゼの用意の良さに、クガイが小指の先ほどの疑いを抱きながら問えば、クゼは鉄面皮をわずかも揺らげずに答える。
「封じている相手のことを考えれば、妥当な用意だ。たとえ無駄に終わったとしても別の機会で使える品でもある」
「抜け目がないな。しかし、魔王級の瘴気か。楽都の瘴気と本格的に混ざればどうなるか分かったもんじゃないな。加えて楽都の魔界化を防いでいる天界の清廉な気もある。
そっちとは反発するだろうし、三つが混ざるとなれば楽都が消えてなくなる程度なら御の字かもしれんぞ」
「そうはさせない為に我々が動いている。それに……いや、なんでもない」
(無尽会の手の内で事態を収拾させなければ、都市警察の手が入るってところか。たしか、斬滅隊とかいう手練れもいるんだったか。そいつらの介入を危惧している?)
クガイやクムにとっては保護を求める先として候補に挙げた相手であるし、無尽会のクゼやラドウと違って後ろめいたこともないから、都市警察の介入自体は忌避するものではない。
なんにせよ、このまま禍羅漢の封印問題を解決する方が、クムの生活に都合がよいのは確かだ。ならば、そちらに全力を注ぐまでだとクガイは自身に言い聞かせた。
「そろそろ良いだろう。ラドウ、先頭は貴様が行け」
「ええ、いくらなんでも雑過ぎない? 俺って一応はクゼ殿と同格なんだぜ? ま、行くけどさ。セイケンは俺のちょっと後をついておいで」
「はい、ラドウ様。ではクゼ様、お先に失礼いたします」
ラドウは口先だけの抗議をして、セイケンを伴って階段を下りてゆく。続いて腰に瘴気払いの香炉を下げたウロトとゲンテツ、クゼが続き、数歩の距離を置いてからクガイ、クムとハクラの順で進んでゆく。
扉から見た限りでは判別がつかなかったが、ある程度進んでゆくと下層はどうやら巨大な円柱の形状をしているのが分かった。今、クガイ達の下りている階段は円柱の内側に螺旋を描く形で続いており、円柱の底ははるか下だ。万が一落下すれば命は助かるまい。
無尽会の連中が探索した際に、申し訳程度に落下防止の柵代わりに縄を張っているが、どんなに良くても気休め止まりだ。明かりは一定の間隔で篝火が焚かれている。まだ火が絶えていない事から、魔術や仙術による火なのだろう。
階段は大の大人が六人は横になれる幅があり、壁際を歩く限りはそうそう落下しそうにはない。だが――
「この状況で空を飛べる奴に襲われると、いくらかやり辛いな」
クガイの脳裏に浮かんでいたのは、端正な男の顔と百本の刃の足を持った百足の姿だ。クガイの後ろをクムを抱えたまま歩くハクラも同じことを考えていたようで、百時百足の名を口にする。
「百刃百足といったか。あれは宙に浮いていたな。これまで私達が戦った魔族は三種類だったが、空を飛ぶ能力を持った者が新たに姿を見せてもおかしくはないな」
「灰無、百刃百足、大壊はどっちかっていうと兵器だからな。空を飛べる奴が量産されていても、驚く話じゃない。それと奴らは本当の意味では魔族じゃない。あいつらの指揮を執っている奴と同類扱いするわけにはいかん」
「なにより強さが違うか?」
「なにしろ神の眷属だからな。だがお前さんは元々そんな連中とも渡り合える腕利きだし、契約している白龍の霊力も相当なもんだ。あっさりとやられるなんてことにはならんさ」
「そうか。お前が言うのならばそうなのだろう。では、お前はどうなのだ? クガイ、お前の気を操る技術と戦いの練度は見事だが、私の眼に狂いが無ければもっと強くなければおかしい。お前の抱えている事情のせいで、本来の力をまるで発揮できていないのではないか?」
「それでもやるだけやるさ。安心しろい。こう見えていろんな奴らと戦ってきたからな。死なない戦い方は大得意よ」
「確かに、お前ならば万人が死ぬような盤面でも生き抜いてみせるだろう」
一行の階段を下りる音ばかりが円柱状の空間に響き、一体どれだけ進んだのかクムにはよく分からなくなっていた。
代り映えのしない風景と日の届かぬ暗がりの中であること、そしてお守りによって守られているとはいえ、濃厚な瘴気の中を進んでいる為、人間としての肉体がここは居るべき場所ではないと、ひっきりなしに警戒を発し続けているせいだ。
階段を下りている間、襲撃はなかったが、そうなれば階段の底か封印の間で待ち伏せされているのは火を見るよりも明らかであった。
先頭を行くラドウが階段を降りきる寸前で、ハクラが表情を険しくして声をかけた。過酷極まる環境の故郷での暮らしと、白龍の加護により彼女の五感と直感の鋭敏さはこの場に居る者達の中で一、二を争う。
「おい、そこで足を止めろ」
「ああ、分かっているよ。目に見えないくらい細い糸状の物体だね。物騒だなあ。そら、燃やすよ、灼骨炎戯」
ハクラが階段の底にあたる広間に張り巡らされた無数の糸状の物体に気付き、ラドウに警告を走ったのだが、ラドウもまた気付いていたようで、右手の灼骨炎戯を大きく振るい、刃から放たれた炎が広間を埋め尽くす。
たっぷり十秒をかけて入念に焼いてから、ラドウはもう一度灼骨炎戯を振るい、広間を埋める炎の海を消し去る。炎ばかりでなく熱もまた消し去られたようで、ラドウやその後ろのクガイ達が熱いと感じることはなかった。
「炎舞・戯れ。戯れなんて名前を付けているけれど、結構な熱量の炎だ。骨まで焼くんだけれど、防がれたのはそっちか。黒幕は君かな?」
円柱の底には三方へと繋がる通路が伸びており、ラドウの放った炎はその内、正面の通路に侵入する途中で防がれていた。
カッカッという音と共に姿を見せたのは、いくつもの帯状に固まった赤髪の女魔族ルリエン。ラドウの放った炎を完全に防いだようで、服にも焦げ一つ出来ていない。
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