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冥界の剣
第十六話 包丁から鍵
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クガイ達一行が初めて三人の出会ったお堂に居を移した頃、ラドウ一派の所有する三階建ての楼閣に戻ったセイケンは、負傷した部下達に治療を命じた後、先んじて戻っていた上司のラドウへと報告に出向いていた。
この楼閣は表向きには楽都で産出される特殊な希少鉱物の加工と輸出を取り仕切る会社の社屋でもある。クゼ同様にラドウは表向きこの会社の社長を務めている。
輸出品である希少鉱物の陳列された棚の並ぶ社長室で、ラドウは深々と椅子に腰かけたまま、黒檀の机を挟んで正面に立つセイケンからの報告に耳を傾けて、ケラケラと笑う。
「そうかそうか、セイケンでも駄目だったか。うーん、クガイ君といいハクラという白麗族の少女といい、クムちゃんの護衛はとんでもなく強力だな。クゼ殿の件もあるし馬鹿正直に力で押し通すのは賢くない」
「ハクラ殿は龍の加護があるから強いのではなく、元から強い上に龍の加護を得た方でした。流石に龍そのものを相手にするよりはよほどマシですが、龍を相手にするだけの用意をした方がよろしいかと」
ハクラに一日休めば回復すると言われていたセイケンは、戦闘行動さえ行わなければ問題なく動ける程度に回復していた。風編による防御が堅固であったのと、負傷と疲労を癒す回復用の道具もあったのが彼にとって幸いした。
「加えてクム殿が鍵であると保証されたわけでもありませんから、思い切った行動に移れませんしね。それにそろそろ都市警察の方も、私達の動きに勘づいてもおかしくない頃合いでしょう」
「話が上手い具合に運んでフウナンの財宝を手に入れられても、その後の切ったはったを考えなきゃいけないからねえ。今の斬滅隊は粒ぞろいだしなあ。そうなるとクゼ殿と争うように競うのは愚策になるか」
「ですが、クゼ様は矛を収めるつもりはありませんでしょう。余程の譲歩をしなければなりません。そうなってはこちらの損になってしまいます」
「なあに、話をするのはなにもクゼ殿やクムちゃんが相手とは限らないぜ。俺は共存共栄を大事にしているからな。俺もクゼ殿も並び立てる道を模索するよ」
そう告げてラドウはセイケンと話し始めてから、一度も変えていない作り笑顔のままケラケラと笑い続ける。そんなラドウをセイケンもまたあるかなきかの微笑を浮かべたまま、見ているのだった。
*
お堂で一夜を明かしたクガイ達は、改めて朝食を取りつつ今後の行動について三人で相談していた。
厨房としてみればお堂の設備は隠れ家とは比較するまでもなく貧相だったが、それでもクムは持ち出せた干し魚や干した貝柱、葱に卵を使ったお粥を実に美味しく作り上げてくれ、小鍋いっぱいに作られたお粥は綺麗に空となった。
干し魚と貝柱から取れた塩気と出汁の旨味と卵の柔らかな風味、とろけた米の甘みとが絶妙に絡み合い、何杯でもおかわりの出来るお粥だった。
食器を洗い終え、囲炉裏を使って魚の燻製を作りがてら、三人はクムの淹れてくれた豆茶をすすりながら話し始める。
敷布の上で三人が向かい合う中、音頭を取ったのはクガイである。
「今後の話をしなけりゃならんのだが、機能、アカシャには黙っていた話がある。俺がヨウゼツという紙芝居屋と遭遇したのは覚えているな? 真偽は不明だが、そいつが蔵の鍵はクムが持っている、ただしクムはそれを知らないと言っていたんだ」
「私が鍵を?」
「おう。ヨウゼツの話を信じるなら、クムはそれを鍵だと気付いていないことになる」
クムが腕を組んでうんうんと唸って考え込む中、ハクラはクガイの顔をじっと見て言った。
「お前はヨウゼツとやらの話を半分、いや八割は信じている表情だ。得体の知れない相手だが、信憑性はあったのか?」
「……ああ。軽佻浮薄な男だが、それだけじゃないと感じさせる得体の知れない面を持っている奴だった。どうもクムや財宝に興味があるって様子でもないのが、奇妙でな。
世の中、自分の興味や楽しみを名誉や財宝よりも優先する輩は居る。そういう連中はえてして他者への迷惑を考えねえ、ろくでなしと相場が決まっている。あれはろくでなしの面だった」
「面倒かつ厄介な相手という評価だな」
「そうなる。で、話を戻すとだ。クム、おふくろさんから受け取ったものの中で、特に大事にされるように言われていたものはないか? 鍵である可能性が高いのはソレだ」
「鍵、鍵、鍵になりそうで、大事にするように言われていたもの。うーん、うーん。ちょっと失礼します」
クムはいつでも手に届く場所に置いてある鞄を手に取り、中身をごそごそと調べ出し始める。母親手製の衣服や小物、財布などが出てくるが、果たして蔵の鍵になるようなものがあったろうかと、クムの頭の中は疑問だらけだ。
「ところでクガイよ、蔵の鍵とはいうが果たして鍵らしい形状をしているのか? ヨウゼツとやらは具体的にどういう形だとか、口にはしなかったのか?」
ハクラの問いに、クガイは首を横に振った。
「いや、ただ鍵とだけ言っていた。お前さん達が襲われているかもしれないってんで、大急ぎでその場を後にしたから、詳しい情報は聞きだせなかったんだ。悪いな」
「そういう事情ならば仕方あるまい。不思議な力を持った品物もある蔵ならば、その鍵そのものも不思議な品でおかしくはないと思うが、どうだろうか?」
「一理あるな。クム、俺の経験則だが帯や服、靴の中にこっそりと隠してある場合もある。どうだ?」
「うーん、ない、かも? 服とかに入っていたら洗濯した時に気付くと思いますし、うーん」
「そうか。昨日今日で渡されたわけでもないんなら、とっくの昔に気付いているか」
クムがパタパタと自分の着替えや靴、鞄の底までひっくり返して調べ、それをクガイが見守る中、ハクラが不意に虚空を見上げて誰かに相槌を打つように首を小さく動かしていた。
そうしてハクラがクムを振り返った時、彼女の瞳は深い青の色はそのままに神秘的な輝きを宿していた。龍の加護により一時的に龍の瞳を得ている表れであった。
「うむ、ふむ、そうか。クム」
「はい、ハクラさん、なんですか?」
ハクラはひょいっとクムの手元を覗き込み、囲炉裏の傍らに丁寧に置かれていた包みを指さす。
「包丁はどうだ? クムにとって料理人だった母御から受け継いだ大事なものだろう?」
「ええ、でも、包丁は包丁ですよ。鍵になるのでしょうか?」
「包丁の刃か、あるいは柄の中はどうだ?」
包みを解いて木製の鞘から引き抜いた包丁は日ごろから手入れが行き届き、囲炉裏の火を映して赤々と照っている。クムは少し考える素振りを見せたが、すぐに広げた布の上で包丁を分解し始める。
「この包丁は一年前、お母さんが亡くなる時に私に譲ってくれました。それまでお母さんがずっと大切にしていた包丁です。今日まで研いだことはありましたけれど、刃を柄から抜いたのは初めてです」
クムが慎重な手つきで引き抜いた刃と柄が、布の上に置かれる。包丁の刃を布越しに手に取って、クムがじいっと母の形見を観察する。
「刃になにか文字らしいものがあるとか、なにか隠されている様子はないと思います」
クガイと龍の眼を維持した状態のハクラも同じように包丁をつぶさに観察し、同じ結論に至る。
「そうなると怪しいのは柄の方ですか。なにかあるのかなあ?」
初めて包丁の刃を抜いた柄を手に取り、しげしげと観察していると早々にクムが何かを見つけたようだった。
「……あら? 柄の中になにか嵌め込まれている? ような? 取れるかな?」
木製の柄の穴に、金属製らしい小さな何かが見えて、クムは指の爪をひっかけてどうにか取ろうと試みる。カリ、カリ、とクムの爪が掻く音がした後、パキっという小さな音を立てて、クムの小指程の長さの薄い板状の物体が外れて敷いた布の上に落ちた。
「えっと……ありましたね」
思いのほか呆気なく見つかった鍵に、クムはなんと反応すればよいのか分からない表情を浮かべる。柄を置いて、外れた鍵らしきものを手に取って観察してみれば、それは紙のように薄い金色の金属板だ。裏表どちらにも複雑な溝が彫り込まれている。
この鍵(?)が外れて形状が変わったことから、包丁の柄を新調しないとな、とクムが頭の片隅で考えているとクガイがこう口にした。
「本当にこいつが鍵だとして、さて次はどうするか」
クムは黄金の金属板を摘まみ上げ、しげしげと観察しながら問い返した。
「次ですか。そっか、この鍵を差し出せば私を狙う理由はなくなりますもんね」
「おう。ただ、使ってみない事にはそれが本物かどうか分らんからな。実際に蔵が開くかどうか試すまでは、拘束くらいはされるだろう。もし蔵が開かなかったら、他に何かないのかとあの手この手で調べられるだろうしよ」
「あうう、そう簡単にはいかないんですね。クガイさんとしてはどう思いますか? これ、鍵でしょうか?」
「鍵らしさはプンプンしているが、あいつらの求めているのとは別の蔵の鍵ってオチもあり得る。あるいは、それは鍵の一部で他の部品と組み合わせる事で鍵として機能する、だとか血の認証がいる、なんて場合もあったな」
「血の認証ですか?」
「おう。親子とか兄弟ってのは顔立ちが似ている事が多いだろう? 体に流れている血が似通っているって事だ。同一人物かあるいは血族かってのを、血で確かめるのさ。結局、試してみない事にはこれが本当に鍵か分からんて結論に落ち着いちまう」
「うーん、話が進んだような? 進んでないような?」
クムの言う通り、これでは一歩前進してまた一歩後退したようなものだ。状況が改善に向かんでいるのかいないのか、どうにも手応えがない。
すると目を閉じて両手で揉み解していたハクラが、あまり気乗りしない調子で驚くべき意見を口にする。
「発想の逆転が必要かもしれん。これまで私達は吹き付けてくる風に流されまいと動いてきたが、今度は私達が風を吹かせて流れを作る側に回るべきだ」
「つまり、どうするんですか、ハクラさん」
「鍵を見つけた。蔵が開くかどうか確かめさせてやる。開かなかったらもうクムには関わるなと交渉するのだ。これまでは奴らから要求されるばかりだったが、今度はこちらが要求する側に回るというわけだ」
「ええ!? 鍵を渡しちゃうんですか?」
「うむ。蔵が開けば奴らがクムに執着する理由はなくなるからな。開かなくとも執着されないように、先にこちらから条件を突き付けてやるのだ。あくまで提案の一つだ。市役所に保護を願い出るという選択肢もあるからな」
「あ、そういえばそうでした。でも、周囲をあの人達が監視している可能性が高いんですよね」
「私もまず監視していると思う。逆に言えば私達が奴らを探す手間が省ける」
「な、なるほど」
選択肢を提示するのは良いのだが、複数の選択肢を前にクムは答えのない問題を出されたようにうんうんと唸りながら頭を抱える。そんなクムを見て、クガイは幾ばくかの後悔を抱いていた。
(クムの意思を尊重するのに変わりはねえが、だからといって十といくらかの子供に委ねるにはややこしい上に重たい判断ばかりか。これで問題が俺に降りかかったもんだったらいいんだが、どうするのがクムにとって一番かを考えねえとな)
とりあえず行動するところから始めなければなるまい。このお堂などすぐにばれるだろうし、長く居続けても得られるものはない。
「なら、一度近場の詰め所に足を運んでみようや。ただし、その周りで詰め所に近づく連中を見張っている奴がいないか確かめる為にな。
警察署どころから詰め所にまで監視を行き渡らせているんなら、警邏中の警察官に頼み込むくらいしか都市警察を頼る手がないってのがはっきりする。そうすりゃ、とりあえずは一歩前進だろう?」
「……うん、そうですね。ここでじっとしていても仕方ありません。とにかく前に進みましょう! 行動あるのみです」
「おう。なんだか吹っ切れた様子だな。ハクラ、クムになにかしたのか?」
「私なりに励ましただけだ」
「え、えへへへ」
ハクラはいつも通りの澄ました顔だが、クムは顔を赤らめて、照れ照れとしている。年相応の仕草はなんとも可愛らしい。
「ふっ、まあ、今の方がよっぽどいい顔をしている。いい事があったんだなって勝手に思っておくぜ。それじゃあ、魚の燻製が終わったら、ここを発つとするかい」
「はい!」
光明はいまだ見えず、されど元気を取り戻したクムの返事には、クガイとハクラに笑顔を浮かばせる力があった。
この楼閣は表向きには楽都で産出される特殊な希少鉱物の加工と輸出を取り仕切る会社の社屋でもある。クゼ同様にラドウは表向きこの会社の社長を務めている。
輸出品である希少鉱物の陳列された棚の並ぶ社長室で、ラドウは深々と椅子に腰かけたまま、黒檀の机を挟んで正面に立つセイケンからの報告に耳を傾けて、ケラケラと笑う。
「そうかそうか、セイケンでも駄目だったか。うーん、クガイ君といいハクラという白麗族の少女といい、クムちゃんの護衛はとんでもなく強力だな。クゼ殿の件もあるし馬鹿正直に力で押し通すのは賢くない」
「ハクラ殿は龍の加護があるから強いのではなく、元から強い上に龍の加護を得た方でした。流石に龍そのものを相手にするよりはよほどマシですが、龍を相手にするだけの用意をした方がよろしいかと」
ハクラに一日休めば回復すると言われていたセイケンは、戦闘行動さえ行わなければ問題なく動ける程度に回復していた。風編による防御が堅固であったのと、負傷と疲労を癒す回復用の道具もあったのが彼にとって幸いした。
「加えてクム殿が鍵であると保証されたわけでもありませんから、思い切った行動に移れませんしね。それにそろそろ都市警察の方も、私達の動きに勘づいてもおかしくない頃合いでしょう」
「話が上手い具合に運んでフウナンの財宝を手に入れられても、その後の切ったはったを考えなきゃいけないからねえ。今の斬滅隊は粒ぞろいだしなあ。そうなるとクゼ殿と争うように競うのは愚策になるか」
「ですが、クゼ様は矛を収めるつもりはありませんでしょう。余程の譲歩をしなければなりません。そうなってはこちらの損になってしまいます」
「なあに、話をするのはなにもクゼ殿やクムちゃんが相手とは限らないぜ。俺は共存共栄を大事にしているからな。俺もクゼ殿も並び立てる道を模索するよ」
そう告げてラドウはセイケンと話し始めてから、一度も変えていない作り笑顔のままケラケラと笑い続ける。そんなラドウをセイケンもまたあるかなきかの微笑を浮かべたまま、見ているのだった。
*
お堂で一夜を明かしたクガイ達は、改めて朝食を取りつつ今後の行動について三人で相談していた。
厨房としてみればお堂の設備は隠れ家とは比較するまでもなく貧相だったが、それでもクムは持ち出せた干し魚や干した貝柱、葱に卵を使ったお粥を実に美味しく作り上げてくれ、小鍋いっぱいに作られたお粥は綺麗に空となった。
干し魚と貝柱から取れた塩気と出汁の旨味と卵の柔らかな風味、とろけた米の甘みとが絶妙に絡み合い、何杯でもおかわりの出来るお粥だった。
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「今後の話をしなけりゃならんのだが、機能、アカシャには黙っていた話がある。俺がヨウゼツという紙芝居屋と遭遇したのは覚えているな? 真偽は不明だが、そいつが蔵の鍵はクムが持っている、ただしクムはそれを知らないと言っていたんだ」
「私が鍵を?」
「おう。ヨウゼツの話を信じるなら、クムはそれを鍵だと気付いていないことになる」
クムが腕を組んでうんうんと唸って考え込む中、ハクラはクガイの顔をじっと見て言った。
「お前はヨウゼツとやらの話を半分、いや八割は信じている表情だ。得体の知れない相手だが、信憑性はあったのか?」
「……ああ。軽佻浮薄な男だが、それだけじゃないと感じさせる得体の知れない面を持っている奴だった。どうもクムや財宝に興味があるって様子でもないのが、奇妙でな。
世の中、自分の興味や楽しみを名誉や財宝よりも優先する輩は居る。そういう連中はえてして他者への迷惑を考えねえ、ろくでなしと相場が決まっている。あれはろくでなしの面だった」
「面倒かつ厄介な相手という評価だな」
「そうなる。で、話を戻すとだ。クム、おふくろさんから受け取ったものの中で、特に大事にされるように言われていたものはないか? 鍵である可能性が高いのはソレだ」
「鍵、鍵、鍵になりそうで、大事にするように言われていたもの。うーん、うーん。ちょっと失礼します」
クムはいつでも手に届く場所に置いてある鞄を手に取り、中身をごそごそと調べ出し始める。母親手製の衣服や小物、財布などが出てくるが、果たして蔵の鍵になるようなものがあったろうかと、クムの頭の中は疑問だらけだ。
「ところでクガイよ、蔵の鍵とはいうが果たして鍵らしい形状をしているのか? ヨウゼツとやらは具体的にどういう形だとか、口にはしなかったのか?」
ハクラの問いに、クガイは首を横に振った。
「いや、ただ鍵とだけ言っていた。お前さん達が襲われているかもしれないってんで、大急ぎでその場を後にしたから、詳しい情報は聞きだせなかったんだ。悪いな」
「そういう事情ならば仕方あるまい。不思議な力を持った品物もある蔵ならば、その鍵そのものも不思議な品でおかしくはないと思うが、どうだろうか?」
「一理あるな。クム、俺の経験則だが帯や服、靴の中にこっそりと隠してある場合もある。どうだ?」
「うーん、ない、かも? 服とかに入っていたら洗濯した時に気付くと思いますし、うーん」
「そうか。昨日今日で渡されたわけでもないんなら、とっくの昔に気付いているか」
クムがパタパタと自分の着替えや靴、鞄の底までひっくり返して調べ、それをクガイが見守る中、ハクラが不意に虚空を見上げて誰かに相槌を打つように首を小さく動かしていた。
そうしてハクラがクムを振り返った時、彼女の瞳は深い青の色はそのままに神秘的な輝きを宿していた。龍の加護により一時的に龍の瞳を得ている表れであった。
「うむ、ふむ、そうか。クム」
「はい、ハクラさん、なんですか?」
ハクラはひょいっとクムの手元を覗き込み、囲炉裏の傍らに丁寧に置かれていた包みを指さす。
「包丁はどうだ? クムにとって料理人だった母御から受け継いだ大事なものだろう?」
「ええ、でも、包丁は包丁ですよ。鍵になるのでしょうか?」
「包丁の刃か、あるいは柄の中はどうだ?」
包みを解いて木製の鞘から引き抜いた包丁は日ごろから手入れが行き届き、囲炉裏の火を映して赤々と照っている。クムは少し考える素振りを見せたが、すぐに広げた布の上で包丁を分解し始める。
「この包丁は一年前、お母さんが亡くなる時に私に譲ってくれました。それまでお母さんがずっと大切にしていた包丁です。今日まで研いだことはありましたけれど、刃を柄から抜いたのは初めてです」
クムが慎重な手つきで引き抜いた刃と柄が、布の上に置かれる。包丁の刃を布越しに手に取って、クムがじいっと母の形見を観察する。
「刃になにか文字らしいものがあるとか、なにか隠されている様子はないと思います」
クガイと龍の眼を維持した状態のハクラも同じように包丁をつぶさに観察し、同じ結論に至る。
「そうなると怪しいのは柄の方ですか。なにかあるのかなあ?」
初めて包丁の刃を抜いた柄を手に取り、しげしげと観察していると早々にクムが何かを見つけたようだった。
「……あら? 柄の中になにか嵌め込まれている? ような? 取れるかな?」
木製の柄の穴に、金属製らしい小さな何かが見えて、クムは指の爪をひっかけてどうにか取ろうと試みる。カリ、カリ、とクムの爪が掻く音がした後、パキっという小さな音を立てて、クムの小指程の長さの薄い板状の物体が外れて敷いた布の上に落ちた。
「えっと……ありましたね」
思いのほか呆気なく見つかった鍵に、クムはなんと反応すればよいのか分からない表情を浮かべる。柄を置いて、外れた鍵らしきものを手に取って観察してみれば、それは紙のように薄い金色の金属板だ。裏表どちらにも複雑な溝が彫り込まれている。
この鍵(?)が外れて形状が変わったことから、包丁の柄を新調しないとな、とクムが頭の片隅で考えているとクガイがこう口にした。
「本当にこいつが鍵だとして、さて次はどうするか」
クムは黄金の金属板を摘まみ上げ、しげしげと観察しながら問い返した。
「次ですか。そっか、この鍵を差し出せば私を狙う理由はなくなりますもんね」
「おう。ただ、使ってみない事にはそれが本物かどうか分らんからな。実際に蔵が開くかどうか試すまでは、拘束くらいはされるだろう。もし蔵が開かなかったら、他に何かないのかとあの手この手で調べられるだろうしよ」
「あうう、そう簡単にはいかないんですね。クガイさんとしてはどう思いますか? これ、鍵でしょうか?」
「鍵らしさはプンプンしているが、あいつらの求めているのとは別の蔵の鍵ってオチもあり得る。あるいは、それは鍵の一部で他の部品と組み合わせる事で鍵として機能する、だとか血の認証がいる、なんて場合もあったな」
「血の認証ですか?」
「おう。親子とか兄弟ってのは顔立ちが似ている事が多いだろう? 体に流れている血が似通っているって事だ。同一人物かあるいは血族かってのを、血で確かめるのさ。結局、試してみない事にはこれが本当に鍵か分からんて結論に落ち着いちまう」
「うーん、話が進んだような? 進んでないような?」
クムの言う通り、これでは一歩前進してまた一歩後退したようなものだ。状況が改善に向かんでいるのかいないのか、どうにも手応えがない。
すると目を閉じて両手で揉み解していたハクラが、あまり気乗りしない調子で驚くべき意見を口にする。
「発想の逆転が必要かもしれん。これまで私達は吹き付けてくる風に流されまいと動いてきたが、今度は私達が風を吹かせて流れを作る側に回るべきだ」
「つまり、どうするんですか、ハクラさん」
「鍵を見つけた。蔵が開くかどうか確かめさせてやる。開かなかったらもうクムには関わるなと交渉するのだ。これまでは奴らから要求されるばかりだったが、今度はこちらが要求する側に回るというわけだ」
「ええ!? 鍵を渡しちゃうんですか?」
「うむ。蔵が開けば奴らがクムに執着する理由はなくなるからな。開かなくとも執着されないように、先にこちらから条件を突き付けてやるのだ。あくまで提案の一つだ。市役所に保護を願い出るという選択肢もあるからな」
「あ、そういえばそうでした。でも、周囲をあの人達が監視している可能性が高いんですよね」
「私もまず監視していると思う。逆に言えば私達が奴らを探す手間が省ける」
「な、なるほど」
選択肢を提示するのは良いのだが、複数の選択肢を前にクムは答えのない問題を出されたようにうんうんと唸りながら頭を抱える。そんなクムを見て、クガイは幾ばくかの後悔を抱いていた。
(クムの意思を尊重するのに変わりはねえが、だからといって十といくらかの子供に委ねるにはややこしい上に重たい判断ばかりか。これで問題が俺に降りかかったもんだったらいいんだが、どうするのがクムにとって一番かを考えねえとな)
とりあえず行動するところから始めなければなるまい。このお堂などすぐにばれるだろうし、長く居続けても得られるものはない。
「なら、一度近場の詰め所に足を運んでみようや。ただし、その周りで詰め所に近づく連中を見張っている奴がいないか確かめる為にな。
警察署どころから詰め所にまで監視を行き渡らせているんなら、警邏中の警察官に頼み込むくらいしか都市警察を頼る手がないってのがはっきりする。そうすりゃ、とりあえずは一歩前進だろう?」
「……うん、そうですね。ここでじっとしていても仕方ありません。とにかく前に進みましょう! 行動あるのみです」
「おう。なんだか吹っ切れた様子だな。ハクラ、クムになにかしたのか?」
「私なりに励ましただけだ」
「え、えへへへ」
ハクラはいつも通りの澄ました顔だが、クムは顔を赤らめて、照れ照れとしている。年相応の仕草はなんとも可愛らしい。
「ふっ、まあ、今の方がよっぽどいい顔をしている。いい事があったんだなって勝手に思っておくぜ。それじゃあ、魚の燻製が終わったら、ここを発つとするかい」
「はい!」
光明はいまだ見えず、されど元気を取り戻したクムの返事には、クガイとハクラに笑顔を浮かばせる力があった。
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突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
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