追放令嬢はバーバリアンにクラスチェンジする

永島ひろあき

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プロローグ 公爵家『元』令嬢エルリンネ・ヴァリオン

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 ここは剣と魔法の存在する世界。
 聖なる剣で魔王を倒した英雄が、人々に呪いを振りまく悪い魔法使いが、神へ祈りを捧げて疫病を治めた聖女が、そんな人々のいた世界。
 人の足が踏み入っていない未開の森で、周囲の木々を震わせる巨大な獣の叫びが響き渡る。灰色の毛皮と持った見上げるほど巨大な熊が叫びの主だ。

 ギズの大熊と呼ばれる幻の巨獣で、退治するには完全武装した騎士や魔法使いが何人も必要な怪物だ。
 その怪物を前にしているのは、あろうことか二十歳にもならない少女だ。ただ、普通の少女と言っては語弊がある。

 ボロボロの服の上に鹿やら狼やら、様々な獣の毛皮を巻きつけているだけという服装だ。
剥き出しになった手足には引き締まった筋肉がつき、ぼさぼさの白い髪の合間から覗く紅い瞳は、血に飢えた獣のようにギラギラと輝いている。
 凶暴な光に輝く瞳や歯を剥き出しにしている唇も、目鼻や口の配置も全て美しいの一言に尽きるのに、姿格好はどこからどう見ても文明からかけ離れた姿だ。

「グオオオオオオオ!!」

 とギズの大熊が吠え

「おらああーーーー!!!」

 負けじと吠え返す姿を見れば、これはもう人間の言葉を知っているのかも怪しい。
 しかし、この少女こそは大陸中央に覇を唱えるグラドール王国建国からの名家ヴァリオン公爵家元令嬢エルリンネ・ヴァリオン。
 かつてはその美貌と才智、家柄から次期王妃に最も相応しい人物として王太子の婚約者となり、王国の未来を明るく輝かせる希望として持て囃された少女だった。

「ガフッ、ゴオアアア!」

 二本足で立ち上がったギズの大熊が、一振りで人間を原形を留めない肉塊に変える膂力で両前足を振るおうとする。
 歴戦の勇士でも肝が縮むような迫力を前に、エルリンネは躊躇なくギズの大熊の懐目掛けて突進する。

「どおりゃああ!!」

 雄たけびを上げてギズの大熊の額に、右の飛び膝蹴りを叩き込むエルリンネの姿を見れば、以前の多少やんちゃだが優美さに満ちていた彼女を知る誰もが言葉を失うだろう。

 ヴァリオン家の優美な花と謳われたエルリンネが、どうして豪奢なドレスや種々の宝石類で飾ったアクセサリーではなく、ズタボロの服と動物の毛皮だけを纏っているのか?
 専用の侍従達によって常に美しく清潔に保たれていた赤い髪が白く変色し、手入れもままならず荒れ放題なのか? 
 真珠のように輝き、絹のように滑らかだった肌が日に焼けているだけでなく細かな傷がいくつも刻まれ、戦う為の筋肉が備わっているのはなぜなのか?

 かつて大陸を支配し、暗黒の時代を築き上げた邪悪な皇帝を討った英雄の子孫たるエルリンネが本人には何の罪もないままに故郷を追われ、素性の知れない何者かに命を狙われ、その果てに巨大な熊を相手に戦いを挑もうとしているのか?
 全てはエルリンネが王太子の婚約者の立場を奪われ、公爵家との縁を絶たれ、更には王国から追放されたのが始まりだった。
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